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 概説
  建物 1950
  ポストホルン 1951
  ホイス1次 1954-1961
  ホイス2次 1959-1961
  著名人 1961-1963
  建造物1次 1965-1966
  建造物2次 1966-1969
  ハイネマン 1971-1973
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  城 1977-1982
  名所 1989
  絵入り・記念 1949-1989
  ロト 1949-1997
ベルリン
東ドイツ
統一後のドイツ

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1.[建物 1950]

 建物図案(改訂)葉書は、全部で3種類あります。

市内用8ペニヒ葉書

市外用10ペニヒ葉書

改訂後 改訂前(○の位置に注意してください)

 1950年に、宛先人住所の郵便番号丸枠が、縦罫線に対して中央になるように移動したシリーズが発行されました。これが西ドイツ成立後の最初のシリーズです。
 建物図案葉書としては、すでに英米占領地区で1948年11月から発行されていました。葉書の方はそれほど有名ではありませんが、切手の方は「ドイツの建物切手」と言えばこの図案の切手を指すくらい大変有名です。(日本でもこの建物切手の熱心なコレクターの方がいらっしゃるそうです。)西ドイツ成立後も、この建物図案の切手と葉書が引き続き通用していました。従って、西ドイツ最初の葉書としては、ここで取り上げた改訂シリーズの葉書になります。

 ところで、カタログでは、この葉書が英米占領地区で発行された葉書と同一図案であることから、西ドイツ成立後発行された葉書であるにも関わらず、英米占領地区に収録されています。集める立場としては、同一図案がまとまって収録されている方がわかりやすいのですが、歴史の流れの立場で考えると、このシリーズは西ドイツ成立後に発行された葉書としてとらえるべきです。それで、ここではあえて、西ドイツの葉書として分類しています。

 上の2つの写真は、どちらも外国宛の20ペニヒ料金になるように切手を加貼りした使用例です。

(参考)
 ベルリンの葉書も同じような改訂があります。こちらを参照してください。同じような改訂ですが、西ドイツの場合とちょっと違います。実は、ベルリンの葉書の方は、郵便番号丸枠を移動して、さらに差出人氏名欄を改訂していますが、西ドイツの方は、逆に1948年の建物図案葉書で差出人氏名欄を改訂し、この1950年の改訂シリーズで郵便番号丸枠を移動しているのです。

 建物図案葉書は、改訂シリーズも含めて、1953年3月31日(火)まで有効でした。下の写真は、有効期限の約7ヶ月後に投函されて、不足料金が徴収された使用例です。印面は青鉛筆で四角に囲まれ、消印はその印面をよけて左側に押されています。写真ではカットされていますが、この葉書の下に青鉛筆で「15」と不足料金+手数料の追徴金額が書かれています。当時の未納郵便に対する追徴金額は、不足料金と、不足料金の半額−端数があれば切り上げ−を手数料として加算した合計値でした。下の例では、葉書そのものが無効なので丸々10ペニヒ不足、よって手数料は10÷2で5、合計15ペニヒ追徴という訳です。

市外用10ペニヒ葉書の有効期限後使用のため、未納扱い


[ワンポイント]
 このシリーズの市外用10ペニヒ往復葉書が難関です。1948年の建物葉書も含めて、この10ペニヒ往復葉書が未使用・使用済とも入手に一番苦労するでしょう。

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