ここでは、火攻めの方法と間諜の用い方について述べた火攻篇第十二と用間篇第十三について解説します。
火攻めは戦術的にも有用で、実際古代から戦争で多用されている。火そのものの威力による攻撃と、火の心理的影響力を利用するものがあると考えられる。前者は火によって兵や物資を焼くことによって物理的な損害を与えることである。後者は人間(動物)の本能的に恐怖する火を使うことによって敵を浮き足立たせ、兵による攻撃を有利に行うものである。
孫子は火攻めを次の五通りに分類している。
この分類は先ほどの見地によれば前者の物理的な面に視点を置いたものである。いずれも損害を与えることによって敵軍の戦力や継戦能力に被害を与えることになる。
ただし、火攻めというものは自然の力を利用することであり、火をかけるときはともかく、それ以降のことについては簡単に操作することはできない。そのため、火攻めをかける前に火の回り方などを予測し、適切に使わなくてはならない。それが空気の乾燥と月の位置であるという。
そして、火攻めを行った後はそれに呼応して兵を出して敵軍を攻撃するべきである。その原則をまとめると次のようになる。
また、もう一つの自然を利用した戦法である水攻めと比較して次のようにいっている。火を攻撃の助けとするのは聡明な知恵によるが、水を助けとするのは強大な兵力による。そして、孫子は火攻めの方が効果的であると主張する。水攻めでは敵を遮断することはできるが奪取することはできないからである。
そもそも戦って勝ちを得ながらその功績を整えないのは費留という軍費の無駄な出費である。よって、聡明な君主はよく思慮し、立派な将軍は兵をよく治める。このように冷静な判断のもとで戦争は行わなくてはならないので、君主は決して怒りにまかせて軍を興すべきでなく、将軍も憤怒にまかせて合戦を始めるべきではない。感情の変化は流動的なものなので、一度怒ってもそれが解けて喜ぶようにもなるし、憤激もほぐれて愉快にもなるが、一度滅びた国は再興できず、死んだ兵が生き返ることもない。この感情の制御と冷静な判断が軍と国を保つための方法である。対句をふんだんに使った表現であるが、それだけに孫子の主張が表に現れている箇所である。
孫子はこれまでの議論で情報の重要さについて幾度も述べている。戦いというものは自分と敵の力量その他の優劣で決まるので、その状況を知り、自分の有利に誘導することが勝利の秘訣であることは自明である。その敵の情報を入手するには間諜を用いるのであるが、この重要性をふまえて、一篇をさいて説明している。戦場で直接戦う兵が華やかさでは表にでるが、孫子はこの勝利のための情報をもたらす間諜こそが立役者であるという立場をとっている。
戦争において十万もの軍を動員し、千里の出征ということにもなれば、その費用は一日に千金にも達し、(徴兵されるので)生産力の基本となる農業に大きな影響が出る。そして数年の対峙の末、一日の合戦で勝敗を決める。これほど重要なことであるのに、間諜への恩賞を惜しんで(勝利の条件となる)敵情の把握を行わないのは不仁であるという。勝利のための情報を得ることは、鬼神の力、過去からの類推、自然の規律によるものでなく、ただ間諜という人によってもたらされるものだからである。
具体的には間諜は次の五通りに分類される。
このように間諜というものはとても重要な役割を担うので、将軍とは最も親密であり、報酬は最も高く、仕事上で最も秘密を持つ。謀りごとの中枢に関わるので、将軍に仁義と正義がなくては運用することはできないのである。
さて、間諜の役割としては、敵情の入手であるが、具体的には「人」の把握である。将軍や近臣、役人の名前を知り、その人物の詳細をつかむのである。
また、敵の間諜は発見したら利益を与えてこちらにつかせる。これが前述の反間である。そしてその情報を利用して郷間や内間を使うことができる。また生間を使うこともできる。
孫子全文は間諜についての見解で終わっている。間諜による情報、敵の状況の把握、彼我の実力の比較という流れで勝利がもたらされるとすればこの見解も至極当然といえよう。聡明な君主や優れた将軍こそが知恵者を間諜として用い、偉大な功績につなげることができるのである。
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