秋の日はつるべ落とし。
この街の中心部から少し離れたところにある公園に、一人の少女がいた。
身に纏っているのは短めのスカートにケープ、胸元のリボンといった印象的な服であった。
その特徴的なデザインの制服が、わずかに赤みのかかった髪の色とも絶妙にマッチして不思議な魅力を感じさせていた。
学校の授業が終わってまだそれほど時間もたってはいないというのに、既に日は傾きかけ、日差しの色は暖かいオレンジ色になっていた。
その夕日が、少女の顔に影を当て、表情を巧みに隠す働きをしているようだった。
少女の名前は、天野美汐という。
この学校の制服では、胸元のリボンの色を学年によって変えているが、緑色のそれは、彼女が一年生であることを示していた。
もし近づいてみることが出来れば、美汐の持つ雰囲気や表情には、一年前まで中学生だったとはとても思えないような落ち着き、大人っぽさが感じられるだろう。本人は、それを良しとしているのか否かは分からなかったが、そうした雰囲気や性格が災いして、学校のクラスの中ではある種、浮いた存在になってもいた。
美汐が空を見上げる。
烏が鳴きながら童謡のようにねぐらに帰ろうと空を横切っていった。そんな一群に、美汐はわずかに微笑みかけたように見える。決して、感情のない人間なのではないのだろう。
終始、憂いのある表情のままの美汐であったが、それは美汐が寧ろ感受性に富んでいる人間だからこそのものなのである。
美汐がこの公園に来てしまったのも、そうした美汐だからこそ経験したからともいえる、ある悲しい別離のためなのであった。
おとなしく物静かな性格だった美汐は、小学生の頃から、友だちとつるんであちこちではしゃぎ回るというよりも、絵を描いたり本を読んだりといった遊びを好む方であった。体を動かすことが全般的に不得手だったということもあるかもしれない。例えば鬼ごっこなどをしていても、ほとんどの場合に一番に捕まってしまう。そうした遊びを楽しめなくなってしまったのはある意味では仕方ないことであったが、美汐にとっては大きな不運だったともいえるだろう。
必然として、仲のよい友だちの存在というものは限られてしまい、休み時間や放課後などでも、友だちと過ごすのではなく、一人で過ごしていることが多かった。
両親の仕事が忙しかったため、家に帰っても誰もおらずに寂しい思いをすることが多かったが、絵や物語に没頭することは、その寂しさを紛らわすにはもってこいであった。
そんな美汐に、ある時突然、友だちが出来た。
たまたま近くを通りかかった公園で、道に迷ったのか難儀をしている男の子を助けたのである。年の頃は、美汐とほとんど同じだった。不運なことに、転んですりむき傷を作ってしまったらしく、苦しそうな表情をしていたその男の子を見た美汐は、水道に連れて行って傷を洗い、持っていたハンカチで女の子らしく丁寧にその手当てをした。
自分の知っている商店街までの道を聞いた男の子は、快活そうな性格に割と反した丁寧なお礼の言葉を残して立ち去っていった。
それだけならば、ちょっと珍しい出来事というだけで終わってしまったのであろうが、彼はこれまた意外にも更に丁寧で、この男の子が洗ったハンカチを持って再び公園に現れた。これをきっかけにして、二人の距離が急速に縮まった。
「はいこれ、ありがとう」
「えっ?」
驚く美汐に、男の子は絆創膏を張った自分の膝を指さしながら言う。
「この前、ここで手当てをしてくれたでしょう?ハンカチ、ちゃんと洗って持ってきたから」
「わざわざ返しに来てくれたの?」
「当たり前じゃないか」
「……」
美汐は嬉しかった。見た目や言葉遣いは決して美汐が親しく出来そうなタイプではなく、寧ろその対極にあった。まして、そろそろ思春期に差し掛かろうとしている女の子にとって、同じ年ごろの男の子というものに、本能的な警戒心もあった。
「君は、この近くに住んでいるの?」
