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口琴てナニ!?

■「口琴てナニ!?」〜口琴の解説/ What!? jewsharp〜! Written by Daisuke Hare

【※注意】全ての画像ファィル及び私的見解について、断り無く使用・転載することはできません。


<口琴についての小さなページ>

[最終更新日]2007.6.4   [作成日]1999.10)




【お知らせ】

このコーナーは書籍として再編集しました(初版2007.9、改訂2010.1)。これに伴い、こちらの解説文は今後のメンテナンスを考えておりません(皆様の参考資料になるかもしれませんので当面残す予定です)。
書籍の方では写真、記事を多々追加しております。

口琴百科事典


BOOK『口琴の魅力』 〜口琴・ムックリの百科事典 2019年10月版」 Amazonで電子書籍を販売中。 珍しい民族楽器「口琴」の世界へ、詳細な説明と写真でご案内します。口琴の歴史や種類、構造、作り方、演奏方法、音の解析、メンテナンス方法、レポート、世界の口琴写真集など、口琴に関する本格的な研究書。 285ページ。 1,250円(AmazonのKindleストアから直接購入願います) 



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●はじめに



口琴は現代では主に楽器として使われています。”こうきん”と読んでください。流行の「抗菌」ではありません。
口琴は必ず「枠」と「弁」で構成されており、弁を指で弾いたり紐を引いたりして振動させ、その小さな振動音を口腔内等で共鳴、変化させます。
音についてこれも大胆に書いてしまうと「びょ〜ん」です。なんてラブリー。
びょ〜んという音は例えば、縮んだスプリングが伸びるときに聞こえてきそうな音ですが。「くちバネ」という表現のほうがイメージ的にわかりやすいかもしれません。 口琴を実際に見たことが無い方に言葉で説明しようとして「口の琴と書いて口琴とかジューズハープとか呼ばれている楽器で、・・・」と答えると、「え!? 口のハープ!!!??」と驚かれることがありました。 「ハープ」といえば一般的に竪琴をイメージされますので、「口にはめる竪琴」を想像していたようです。それってすごい楽器ですね。





口琴という名前すらご存知でない方はたくさんいらっしゃるでしょう。ここ数年ようやく目立ってきたとはいえ、認知度は低いのが実情です。
たしかに、小学校で習ったり、多くの楽器屋さんで普通に売られているものではありません。
でも、世界にいろんな虫が生息しているように、口琴も太古から各国にしっかり存在します。その種類は多彩なのです。


口琴は楽器の本での紹介も少ないほうだと思いますが、かなり以前に古本屋で見つけたとても素敵な音楽辞典には以下のように紹介されています。
びやぼん(JEW'SHARP英、BRUMMEISEN・MAULTROMMEL独、GUIMBARDE仏、AURA伊)
口琴(くちごと)ともいう。玩具のような笛であるが、世界的に古くから使用されて、様々の名称を持っている。
(挿絵)、(挿絵)の形に曲げられた鋼鉄、真鍮、あるいは竹の棒の真中に、鋼、その他の簣が(挿絵)、(挿絵)のように取り付けられて、単簣の働きをする。
楽器を歯にくわえ、簣を一本指で触れながら口ずさむのである。音調の異なるものをいくつか使用して、多少は音楽的な効果をあげることもできる。(出典 音楽の友社 『音楽辞典』昭和29年)



ふむふむ。"口琴"より"びやぼん"という呼び方が優先されていて時代を感じさせます。では、口琴について勉強をしていきましょう。


金属口琴→  竹口琴(アカ族)→ 



●名前の由来について



オルガンは風琴、アコーディオンは手風琴、とも呼ばれますが、口琴は、口の琴。
現代の中国においては口琴はハーモニカのことを指しますが、ここでいう口琴は別のもの(中国でいう口弦)です。
名前に琴という字がありますが、一般的に呼ばれる、いわゆる「琴」ではありません。あんなに大きくありません。手のひらサイズなのです。

呼び名については、現代ではJew's harps[ジューズハープ]と呼ぶのが一般的なようです。
私のパソコンについてきた電子辞書で調べるとJew's-[Jews'-]harp━《名》[C] ジューズハープ, 口琴 (口にくわえて指でひく楽器).となりました。
「jew」は「ユダヤ人、ヘブライ人; イスラエル人」という意味もありますが、しかしこの楽器とユダヤ人たちにとくに深い関係はないようです。
また、英語で「Jaw'sharp」とも呼ばれます。これはJew's harpsより古くから伝わる呼び方です。Jawsは「アゴ(鮫の映画「ジョーズ」も「鮫のアゴ」という意味)」とも訳せます。顎の琴。




なぜ一般的にJew's harpsとよばれるようになったかについてはいろいろな説があるようですが、オランダ語の「Jeudgtrump(子供のトランペット)」、フランス語の「jeu tromp(遊び トランペット)」の「jeu」が「Jew、Jew's」に転訛し、「tromp:トランペット」が「harp:琴」に道を譲ったというフレデリック・クレイン(Frederick Crane)氏の研究結果が直川礼緒氏の翻訳で発表されています(口琴ジャーナル第一号(14ページ、1990.12発刊、日本口琴協会発行)

[子供遊び]といえば、鉄の口琴は江戸時代の文政7年1823年9月を挟み1-2年間ほど大流行しましたが、火付け役は子供たちの遊びからだったようです(『海録』[11巻])。
まもなく大人の間にも広まったのだが、老中の悪口を口琴言葉で遊んだらしく、それを把握した御上は口琴禁止としてしまった記録があります。この禁止がなければ少し口琴歴史もかわったでしょうか。
1823年といえば外国では「昆虫記」のファーブル氏が生まれた年。日本ではシーボルト(1796-1866/ドイツの医学者・博物学者)が長崎の出島に入国しました。
高野長英がシーボルトから医学と蘭学を学んだ年でもあります。
説明は「Jeudgtrump(子供のトランペット)」という語に戻りますが、江戸期も子供が火付け役だったことを考えると、いにしえのオランダキッズ達も玩具として夢中だったのかもしれません。

