目 次
ドイツ・ステーツ
ドイツ 1872
ドイツ 1873-1932
ドイツ 1933-1944
ドイツ在外局
ドイツ植民地
ドイツ海軍艦船郵便
第一次世界大戦占領地区
ベルギー軍占領地区
ドイツ住民投票地区
ダンチヒ
メーメル
ザール
第二次世界大戦占領地区
地方発行
連合軍占領地区
西ドイツ
 概説
  建物 1950
  ポストホルン 1951
  ホイス1次 1954-1961
  ホイス2次 1959-1961
  著名人 1961-1963
  建造物1次 1965-1966
  建造物2次 1966-1969
  ハイネマン 1971-1973
  事故防止 1974-1976
  城 1977-1982
  名所 1989
  絵入り・記念 1949-1989
  ロト 1949-1997
ベルリン
東ドイツ
統一後のドイツ

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13.[ロト]

・はじめに
 第二次世界大戦後イギリス軍に占領されたハンブルクでは、ラジオ ハンブルクの放送が再開され、1945年9月22日(土)からは北ドイツ放送(NWDR:Nordwestdeutscher Rundfunk、現在は西ドイツの西−W−がとれてNDR)と改名しました。ラジオ放送は、当時の人々にとって、最大の娯楽であり、貴重な情報源でした。
 1932年からラジオ放送の仕事に携わっていたワルター・ヒルペルト(1908生−1962没)は、戦後退役してこの北ドイツ放送局に勤務し、数々の番組を手がけていましたが、その彼のアイデアで1948年8月15日(日)から「Wer hört, gewinnt」の文句で親しまれた「FunkLotterie」(ラジオ放送のロト)という懸賞付きクイズ番組が始まりました。脚本とナレーターは、作曲から脚本・舞台演出までこなしたユスト・ショイ(1903生−1956没)が担当しました。なお、「Wer hört, gewinnt」とは、ドイツ語のことわざの「Wer wagt, gewinnt」(危険を冒した者が勝利を得る。逆の意味は、虎穴に入らずんば虎児を得ず)をもじったもので、「ラジオを聴いて賭に挑戦した者は勝利を得る」、言い換えると、「ラジオを聴いてあなたも一攫千金」という意味だったのでしょう。この番組は45分物で、雑音のような物音、詩、音楽等を聴かせて、これが何かを設問から選ばせるクイズを放送していました。後に、ドイツ郵政から応募用の専用の葉書が発行されます。この葉書が、以下に紹介する、いわゆるロト葉書です。ロトとは言っても、日本のミニロトやロト6のように、数字を選ぶものではありません。
 番組で集まったお金は、賞金を含む諸経費を引いて、残りがハンブルクにあった貧困者等の救済活動を行うドイツ救済団体に寄付されました。その寄付の金額は、放送50回分で250万マルクを超えるほどの巨額で、人々がいかに夢中になっていたかが伺えます。なお、現在もこの「Wer hört, gewinnt」のような番組があり、当選者がHPに写真で紹介されていたりします。

お断り:ロト葉書の裏面には、住所、氏名、年齢、職業等のプライバシーに関わる情報が入っていますので、それらを写真の図版から削除しています。また、受付番号もユニークな識別子になるため、削除していますのでご了承ください。

1)プレ発行 建物図案(1949年5月10日発行)

表面

 1949年5月10日(火)に「FunkLotterie」の応募用の専用葉書であるロト葉書が発行されました。売価は、賞金を含む経費50ペニヒ+葉書料金10ペニヒ+寄付金10ペニヒの合計70ペニヒでした。発行して約2週間後の5月23日(月)にボン基本法が公布され、西側占領地区を母体とするドイツ連邦共和国が発足することになりましたので、5月10日はまだハンブルクは連合軍占領下にありました。すなわち、厳密には、この葉書はプレ発行です。

