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連合軍占領地区の切手一覧へ


アメリカ・イギリス・ソビエト占領地区共同発行

1Reichsmark(ライヒスマルク) = 100Pfennig(ペニヒ)

1946.1.22 (火曜 Dienstag, Tuesday) - 2.15

1.数字図案シリーズ 旧料金体系

 当初連合軍は、ドイツ各地の占領地区でそれぞれ独自の切手を発行していましたが、1946年1月22日(火)から、アメリカ、イギリス、ソビエトが共同で、各占領地区において通用する統一的な切手を発行しました。しかし、西側として第二次世界大戦の被占領国でもあるフランスは、1870年以来3度もドイツと戦ってきたという敵対感情もあってか、あくまで独自の占領体制に固執し、最後まで連合軍として共同発行に参加することなく、独自の切手を発行し続けました。
 シリーズは、1946年3月1日(金)の郵便料金値上げを境に2つのグループに分かれます。下記の額面ごとの用途は、発行当初の用途です。()内は、料金値上げ後に該当した用途です。
 切手の刷色は、戦前に発行されていた切手と同じ額面の切手であれば、そのまま同じ色が採用されています。

 *通常、各種の切手カタログでは、旧料金体系と新料金体系とを分けずに混在した形で掲載していますが、ここでは発行された目的を明確にするため、シリーズを分けています。

1Pf 1Pfennig 2月11日(月)発行
加貼り用
3Pf 3Pfennig 2月13日(水)発行
20gまでの印刷物 (3月1日から加貼り用)
4Pf 4Pfennig 2月11日(月)発行
20gを越え50gまでの印刷物 (3月1日から加貼り用)
5Pf 5Pfennig 2月8日(金)発行
市内用葉書 (3月1日から加貼り用)
6Pf 6Pfennig 2月5日(火)発行
市外用葉書 (3月1日から20gまでの印刷物)
8Pf 8Pfennig 2月11日(月)発行
20gまでの市内用書状、50gを越え100gまでの印刷物 (3月1日から20gを越え50gまでの印刷物)
10Pf 10Pfennig 2月15日(金)発行
加貼り用 (3月1日から市内用葉書)
12Pf 12Pfennig 2月2日(土)発行
20gまでの市外用書状 (3月1日から市外用葉書)
15Pf 15Pfennig 2月11日(月)発行
100gを越え250gまでの印刷物 (3月1日から加貼り用)
16Pf 16Pfennig 2月11日(月)発行
20gを越え250gまでの市内用書状 (3月1日から20gまでの市内用書状、50gを越え100gまでの印刷物)
20Pf 20Pfennig 2月11日(月)発行
250gを越え500gまでの市内用書状 (3月1日から500ReichsMarkごとの価格表記の保険料)
24Pf 24Pfennig 2月11日(月)発行
20gを越え250gまでの市外用書状 (3月1日から20gまでの市外用書状)
25Pf 25Pfennig 2月15日(金)発行
100Markを超えて250Markまでの郵便振替手数料
30Pf 30Pfennig 2月11日(月)発行
書留料、配達証明料、250gを越え500gまでの印刷物 (3月1日から100gを越え250gまでの印刷物)
40Pf 40Pfennig 2月11日(月)発行
速達料、250gを越え500gまでの市外用書状 (3月1日から250gを越え500gまでの市内用書状)
42Pf 42Pfennig 1月22日(火)発行
20gまでの市外用書留書状 (3月1日から加貼り用)

・色調に多くのバラエティがあります。
・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。


1946.3.1 郵便料金値上げ

1946.4.1 外国宛郵便再開(日本、スペインなど一部の地域は除外)

1946.3.7 (木曜 Donnerstag, Thursday) - 5.11

2.数字図案シリーズ 新料金体系

 戦後のインフレのため、3月1日(金)から郵便料金が2倍に跳ね上がったことにより発行されたシリーズです。利用目的が変わったため、同じ額面でも、基本的に改色されています。

