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ここでは、軍の備えておくべき二つの態勢を述べた形篇第四、勢篇第五について解説します。

形篇第四

 「形」とは字の示すように目に見える形である。形を整えるということは言い換えると、必ず勝てるような態勢を作り出し、敵の敗勢に乗ずるということである。

 当たり前のことではあるが、孫子は「戦いの上手な者は、自らは誰にも打ち破れない様な体制を整え、敵が誰にでも打ち破れるような弱点をさらけ出すのを待つものだ」と言っている。つまり、守備を整えて自分は不敗の態勢を取り、これまでに述べたように謀略などによって敵の弱点を露にして、その主導権のもとで「勝つと決まった」戦いを挑むというものである。これには戦場での戦術的なもののほかに、国家の戦略レベルのものも含むであろう。自国の勢力拡大もしくは保全のためには、敵国がつけいる隙を与えないことが重要である。「戦わずして勝つ」などと述べていることから、孫子は非戦の思想であると解釈する向きもあるが、これまでに述べてきた手法でも分かるように決してそうではない。たとえ、自分が討って出ない場合であっても、抑止力、防衛力としての力は必要であるというのがその考え方であろう。さらに言えば、ある国が「平和」を保とうとするためには自国が侵略を受けないための「力」が必要であるということである。それがない(つけいる隙がある)国は必ず他に狙われるところとなり、砂上の楼閣であることを思い知らされる結果になるのである。

 孫子の戦争哲学に「最高の勝利というのは勝利に見えないようなあたりまえのものである」というのがある。つまり、素人目にも「勝利だ」と分かるような劇的な勝ち方は「正しい勝利」ではないというのである。一見おかしな議論のようであるが、これまでに述べられてきたことをふまえて考えれば容易に理解できるであろう。つまり、実際に戦火を交える前の段階で、勝利の可能性について比較検討し、敵の意図をくじいて主導権を握っているので、勝利というものは「細い毛をもちあげ」たり「太陽や月が見え」たりするような当たり前の事柄になっているはず(そういう状況が正しい勝利)だというのである。

 よって、戦い上手な将軍が勝っても知謀優れたことが目立つでもなく、武勇が目立つわけでもないのである。

 まとめると、「勝兵(勝利の軍)は先ず勝ちて(勝ちの決まった状況を作り)、而る後に戦いを求め(始め)、敗兵は先ず戦って、而る後に勝ちを求める」のである。

 そして、戦争の上手な者は政治を立派に行い、軍制を整えて(不敗の態勢を構築できるので)勝敗を決する力を持つことが出来るのである。

 更に孫子はそのための順序として次の五つの段階をあげている。

  1. 「度」(戦場となる土地について)ものさしではかること
  2. 「量」(その結果、投入するべき物量を)ますめではかること
  3. 「数」(その結果、動員する兵数を)数えはかること
  4. 「称」(その結果、彼我の能力を)比べはかること
  5. 「勝」(その結果、勝敗の帰趨を)考えること

である。このような順序立てた検討の結果、条件がととのい、蓄えた水を谷底へ解き放つように形をもって戦いに勝つことが出来るのである。

勢変第五

 ここでは、計篇第一で述べられた勢について、前篇を受けながら詳しく説明している。「形」は態勢などの静的な状態を指すのに対して、「勢」はその動きの結果もたらす効果という動的なものを指している。

 まず、孫子は、大軍を運用するにおいて、(大軍は大がかりになって統率を取るのが難しいにもかかわらず)小勢を運用するように整然と行うことが出来るのは、形名(編成)のためであるといっている。これは具体的には旗印などの目に見えるもの(形)と鐘や太鼓などの耳に聞こえるもの(名)であるという。つまりこれらの識別のための道具によって、きちんと編成がなされることによって、大軍を整然と動かすことが可能になるといっている。

 そして、戦いは正攻法で会敵し、奇法(敵の意表を突くような方法)で戦闘を行うとしている。正攻法で会敵するとはつまり、負けないような状態を整えて敵に相対するということであり、奇法で戦闘を行うとは、変幻自在に運用することによって敵にその意図を知らしめず、付け入る隙を与えないということである。つまりはこれまでに繰り返し述べられてきた事項の再確認である。

 ただ、正と奇というものは明確に区別されるものではなく、それらの組み合わせによる無限の可能性であるとしている。音階(宮・商・角・徴・羽)や色(青・黄・赤・白・黒)や味(酸・辛・塩味・甘・苦)のように要素は有限であるが、それの組み合わせにより無限のものができ上がるのと同じである。

 また、正から奇へ変化するのと同じように、混乱は整治から、臆病は勇敢から、軟弱は剛強から生まれるともいえ、どちらの形をとるかは軍の勢によるものである。敵にそのような状態を作り出すために駆け引きは存在し、戦いの駆け引きの巧みな者は敵に分かるような形を取って(利益を見せて)誘い出し、裏をかくのである。

 総じて戦いの上手な者は、変幻自在な運用から生まれる「勢」をもって戦いに当たるのである。木や石は安定したところにおいておけば静かであり、方形であればじっとしているが、丸ければ動き出す。同様に兵も勢いを持たせてやれば高い山から石を転がすのと同じように勢いをもって敵を打ち破ることが出来るのである。


 このように、前段で述べられた戦争を始める前の検討項目や基本的事項をふまえ、会戦前に必要な状況を整えることの重要性を主張している。勿論、ここの内容に限らず、述べられていることは戦術的だけでなく戦略的にも適用可能なことである。

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