ハンブルク到着後約20分で、乗り継ぎの夜行列車が到着した。
ドイツの北部であるハンブルクから、最南端に近いパッサウまで12時間かけて走るドイツ縦断列車で、ややこしいのは後部にパリ行きの別の列車を併結しているところである。乗り間違えないように注意する。間違えたら洒落にならないことになる。
この列車も空いていたのだが、禁煙車は予約染みのところが多く、夜なら吸う人もそうはいないだろうと喫煙車に腰を下ろす(探し回るのも面倒だし)。オール座席の特急で、昨日の寝台列車と違い夜中にもこまめに駅に停車していくのだが、そのたびに目を覚ましてしまってあまり熟睡出来ない。微妙に空調が効いているようでこれが結構寒かったりもする。それでも、回りのドイツ人たちは軽装、人によってはTシャツ一枚で寝ていたりするから寒さへの耐性が違うのだろうか。
夜中に一度起こされて警官からパスポートチェックを受けたりもしたのだが、夜中のライン川沿いを順調に走って、翌朝6時少し前にフランクフルト中央駅に到着した。
ここからはドレスデン行きの直通のICEに乗り換えである。ホームの移動中にパンとコーヒーの簡単な朝食を購入する。
列車は程なく出発する。今回も運がよいことに列車は空いている。二日目のシュトゥットガルトからウルムまでの列車はずいぶんと混雑していたのだが、それ以降はほとんど混雑には遭遇せずに済んでいる。
途切れ途切れの睡眠であまり眠っていないはずだったのだが、眠気はあまり感じない。
出発してしばらくはまだ暗い中を走っていたが、郊外に出て速度を上げる頃になると徐々に朝がやってくる。丘の牧草地帯を進んでいくのだが、もやが掛かっていてかなり幻想的な光景になっている。
ドレスデンの次に訪問する予定のアイゼナハや、やはり旧東ドイツの大都市であるライプチヒを経て、列車は10分遅れでドレスデンのノイシュタットへ到着した。
昨日とは違い、今日はきちんとホテルが確保してあるので安心である。しかも、割と格の高いホテルで、日本で予約したときにはいい値段だと思っていたのだが、実際にホテルを見てグレードが分かるとそれでもお得なように感じた。
チェックインは15時からということであったが、荷物を預かってくれるということなので大きな方を預け、出かける前に明日のアイゼナハの宿の確保に挑戦してみることにする。昨日が昨日だったので「羮に懲りて膾を吹く」ではないがやはり慎重になってしまう。アイゼナハは今回の旅行でどうしても行きたいところであったことだし(小さい町なので日本では予約できなかった)。
ダメ元でホテルのサービスカウンターで頼んでみたら、代わりにネットを貸してくれたのでそれでガイドブックに載っているホテルにアクセスしてみる。サイトの予約フォームから申込みが出来そうだったので送信してみたが、返答先のメールアドレスを入力することが出来なかった(私のを書いても意味がない)ので、ネットを終えた後に電話を掛けて確認してみることにした。
はっきり言って、電話は難易度が高い。それでも英語が通じたので助かったのであるが、ジェスチャーや筆記が使えない電話では意思を伝えるのが数段困難になってしまう。しかし背に腹は変えられない。
10分ほど前にネットのフォームで申込みしたこと、今はドレスデンにいて明日泊まりたいことなどを話したら何とか通じたようで、明日の部屋の確保に成功する。値段も教えてくれたのでまあ間違いないだろう。これで安心して一気に心が軽くなった。
そして、ドレスデン観光の二日目である。
思わぬ苦境があったにも関わらず、この行程変更は結果としてよかったと思っている。ベルリンのサンスーシ宮殿と鉄道博物館を見学できなかったのは確かに惜しかったが、当初の予定では夕方について泊まるだけのドレスデンに、見てみると一日で回りきるのは難しいほど多くの見どころがあったのからである。
今日は、ツヴィンガー宮殿に行き、昨日は見られなかった各種展示施設を見ることにする。
まず最初に向かったのは武具博物館である。復興された宮殿の建物の一部を使って、15〜16世紀のものを中心とした中世の騎士の武器や鎧が数多く展示されている。剣や槍といったところから、馬上で使う銃、完全装備の騎士の鎧などが並べられており、特に二騎の騎士が槍を持っている馬上試合の再現などは圧巻であった。