 *通常、各種の切手カタログでは、旧料金体系と新料金体系とを分けずに混在した形で掲載していますが、ここでは発行された目的を明確にするため、シリーズを分けています。

2Pf 2Pfennig 4月25日(木)発行
加貼り用
12Pf 12Pfennig 4月15日(月)発行
市外用葉書
15Pf 15Pfennig 4月25日(木)発行
加貼り用 (1947年4月1日から9月14日の間、50gまでのアメリカ・イギリス向け印刷物およびそれの50gごとの追加料)
25Pf 25Pfennig 4月20日(土)発行
100Markを超えて250Markまでの郵便振替手数料
45Pf 45Pfennig 4月7日(日)発行
外信葉書、20gを越えた外信書状の20gごとの追加料(ともに1947年9月14日まで)
50Pf 50Pfennig 3月7日(木)発行
加貼り用 (1947年9月15日から20gまでの外信書状)
60Pf 60Pfennig 3月12日(火)発行
書留料、配達証明料、250gを越え500gまでの印刷物、500gを越え1kgまでの市内用書状
75Pf 75Pfennig 4月25日(木)発行
20gまでの外信書状(1947年9月14日まで)
80Pf 80Pfennig 3月11日(月)発行
速達料、250gを越え500gまでの市外用書状、100ReichsMarkまでの価格表記手数料
84Pf 84Pfennig 4月25日(水)発行
20gまでの市外用書留書状
1ReichsMark 1ReichsMark 5月11日(土)発行
小包、100ReichsMarkを越えた価格表記手数料他

・色調に多くのバラエティがあります。
・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。


1946.12.8 (日曜 Sonntag, Sunday)

3.ベルリン切手展 付加金付き小型シート

 ベルリン切手展用に、20Pfennig、40Pfennig、24Pfennigの3つの額面を並べた小型シートが発行されました。この小型シートは、額面合計の84Pfennigに加えて、旧ドイツ領からの避難民と老人の救済を目的とした付加金が416Pfennigも加算されていて、さらに発売時には、ベルリン切手展の入場料の100Pfennigが加算されました。すなわち、最終的な売価は600Pfennig(6ReichsMark)です。なお、切手には売価が5ReichsMarkと書かれています。
 切手の周りに目打ちが入ったものと無目打ちがあります。

5ReichsMark 目打ち入り
5ReichsMark 無目打ち

・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。


1947.3.1 (土曜 Sonnabend, Saturday)

4.労働者図案シリーズ

 戦後の復興を象徴する労働者の図案のシリーズです。数字図案のシリーズの刷色を踏襲し、まず、在庫の少ない額面が用意されました。残りは後で製造する予定だったようですが、途中の料金改定で不要になった額面(45Pfennig、75Pfennig)は発行されず、他の額面は翌年の1948年2月1日(日)に発行されました。

2Pf 2Pfennig 木を植える労働者
加貼り用
6Pf 6Pfennig
20gまでの印刷物
8Pf 8Pfennig 種を蒔く農夫
20gを越え50gまでの印刷物
12Pf 12Pfennig ハンマーを持つ労働者
市外用葉書
16Pf 16Pfennig 左官工と農婦
20gまでの市内用書状、50gを越え100gまでの印刷物
20Pf 20Pfennig
10Markまでの郵便為替手数料、25Markを超えて100Markまでの郵便振替手数料
24Pf 24Pfennig
20gまでの市外用書状
25Pf 25Pfennig
100Markを超えて250Markまでの郵便振替手数料
40Pf 40Pfennig
250gを越え500gまでの市内用書状
60Pf 60Pfennig 茶味紅
書留料、配達証明料、250gを越え500gまでの印刷物、500gを越え1kgまでの市内用書状
80Pf 80Pfennig
速達料、250gを越え500gまでの市外用書状
84Pf 84Pfennig
20gまでの市外用書留書状

・色調に多くのバラエティがあります。
・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。


1947.3.5 (水曜 Mittwoch, Wednesday)

5.ライプチヒ春期見本市 付加金付き

 戦後すぐに再開されたライプチヒ見本市の記念切手です。5×5の25面シートで発行されました。
 当初500万セット(各額面20万シート、計40万シート)を用意するつもりで、ライプチヒのギーゼッケ・ウント・デフリーント(Giesecke & Devrient)社に印刷が発注されたのですが、同社の旧式の銅版印刷機では120万セット(9万6千シート)しか印刷できず、ベルリンの国立印刷所が新型の銅版印刷機を使って250万セット(20万シート)を印刷しました。後者の分は、遅れて1948年初めに発行されました。
 用意された額面は、2種類を合わせて市外用書留書状の料金なので、記念として書留便へ使用されることを予想したのでしょう。60Pfennig切手は当時の同じ額面の通常切手と異なる刷色ですが、その理由は分かりません。