何故か、彼には美汐のそうした警戒心や内面の壁を消し去る何かを持っており、この問いにも驚くほど素直に頷いて答えたのだった。
美汐がその少年と仲良くなったのは、ある意味では自然な成り行きでもあった。
そして、それはまた美汐にとっての初恋であったかもしれない。
だが、そんな美汐の幸せはつかの間であり、出会いの喜びよりも数倍は大きい別離の悲しみが待っていたのだった。
例えばこの少年が遠くへ引っ越してしまうであるとか、もっとつらい出来事として交通事故などで急死してしまったというのであれば、まだよかったであろう。
ところが、美汐が大切に思っていたこの少年は、文字通り消えてしまったのだった……。
これは後から分かったことで、しかもにわかには信じられないことであったのだが、少年は、美汐が昔、山の中で救ったことのある野生の狐が姿を変えてやってきた存在であったのだ。
この地に伝わる伝承の類の一つであり、人間に恩を受けた山の狐が、その人間に再び会いたい気持ちを大きくしたとき、そのために人間の姿になることが出来るのだという。それには限りなく大きな「気持ち」が存在していないとならないので、滅多にその「願い」が叶えられることはないのだが、だからこそ伝承としてしか伝わってこない稀な例でもあったのだろう。
ともあれ、美汐に会いに来たこの少年は、そうした狐であった。後から思い出してみると、最初に美汐が少年に会ったときに傷を受けていた場所は、山の中で狐が掛かっていた罠の挟んでいた場所と同じだったかもしれない。
少年が消えていく予兆というものがあった。何度か高熱を出し、うなされるようになった。そして、子供が成長していく過程の逆をたどるかのように、退化していった。簡単な言葉が出てこないようになり、当たり前のように使える道具が使えなくなっていった。あたかも、本来の「狐」に戻っていくかのように……。
そして、最後に高熱を発したとき、美汐の腕の中で、少年の体の重みと温もりが急激に失われていった。最後は、霧のようにその体が一瞬霞み、視界が歪んだのが自分の涙のためかどうか分からないでいるうちに、もともとそこには何もなかったかのように消え去っていった。
その時の喪失感、寒さというのは、今になっても美汐ははっきりと覚えている。
この公園で、同じ場所に座って子供を抱くように手を曲げれば、そのときの温度さえもはっきりと頭の中に再現できる。
大切な友だちを失ったことが、美汐の心が他に向かって開かれない原因でもある。
この公園に来れば美汐は、嫌でもそのことを思い出してしまう。そうしたくない気持ちはやまやまだったのだが、どうしても美汐はここに足を運んでしまうのだ。
あの場所に足を横にして座る。制服のスカートはかなり丈が短かったから、端から見れば相当の色気を感じて見えるかもしれないだろう。だが、それは何事をも拒絶した色気でもある。
美汐の表情に、深い悲しみが映る。失ったものを持つことは出来ないという当たり前のことに悲しみを感じざるを得ない自分がつらかった。
しかし、美汐はあの少年を忘れないために、この公園にやってくるのだった。
秋の日は、それでも暖かい色でこの女の子を照らしていた。
美汐はそうしてゆっくりと、過去の記憶を思い出していた。
この回想は、常に悲しみの記憶で締めくくられるから、美汐にとってはいつもつらいものであったのだが、それでも回想をやめることは出来なかった。まるでやめることはあの少年の「存在したこと」自体を否定し、失わせることになると信じているかのようであった。
この日の美汐は、その先のことも思い出していた。
美汐の中学校生活の思い出というものはほとんどなかった。もともと社交家ではなかったし、あの出来事があってから、人と深く関わることに恐れを持っていたということもあり、時々図書館で放課後の時間を過ごす以外は、クラブ活動にも参加していない美汐は、単に勉強のためだけに学校と家を往復しているだけだった。