しかし私としては、「子供=100%子供という意味」ではなく、「子供=子供、小さな、携帯」という意味もあるのではないかと捉えています。口琴は口をあてるし「吹く」感覚であることから「トランペット」と例えたことはある意味適切かもしれません。



●世界の口琴の名前について



国によって呼び方はばらばらですがある程度の特徴も見られます。
・「音のイメージ」を楽器の名称にする;バリのゲンゴン/Genggong;カエルの声、ハンガリーのドロンブ/Doromb;猫の喉の音
・「口」「喉」という語を楽器の名称に含ませる;モンゴルのヘルホール/口の楽器という語
・「楽器」という語を口琴の名称に含ませる;キルギスタンのテミルコムズ/Temirkomuz;金属(Temir)の弦楽器(komuz)




口琴名称一覧 (整理中)


【アジア、トウナンアジア圏、オセアニア】 

日本JAPAN 北海道Hokkaido アイヌ  Ainu→mukkuri,カニ(kani)ムックナmukkuna,ムクニmukuni
日本JAPAN→口琴 コウキン koukin、ムックリmukkuri


※なお江戸時代の日本国内では、以下のとおり。
津軽笛tsugarubue
口琵琶kuchibiwa
シュミセンsyumisen
ビヤボンbiyabon
竹口琵琶takekuchibiwa
ビヤコンbiyakon
ボヤカンboyakan
キウコンkiukon
ヒヤポンhiyabon
きやこんkiyakon
ビハボンbihabon
ホヤコンhoyakon



アフガニスタン afghanistan→チャンchang
インドネシア indonesia バリbali→ゲンゴン(Genggong;カエルの声)、イリアンジャ
インドネシア indonesia ティモール Timor→ベクveku
スマトラ indonesia sumatraya →saga-saga,gogo,popo
カンボジアcambodia→ションノン、チョンノン(≒クレム?)、angkuoc
タイ thailand → Hoen-Toong

タイThailandのモン族h'mong→ンチャス
タイThailand山岳民族→ヤッウー
タイThailandのラオ族Lao→フンhun
台湾Taiwan タイヤル族Atayal→宜蘭県、南投県 ルブゥ(lubu)またはロボ(robo)、南投県ハオンハオン
※ロボには1〜8弁のタイプがある
一弁;コットマハリロボ(qutus mahari robo)
二弁;シャジンマハリロボ(sajing mahari robo)
三弁;チュガルマハリロボ(chugal mahari robo)
四弁;スパヤットマハリロボ(spayats mahari robo)
五弁;イマガルマハリロボ(imagal mahari robo)
六弁;ムテユママハリロボ(muteyu mahari robo)
七弁;ムピトマハリロボ(mupitu mahari robo)
八弁;ムスパットマハリロボ(muspats mahari robo)

 また、下記のようにも整理されている

 Lubuw Totaw 單片竹臺口琴<br>   Lubuw Be'ux 單簧竹臺青銅片口簧
  Lubuw Sazing Hmaliy(Hm'tiyあるいはHma-uwi)雙簧竹臺青銅片口簧
  Lubuw Tugan Hmaliy(Hm'tiyあるいはHma-uwi)三簧竹臺青銅片口簧
  Lubuw Payat Hmaliy(Hm'tiyあるいはHma-uwi)四簧竹臺青銅片口簧
 Lubuw Pzima五簧竹臺青銅片口簧


 ※ただし、現代は「ハーモニカ」または「マウス・オルガン」が一般的


台湾Taiwan 鄒族(ツォウ族 two)→ユゥブク(yuubuku)


チベット自治区tibet林芝地区米林県ロッパ(珞巴)族→ゴンガン
四川省 チベット族チャン族自治州 茂県 チャン族→スタガ
チベット tibet→kharnga


中国China→口弦、簣[コウ]または嘴琴[シキン]、口琴
中国China雲南省yunnan麗江地区彝族→ホホ(hoho\,huhu)
中国China雲南省yunnan怒江リス族 福貢県→マゴ(単片のもの)、ツゥツゥ(三片のもの)
中国China雲南省yunnan西双版納タイ族自治州ハニ族→ジャーウェイ
中国China雲南省yunnan徳宏タイ族チンポー(景頗)族→ジャンゴン
中国China内モンゴル自治区Nei Monggolフルンボイル盟 黒河市オロチョン族→ポンヌーファ
中国China内モンゴル自治区Nei Monggolフルンボイル盟 ダフール族→ムクレン
中国China寧夏回族自治区回族(Hui)→口口koukou
中国China黒龍江省 同江市、桂木斯市ホジェン(赫哲)族→クカンジ
パプアニューギニアpapua New Guinea→スサプsusap、ブグンダ、begnankr
パプアニューギニアpapua New Guinea South Highland province→ソケsoke、begnankr
フィリピンphilippines  ミンダナオ島Mindanao マラナオ族→クビンkubing
フィリピンphilippines  バラワン島→アルディン
ベトナムvietnam→ダンモイ、tongkle ほか
東マレーシアeast malaysia→ブンカウbungkau
モザンビクmozambique→フィアネ
モンゴル monggol→アマン・ホールまたはヘルホール(口の楽器という語)、トモルホールtomor hoor、ホルサン・ホールhulsan hoor(竹製)


ラオスLaos→hun,toi


サモアsamoa→utete
ニュージーランドnew zealand→クカウkukau



【インド圏】

インドIndia クジャラート州→モルチャング morchang
インドIndia カルナータカ州→モルシングmorsing
ネパールNepal→ムルチュンガmurchungaやgong-gap、アンゴム(ライ族)
パキスタンpakistan→チャンchang、ペマバールpemavar
ラジャスタンRajasthan→モルチャング



【欧州】

アイスランド iceland→munnharpa
アルバニア Albania→veg?l tringulluese
イギリスEngland→Jew’s harp, Jew’s trump, jawharp, juice harp

イタリア Italy→アゥラAURA、スカッチアピエリscacciappieri,maranzano
サルデーニャ島 sardinia→sa trunfa
シチリア島 sicili→マランザヌmarranzanu

スイス switzerland→トルンピtrumpi
スウェーデン王国 Kingdom of Sweden →mungiga
スコットランド →トルンプ trump
スペイン espa?a→birimbao
ドイツ Germany→マウルトロンメルmaultrommel、Brummesen
ノルウェー Norway→ムンハルペmunnharpe
ハンガリー Hungary→Doromb

