対岸に口を開けているのは、水無鍾乳洞と呼ばれる横穴
石灰洞です。 洞口は二つありますが、前に
見えるのが第一洞口、沢を登った高い位置にあるのが第二洞口です。 これから、水無鍾乳洞について
どのようなことがわかっているか項目別に説明します。
地質と地形: 野河内渓谷附近には、三郡変成岩類に属する縞模様の片岩、暗緑色の角閃岩、白
色の
結晶質石灰岩(大理石)などの岩石が分布しています。 もともと海底に堆積してできた岩石や海底
火山の溶岩などが、地下深部に沈み込んで高い温度、圧力による変成作用を受けて
鉱物や組織が変化
したものです。 野河内渓谷は、
石灰岩と片岩の境界に沿って谷ができたため、周辺の谷にくらべて大
変直線的です。 水無鍾乳洞附近では、緩傾斜の右岸(井原山を背にして右側)が石灰岩、急傾斜の左岸
が片岩でできています。 川床に下りると、石灰岩と片岩の境界を観察することができます。
地下水と鍾乳洞: 雨水は地下に浸透する際に、おもに土壌層から供給される
二酸化炭素を溶か
し込みます。 石灰岩はこのような水によく溶ける性質をもっています。 したがって、石灰岩地域の地
下にはたくさんの空洞ができます。 水無鍾乳洞は、井原山から発する水無谷(野河内渓谷の上流部に
あたる)に分布する石灰岩層中に形成されたもので、水無鍾乳洞よりもさらに上流にある第三洞と水
無鍾乳洞の中・下層は現在の地下水の通路となっています。 水無谷に降った雨は、石灰岩地域にはい
るとその一部が伏流して地下の空洞を流れます。 その流れの一部は第三洞の中を通り人形岩の泉から
わき出し谷川となります。 この谷の水も、第一洞口から少し下流ですべて伏流してしまいます。 水無
谷はここから1km近くの間、文字どおり水のない涸れた谷になります。 そして、水無部落跡附近で左
岸川にあるいくつかの泉からわき出します。 地下水は、水1リットルあたり約25mgの石灰岩を溶かしてい
ますが、まだ十分に石灰岩を溶かす余力を残していますので、この間の地下では地下水の流路として
の鍾乳洞が現在も成長しているのです。
水無鍾乳洞の特徴: 水無鍾乳洞は、支洞を含めると全長1630m、第一洞口と第二洞口との
高度差62mで、福岡県内では平尾台の
目白洞(2000m)、
青龍洞(1500m)と並ぶ長い洞窟で
す。 洞窟は複雑な迷路状ですが、全体としては谷とほぼ平行にのびています。 片岩層が水を通しにく
いため、石灰岩と片岩層との境界附近に地下水が集まり、空洞の形成が進んだからです。 この片岩層
は、洞内の各所で見ることができます。 洞内の高低差10mの滝(
写真1)の壁面にもこの片岩層が露
出しており、片岩が地下水による侵食を妨げていることがわかります。
洞内には、地下水により石灰岩が溶かされてできた様々な形が残っています。 これらを詳しく観察
することによって石灰洞がどのように発達していったかを知ることができます。 天井や壁に見られる
なめらかな
くぼみや、断面が
円形の通路(
写真2)は、洞窟が水中にあったときに溶かされてできたも
のです。 また、「七丈渡し」で見られるような水平な天井は、崩落によるのではなく、地下水面が長期
間にわたってその高さに安定していた時期につくられたものです。 反対に、床の深い溝は、地表の谷
のように、洞内を地下水が流れて下方へ拡大が進んだことを示します(
写真3)。
水無鍾乳洞の縦断面図を見ると、色分けして示したように、洞窟がよく発達するレベルが3つあり
それぞれのレベルの間は深い谷やチューブ状の通路で結ばれています。 このような形態から、水無鍾
乳洞は、谷底が少なくとも現在の第二洞口よりも高い位置にあった時に、谷の地下で地下水の流路と
して空洞の形成が始まり、側方に拡大した時期と下方に拡大した時期を繰り返しながら発達してきた
と考えられます。
洞窟生成物: 洞窟生成物の発達はあまりよい方ではありませんが、洞窟の壁面にカリフラワー
状に群生する
洞窟サンゴや、滴下水がしたたり落ちる天井の部分に
ストロー状の鍾乳石(
写真4)を見
ることができます。 これらは、
方解石の結晶があつまったものです。 壁や天井が黒褐色や赤褐色に着
色しているのは、コウモリの排せつ物(グアノ)と石灰岩から生じたリン酸塩鉱物ヒドロキシアパタイト(人の
歯や骨をつくる成分)が壁に皮膜状に生成しているためです。 なお、「奥の院」には天井から鍾乳石のよ
うなものが垂れ下がっていますが、まだ洞窟が地下水面下にあった頃、地下水によって石灰岩が溶か
された際に
溶け残った部分ですので、これは鍾乳石ではありません(
写真5)。
洞窟に棲む生物: 洞窟の中は暗黒の世界で、洞口に近い部分を除くと、
気温は10〜12℃に
保たれています。 水無鍾乳洞で見ることのできる唯一の脊椎動物はコキクガシラコウモリに代表され
るコウモリです。 冬季には、冬眠するコウモリが集団となって天井からぶら下がっています。 このコ
ウモリの排せつ物と洞窟の外から流入する腐植土が、洞窟に棲む動物にとって重要な栄養源です。
カマドウマのように洞窟以外で見かける生物もいますが、体色が白で目を持たないトビムシ、カニム
シ、ヨコエビなどの1cmにみたない洞窟特有の小さな生物を、注意深く捜すと見つけることができま
す。