14.[気送管葉書 1876-1929]郵便物の袋を、地中に埋められた土管の中に入れて、空気圧によって高速に運ぶのが気送管郵便です。ドイツではベルリンで1876年12月1日(日)に気送管郵便の取り扱いが始まり、1922年8月1日(火)にミュンヘンでも始まりました。なお、ドイツでは、この2つの都市でしか気送管郵便を扱っていません。当初、気送管郵便の葉書料金は25ペニヒでした。当時の葉書料金が5ペニヒ、速達料金が25ペニヒでしたので、人が運ぶよりは5ペニヒ割安の計算になります。 ベルリンでは、1876年12月のサービス開始から1ヶ月の間に、なんと94,495件もの利用があり、速達で送るよりも料金が安くて早かったため、その後も件数は増え続けました。実例を見てみると、商品の注文が多く、他店より早く仕入れるためにこの葉書を使ったのでしょうか。電話がなかった時代なので、盛んに利用されています。 消印は、最初は通常の消印と同じものを使用していましたが、途中から15分単位、のちに10分単位の時刻が入った専用の消印が使用されるようになりました。これは、いつ取り扱ったかをわかるようにするためです。 1)1876年12月1日発行 大型サイズ発行当初は当時の葉書と同じ140X90ミリのサイズでした。用紙は桃色がかった特別な着色紙です。通常の気送管葉書は小型のため、これを大型サイズと呼びます。両者の違いはもちろん葉書全体のサイズを比較すればいいのですが、実際はそうしなくても簡単に見分けることができます。次の小型サイズの写真と比較して、文字と印面の間隔を見てください。大型サイズの方が間隔が広いことが分かります。 2)1877年 小型サイズ郵便量が多くなると葉書のサイズも重量に関係するため、125X88ミリと小さくして発行されました。同時に往復葉書も発行されています。以後、このサイズが気送管郵便葉書の基本となります。 3)1881年 用紙刷色変更用紙の色を明るめの桃色に変更したものです。額面の「25」の数字に3つのタイプが知られています。 4)1887年 印面刷色変更印面の色が明るい茶色に変更されたシリーズです。この変更は、25ペニヒ切手の変更と同じです。上の写真は、この頃から使われ始めた、気送管郵便専用の抹消印です。印影の下にあるH.T.A.の文字は、中央電信局を意味します。(R1)は、気送管取り扱い郵便局の通番です。つまり、中央電信局が1番、という訳です。 5)1889年10月1日発行 鷲図案数字・鷲図案UPU色シリーズの図案に改訂して発行されたものです。通常葉書の方は細かな改訂が多いのですが、この気送管葉書の場合は1種類しかありません。 なお、10月1日(火)に発行されたとなっていますが、実例は見かけたことがなく、同じ図案の切手が10月の中頃から発行されているので、10月1日は通達の日ではないかと推測しています。 6)1900年発行 ゲルマニア図案 REICHSPOSTゲルマニア図案REICHSPOSTに改訂して発行されたものです。左に赤鉛筆で「9」と書かれていますが、これは、宛先が気送管郵便局9番であることを意味しています。 7)1901年発行 Kの書体変更葉書中央2段目にあるRohrpost=KarteのKの頭が開いているものです。収集家の間では、「オープンK」と呼ばれます。 8)1902年4月1日発行 ゲルマニア図案 DEUTSCHES REICH1902年4月1日(火)からの図案改訂に合わせて発行されました。印面の下の部分に「DEUTSCHES REICH」の文字が入っている他に、Rohrpost=Karteの文字が葉書の左側に移動しています。 9)1908年発行 すかし入り菱形と英字とローマ数字の組み合わせのすかしが入ったシリーズです。上の写真では見えにくいかもしれませんが、葉書の中央に「D R」、その上に「III」と入っています。 10)1915年発行 すかしなし第一次世界大戦中に他の葉書とともに、用紙のすかしが省かれたシリーズです。 11)1916年8月1日発行 料金改定(30ペニヒ)戦時インフレが始まり、40年もの間25ペニヒであった料金が、1916年8月1日(火)から30ペニヒに値上げされて発行されたシリーズです。 上の写真は、さらに1919年10月1日(水)から50ペニヒに値上げされたため、20ペニヒ分の切手を貼り足した例です。 12)1920年発行 料金改定(50ペニヒ)1919年10月1日(水)から50ペニヒに値上げされましたが、葉書の方は遅れて発行されました。 上の写真は、さらに1921年4月1日(金)から200ペニヒに値上げされたため、150ペニヒ分の切手を貼り足した例です。 13)1921年発行 数字図案1921年4月1日(金)からの200ペニヒ料金用に発行したものですが、葉書のサイズが、当時の葉書と同じ140X90ミリのサイズになりました。これは、1876年に最初に発行された気送管葉書と同じサイズに戻ったことになります。 実際は旧料金の葉書が多く残っていたので、4月からは使用されていません。印面のデザインは、切手には存在せず、当時の葉書にもない、気送管独自のものです。 14)1923年5月発行 料金改定1923年1月15日(月)から80マルク(8000ペニヒ)に値上げされた時に用意されましたが、旧料金の葉書が多く残っていたので、3月1日(木)から160マルクに値上げされても発行されず、遅れて5月から発行されました。従って、切手を貼っていない適正使用例は存在しません。用紙代として15マルクが加算されて発売されましたが、その用紙代の金額は明記されておらず、単に「売価:郵税+用紙代」と書かれているだけです。 15)1928年発行 著名人図案55ペニヒ料金時代の気送管葉書ですが、該当する額面の切手がなかったため、シラー図案5ペニヒとバッハ図案50ペニヒの2つの印面を印刷して発行しています。葉書のサイズが、当時の葉書と同じ148X105ミリのサイズになりました。これだけ大きくなると葉書の重量の増加が無視できなくなるので、用紙が薄い紙になっています。 16)1929年発行 大統領図案前シリーズと同様の理由で、ヒンデンブルク図案の5ペニヒと50ペニヒの印面を印刷して発行しています。 1934年発行の気送管郵便葉書は、ヒンデンブルク・メダル図案で、濃いピンク色の用紙に印刷されています。こちらを参照してください。 [ワンポイント] |
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