裏面
ファミリーネーム(姓)記入欄
ファーストネーム(名)記入欄
○枠の郵便番号記入欄と市町村名記入欄
町名、通り名、番地等記入欄
職業記入欄
年齢記入欄と、何回応募したかの記入欄

解答記入欄(中央の6×3列)と、主催者が記入する受付番号記入欄





応募に関する注意書き

 上の写真は、ロト葉書の裏面です。初めて使う人もいるので、応募に関する注意書きが、以下のように事細かに書かれています。()は筆者の補足です。なお、この注意書きは、問い合わせや誤解が多かったのか、後で何回も改訂が行われました。

数字の1から6は、質問をまとめたものです。それぞれについて左から右に向かって、(答えに)合う列に活字体のA、B、Cを埋めてください。インクで記入してください! (記入したら)修正しないでください! 年齢と何回応募したかは、こちらで統計を取る目的で使用しますので、記入は自由です。この葉書は、遅くても土曜日に(こちらに)配達されるように投函してください。ドイツ郵政は、郵便料金、および、経費の50ペニヒを差し引いた金額をドイツ救済団体に支払います。

 年齢と何回応募したかの記入は自由、と書かれていますが、実際は、ほとんどの葉書で記入されています。応募者は、正直に書かないと当落に影響する、と考えたのかもしれません。上の写真ではカットしていますが、これを投函した人は26歳の主婦で、45回応募したと書いています。いくら夢を買うとはいえ、葉書の7倍もの金額で買い求めるロト葉書は、大きな出費であったはずです。


2)建物図案 住所変更(1950年発行)

表面

 葉書の宛先の住所が、HAMBURG36番地からHAMBURG1番地に変更になり、裏面が一部改訂されたシリーズです。裏面の改訂は大きく分けて3種類あって、さらに、経費が50ペニヒから55ペニヒに値上げされ、逆に、1951年8月6日(月)から売価を65ペニヒに下げたため、手書きまたはハンドスタンプで売価を修正したりと複雑です。これらの組み合わせで、専門的には9種類に分類されます。(裏面の3種類 × 無修正/手書き修正/スタンプ修正の3種類=9種類。)

裏面

 上の写真は、裏面の改訂の一例で、一番上に「活字体で記入してください!」の注意書きを追加し、中央右の「何回応募したか」の記入欄を削除しています。「活字体」といちいち断っている理由は、達筆な筆記体で書かれて読めないトラブルが多数あったからと思われます。また、注意書きに対して利用者から問い合わせが相次いだり、多数の意見があったのでしょう。注意書きの表現を変えたり、大幅にカットしたりしています。()は筆者の補足です。

数字の1から6は、質問をまとめたものです。それぞれについて左から右に向かって(あなたが)選んだ列に活字体のA、B、Cを埋めてください。インクで記入してください! (記入したら)修正しないでください! 年齢は、こちらで統計を取る目的で使用しますので、記入は自由です。この葉書は、遅くても火曜日に(こちらに)配達されるように投函してください。


3)ポストホルン図案(1952年発行)

表面

 1952年から、印面の図案がポストホルン図案に変更されました。左上に売価が65ペニヒと書かれ、郵便番号の枠(HAMBURG1の左)が大きな○に変更されています。さらにまた、裏面の一部が改訂されました。売価が65ペニヒになりましたが、経費はまた50ペニヒに下げられたので、葉書料金の10ペニヒを差し引いて、5ペニヒがドイツ救済団体に寄付されました。以後、この寄付金の額は5ペニヒ固定となります。

裏面

 裏面は、今まで黒いインクで印刷されていましたが、表面に合わせて緑色に統一されました。結果的に、両面とも1色刷ということになります。そして、前シリーズで削除された「何回応募したか」の欄が復活しました。一人で大量に応募する人がいたからでしょうか? 一番上にあった「活字体で記入してください!」という文字が「活字体で記入するかタイプライターで記入してください!」に変わりました。タイプライターがかなり普及していた時代なので、手書きじゃなきゃだめなのか?という問い合わせが多かったのでしょう。そしてまた、注意書きも少し改訂しています。()は筆者の補足です。

