目 次
ドイツ・ステーツ
ドイツ 1872
ドイツ 1873-1932
ドイツ 1933-1944
ドイツ在外局
ドイツ植民地
ドイツ海軍艦船郵便
第一次世界大戦占領地区
ベルギー軍占領地区
ドイツ住民投票地区
ダンチヒ
メーメル
ザール
第二次世界大戦占領地区
地方発行
連合軍占領地区
西ドイツ
ベルリン
 概説
  BERLIN加刷 1949
  建物1次 1949-1955
  建物2次 1956-1961
  小型ホイス 1959-1961
  著名人 1961-1963
  建造物1次 1965-1966
  建造物2次 1966-1969
  ハイネマン 1971-1973
  事故防止 1974-1976
  城 1977-1982
  名所 1989-1990
  絵入り・記念 1950-1989
  航空 1953-1957
東ドイツ
統一後のドイツ

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8.[ハイネマン]

 ハイネマン図案葉書は、3つのシリーズがあり、全部で14種類あります。

1)第1次

市内用8ペニヒ葉書

市内用8ペニヒ往復葉書返信部

市外用25ペニヒ葉書

外信用40ペニヒ葉書

 1971年8月27日(金)から1972年3月にかけてハイネマン大統領の図案の葉書が発行されました。同じ時期に西ドイツで発行された葉書は、こちらを参照してください。発行時期は、市外用25ペニヒ葉書と同往復葉書が8月27日、外信用40ペニヒ葉書は9月頃、市内用8ペニヒ葉書が翌1972年3月頃です。市外用25ペニヒ葉書は、厳密には、市外用葉書と同じ料金で届くCEPT加盟国用もかねています。ただし、以前のシリーズと違って、フランス語表記はありません。


2)第2次(料金改定)

市内用15ペニヒ葉書

市外用30ペニヒ葉書

市外用30ペニヒ往復葉書往信部

市外用30ペニヒ往復葉書返信部

外信用50ペニヒ葉書

 1972年7月1日(土)から市内用葉書料金が8ペニヒから15ペニヒへ、市外用葉書料金が25ペニヒから30ペニヒへ、外信葉書料金が40ペニヒから50ペニヒに値上げされるため、事前の6月20日(火)から発行されたシリーズです。


3)第3次(POSTKARTE書体等改訂)

市内用15ペニヒ葉書

市内用15ペニヒ往復葉書往信部

市内用15ペニヒ往復葉書返信部

市外用30ペニヒ葉書

市内用15ペニヒ葉書(白紙)

市外用30ペニヒ葉書(白紙)

市外用30ペニヒ往復葉書往信部(白紙)

市外用30ペニヒ往復葉書返信部(白紙)

 1973年7月からPOSTKARTEの文字を細くして縦長にし、葉書の右側の宛先人の住所欄を6段から5段に減らしたシリーズが発行されました。さらに、9月から、用紙を純白の白紙に変えたものが発行されました。これが西ベルリン最初の純白の用紙に印刷された葉書です。1870年7月に発行された最初のドイツの葉書から一貫して、葉書に使われる用紙のほとんどが、薄茶色のセーム色紙(なめし革の薄い色)か、やや茶色味を帯びたクリーム色紙でしたが、純白の用紙は第一次世界大戦占領地区のごく一部の例しかなく、当時としては異例の用紙でした。しかしこれは、葉書にも技術革新が及んだ例でもありました。以後、西ベルリンでは、この白紙が主流になります。


[ワンポイント]
 外信用40ペニヒ葉書の適正使用例が意外に難関です。なお、この外信葉書は、1974年7月1日の料金値上げで市外用葉書として使用されました。この場合の使用例は評価がかなり低くなりますので注意してください。次に、外信用50ペニヒ葉書が難しいでしょう。市内用8ペニヒ葉書は、適応期間が約4ヶ月ですが、少ないながらも使用例はあります。これら以外は集めやすいシリーズです。

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