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宮之城線跡訪問記(1)

 今回は宮之城線の廃線跡を探索してきました。

 宮之城線は、私が廃線の世界に足を踏み入れた初期の頃に、山野線とセットで半分くらい探索したことはありましたが、今から思うとどうにも中途半端なので、今回、改めて探検してみることにしました。

 薩摩大口から川内に向かっての探索です。

薩摩大口駅 まず、薩摩大口駅。ここは山野線とも接続する北薩の交通の要衝でしたが、JR発足前後に相次いで両線とも廃止になってしまいました。

 現在、駅跡はふれあいセンターになっており、吹き抜けの四階建ての建物が建っています。ここの四階の歴史資料室の一角に、鉄道関係の展示があります。宮之城、山野両線関係から広く九州の鉄道全般まで取り上げられています。

 このセンターの駐車場の奥に小さな公園があり、車掌車と腕木信号機が飾ってあります。「薩摩大口跡」と説明する簡単な案内板も置かれています。

分岐地点 宮之城線と山野線は薩摩大口駅から一キロほど、併走していましたが、現在は道路に作り替えられています。

 国道の立体交差もそのままで、今は道同士が交差している形になっています。

 この道路はやがて左に緩やかにカーブしていき、山野線の跡をたどっていきますが、宮之城線方向は築堤がそのまま少し残っています。

 しかし、すぐにそれはとぎれてしまい、脇の道から追いかけてもそれらしいものは見つからず、完全に田に還ってしまったように思えます。

 そこから進むと、途中から突然、線路跡が道路になって復活しています。

 宮之城線は他の路線と比べると、線路跡がそのまま道路に転用されているところが多く、二車線に拡幅されたところもあるのですが、舗装しただけの広くない道も多く、切り通しなどがあると線路の雰囲気をよく感じることが出来ます。

羽月駅 さて、この道路を進んでいくと、羽月駅跡です。

 駅の敷地が中央を境に公園と駐車場に整備されており、公園の方にはわずかなレールと車輪、踏切の警報機、駅名標が残されており、その傍らに駅跡であることを示す石碑が建っています。ここからしばらくの駅跡の基本的なスタイルです。

 隣接する道路の信号はまだ「羽月駅前」となっています。

跨線橋 また、この区間の線路跡転用道路には、線路跡をまたぐ小さな陸橋も残っています。車も通っていたのでまだ現役なのでしょう

 転用道路は、その先の川を渡る手前で一度とぎれます。舗装して道路に転用しても、わざわざ橋を架け替えることまではしないということでしょうか。

 次に道路が復活するのは、川内川を渡ったあたりからです。再び追っていくと、切り通し風になっていて、上を跨ぐ道路が見えます。その先にあるのが西太良駅跡です。ここも羽月駅とほとんど同じですが、駅名標の中身がなく、枠だけになってしまっています。破損してしまったのでしょうか。

 ここから、線路跡は築堤になって高度を上げています。併走する道があるのですが、これは途中から転用道路ではなくなっている様子。しかし、丁寧に追っていくと、大きくカーブして西方向に向かってしばらくのところからまた道路が復活しています。

 そして川を渡り、再び南に方向を変えたところにあるのが針持駅跡です。ここも姿はこれまでの二駅とほぼ同じ。県道や小さな道が入り組む集落の中でわかりにくいのですが、カーナビに表示された、不自然な行き止まりの県道の突き当たりが駅跡になります。

こちらが西太良駅こっちは針持駅

 ここから先の道路は農道だそうで、二車線の走りやすい道なのですが、その分、線路跡らしい雰囲気は失われているのが残念です。しかし、急な坂やカーブがないところはやはり線路跡でしょう。

 ここから徐々に山岳地帯に入ります。途中までは道幅のある転用道路が続きますが、途中でこれは終わりとなります。併走していた一般の道に入り、しばらく線路跡とは離れて進むことになります。

 そうして下っていくと、再び線路跡の道に合流できるようになります。

トンネル 進んできた道の下をくぐる線路跡のトンネルがあり、それを見ることが出来ます。地形図ではその先も道が続いていますが、トンネルの先は草が生い茂っていて進めなくなっていることが前回の探索で分かっています。車の向きを変えるのも難しい場所なので、この先へは進まず、おとなしく薩摩永野方面へ向かいます。

スイッチバック両方向分岐 トンネルを崩して既存の道路との交差を作った場所を通り、うっそうとした森の中に跨線橋があるのを見たりしながら進んでいくと、やがて開けた場所に出ます。その先、国道と県道の交差点付近で川内方からの線路跡と合流し、東へ進むと薩摩永野駅跡です。

 この駅はスイッチバックになっていることが特徴で、駅跡はそれなりの鉄道記念館として整備されています。クロッシングレールや腕木信号機、車掌車などが展示されており、駅舎は記念館の建物として内部に資料を展示してあります。ホームも一部残っており、保線車両や近隣の駅名標が残されています。駅前には農業倉庫も健在です。

 駅舎の中の資料館は、近くにあるコンビニで鍵を借りて見学するようになっています。

薩摩永野駅の中薩摩永野駅ホーム

 この先は少しややこしいですが、再び転用道路を進むことが出来ます。

 途中で県道と合流するので間違えやすいですが、「観音滝」という公園の脇を通るのが線路跡です。ここからしばらくはまた二車線の道になっていますが、やがて道幅が狭くなり、例のごとく川を渡る直前で県道と合流します。ここでは橋台を見ることが出来ます。

 対岸に渡り再び転用道路に入ったすぐのところに広橋駅がありますが、駅跡は給食センターになってしまって、跡形もありません。

カーブ半径の標識いい雰囲気の線路跡

 しかし、道路を進み始めるとすぐに、オレンジ色の標識がまだ残ったままになっています。カーブの半径を示す標識です。ほとんどが道路跡になっている宮之城線では珍しい遺構です。

 ここから先は特に線路跡らしい雰囲気が残っているところで、ガードレールの代わりに鉄道のものそのままと思われる黄色い鉄柵が残っていたりもします。

 再びカーブして東西方向への進路となったところで薩摩求名駅の跡。しかし、ここは整地されてしまったようで何も残っていません。前に訪れたときには農業倉庫があったのですが、それも取り壊されてしまったようです。通行止めになっている古い橋だけが駅跡の位置のヒントを与えてくれます。

薩摩鶴田駅舎駅舎の中をこっそり

 次の薩摩鶴田駅はやはり県道が不自然に行き止まりになっているところにあります。やや寂れた場所ですが鉄道記念公園になっており、駅舎を転用した資料館の中には車両の座席や写真などの関連物が置いてあります。しかし、開館していないようで中にはいることは出来ませんでした。正面には車輪が置いてあります。キハ二〇のものであるという説明板もあるのですが、植え込みに半分隠れてしまっています。荒れているわけではないのですが、どうにも半端な整備状況です。

 ここから先の道路は再び二車線に。薩摩湯田駅跡はそれらしい雰囲気が全くなく、かろうじて木の陰に隠れるようにして車輪と駅跡の碑が存在しています。

佐志駅の駅舎土台 次の佐志駅は石碑の他にホームと駅舎の土台が残っており、駅跡であることがよく分かります。

 この先は既存の道路に平行するように線路跡があり、平地のよい線路跡らしい風景を見せています。

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