1160年にライプチヒの開市権を認める免許状を読み上げるオットー・フォン・マイセン辺境伯とそれを聞く市場の人々 24+26Pfennig 1160年にライプチヒの開市権を認める免許状を読み上げるオットー・フォン・マイセン辺境伯とそれを聞く市場の人々
20gまでの市外用書状
1268年にライプチヒの市場へ外国人の入市を認める免許状を読み上げるディートリッヒ・フォン・ランズベルク辺境伯とそれを聞く市場の人々 60+40Pfennig 1268年にライプチヒの市場へ外国人の入市を認める免許状を読み上げるディートリッヒ・フォン・ランズベルク辺境伯とそれを聞く市場の人々
書留料他

・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。

 ライプチヒで印刷された切手には単線目打ち2種類と櫛型目打ち1種類の合計3種類があり、ベルリンで印刷された切手には櫛型目打ち1種類があります。両者の櫛型目打ちは同じではなく、ライプチヒの方は柵型で、縦方向の目打ちと目打ちの間が1カ所離れているのが特徴です。ベルリン印刷にはそれがないので、単片でも簡単に区別が可能です。

ライプチヒ印刷の櫛型目打ち
下から7番目と8番目の目打ちの間が空いている
ベルリン印刷の櫛型目打ち
目打ちの空きが均一である


1947.3.15 (土曜 Sonnabend, Saturday)

6.ハインリヒ・フォン・シュテファン没後50年

 国際郵便連合(UPU)設立に貢献したハインリヒ・フォン・シュテファン(1831生-1897没)の没後50年を迎えるに当たり発行された記念切手です。ハインリヒ・フォン・シュテファンは葉書の提唱者でもありますが、その実現はオーストリーに先を越されました。

ハインリヒ・フォン・シュテファン 24Pfennig ハインリヒ・フォン・シュテファンの肖像
20gまでの市外用書状
ハインリヒ・フォン・シュテファン 75Pfennig 同上
20gまでの外信書状

・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。


1947.4.-5.

7.鳩図案高額面シリーズ

 平和のシンボルである鳩を描いた高額面のシリーズです。通常、カタログでは、労働者図案と一緒に1つのシリーズとして扱われます。

1Mark 1Mark 4月発行
小包、100ReichsMarkを越えた価格表記手数料、他
2Mark 2Mark 5月発行
小包、500gを越え1kgまでの速達市外用書状、他
3Mark 3Mark 5月発行
小包、他

・色調に多くのバラエティがあります。
・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。


1947.5.

8.数字図案シリーズ切手帳 通常切手

 数字図案シリーズの切手帳です。12Pfennig切手が4枚、16Pfennig切手が3枚組み合わされたペーンが1枚、24Pfennig切手が8枚組み合わされたペーンが2枚で、合わせて売価が2Reichs Mark(=200Pfennig)です。

12Pfennig切手が4枚、16Pfennig切手が3枚組み合わされたペーン
24Pfennig切手が8枚組み合わされたペーン

・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。


1947.9.2 (火曜 Dienstag, Tuesday)

9.ライプチヒ秋期見本市

 ライプチヒ秋期見本市の記念切手です。春期見本市の切手と違い、こちらは付加金がありません。ベルリンの国立印刷所で製造され、5×5の25面シートで発行されました。発行枚数は1000万セット(各額面40万シート、計80万シート)です。
 用意された額面では、12Pfennigが当時の同じ額面の通常切手と異なる刷色(むしろ、それより古いシリーズの切手の刷色)ですが、その理由は分かりません。

1497年にライプチヒの開市権を認める免許状を読み上げるマクシミリアン1世 12Pfennig 1497年にライプチヒの開市権を認める免許状を読み上げるマクシミリアン1世
市外用葉書
1365年の市場の風景(官吏に税金を徴収される出店者達) 75Pfennig 1365年の市場の風景(官吏に税金を徴収される出店者達)
20gまでの外信書状

・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。


1947.9.15 外国宛郵便料金値下げ

1948.2.1 (日曜 Sonntag, Sunday)

10.労働者図案シリーズ 追加額面

 戦後の復興を象徴する労働者の図案の追加シリーズです。なお、60Pfennig切手は、図案もまったく同じ30Pfennig切手が、似たような赤系統の色になった関係上まぎらわしくなったため、刷色を変更して発行されました。

