このように孫子を読んでいくとその主張する原則がつかめてこよう。抽象的な議論の展開が多いので個別にはわかりにくいが、名言を並べてみるとおぼろげながらもその全体像が見えてくる。願わくは我々もその教えを糧にして、人生を切り開く助けとしたいものである。
「兵は国の大事、死生の地、存亡の道、察せざるべからずなり」
戦争は国家の大事であり、民の死活、国の存亡がかかっているので熟慮して行わなくてはならない。
「兵は詭道なり」
戦争とは騙しあい、もしくは正邪入り交じった駆け引きである。
「夫れ未だ戦わずして廟算して勝つ者は算を得ること多ければなり」
開戦の前にすでに勝ちを確定させているのは、五事七計の比較によって十分に勝ち目を多くしているからである。
「故に兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久を賭ざるなり」
戦争にはまずくても素早くやるという法はあるが、巧く長引かせるというものはない。
「故に智将は務めて敵に食む」
智将は遠征においては敵の食糧を奪って食べる。
「故に兵は勝つことを貴ぶ。久しきを貴ばず」
戦争は勝利を第一とするが、長引くのはよくない。
「百戦百勝は善の善なるに非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」
百戦百勝は最高に優れたものではない。戦わないで敵を屈服させるのが最高に優れたことである。
「彼を知りて己を知れば百戦して殆うからず」
敵を知って自分も知っていれば百度戦ってもまったく危ないところはない。
「昔の善く戦う者は先ず勝つべかざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ」
昔の戦い上手の人はまず味方を誰にも打ち負かされない状況にして、敵が誰でも打ち破れる状況になるのを待った。
「是の故に勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む」
勝利の軍というものは先ず勝つ条件を満たしてから実際に戦い、敗北の軍は先ず戦い始め、それから勝ちを求めるのである。
「凡そ衆を治むること寡を治むる如くなるは、分数是れなり」
大勢の兵を統率していても小勢のように整然とできるのは部隊編成のためである。
「凡そ戦いは正を以て合い、奇を以て勝つ」
戦闘というものは正攻法を以て敵と合い、状況の変化に応じた奇策で勝つものである。
「善く戦う者は、其の勢は険にして其の節は短なり」
戦いの巧みな者は、その勢いを険しくして威力を増し、節目を切迫させて強度を高める。
「利を以てこれを動かし、詐を以てこれを待つ」
利益を以て敵を誘い出し、裏をかいてそれに対処する。
「故に善く戦う者は、人を致して人に致されず」
戦いに巧みな者は主導権を握って敵を思い通りにし、敵にそうされることはない。
「無形なれば則ち深間も窺うこと能わず、智者も謀ること能わず」
無形であれば入り込んだ間諜にかぎつけられることもなく、智者にも謀られることはない。
「夫れ兵の形は水に象る」
そもそも軍の形は水のようなものである。
「故に兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり」
戦争は敵の裏をかくことを中心にし、利のあるところに従って行動し、分散や集合により変化の形を取る。
「故に善く兵を用いる者は、其の鋭気を避けて其の惰帰を撃つ」
戦争の上手な人は鋭い鋭気の相手を避け、衰えて休息を求めているところを攻撃する。
「智者の慮は必ず利害に雑う」
智者の考えというものは必ずその利と害をまじえあわせて考える。
「兵は多きを益ありとするに非ざるなり」
戦争は兵が多ければ多いほどよいというものでもない。
「利に合えば而ち動き、利に合わざれば而ち止まる」
有利な状況になれば行動を起こし、有利にならなければまたの機会を待つ。
「九地の変、屈伸の利、人情の理は察せざるべかざるなり」
土地の状況に応じた変化、状況によって軍を屈伸させる利害、人情の道理については熟慮しなくてはならない。
「故に兵の情は、囲まるれば則ち禦ぎ、已むを得ざれば則ち闘い、過ぐれば則ち従う」
兵の心としては、囲まれたなら抵抗するし、戦わずにはいられないとなれば激闘するし、あまりに危険であれば従順にもなる。
「始めは処女の如くにして、敵人、戸を開き、後は脱兎の如くにして、敵人、拒ぐに及ばず」
始めは少女のようにおとなしくしていれば敵は油断を見せ、後に脱走するウサギのようにすばやく攻撃すれば敵は防ぐこともできない。
「夫れ戦勝攻取して其の功を修めざる者は凶なり」
戦って勝ち、奪取しながらその功績を整えないのはよくない。
「此れ兵の要にして、三軍の恃みて動くところなり」
この間諜こそが戦争の要であり、全軍がそれに頼って行動するところのものである。