フィンランド finland→munniharppu, turpajurra,suuharppu
フランス france →guimbarde



【ロシア圏】

サハ共和国Sakha Republic→ホムスkhomus、ホムィス(XOMyC)
ロシア Russia→ヴァルガンVargan
バシコルトスタン共和国→クヴィズ
ハカス→ゴムィス、デミル・ホムス
アルタイaltai→デミル・コムィス temir-komus, komos, kobys,komys
サハリン州→カンガ、ザ(ー)カンガ
ロシア Russia ハバロフスク州ウリチ→クンカイやムヘネ
カザフKazakhstan→シャンコブィズshankobyz
トゥヴァ共和国 tuva→テミルホムスtimir khomus、マスホムス、クルズンホムス
トルクメニスタン共和国 Turkmenistan→ゴプズ
バシコルトスタン bashkortostan→クビィズkoobyz,kubyz
カザフスタン kazakhstan →シャンクビズshankobyz
トルクメニスタン→ゴプズgopuz
ウクライナ ukraine→ドリンバdrymba
エストニア estonia→パームピルparmupil、コンナピルkonnapill、
柯キルギス族→オオズ・コムズ
ウクライナUkraine→ドリンバ(トロンパ)
キルギスタンKyrgyz→テミルコムズTemirkomuz



【アフリカ圏】

アフリカ Africa→バンボロbamboro
タンザニアtanzania→コマkoma
マダガスカル republic of Madagascar→lokanga vava
南アフリカ south africa→sekebeku



【アメリカ大陸圏】

アメリカ U.S.A→ジューズ・ハープ (Jew's harp)、ジョーハープ(jawharp)、マウスハープ(Mouth harp)
アルゼンチン Argentine→カドハイデkadoheide



●楽器の区分と音の特徴



楽器の区分としては中国では古くから体鳴楽器と位置づけられていますが、しかし区分としてどの種類に属するべきものか判断することは難しいと思います。
口琴の音は楽器そのものの音が聞こえているわけではありません。弁を弾くことで生まれる弁と枠とのごく狭い隙間を通る振動する空気を口腔で共鳴させる音が聞こえているのです。
また、口琴は「笛」のたぐいと呼ばれることもあるようですし、弦楽器や管楽器ではなくハーモニカ(ブルースハープ)と同じ分類の弁(リード)鳴楽器と呼ばれることもあります。
インド地域での活用はタブラという太鼓と同様に、リズム楽器といて用いられることが多く、打楽器に位置づけられるでしょう。

口琴の音の大きな特徴として、基音のほかに倍音の成分が大きいことがあげられるでしょう。 倍音成分が多い点では、スコットランドのバグパイプ(ドローンの付属したフルセット)やアボリジニのディジェリドゥ、モンゴルやトゥバの喉歌(ホーミー、ホーメイ)に似た発音といえます。



●素材について



古い口琴は鹿やセイウチなどの哺乳類の角や骨・牙でできているものもありますが、現在一般的なものは鉄などの金属や木や竹といった植物の茎・根によるものです。
モンゴルで発見されたといわれている約2,500年前の口琴は鉄らしいのですが、見たことはありません。


木・竹類

フレーム・弁ともに竹・木等。
現代の北海道のムックリは本州の孟宗竹を使用しています。古くはオンコ・サビタ等を用いていました。サビタでは、幹や枝で作るという説と根で作るという説とを聞いたことがありますがどちらも正解なのかも知れません。
竹のムックリは生のままではなく油で揚げて音が響くように工夫されています。


揚げすぎてもベトベトになりよく響きません。
蛇足ですが、鉄の化合物でできた“うろこ”で覆われた脚を持つ珍しい軟体動物を、スウェーデン自然史博物館と米国のグループがインド洋の深海で発見したと発表されました(『米科学誌サイエンス』2003.11.7)。写真を見ると本当に足が鉄のようなものでできている。これで口琴を作ったら・・・。


金属類

フレーム→鉄(carbon-steel-炭素鋼、alloyed-steel-合金鋼)・真鍮・アルミニウム・銅・金(装飾的)、等
フレームの太さについて:ハンガリーのゾルタン・シラギー氏の口琴はタイプによって下記のとおり
6×6mm,5×5mm,4×4mm

弁→鉄(carbonsteel-炭素鋼、chromium-alloyed-steel-クロム鋼)・真鍮(brass)等

弁の厚みについて:ハンガリーのゾルタン・シラギー氏の口琴はタイプによって下記のとおり
1.0mm,0.8mm,0.55mm,0.5mm,0.45mm,0.3mm


生物の体の一部

骨、角、牙などの硬いものを素材に使用したものです。北海道標茶郷土資料館にはあまりいい音はしませんがホネのムックリもあります。


混在

枠が竹、弁が真鍮という異なる素材のコンビネーションは台湾の高砂族固有のものです。ほかにはスロヴァキアの木枠鉄弁口琴、日本の愛好家が製作した口琴があります。


宝石類

枠への装飾にダイヤモンドを使用したものがあります(あくまでも装飾として)。


図表
 



●大きさについて



口琴は、楽器として口琴はかなり小型です。概ね手のひらサイズですので、どこにでも持ち歩けます。まさにモバイルギア。
たとえばビジネスマンが会議中、スーツの内ポケットにいれていても誰にも気づかれませんし、レストランで料理を食べていても栓抜きと間違われるくらいでしょう。旅行の際の携帯にも便利ですが、ただ、金属口琴の場合は空港の手荷物検査システム(ブーとなったら恥ずかしいやつ)にはひっかかりますのでご注意を。わたしは問い詰められたことがあります。また、小さいのでくれぐれも踏みつけたりしないようご注意を。



・外観

弁(舌)と、それを支えるフレーム(枠)でできています。概観はかんざしのようでもあり栓抜きのようでもあり、特殊な工具や手術用具のようでもあります。金属口琴のフレーム全長は平均5-8cm前後でしょうか。竹のものの多くは薄い板でつくられ、金属のものに比べると全長が長く、平均15-30cm前後です。