数字の1から6は、質問をまとめたものです。それぞれについて左から右に向かって(答えに)ふさわしい列に活字体のA、B、Cを埋めてください。インクまたはタイプライターで記入してください! (記入したら)修正しないでください! 年齢と何回応募したかは、こちらで統計を取る目的で使用しますので、記入は自由です。この葉書は、遅くても土曜日に(こちらに)配達されるように投函してください。

 上の写真では、左上に赤い枠のようなスタンプが見えます。これは、戦前に使用されていた鷲の図案のメータースタンプで、戦後、その図案が第三帝国を思い出させるため、鷲の頭の部分を削り取ったものです。ハンブルク1局がローカル発行(郵便局の独自発行)の葉書に使用していた(鷲の頭の部分を削り取った)メータスタンプと酷似しており、おそらくそれの流用ではないかと思われます。では、なぜ葉書の裏に押されているかですが、未納便でもなく、4の数字は郵便料金とは無関係なので、当選者であることの目印か何かではないかと推測しています。

 ところで、この葉書の下に手書きで「STRAUß」(シュトラウス)と書かれています。この葉書以外にもしばしば、一番下に手書きで「STRAUß」とか「Ganz Berlin!」とか文字が書かれているケースがあります。表にまで書かれていることもあります。これは、スペシャルクイズの解答だったようで、表に書いてある例は別として、たいてい一番下に書いてあるので、番組の中でここに書くように指定があったのでしょう。後の改訂で、この位置に記入欄が設けられます。


4)ポストホルン図案 改訂(1952年10月12日発行)

表面

 1952年10月12日(日)から、葉書の周囲にある装飾が、一面の模様から、28個のパターンの羅列に変わりました。裏面も、問題の解答形式が変わったようで、それに合わせて大幅に改訂されました。

裏面

 裏面は、まず、一番上にあった「活字体で記入するかタイプライターで記入してください!」の注意書きが削除されました。解答の記入が「×」なので、ABCと違って間違えることはない、という判断なのでしょう。次に、解答記入欄が6×6になっていて、Ja(はい)が5列で1〜5の番号があり、Nein(いいえ)が一番右に1列あります。おそらく、質問の答えが1〜5のどれかならばJa(はい)の5つの列から選択し、どれにも当てはまらないならばNein(いいえ)の列を選択する、というやり方だったと思われます。以後、1969年まで発行されるロト葉書は、すべてこの解答形式になります。注意書きも、当然、改訂が行われました。()は筆者の補足です。

横の数字のからは、質問をまとめたものです。縦の列には、(解答に)一致する欄に×を記入してください。インクまたはタイプライターで記入してください。(記入したら)修正しないか、(紙などで)きれいに上から貼るかしてください。年齢と何回応募したかは、こちらで統計を取る目的で使用しますので、記入は自由です。この葉書は、遅くても土曜日に(こちらに)配達されるように投函してください。

 この葉書には、実際に使用することを目的とした偽造品が存在します。紙の色が違っていて、印刷も不鮮明です。


5)ホイス1次図案(1954年発行)

 1954年から、印面の図案がホイス大統領の図案に変更されました。


6)ホイス1次図案 改訂(1957年発行)

表面

 1957年から、○枠の郵便番号欄から( )枠の郵便番号欄に変更されました。HAMBURGの左を見てください。裏面も同じ改訂が行われています。

裏面


7)ホイス2次図案(1959年発行)

 1959年から、印面の図案が小型のホイス大統領の図案に変更されました。


8)著名人図案(1961年発行)

 1961年から、印面の図案がデューラーの図案に変更されました。すぐ次のシリーズに変わったため、発行数が少ないシリーズです。


9)著名人図案 改訂(1962年発行)

表面

 1962年から、( )の郵便番号枠がなくなり、単に「2」の数字だけになりました。さらに、裏面の一番下に、スペシャルクイズの解答の記入欄が設けられました。

裏面


10)著名人図案 料金改訂(1963年発行)

