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  メーメル
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メーメル Memelgebiet Memel

通貨単位:
1Mark(マルク)=100Pfennig(ペニヒ)
1Litas=100Cent(Centu, Centai) 1923年4月16日から
1Reichsmark=100Pfennig 1939年3月末から

[概説]
 メーメル(現リトアニアのクライペダ)はバルト海に臨み、人口20万人程度の港湾都市です。歴史は7世紀にさかのぼり、1252年にドイツ騎士修道会が占領して要塞を築いた後、一時スウェーデンの支配下にあったのものの、1919年までドイツの支配下にありました。第一次世界大戦後、ベルサイユ条約により、メーメルはドイツから切り離され、1920年から1923年はじめまでフランスが委任統治していました。この間は、ドイツとフランスの切手や葉書に加刷したものが使用されました。その後、リトアニア軍が進駐し、1923年1月26日(金)からはリトアニア切手に加刷されたものが使用され、1925年6月1日(月)からはリトアニアの切手が使用されるようになりました。
 1939年3月23日(木)から再びドイツの支配下にありましたが、1945年にソビエト軍が占領するとソビエトに編入されました。その後、1991年にリトアニア共和国独立とともに、メーメル(クライペダ)はリトアニアの都市として現在に至っています。

[メーメルで発行された葉書の解説]
 ここで取り上げるメーメルの葉書は、フランスの委任統治時代からリトアニア軍進駐までの時期(1920年〜1923年)のものです。時期的にはちょうど、ドイツの葉書が使用された時期とリトアニアの葉書が使用された時期の狭間に位置します。この間に、ドイツ、フランス、リトアニアの順に237種類もの加刷切手が発行されていて、大変興味深い収集対象になっています。しかし、葉書に関しては、1920年にわずかに4種類の加刷葉書を発行しただけでした。
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メーメル

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