●音量について



金属製のものなら30-80dBあたり(測定距離1m)のようです。80dBを達成するにはかなりの勢いが必要でしょう。ゾルタン・シラギー氏の資料には30-85dBとの標記があります。ブラック・ファイヤーという機種は口腔の調節によりうるさいくらいの音が出ます。インドの固いモルシンも凄い音量です。竹と鉄の音量比較についてはきちんと比較測定したことはありませんが、金属製のものの方が大きいと思います。 同一の奏者が同じ強さで弁を弾くとき、音の大きさは、弁の操作感が硬く、枠のみならず弁の側面が鋭角に加工されている口琴の方が大きいと考えられます。
私は、口琴は生音で演奏するものと考えています。生音ほど生命感に満ちた音はありません。また、他の楽器をあわせずに口琴だけで演奏することが原則だと考えています。自分のため、または誰かのために演奏します。楽しい気分のときは口琴と戯れ、苦しいときは口琴と語り合う、そんなスタンスです。口琴演奏に『お客さん』は必要ありません。
けれども、コンサートの場合は他の楽器とあわせる必要もあるでしょうし、お客さんに聞こえないと意味がありませんので、マイクで音をひろうこととなります。





●口琴の性別について



ゲンゴンという口琴が知られるバリでは必ず高い音のゲンゴンと低い音のゲンゴンを同時に演奏します。
このとき、音の低いものを「女性」、高いものを「男性」と位置づけています。この手法はバリでは口琴だけではなくガムランの編成の原則となっており、ペアの楽器は微妙に(もちろん意図して)音程をずらしてあり、そのずれが独特の音場を生むように設計されています。
また、竹の口琴は「男がつくり」「女性が鳴らすもの」とする慣習が、特に現代においては厳密なものではないようですが世界広く見うけられます。これは北海道アイヌにおいても見られます。
さらに、口琴そのものを男性、収納するケースを女性と位置づける国もありますし、口琴の弁を男性、枠を女性とする地域もあります。






●口琴の発展形について



口琴は歴史は古いのですが決して原始的な楽器というわけではありません。
口琴の音の良し悪しはフレームと弁との隙間をいかに正確に狭くするかに左右されます。これには精巧な技術を要するのです。
口琴製作者(鍛冶師など)はこの隙間を狭くし、また、弁がよく振るえるよう枠の形状や弁の根元に工夫を施します。
また、初期の目次伯光氏製作の鉄口琴の弁は、より大きな音量を求めるという狙いから、弁の側面をナイフのように斜めにカットする工夫が見られます。
しかし、「もっと大きな音が欲しい」「もっと変った音を出したい」「歯を当てなくても演奏できる鉄口琴はないのか」などの発想から、オーソドックスな口琴のほかに以下のような口琴が登場しています。

では、口琴の発展形を下記にご覧下さい。





・アントン・ブリューヒン氏(Anton Bruhin/スイス)
「電気口琴(電磁石で弁の振動をフォロー)」の実用化に成功('94)→;電磁作用により弁の振動が持続。写真はgeneratorタイプ

・口琴発明家ロベルト・ザグレッヂーノフ氏(Robert Zagretdinov/バシコルトスタン共和国)
「ねじ式12音(A screw-type 12-tone chromatic kubyz)→演奏のキーに合わせ、事前に音程の調節ができる
「スライド式15音口琴(Multi-tone kybiz)」→演奏の途中でも音程が可変
「三枚弁口琴(A three-reed kubyz)」→弁同士が互いに振動するため倍音が時差で合流する。直接弾かない共振専用弁が付属
「ベルつき口琴(Kubyz with a bell)」→ベルを同時に鳴らすことが可能
「梨型口琴(A pear-shaped kubyz)」→洋梨のような形の木製共鳴箱つき。共鳴箱の直径1cm程の穴を演奏しながら指であけたりふさいだりし「ポヨポヨ音」を出す。
カリンバという楽器の筺体の裏穴を指で開閉して音色変化を出すことと同じ原理

・クレイトンバレー氏(clayton bailey/USA)の復刻ジューザフォン
「Jawsaphone(ジューザフォン)」→イギリスでみられた古いラッパ式口琴ですが、彼は現代で復刻しています。
なお、ジューザホンの更なる進化形(?)としてガンハープがあります。これは、ライフル銃と口琴が一体化しているようなもので、弾は出ないと思いますが全長は1mあるでしょう。ビジュアル的に一番ショッキングな口琴です。

・雲南省イ族の3-5片口琴
それぞれ音が違う音で調律されている(hoho/yunnan)

・ゾルタンシラギ氏(Zotlan Szilagyi/HUNGARY)
「ラパット(lapat)」→枠を平たく加工し鉄口琴の原則「枠に歯をあてる原則」を覆した(唇を押し付けて演奏)
「クワイヤ(choir)」→枠の内側に溝を彫ることでコーラス効果のある独特の音を出す
「ディジーカッター(daisycutter)」→変形弁
「アポカリプト(apocalypt)」→変形2枚弁


また、北海道アイヌ民族のムックリを吹きやすく改良を加えた「新ムックリ」が北海道東部の阿寒湖畔だけの特産品として販売されています。これはフィリピンのクビンの構造を採用し、紐を引くことなく枠の端を弾くタイプなので作者の鈴木さんは「やさしいムックリ」と呼んでいます。 ただ、材質の違いで、クビンより多少肉厚のためしっかりとした安定感がありますが、枠がしなりにくいため弁の動きが硬いという特徴もあります。
なお2002年から、ムックリ、やさしいムックリともに、もち手に綺麗な装飾の布を巻いたタイプも製作されています(正式には販売していません)。

●価格について



価格は意外に小額で、楽器として使用できるものでも金属製だと一つ2,000円くらいから手に入ります。
ただしサハ、ノルウェーなどの口琴は10,000円前後。またバシコルトスタン共和国のロベルト氏のつくる特殊な口琴は高いもので15万円ほどします。しかし竹など植物素材のものなら300円くらいから5000円くらいまであります。 
ただ、高いものがあるといっても「楽器」の価格としては非常に安いものだといえるでしょう。バイオリンやピアノなどに比べるわけにはいきませんが。しかし口琴は価格は安いものの、その楽しみたるや他の楽器に勝るとも劣ることはありません。