シンプルな武器から、貴族や領主などが使う、装飾の入った手の込んだものまであるが、そうした装飾を別にしても洗練された武器は機能美といえる美しさを持っており見ている者を魅了させると思う。
そして次に見たのはその向かいにある美術館である。こちらは、ザクセン文化ともいえる絵画の数々が展示されている。最初に入ったホールの壁にあるのは、宗教画のタペストリーである。その奧から本格的に順路が始まり、個々の物はもはや覚えきれないのであるが、壮大な宗教画、肖像、おそらく記録も兼ねているであろう町の様子を描いた風景画などが並んでいる。大きさも縦横数メートルになるような大がかりなものから、普通の家庭にでもありそうな小さなサイズの物まで様々である。
一番奥にはザクセン王家(領主?)にちなんだ貴族や貴婦人の肖像が並んでいるのだが、その中に一つだけ召使いの絵があるのが不思議だった。カップに乗せた飲み物を運んでいるその女性は要するにメイドで、解説札を見ると「Das Schokolademadchen(ホットチョコレートを運ぶ娘)とあるから名のある貴婦人やお嬢様とは確かに別物だそう。他の絵画には歯医者が治療をしたり、狩人が獲物を回収したりする様子を描いた風俗画のようなものもあったので、ひょっとするとその一環なのかもしれない。
宗教画については、残念ながら私にキリスト教の素養がないので、ギリシャ神話あたりに題材を取った「バッカスの歓喜」「ポセイドンの戦い」などの他はよくモチーフを理解できないのが残念であった。
最後に見学したのは、陶磁器の展示館である。
入り口にあった日本語の解説によると、17〜18世紀にこの地方で勢力を誇った、ポーランド王兼務の選帝侯というアウグスト1世(アウグスト強王)が東洋の美術品である陶磁器に魅せられて収集したものを展示しているという。戦争時には近隣の城に疎開されていて無事だったというこれらの逸品は、戦後ソ連に持ち去られたが返還されてここドレスデンで展示されるようになったという。
東洋の陶磁器とは主に中国産と日本産であり、このコレクションの中には伊万里焼、柿右衛門などもあった。中国の陶磁器も手の込んだ模様が描かれているものや、竜をかたどった物、当時の風景や人物を塗ったものなどの一級品が多い。
その奧にはマイセンの磁器が展示されている。長く製法がヨーロッパにとっては謎だったこれらの磁器であるが、ようやくそれを解明して自国で作らせるようにしたのが、今でも有名なマイセンである(マイセンは地名=産地)。
日本や中国のデザインをまねた物もあるが、そこから一歩踏み出て人や動物、宗教的な造形を実現した「像」も作られるようになった。展示品の中ではアウグスト王の銅像を模した物や生けてある花も磁器で再現した花瓶(+花)などが印象的であった。
ここまで見ているとかなり疲れてきた。
ツヴィンガー宮殿自体も、再建されたものとはいえゴシック様式の立派な建物である。四方を囲うように宮殿が建ち、中庭は解放されて公園のようになっている。風が強いので時々水しぶきが飛んでくるものの、残り少ない夏らしい雰囲気を強調しているようにも思える。奧にはニンフの水浴び場というよくできた彫刻噴水があるのだそうだが、今は残念ながら改装中で見ることは出来なかった。
四方の中央にある門は少しずつどれも意匠が異なっている。特徴的なのは西側で、ドーム形になった屋根はアウグスト王がその地位を兼ねていたポーランド王の冠にちなんでいるそうである。
宮殿を見た後は近くのカフェに座って小休止する。喉も渇いていたので、ついついビールを頼んでしまう。昨日はピルスビールだったので今日は黒ビールにしてみた。
それを飲んだ後、少し買い物でも試みようと、旧市街の方へと歩いてみた。
こちらも立派なクロイツ教会のお膝元にあるアルトマルクト広場には、多くの出店が出ている。ソーセージやパンといった食べ物を売っているところから、民芸品、洋服、フィンランド産のはちみつなどというものまであった。
