|
ベルギー軍占領地区
|
通貨単位: | |
1Franc(フラン)=100Centimes(サンチーム) |
[概説]
ここでいうベルギー軍占領地区とは、第一次世界大戦後にドイツが占領されたラインラント地方のうち、オイペン(Eupen)とマルメジー(Malmédy)およびその周辺地区を指します。
オイペンとマルメジーは、アルデンヌ高原にある街で、現在ベルギーのワロン語地区に属しています。どちらも2万人程度の町で、ベルギー国境に近いドイツのアーヘンから南に約15kmの所にオイペンが、さらに南に約25kmの所にマルメジーがあります。
この占領地区では、ベルギー本国の切手や葉書に加刷したものが発行され、28都市で使用されました。なお、この地区にあったLosheimは、1921年10月1日(土)にドイツへ返還されています。
[ベルギー占領地区でベルギー軍が接収した郵便局があった町]
Eupen地区(ベルギーに編入)
・Astenet
・Bullange(ドイツ名 Büllingen)
・Eupen
・Eynatten
・Herbesthal
・Hergenrath
・Kettenis
・Lontzen
・Moresnet(後にNeu-Moresnetと改称)(ドイツ名 Preußisch-Moresnet)
・Raeren
Malmédy地区(ベルギーに編入)
・Amblève(ドイツ名 Amel)
・Butgenbach(ドイツ名 Bütgenbach)
・Elsenborn
・Ligneuville(ドイツ名 Engelsdorf)
・Losheim(後にドイツへ返還、現ノルトライン・ヴェストファーレン地方ロースハイム)
・Malmédy(ドイツ名 Malmedy)
・Manderfeld
・Montenau
・Oudler
・Recht
・Reuland(またはBurg-Reuland)(ドイツ名 Burgreuland)
・Rocherath
・St. Vith
・Schoenberg(ドイツ名 Schönberg)
・Sourbrodt
・Waimes(ドイツ名 Weismes)
・Wévercé(ドイツ名 Weywertz)
・Xhoffraix
ベルギーが軍隊を駐留させたドイツの町(後にベルギー軍は撤退)
・Aachen
・Bottrop
・Duisburg
・Geilenkirchen
・Geldern
・Gladbeck
・Kleve
・Krefeld
・Mönchengladbach(M.-Gladbachと略すことが多い)
・Moers
・Neuss
・Osterfeld
[葉書発行までの流れ]
第一次世界大戦後、ベルサイユ条約に基づき、戦前までドイツにあったオイペンとマルメジーとその周辺都市がベルギーに割譲されることになりました。1919年9月20日(土)にラインラント地区のベルギー軍用の加刷切手が、1920年1月15日(木)にオイペン・マルメジー地区専用の加刷切手が発行されました。ドイツの切手は27日まで有効でしたので、加刷切手と混在して使用された例が存在します。ただし、このときは、まだ葉書は発行されていません。
その後3月に入って、それまでのオイペン・マルメジー両用の加刷切手は、それぞれの地区専用の加刷切手に切り替えられ、このときにようやく加刷葉書が発行されました。それぞれの地区用ではありましたが、実際はどちらでも流通していましたので、それぞれの地区用に分けた効果がどの程度あったのかは不明です。その後占領地区では1921年8月からベルギー本国の切手と葉書が流通するようになりました。すぐに本国のものが使用された関係から、加刷切手や加刷葉書が1931年4月末まで有効であったものの、使用例はあまり多くありません。
リンク先 | 図版 |
オイペン | |
マルメジー |
プライバシーに関わる書き込みがある場合は、それらを画像から削除しています。