●メディアにおける効果音的使用方法と口琴の本質について



口琴の音をマスメディアが使用した事例は、日本人のある世代に対して最もわかりやすい例えがあり、それは『ど根性ガエル(どこんじょうがえる) 』というマンガ。 これだけで『あぁっ! あの音だったの・・・』と気づく方もいるでしょう。
この漫画は私が小学生のときに週間少年ジャンプ(集英社)に長い間連載された吉沢 やすみ氏の人気作品で、Tシャツの中で生きている蛙のピョン吉とそのTシャツの持ち主であるひろしたちが大活躍する江戸っ子魂あふれるものでした。「男の意地をみせるでヤンス!」・・・懐かしい名セリフ。 当時小学生だった私はTVアニメになったときに聞こえてくる、♪♪ぴょこん、ぴたん、ぺったんこ♪♪という冒頭のフレーズから始まる主題歌(昭和47年、作曲/広瀬健次郎氏、作詞/東京ムービー企画部 )が好きで、よく歌っていました。 実は、冒頭のフレーズにあわせて口琴が鳴っていたのですが、当時の私は音楽や楽器に目覚めておらず、楽しい音とは思ったもののそれが『口琴』という楽器で、その後自分がのめりこんでいくとは思いもよりませんでした。 それにしても、当時の主題歌の編曲の方(作曲者の広瀬健次郎氏だろうか)は、今よりはるかにマイナーな楽器だった口琴を『カエルの跳ねる音にぴったり♪』とよく気がついて録音してくれたものです。たしかに、インドネシアでは口琴は『ゲンゴン』と呼ばれこれはカエルの鳴き声のことだから、目のつけどころが鋭い。そしてこの曲での演奏者は誰なのでしょうか。

また、『ど根性ガエル』にならび『天才バカボン』の主題歌でも口琴がずいぶん鳴っている。これでいいのだ。
ほかにもTVアニメで口琴の音が挿入される場面は多く『それいけ!アンパンマン(たとえば”アンパンマンとクリームパンダ”の巻)』 『ワンサくん』『とっとこハム太郎』『Dr.スランプあられちゃん』など数多い。もちろん海外、たとえばアメリカのカートゥーンでもよく使われています 。 さらに、ナイキ等テレビCMにおける効果音としても多用されていたし、何気なくテレビをつけていると『あれ!?さっきの口琴じゃないっ?』て感じのシーンも増えました。



東京ディズニーリゾートでも口琴を一日中聴くことができます。ディズニーランドのクリッターカントリーのレストランでは口琴を使用された曲に包まれて食事をとれるし、メインアトラクション『スプラッシュマウンテン』でのボートの中でも堪能可能(しかもなかなかの名演奏)。


一方、ラジオ。

ご紹介したいのが『小沢昭一の小沢昭一的心』。TBS系列で全国29ネットで放送されており、1973年から続いているという超長寿番組。 胃袋の昼飯がすっかりなくなって空腹感を覚えはじめる平日の夕方に軽快な音楽とともに始まる。私は聴き始めて10年くらい経ったでしょうか。 さて口琴については、小沢昭一氏の軽妙な語り口でプログラムは進行していき小休止となる部分、挿入曲がかかるのだが、口琴を楽器としてきちんと演奏しているものがあります(毎日はかかっていないみたい)。


続いて映画。


  口琴好きなら目が釘付けになるようなハッピーな作品を紹介します。

1969年の『A BOY NAMED CHARLIE BROWN (邦題 スヌーピーとチャーリー、別題 チャーリーブラウンという男の子)』監督 ビル・メレンデス  配給:東和配給

この作品ではチャーリーと同じバスに乗るスヌーピーがカバンから口琴を取り出し、がっしりと歯をあて、リズミカルに吹いている♪ また、チャーリーが英単語を暗記するシーンにあわせ伴奏したり、英単語コンテストから帰るバスでのシーンなど、随所で炸裂。演奏は、自分から前に向かって弁を弾くシンプルでわかりやすいものですが、連続ジャンプしながら吹ける彼はそうとうな達人なのだと思います。 作者の口琴に対する愛情が伝わってくるような気がしました。

これを記念して(?)スヌーピー口琴も発売されており、あまり鳴らないわりにロングセラーになっています(スヌーピー愛用の口琴は珍しい『真っ赤』なものだが、箱の中の口琴は普通の銀色でちょっとがっかりしたりする)。 下の画像は、このHPにアクセスしてくれたY.Tさんからいただいたものです。そのY.Tさんからのメッセージをご紹介させていただきます。「スヌーピーの画像は、[チャーリーブラウンという男の子](邦題)という映画でバスの中で突如意味も無くカバンから口琴を取り出し,ビヨ〜ンビヨ〜ンと鳴らすのです。かっこいいです。」





口琴のシーン      



続いて1990年のアメリカ映画『THE GODFATHER  PART V(邦題 ゴッドファーザー  パートV』監督:フランシス フォード コッポラ  配給:パラマウント シチリア島で口琴が聞こえるシーンが数回あり、パーティ会場では口琴奏者が演奏しながらゴッドファーザーに会釈している(ゴッドファーザーはシチリア育ち)。

1995年の日本映画『あした』監督:大林 宣彦(口琴の演奏・指導は日本口琴協会の直川礼緒氏) 配給:東宝   口琴をいつも持っている青年。セリフの合間に、海を眺めながら口琴。

「俺たちも行くんだろ」 びょーん♪   「殺るのは俺だぜ」 びょんびょんびょん♪ 「兄貴は俺を認めてないんだ」 びょんびよびよびひよよよよよよよー♪♪♪ こんな具合。 終盤ではオデコから出血しながらのシュールな口琴演奏です。

1998年のフランス(正しくはフランス・ドイツ・ユーゴスラビア )のコメディ映画『Black cat white cat(邦題 黒猫・白猫)』:監督 エミール・クストリッツァ コミカルストーリーにぴったりの、なんともマイペースで平和な「ぼよよ」を聴ける。映画自体面白くておすすめ。演奏シーンももちろんあります。