そんな美汐が、あこがれている生徒の多い高校へ進学することになったのは、ある意味では必然、ある意味では皮肉でもあった。それなりにレベルの高いこの学校への進学は、学力としては美汐は全く問題ではなかった。だが、美汐はこの可愛らしい特徴的な制服を着ても、特段の感動は覚えなかった。寧ろ、寒い季節になればつらいだろうなと軽く不便を思ったくらいである。
それでも、入学式の日に同じ新しい制服を着た生徒たちが並ぶ様は圧巻に思え、感嘆を覚えた。
緊張や不安が隠せない生徒たちの中、あまり面白くもない校長や生徒会長の話を、笑顔で聞いている同級生が近くにいて、美汐にはそれが印象に残っていた。それを、美汐は心のどこかでうらやましくも思っていた。
そして、月並みな校長の訓辞を聞き終えた美汐たちは、教えられた教室に向かって歩いていく。
その時、近くにいた女子生徒が突然に倒れた。
騒ぎが広がる中、群がる生徒たちの間から見えたその女子生徒の顔は、さっき入学式で笑顔を見せていた子のものだということに気が付いた。
だが、美汐はそれ以上の興味は彼女には持たず、既に充分な数の生徒が助け船を出しているのが分かると、自分は寧ろ迷惑を掛けないようにと、先に教室に入ったのだった。
その後の高校生活は、中学の時とあまり変わらなかった。外見的には可愛らしさと美しさが同居する魅力を持ち、物腰も上品である美汐は、クラスの中の男子生徒の間で密かに人気があって、それとなく、時にはあからさまにモーションを掛けてくることがあったのが中学の時との違いであった。しかし、美汐はそういったことに対しては全く興味がなく、恋愛どころか友だちづきあいさえ疎んじていたから、はっきりと言わないにしてもそうしたアプローチに対して拒絶を以て応じていた。
それに対して、美汐を逆恨みする男子生徒もいたが、それすらも美汐は意に介せずといった趣であった。
美汐の中にあるのは特定の過去だけであり、それを思い出しながら時を過ごしていた。
今日、美汐はなぜかその特定以外の過去を思い出していた。
あの女の子は、自分と同じクラスだった。そして、入学式の次の日から、一度も教室に姿を見せることはなかった。今頃はどうしているのだろうか……。
そんなことを考えながら、美汐はいつもの日とは少しだけ違う気分になりながら、この公園を後にしたのだった。
この公園をよく見渡せる場所に、規模の大きな病院が建っていた。
市街地からもそれほど遠くなく、この地方でも中規模な都市にあるということで、設備も医師の質も充実している病院だった。建物自体には多少の古さがあることは否定できなかったが、長い間、この街である意味、人々の安心の象徴として存在していることも事実であった。
だが、そうしたものを以てしても、人の生というものを自由には出来ないという現実は存在していた。
南向きの病棟の奥まったところには、快適さも高い個室が並んでいる。その一つの部屋にいるある入院患者が、窓際のベッドから外の景色をぼんやりと眺めていた。
単調な入院生活の中では、時間が過ぎるのもゆっくりとしており、傾くのが早い秋の日も、そうとは感じられないようだった。
短めの髪を不規則に白い枕に広げているこの女の子は、白い肌が印象的だった。年頃の女の子ならではの滑らかさと、病的な意味での白さが同居してそうした色を肌にもたらしているのは、皮肉といえなくもない。
「点滴の具合は問題ないみたいね。あと一時間くらいだからがんばって、栞ちゃん」
「はい。いつもありがとうございます」
「いいのよ」
定期的に巡回している看護婦が笑顔を残して去っていくと、栞と呼ばれたこの女の子は、看護婦に返した笑顔を一瞬だけ寂しげな表情に戻す。そして、今度は無感動な顔でぼんやりと自分の閉じこめられている部屋の天井を眺める。
こうして来てくれる看護婦と主治医、そして時々やってくる見舞客だけが栞の外との接点だった。その他はそれこそテレビのドラマであるとか、差し入れで持ってきてくれる少女マンガなどくらいしか楽しみはないようなものだった。