ここでつい我慢が出来なくなってソーセージを1本買って食べてしまうが、あとはざっと見て回っただけくらいで、近くに見つけたショッピングモールを覗いてみることにする。目的は本屋、ゲーム屋などであったのだが、ゲーム屋(ボードゲームを買いたいと思った)は見つからなかった。代わりにお菓子屋があったので会社へのお土産のチョコを購入。本屋では手頃なお土産になるカレンダーや日本のマンガ(ドイツ語版)を買った。あとはスーパーマーケットで水分とお買い得のワインを買った。値段は内緒だが、この価格でアウスレーゼは悪くないので土産にしてしまうことにする。
ショッピングモールを出て宮殿の方へ戻ろうと歩き始めたところでおもちゃ屋を発見。勿論、ゲームも売っているので早速、中を覗いてみることにする。めぼしいゲームを探して一通り見て回り、候補がいくつか出てきたのだが、懐かしい(子供の頃によく遊んだ)「世界旅行ゲーム」のようなものとそれの国内版の「ドイツ旅行ゲーム」がちょっと欲しいと思ったけれど、大きすぎるために断念した。ルールを訳す(勿論、ドイツ語である)のも難儀そうであったし……。
代わりに、あまりかさばらない大きさのゲームを二つ購入した。一つは中国の万里の長城を建設するゲーム、もう一つは「ドラキュラ」という二人対戦ゲーム(人間側が捕まらないように朝まで逃げられるか?というものか)を買ってみた。
いろいろ買い込んで荷物が重くなったので、ホテルに戻ってチェックインすることにする。
朝来たときにバウチャーを渡してあったのでチェックインは簡単に済んだ。プールやサウナがあるとか、フィットネスクラブがあるとかの説明を受けたが、水着は持ってきていないし、疲れてフィットネスどころではないので少々勿体ない。
しかし、さすがはいいホテルで快適に過ごせそうである。もっと高い値段を出せば景色のよい川側の部屋だったのかもしれないがまあそれはいいだろう。
昨日、一昨日と夜行だったため、何よりも最初に入浴して体をさっぱりさせたい。今日はバスタブ付きの部屋なので、お湯を張ってようやくひとごこちすることができた。
日暮れ近くになって夕日や夜景の写真を撮りつつ夕食という予定にしたので、それまでの間、荷物を整理したり(鞄に買ったものが全て入りきるか、パズルに近い)、この旅行記の原稿を書いたり、デジカメの画像をパソコンに取り込んだりと、雑事をこなしていく。
夕方19時半頃になって、再び出かけることにした。
まずは近くのスーパーでミニボトルのワインとジュースを買い、エルベ川の夕日を眺めながら劇場広場の方へ向かっていく。
夜景を取れるように高感度のフィルムを持ってきたのだが、800でも不足しているようで、撮ってはみたのだがあまりよく写っていなさそうであった。帰りに橋の上でやはり夜景を撮っている人を見かけたが、三脚装備だったのでやはりそれくらい重装してこなくてはならないのだろう。
食事は城の近くのレストランで取った。
今回はビールはぐっと我慢して、トマトスープとソーセージサラダを注文した。トマトスープは濃厚でクリームチーズを溶かしてあってなかなか美味しいのだが、こちらのスープの常でしょっぱいのである。それでもまあスープは無事にクリアして、次にやってきたのがサラダである。
日本ではサラダというと副菜に過ぎないのが普通であるが、こちらでは大皿に山盛りのサラダが出てきた。このソーセージサラダは、チーズや玉ネギ、ピクルスも入っていて酸味で味付けられているあっさりしたものであるのだが、いかんせん量が多い。この場合はあっさりしているのが災いして単調な味に苦戦させられることになる。
決して不味くはないのだが(寧ろ好みだ)、結局、全部食べきれずに残すことになってしまった。
勘定を済ませ、夜景を見ながら宿まで戻った。スープのせいか喉が渇いたので、スーパーで買っていたマルチビタミンを飲んだのだが……、これが炭酸だったりした。昔にも似た経験があったりしたが……。
もう一度シャワーを浴び、買い込んだワインを飲んで寝ることにした。ワインはドイツでは珍しい(最近では徐々に作るようになってきているそうだが)赤ワインで、ラインエッセンのものであるので赤といえど甘口で口当たりがよい。