目 次
ドイツ・ステーツ
ドイツ 1872
ドイツ 1873-1932
ドイツ 1933-1944
ドイツ在外局
ドイツ植民地
ドイツ海軍艦船郵便
第一次世界大戦占領地区
ベルギー軍占領地区
ドイツ住民投票地区
ダンチヒ
メーメル
ザール
 概説
  ザール 1920-1935
  ザールラント 1949-1956
  ザールブリュッケン 1957-1959
第二次世界大戦占領地区
地方発行
連合軍占領地区
西ドイツ
ベルリン
東ドイツ
統一後のドイツ

ザール Saar Saar

通貨単位:
1921年4月30日まで 1Mark(マルク)=100Pfennig(ペニヒ)
1921年5月1日から
1935年2月28日まで
1Franc(フラン)=100Centimes(サンチーム)
1935年3月1日から
1947年11月19日まで
1Reichsmark(ライヒスマルク)=100Pfennig
1Saarmark(ザールマルク)=100Pfennig 1947年11月のみ
1947年11月20日から
1959年7月5日まで
1Franc(フラン)=100Centimes(サンチーム)
1959年7月6日から 1Deutsche Mark(ドイツマルク)=100Pfennig(ペニヒ)

[概説]
 ザールの歴史は古く、すでに紀元前1世紀にはローマ帝国に編入されていました。この地方はフランスの統治と放棄が繰り返され、1815年からはドイツ(当時はプロイセン)のラインラント地方の一部になりました。第一次世界大戦後、ベルサイユ条約に基づき、ドイツのフランス鉱山破壊の賠償として1919年から15年間、ザール地方の鉱山をフランスが独占使用することが認められましたが、これは、フランスによるザール地方の事実上の占領と言えます。期限切れ後の1935年1月13日(日)に行われた住民投票の結果、90.5%の賛成を持ってザール地方は再びドイツに帰属が決定しました。第二次世界大戦後はフランス占領地区となりましたが、ザールを分離国家にするフランスの意図に反して、1957年1月1日(火)に西ドイツの一州として編入されました。しかし、すぐに西ドイツの切手や葉書を導入したわけではなく、1959年7月5日(日)まで西ドイツと同じ図案で異なる通貨単位(Franc フラン)の切手と葉書を発行しました。これらを発行した州都ザールブリュッケンの逓信局の発行時期を含めて、「ザール」として扱われます。

[ザール地区で発行された葉書の解説]
 ザールの葉書は、切手の場合と同じく、大きく次の3つの時代で分類します。下記の文字、または画像をクリックすると、各時代の葉書の解説ページへジャンプします。

第一次世界大戦後から住民投票まで 1920年〜1935年
第二次世界大戦後から西ドイツ編入前まで 1949年〜1956年
西ドイツ編入後 1957年〜1959年

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