今は、マンガを読む気分にも、ドラマを見る気分にもならず、こうしてぼんやりと天井を眺めていた。
しばらくして、栞は視線をそのまま窓の外に移した。
高度の低い日差しが窓から差し込み、奥の壁を照らしていた。それを逆に追っていった栞の視線は、自然に窓の外に向かうことになる。
窓の外には公園があった。これまで、比較的調子のよいときはこの公園を散歩することも許されていたが、最近はその機会も滅多になくなっていた。
つまり、栞にとって公園は自由の象徴でもあったのだ。
その公園の中心には、大きな噴水があった。その噴水を眺めながら、好物のバニラアイスを食べるのが好きだった栞だが、それもすっかりご無沙汰になっていた。
朝夕はめっきり冷え込むようになったこの季節、夕方にもなれば公園にやってくる人もかなり少なくなっていたが、この日の栞は、一人の女の子がゆっくりと歩いているのを発見し、何気なく彼女の動きを目で追うことになった。
その女の子の特徴として、真っ先に栞の目に入ったのが、制服だった。
特徴的なデザインのその制服は、この街に住んでいる人なら知らないということはほとんどなかった。この地方にあっては、敷地も広く教育環境も充実している学校であるということもあり、年頃の女の子にとってはあこがれの存在でもあった。中学生時代の栞も例外ではなかった。
一足先に、敬愛する姉が難なくその学校への進学を果たしたのを見た栞は、自分も病気がちな体を奮い立たせて、見事に合格を勝ち取った。
入学前に撮った、同じ制服を着て姉と並んでいる写真は、今でも栞にとっては大切なものである。
しかし、姉と一緒に学校へ行くというささやかな栞の夢は、僅か一日しか叶えられなかった。
入学式の直後、その時に初めて教えられた自分の教室へと移動する間に、栞は倒れたのである。周りにいた同じ新入生に支えられ、なんとか教室まで連れられていく。消えそうな意識の中で、どこか寂しそうに自分かあるいは学校そのものを見ている女子生徒の印象が強かったくらいで、次に栞が目を覚ましたのはこの病院のベッドの上だった。
それから、栞は病院と、たまに許される一時帰宅で戻ることの出来る自宅だけが生活の場所となり、憧れ続けていた学校へ行くことはなかった。皮肉なことに、その入学式の日に担ぎ込まれた教室というのが、栞が自分のクラスルームに入った唯一の機会となっていたのだった。
さて、話を戻そう。
栞は病室の窓から、公園を歩いている女子生徒の姿を見かけた。遠くてはっきりとは分からなかったが、リボンの色から判断すると、栞と同じ一年生であるらしい。
その女子生徒は、ゆっくりと公園の中心まで歩いていき、少しの間、噴水をじっと眺めていた。
しばらくすると、その隣にある広場の片隅にに向かい、そこに腰を下ろした。
何か、考え事をしているようにも見えた。
ずっと眺めているつもりは栞にはなかったのだが、ついつい、この女の子のことが気になってしまう。ある意味で、外に出ることの出来ない自分を重ねているのかもしれなかった。
およそ十分の間、女子生徒はそのベンチに佇んでいた。特に何をしているというようでもなかった。
やがて、名残惜しさなどを感じさせずに、女子生徒は来た道を戻って、公園を後にしていった。
若干の残念さを栞は感じたが、それからほどなくして終了間際の点滴を確認に来た看護婦に、意識をこの病室に戻される。
「栞ちゃん、気分はどう?」
気さくな言葉で話しかけてくれる看護婦は、栞にとっても嬉しかった。長く入院している患者の常として、看護婦の職にあこがれたこともあったが、どう考えても自分には不向きだと栞は今では諦めていた。
「はい、悪くはないです」
「もう少しで終わるから、あとちょっとだけ我慢してね」
「はい」
部屋に飾ってある花を、一度だけぴんと指ではじいて、看護婦は部屋を後にした。