1999年のスイス映画『Trumpi(邦題 トルンピ/アントン・ブリューヒンの口琴新世界 )』監督:イワン・シューマッハー  配給:巻上公一オフィス セリフがないかわりに口琴がある、口琴映画。著名な奏者たちが勢ぞろい。

・・・・これらの作品、機会があればぜひ視聴を。


このようにアニメの主題歌、テレビ、ラジオ、映画等で口琴が使われることか多くなり、それはそれで楽しいのですが、なんかバネのようなひょうきんな音が出る楽器というだけで、滑稽な、ギャグ系の楽器(?)みたいに取り扱われる場合も混ざっています。 とくにテレビのバラエティ番組やCMでは、『サンプリング』といって、口琴の音を取り入れたい場面において、音源として貯蔵されたデータを使っていることか多いように感じます。 と少々文句を言ってみましたが、ギャグ系の音、サンプリングの音、そういう使用形態は独特なハッピーサウンドを持つ口琴の宿命といえるのかも知れません。音が面白いおかげで、ずっと使われてきたのでしょう。そう、ハッピーサウンド、人を幸せな気分にしてくれるのが口琴。 しかし、口琴は人類が紀元前から伝えてきたといわれている。音だって、単にびょんびょん鳴るだけじゃなく、倍音を口腔と息づかいで変化させると非常に多様で見事に芸術的な音色が広がることを忘れないでほしいと思います。 演奏者は、自分が何のテーマで吹くのかを聴衆に伝えてから演奏をはじめることが多い。 それは、自然への感謝の気持ち、故郷への思い、恋愛、親子愛、友情など、奏者の脳みそとハートから発されるさまざまや要素が音として紡ぎだされます。口琴の音は、「人の気持ちが歌っている」のです。 口琴は自然や宇宙と響き合う大変に有機的で素晴らしい楽器。音楽的な将来性も大きく期待できるものと思います。
私は一生手放すことはないでしょう。





●基本的な演奏方法



コツは必要ですが簡単です。口につけた口琴のフレーム(枠)は、鉄は歯を当て、竹は当てない。鉄口琴の場合は上下の歯をそれぞれ上下のフレームにあてながら(フレームの先端から1センチ程度余裕をもった位置)弁を指で弾いてみてください。
あなたの口腔が発する空気の量・勢いの変化に応じてさまざまな音色にかわります。
ただし、歯はあくまで「あてる」感覚です。歯をあてることで口琴のフレームとあなたの顎・頭蓋骨が密着するようにします。この状態で、弁をはじいたときの振動が弁のみに理想的に影響し、フレームの余計な振動が頭蓋骨に逃げていく状態になります。つまり鉄口琴は枠が振動している条件下では弁の振動が鈍くなり適しません。
歯を当てる加減はフレームの強度により程度は違いますがフレームを必要以上の力で噛んでしまうと、上下のフレームが弁に触れ、カチッと発音してしまい本来の音がでません。弁を斜めに弾いてしまっても同じです。弁は常に自由に運動できるようにしてください。ただ、演奏の途中で意図的にカチカチ鳴らす技法もあります。

なお、竹口琴の場合は歯をあてず唇ではさみます。竹や木の口琴では、弁とともにフレームも振動することが理想的なのです。鉄口琴と違い歯をあてるとフレームの振動が止まってしまうため注意しましょう。しかし金属のものでもベトナムモン族や中国雲南省の真鍮・黄銅口琴や平べったい板状の口琴は歯をあてないタイプもあります。ゾルタンシラギのその名も「LAPAT」は、歯をあてない「唇の口琴」といわれますが、実際のところは唇ごしに歯茎、または歯を押し当てたほうがいい音がでます。しかし、唇だけあてても他の金属口琴よりはずっといい響きを発することは確かです。

楽器といっても音は、西洋音階のドレミファソラシドを常に正確に出せるものではありません。即興で心象を表現したり、聞き手が事前に認知しているメロディを演奏します。

国によって、踊ったり歌いながら演奏したりすることもあります(中国の少数民族には「口琴踊り」なるものがある→2003.12.21にタイヤル族の口琴踊りを見ることができました。男は口琴を弾きながら女性の前で踊り、女は気に入ったら男のあげた片足に自分の片足をかけていっしょにまわりながら躍る。両手は耳の後ろから前方に動かし、これが「スキスキ」という意味。)
また、口琴をならすと同時に例えば「トキオ」と言うと、1970年代後半から大活躍したアナログテクノバンドYellow Magic Orchestra(Y.M.O)がボコーダーで作っていた声にそっくりなので不思議です。下でも説明しますが、声帯を閉じてみると更にコンピュータ的発声になります。
「われわれは宇宙人です」と言うと、宇宙人ぽい声がでます。





●口琴は楽器?  〜声帯閉鎖(声門閉鎖)音との関係〜



私は「口琴は楽器です」と言いますが、元来から楽器が目的だったかといえばそれは少し違うと思います。
口琴は声帯閉鎖により言葉をも生む道具。それは「声帯閉鎖」という行為が最大のポイントです(声帯閉鎖音に関わる研究論文「アイヌ発声口琴風習の基層を探る(著:下村五三夫 氏/小樽商科大学 人文研究2000年9月)」を参考)。
私が暮らす北海道の先住民族、尊敬すべき「アイヌ」、その更に北の地に住む樺太アイヌ。その樺太アイヌには、喉鳴らし遊び「レクッカラ(rekukkara:喉をつる) [rekut=鳴る喉]」という独特の喉声遊びがあります。
カナダ・ヌナブト準州のイヌイットも同様です(札幌口琴会議第4話で16人のイヌイットの方々をご招待したのも、この喉声遊び・喉歌を実際に聞けると閃いたからです。カナダ北東部のイヌイットの「喉鳴らし遊び」はカタジャク[katajjaq]と言われ、樺太アイヌのレクッカラに酷似しています。)。
「レクッカラ」は女性二人が互いに顔を近づけ、手を筒のようにして共鳴腔として形を変化させながら自分の喉の奥で絞り出した「だみ声(そう、それは4種類のホーミーのひとつカルギラーのように)」を相手の口のなかに入れます。 声を受け取ったもう一方の女性は、自分の声門を閉じ調音器官(通常の会話をするときのような口腔の筋肉運動)を動かし無言調音をつくります。 すると、受け手自らは発声していないのに、独特の音色の言葉が聞こえてきます。また、互いに息を吸ったり吐いたりして声のような、声でないような音とリズムをつくります。 このレクッカラはヘチリの特別の歌唱法に分類されますが特定の旋律を再現するのではなく即興性に溢れた「かけあい」「セッション」です。

