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ソビエト占領地区

 1945年から1946年にかけて、ソビエト占領地区では、昔の行政管区ごとに独自の図案の切手が発行されました。その発行の仕方から見て地方切手のように思えてしまいますが、地方切手は、行政管区よりもっと狭い、都市とその周辺の地域の復興とともに独自に立ち上がった郵便のために作られたものですので、両者は明確に区別されます。
 1946年1月からアメリカ・イギリス・ソビエト地区で共通に使われた切手が発行されても、ソビエト占領地区では並行して新切手が発行されていて、1946年10月31日まで両者の混用が見られます。このように、しばらく独自路線で発行されていたソビエト占領地区の切手ではありますが、翌11月1日からすべて無効となりました。

 なお、メクレンブルク地区の西側は1945年6月30日までイギリス占領地区、チューリンゲン地区は4月12日から7月3日までアメリカ占領地区、西ザクセン地区は4月15日から6月14日までアメリカ占領地区で、いずれも、統治がソビエト軍に移管され、ソビエト占領地区となったものです。このため、切手の発行が8月以降にずれています。

 1948年6月20日(日)にドイチェ・マルク(ドイツマルク)がアメリカ・イギリス・フランス占領地区で発行され、翌21日(月)0時から旧通貨が1/10に切り下げられると、ソビエト占領地区では、6月24日から通貨改革(1/10の切り下げ)が行われ、ソビエト占領地区では再び独自の切手を発行することになります。
 なお、西側占領地区での通貨改革は、ソビエトと四カ国で共同管理しているベルリンでは実施されない、ということになっていましたが、ソビエト側はベルリンのソビエト占領地区でも通貨改革を断行したため、西側占領軍はその対抗措置として、翌6月25日からベルリンのアメリカ・イギリス・フランス占領地区(全部合わせて西ベルリン)でも通貨改革を実施しました。これにより、ドイツは経済的に東西2つの地域に分裂したことになり、それが後に東西ドイツの分裂につながっていきます。


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