その言葉通り、点滴は程なく終了し、食事の後に先ほどの女子生徒のことをふと思い出した以外は、いつもの単調さに変わりのない夜となった……。
その翌日、栞の病室を、同じ制服姿の女子生徒が訪れていた。
ウェーブのかかった茶色の髪は、彼女を実際の年齢よりも大人に見せていた。リボンの色はワインレッドであったから、栞よりはひとつ上の二年生であろう。
顔は、どこか栞とも似ている。それもそのはずで、この生徒こそ、栞の大好きなただ一人の姉だったのだ。
「来たわよ、栞」
「あ、お姉ちゃん」
栞は慌てて読んでいた少女マンガを閉じて、ベッドの脇の小さなテーブルに置いた。意識を現実に引き戻し、姉に会えた喜びが自然に笑顔になる。
「あなた、また少女マンガ読んでたのね。好きねー」
呆れたような声で言う香里。
「だって、面白いんだもん」
「そうかしら。私はどうもその手のストーリーって苦手なのよね。そう簡単に自分の好きな人も自分を見てくれていたなんて、あるわけないじゃない」
「でも、それがいいんだよ。せめて、お話の中でくらい、理想の恋愛があっても罰は当たらないと思うよ」
「ま、それはそうだけどね」
栞の置かれた状況を考えて、香里はそれ以上この話題に踏み込むのをやめた。
代わりに、持ってきたコンビニエンスストアのビニール袋を栞の方に差し出す。
「はい、今日は買ってきてあげたわよ、アイス」
「わ、ありがとう」
「でも、本当はお医者さんからは『あまり病院の食事以外の食べ物は摂らせないように』って言われてるのよね」
「それってでも、少しだけならいいってことだよね」
「まあ、好意的に解釈するとそうなるわね」
肩をすくめた香里をよそに、栞は既に嬉しそうな顔で中身と木のスプーンを取り出し、紙の蓋を開けた。蓋に付いているアイスを見て、これをなめてしまいたい衝動に駆られたが、姉の前でそうすることも出来ずに、名残惜しそうに脇に追いやる。
「いただきまーす」
栞は、好物のバニラアイスを食べながら、いつものように学校の話を香里にねだる。
最初は、学校に行けずにいる栞にそうした話をしてよいものかという躊躇のあった香里だったが、それが無用であることに気付いてからは、かえって、栞が本当に学校生活を送っている気持ちになれるようになるまで、いろいろと話をした。
しばらくは、一年の時から仲のよかった名雪の話が中心であったが、二年になって意気投合した、男子生徒の北川の話も加わるようになった。
栞が「北川さんって、お姉ちゃんの彼氏さんになるの?」と聞いたら、せき込みながら大きく手を振って、強く否定していた。
同じ女性としても魅力的に栞には見える姉の香里だったが、いまのところはそうした類の話には興味がないようであった。
この日の話も、名雪が食堂でAランチを食べ損ねて、終始不機嫌だったという話だった。
「どうして、名雪さんはそんなにAランチにこだわるの?ランチって、毎日おかずはかわるんだよね?」
不思議そうに栞が聞く。それはまあ、当然の疑問でもあった。
「名雪にとっては、おかずは本当のところ、どうでもいいのよ」
「えっ?」
「Aランチには、デザートにいちごのムースが付くのよね。Bランチはコーヒーゼリー、Cランチは杏仁豆腐って決まってるのよ」
「あ、名雪さんはいちごが好物って言ってた」
「そう、それなのよ」
香里と話していると、時間があっという間に過ぎていく。面会の時間が終わりになり、夕食が告げられると、香里は鞄を持って静かに病室を出ていった。
「しっかり食べるのよ」
「うん。お姉ちゃんは、帰って勉強だよね」
「そうね。でも、その前に先生のところに寄ることになってるの。また近いうちに来るわね」
「うん、ばいばい」
軽く手を振った香里に、栞も同じ動作で答えた。
制服の短いスカートが翻り、一瞬、その中が見えそうになって、何故か栞の方が恥ずかしく思った。同時に、あのあこがれの制服をもう一度着る日を、心待ちにするのであった。