10Pf 10Pfennig
市内用葉書、50gまでの外信印刷物、50gを越えた外信印刷物の50gごとの追加料、10Markまでの郵便振替手数料
15Pf 15Pfennig
10Markを超えて25Markまでの郵便振替手数料
30Pf 30Pfennig
100gを越え250gまでの印刷物、外信葉書、20gを越えた外信書状の20gごとの追加料
50Pf 50Pfennig
20gまでの外信書状
60Pf 60Pfennig 赤茶
書留料、配達証明料、250gを越え500gまでの印刷物、500gを越え1kgまでの市内用書状

・色調に多くのバラエティがあります。
・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。


1948.2.1 (日曜 Sonntag, Sunday)

11.鳩図案高額面シリーズ 追加額面

 平和のシンボルである鳩を描いた高額面シリーズの追加です。この額面が当時の最高額面です。通常、カタログでは、労働者図案と一緒に1つのシリーズとして扱われます。

5Mark 5Mark
小包、他

・色調に多くのバラエティがあります。
・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。


1948.3.2 (火曜 Dienstag, Tuesday)

12.ライプチヒ春期見本市

 ライプチヒ春期見本市の記念切手です。ベルリンの国立印刷所で製造され、5×5の25面シートで発行されました。発行枚数は1200万セット(各額面48万シート、計96万シート)です。
 それまでのライプチヒ見本市シリーズと違って、今回のシリーズは、当時発行されていた同じ額面の通常切手と2種類とも刷色が一致しています。
 なお、アメリカ・イギリス・ソビエトの共同発行としてのライプチヒ見本市シリーズは、この切手が最後です。(次のライプチヒ秋期見本市の発行は、6月の通貨改革に伴う東西分裂のため、ソビエト占領地区でのみ発行されました。)

1388年の市場の風景(関税という障壁に当惑する出店者達) 50Pfennig 1388年の市場の風景(関税という障壁に当惑する出店者達)
20gまでの外信書状
1433年の市場の風景(商品倉庫の建設) 84Pfennig 1433年の市場の風景(商品倉庫の建設)
20gまでの市外用書留書状

・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。


1948.5.22 (土曜 Sonnabend, Saturday)

13.ハノーバー輸出見本市

 ライプチヒ見本市がソビエト占領地区の一大イベントであるならば、アメリカ・イギリス占領地区の一大イベントはハノーバー輸出見本市です。この記念切手の発行は、おそらく東西占領者の対抗意識の現れでしょう。

彫刻家アダム・クラフト(1460-1508/09)の作品「商品の重量検査」 24Pfennig 彫刻家アダム・クラフト(1460-1508/09)の作品「商品の重量検査」
20gまでの市外用書状
彫刻家アダム・クラフト(1460-1508/09)の作品「商品の重量検査」 50Pfennig 同上
20gまでの外信書状

・2種類の額面の田型連刷があります。
・有効期限はアメリカ・イギリス占領地区では1948年6月22日、ベルリンとソビエト占領地区では1948年7月31日です。

アメリカ・イギリス占領地区とその他の地区の有効期限の違いについて
 アメリカとイギリス(とフランス)は、4カ国共同統治のベルリンを除いて、1948年6月20日(日)からアメリカ・イギリス(・フランス)占領地区で新通貨を発行し、翌21日(日)0時から旧通貨の切手をすべて1/10に切り下げて通用させました。この通用期間は翌6月22日(火)まででした。しかし実際は、22日の夜に投函された郵便物は23日の朝に開函して押印されたため、23日の朝まで通用したとも言えます。(同じ理屈で、6月21日の朝に開函した分までは、前日投函もあるので1/10の切り下げ前の料金で通用しました。)
 一方、ソビエトは、西側のこの切り下げ措置に対抗して、6月24日(木)からソビエト占領地区とベルリンの東側で通貨改革を行い、旧通貨の切手をすべて1/10に切り下げて通用させました。ただし、こちらの通貨改革では、通用期間が7月31日まで延長されました。
 ベルリンの東側(ソビエトの管轄地区)にまで通貨改革が強行されたことに対抗して、今度はアメリカとイギリス(とフランス)が、共同統治するベルリンの西側で6月25日(金)から通貨改革を断行しました。こうした双方の通貨改革の応酬が、ドイツを経済的に2つに分断させる結果となり、後の東西ドイツ分裂につながっていきます。


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