 1963年3月1日(金)の郵便料金改定に伴い、10ペニヒから15ペニヒに値上げされ、印面の図案がルターの図案に変更されました。売価も65ペニヒから70ペニヒに値上げされています。


11)建造物1次図案(1965年発行)

 1965年から、印面の図案がテーゲル宮殿の図案に変更されました。


12)建造物1次図案 料金改定(1966年)

 1966年4月1日(金)の郵便料金改定に伴い、15ペニヒから20ペニヒに値上げされ、印面の図案がロルシュ王立修道院の図案に変更されました。売価も70ペニヒから75ペニヒに値上げされています。


13)建造物2次図案(1969年発行)

 1969年から、印面の図案が変更されました。同じロルシュ王立修道院ですが、図案が異なります。
 1969年4月に長寿番組であった「FunkLotterie」は終了し、ロト葉書は販売されなくなりました。従って、この葉書の使用済みは希少で、現在、正規の使用済みは25点が確認されているのみです。たまに市場で見かける使用済みは、記念押印したもので、未使用と同じ評価です。


14)スポーツ振興 付加金付き(1997年11月6日発行)

表面

 ドイツ公共放送連盟(ARD、Arbeitsgemeinschaft der öffentlich-rechtlichen Rundfunkanstalten der Bundesrepublik Deutschland)が主催した祭典(ガラ、または、ガーラ)用に使われた、年間最優秀スポーツ選手の投票用葉書です。1等はポルシェ ボクスターが当たるというもので、分類上はロト葉書の一種と扱われています。投票結果は、1997年12月7日(日)の20時15分から放送されました。
 中央の黄色い部分は、1文字ずつ記入できるように黄色の長方形が並んでいて、そこに書かれた文字をコンピュータで読み取らせるやり方でした。入力欄は、上から順に、ファミリーネーム(姓)、ファーストネーム(名)、町名や通りや番地、郵便番号と市町村名、電話番号です。左側の3分の1が切り離せるようにルレット目打ちが施されていて、投票者は左を切り離してから投函しました。従って、正規の使用済みは、左の3分の1がない形になっています。
 葉書の印面は、青少年のための付加金付き切手(額面100+50ペニヒ)が使われています。
 この葉書は、ジンデルフィンゲン切手市(10月24日から26日まで開催)で先行して発売されましたが、公式には11月6日から12月3日まで各郵便局と郵趣窓口で発売されました。

裏面

 上の写真は、裏面です。投票は3つのジャンルで行われ、上から「女性」、左下は「選手団」、右下は「男性」で、それぞれから1名あるいは1団体を選ぶやり方です。ただし、選択肢からどれも選びたくない投票者のために、黄色い長方形が並んでいる欄が設けられていて、ここに投票者が最優秀スポーツ選手だと思う別の人物やチームの名前を記入することができました。

 葉書は、多数の投票者を想定して300万枚用意されましたが、実際に売れたのは38万5千枚でした。


[ワンポイント]
 初期は組み合わせ的バラエティの入手に苦労しますが、後期は使用例の入手に苦労します。だんだん使用例が少なくなってきたのは、ラジオからテレビに視聴者の好みが移っていった結果を反映していると思います。初期に見られる売価の訂正の使用例は、割と高価ですが、簡単に偽造できますので注意が必要です。

 余談ですが、カタログでは、初期の葉書で諸経費が50ペニヒから55ペニヒになり、1952年から50ペニヒに戻った、とあります。一方で売価は1951年8月6日に70ペニヒから65ペニヒに値下がりした、とあります。すると、売価が65ペニヒで諸経費が55ペニヒの期間がわずかながらあって、その間は、葉書料金の10ペニヒを差し引くと寄付金が0だったことになります。実例がなかなか入手できないので不明点が多い葉書ですが、この辺の解明も興味あるところです。

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