樺太アイヌとイヌイットという地域的にはかけ離れた民族、しかし同じ北方民族が有するこの喉声は、どういうふうに伝播され、どのような意味があるのでしょうか(当時は大陸として地質学的に連続性があり、アジアから北アメリカへ動物の移動とともに人も新大陸へ移動したと考えられます)。そして、なぜ主として女性が行うのでしょう。謎は多いです。


その映像はほんの少しですがビクターから出ている「新 世界民族音楽体系(カナダ)」で見ることができ、市立図書館などで閲覧・レンタルできます。 なお、貴重な音資料としてはB.ピウスツキ[B.Pilsudski]氏らが1903-05年に録音に成功した蝋管の大変貴重な音源、1950年代のNHKによる録音でコロムビアレコードのSP盤に収録された音源が残されています(著:谷本一之 氏「変容の民族音楽誌 アイヌ絵を聴く」付録CD/発行:北海道大学図書刊行会)。さらに、この音源をめぐって北海道大学で結成されたプロジェクトのドキュメントビデオがNHKより出ています(中央図書館等の基幹図書室で借りることができると思います)。これを拝見したとき、いたんだ蝋管の復元(特に音溝)には大変な努力があったんだなと感じざるを得ません。このとき、蝋管は入れ歯の技術を利用した高い精度で複製され、現在は同大学の博物館1Fで見学・音を聴くことができます。

ちなみに、北海道が誇る口琴「ムックリ」の語源は「ムックニ[mukkut-ni]」の組み合わせであると前述の下村五三夫 氏が研究・発表していますが、その意味は「閉じた喉の木製楽器」ということなのです。まさにムックリは喉、つまり声帯を閉じて口腔内で音を作る道具ということになります。
また、同氏はこのモノトーンな響きを「声帯閉鎖による無音韻(雑音等)の言語化(音声合成)」という解説をしております。そして口琴の演奏技術のひとつ「かっこう」も瞬時の声帯閉鎖の際の「か」と「こ」の口腔形状により可能になります。 江戸時代の金属口琴びやぼんと時代がシンクロする薩摩の口琴「シュミセン」の口琴練習譜(口唱歌)も声門閉鎖が深く関わっており、その練習譜は「カヂキノヘントトトチウサノヘントト ノトクビトラエテ ヒヤポン(ビヤコン) ヒヤポン(ビヤコン) ヒヤポン(ビヤコン) ・・・」、前述の下村氏によると「薩摩南部の加治木、琉球中山の地で喉を閉鎖して口琴、口琴、口琴・・・」となります。
電気シェーバーはお持ちですか?スイッチを入れ、ガーガーという音を自分の口腔内に響かせて声帯をきちんと閉じてみましょう。かなり難しいのですが言葉が生まれるはずです。レクッカラと同じ原理。どちらも「雑音」を利用しています。「札幌口琴会議 初顔合わせ」で試してみました。

口琴の熱心な奏者は、毎日鳴らすなかで口琴は単なる楽器ではなく、言葉(話し相手は必ずしも"人"ではないかもしれません)を生む道具だったと感じとる方も少なく無いと思います。民族によっては愛情を確認・伝える時(台湾タイヤル族の口琴 ルブ、ロボ)にも使われたこともあります(後述)が、チュクチ(シベリア極東部)のシャーマンなどのように、口琴言葉や上記喉声は、神々または霊魂と交信をとる為の呪術的・霊力的なものであったり、魔よけの意味合いがあったのではないかといわれています。口琴とシャーマニズムについては後述します。



●日常生活のなかの口琴



口琴はモダニゼーションの流れで、現代は、より音楽的な役割をもつ楽器として位置づけられるようになっているが、本来、日常生活に自然に馴染んでいたものである。
人ために演奏する場合でも、聞き手はコンサートのような「お客」ではなくあくまでも奏者にとって親しい人、特別な人などである。

ここでは口琴と日常生活について引用により具体的な3つの事例をご紹介しよう。お悔やみ口琴や求愛の口琴問答など、口琴の使途を探るひとつの素材としていただければ幸いである。

(1)台湾のプユマ族の例 <演奏によるお悔やみ>

プユマ族は不幸があった家にお悔やみに行く場合、喪に服す家族を思いやり、決して家の中には入らずに戸外で口琴を奏でる。
口琴は夜のしじまに静かに響き、家人は「ああ、誰か悔やみに来てくれた」と思う。一しきり演奏すると訪問者は口琴を二つに折って(竹口琴と思われる)茅葺屋根にそれを挿して家路に向かう。
(『芸能の人類学』225Pより 本文一部省略・変更し引用、姫野翠著、春秋社、1989)


(2)台湾タイヤル族の例 その一   <口琴言葉による求愛>

(タイヤル族の男女二人が口琴で語り合うのを見せてくれるという場面で)  まず男が弾き、女が30センチばかりの間隔に耳を寄せる。女は聞いたこと(男が口琴ごしに話した言葉)を話した。
それは「昔は私どもはこれを鳴らして語り合って遊んでいたが、今は開けて来たので恥ずかしい。でも今日はお客様のすすめでやるのです。そんなに聞きたかったら今晩さかんにやりましょう。」
今度は女に弾かせて男に聞いてもらった。
「今日ここで口琴を吹けというのはいやであるがやれというので、はずかしいがやります。-中略- こうして、古いことをするのが女として非常に恥ずかしいことですが、お客様は昔の蕃人生活を知ろうとして来られたのですから一生懸命やります。」
この恥ずかしがるのは、昔、若い男女が口琴に託して口では言うことのできない露骨な求愛問答をしたことを想像してのことらしい。
(『図解 世界楽器大辞典』92Pより 本文一部省略・変更し引用、黒沢隆朝著、雄山閣出版、1994)


