目 次
ドイツ・ステーツ
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メーメル
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第二次世界大戦占領地区
地方発行
連合軍占領地区
西ドイツ
 概説
  建物 1950
  ポストホルン 1951
  ホイス1次 1954-1961
  ホイス2次 1959-1961
  著名人 1961-1963
  建造物1次 1965-1966
  建造物2次 1966-1969
  ハイネマン 1971-1973
  事故防止 1974-1976
  城 1977-1982
  名所 1989
  絵入り・記念 1949-1989
  ロト 1949-1997
ベルリン
東ドイツ
統一後のドイツ

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8.[ハイネマン]

 ハイネマン図案葉書は、3つのシリーズがあり、全部で8種類あります。

1)第1次

国内用25ペニヒ葉書

国内用25ペニヒ往復葉書往信部

国内用25ペニヒ往復葉書返信部

外信用40ペニヒ葉書

 1971年8月27日(金)からハイネマン大統領の図案の葉書が発行されました。同じ時期にベルリンでも似た図案の葉書を発行しています。こちらを参照してください。発行時期は、国内用25ペニヒ葉書と同往復葉書が8月27日、外信用40ペニヒ葉書は9月頃です。国内用25ペニヒ葉書は、厳密には、国内用葉書と同じ料金で届くCEPT加盟国用もかねています。ただし、以前のシリーズと違って、フランス語表記はありません。
 上の写真の外信用40ペニヒ葉書は、航空料金30ペニヒ分の切手を貼ったアメリカ宛のものです。左側に見える青のラベルは航空ラベルです。


2)第2次(料金改定)

国内用30ペニヒ葉書

国内用30ペニヒ往復葉書往信部

国内用30ペニヒ往復葉書返信部

外信用50ペニヒ葉書

 1972年7月1日(土)から国内用葉書料金が25ペニヒから30ペニヒへ、外信葉書料金が40ペニヒから50ペニヒに値上げされるため、事前の6月20日(火)から発行されたシリーズです。


3)第3次(POSTKARTE書体等改訂)

国内用30ペニヒ葉書(クリーム色紙)

国内用30ペニヒ葉書(白紙)

 1973年7月からPOSTKARTEの文字を細くして縦長にし、葉書の右側の宛先人の住所欄を6段から5段に減らしたシリーズが発行されました。さらに、9月から、用紙を純白の白紙に変えたものが発行されました。これが西ドイツ最初の純白の用紙に印刷された葉書です。1870年7月に発行された最初のドイツの葉書から一貫して、葉書に使われる用紙のほとんどが、薄茶色のセーム色紙(なめし革の薄い色)か、やや茶色味を帯びたクリーム色紙でしたが、純白の用紙は第一次世界大戦占領地区のごく一部の例しかなく、当時としては異例の用紙でした。しかしこれは、葉書にも技術革新が及んだ例でもありました。以後、西ドイツでは、この白紙が主流になります。

 これらのシリーズの葉書は、ユーロ導入後の2002年6月30日まで有効でした。(ベルリンで発行された同じ図案の葉書は、ドイツ統一後の1991年12月31日まで有効でした。)


[ワンポイント]
 外信用40ペニヒ葉書の適正使用例が意外に難関です。なお、この外信葉書は、1974年7月1日の料金値上げで市外用葉書として使用されました。この場合の使用例は評価がかなり低くなりますので注意してください。他は集めやすいシリーズです。
 なお、このシリーズの外信用50ペニヒ葉書は、ドイツ統一後の旧東ドイツ地区で外信用葉書に転用されました。それは、ドイツ統一後の旧東ドイツ地区では、外信用葉書の料金が25ペニヒから50ペニヒに値上げされたにもかかわらず、その料金の葉書が発行されなかったためです。

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