(3)台湾タイヤル族の例 その二   <結婚へのプロセス>

口琴についている紐にロマンスがある。相愛の男女の間には、男が女の家に泊まりに行くことが許される。しかし結婚するまでは純潔を守ることが望まれる。
それを証明するために、純潔を守った証拠に、朝帰りの際、女の口琴の紐にふたりで一つの結び目をつける。
これが二十、三十になると女が親の前に口琴の紐を出して、彼はこのようにも誠実な青年であると証言して結婚を許してもらう。

また、男が女を手に入れようとする時は財力が必要となる。文字を持たない彼らは女の口琴を出させ、その紐に財産の数ほどの結び目を作らせる。
女は男のいう財産を一々聞いて紐を結ぶ。財産といっても、朝の上衣・ももひき・蕃刀・弓・すねあて・水がめ・なべ・釜・豚・鶏・その一つ一つを結ぶのであるから、二、三十は結び目が作られる。
こうして女が相手の財力を親に示し結婚の許可を得る。
(『図解 世界楽器大辞典』92-93Pより 本文一部省略・変更し引用、黒沢隆朝著、雄山閣出版、1994)



●口琴による発音、音色の変化についての解剖学的考察



解剖学 阿部教授との特別コーナーです、ここからご覧下さい





口琴の演奏では、音を 1) 口腔と咽頭、2) 鼻腔と副鼻腔、3) 喉頭、気管と胸腔に共鳴させます。 口琴の音と解剖学との関連を、解剖学の専門的視点から論じました。 口琴演奏の練習に参考となると思いますので、ご覧ください(kazu&hare)

●口琴の最期



竹口琴にしても金属口琴にしても、寿命というものがあると思います。あまり演奏せず保管している場合は半永久的に破損することはないでしょうが、頻繁な使用環境下では充分に可能性があります。
とくに、取り扱いに慣れないうちに無理をすると、弁が破損します。これは、弁の弾性を超える力による負荷や、弁を水平ではなく斜めに弾いてフレームにガチガチ当ててしまうと危険です。したがって、使用する口琴は一生ものとは考えないほうがいいでしょう。新品でも1月経たずにすぐ破損してしまうことはよくある話です。 私の経験では、弁が破損する直前は「これが最後のお役目だからがんばらなきゃっ!」とでも言わんばかりにいい音を出すのですが、しばらくすると急に音が消えます。弁を弾いても音がでないのです。そしてご臨終・・・ポロッ、と弁は落ちてしまうのです。弁の破損は突然に起こります。まるでギターの弦が切れるかのように。しかしわたしはその瞬間が好きです。南極で氷山が崩れ落ちるかのように詩的だと思うのです。

サハ共和国のアレクセイエフ氏に尋ねると、口琴が破損した場合は、作者のもとに返して弁を付け替える等の修理をしてもらうそうですが、これは製作した口琴鍛冶師が身近にいる彼らの国の場合です。サハには約100人の一流の鍛冶師がいるそうです。鍛冶養成の教育プログラムもあるそうで、日本と比べると雲泥の差がありますね。
■弁の付け根から破損→ ■弁の折れ曲がる部分から破損→





●口琴の楽しみ方と効能について



1.演奏会で何か他の楽器に合わせて演奏
2.演奏会で独奏
3.癒し効果を得る(ストレスのあるとき、独特の倍音に癒されます)。実際に口琴を活用したヒーリングがあるようです。
4.ひとり演奏しながら瞑想に入る
5.擬似ドラッグ効果を楽しむ。弁を弾くと歯と頭蓋骨と脳が微妙に振動するので気持ちいい。また、低音系口琴(ゾルタン口琴ではラパット、ゴーレム等)は演奏しながらネオン看板やパソコンモニタを見ると、揺れまくります。
6.路上を歩いている知人の背中に向かってびょ〜んとやると振り向きます。また、路上で口琴仲間で輪になって一心不乱に演奏すると神秘的な空気が立ち込めます。また、アンプを使って街に響かせると快感です。投げ銭も期待できます。
7.プレゼントに。珍しいのでインパクトがあります。そういう意味ではきっと合コン・宴会等でも威力を発揮するでしょう。もてもて?
8.音響学・物理学・解剖学・論文に。口腔の変化と弁との相関関係等の言語聴覚学的研究素材として。
9.声門閉鎖による口琴言葉遊び。声ではなく口腔の調節で擬似的音声を作ります。
10.祈祷、占い
11.歴史学、考古学の一部として
12.その他いろいろ(教えてください)
私の知人は携帯電話の着メロに、自分の演奏を使っています。





●はじかなくても「ぶぉ〜ん」。ブレス仕様について



口琴は、右手で弾くことなく息を吸うだけで弁をぶるぶると鳴らすことが可能です。
私は、これをできる口琴を、「息を吸う」ことから「ブレス」仕様と表現しています。
このぶるぶるな感触は一度経験するとやめられません。演奏時の表現力も飛躍的に向上します。あなたの口琴はぶるぶると唸りますか?
では試してみましょう。まず左手は通常通りに口琴を保持します。右手は使いません。そして唇を弁がもっとも震え易い部分(通常は弁が折れ曲がる直前あたりの幅1〜2cmの部分)にあて、ストローでジュースを飲むような感覚で息を吸い込みます。 すると、口琴はぶるぶると独特の音色を発することでしょう。たとえば「目次氏の口琴」は精度が非常に高く必ずといってよいほどこれが可能です。

ただ、ブレスにもちょっとしたコツがありますので、可能な口琴をお持ちの場合でも最初のうちはぶるぶるできないかもしれません。
金属口琴の場合は歯を軽くあてながら、弁を強く吸うような感覚です。唇は口琴のフレームを隙間なくつつむようにしてください。つまり、吸いこむ空気は弁のところの隙間の部分だけから吸いこむような感じです。 それでもブレスできないようでしたら、弁をほんの少し(触れたか触れないかという程度でOK)だけ弾いて、「きっかけ」を与えたあとに息を強めに吸うと振動が始まると思います。再度説明しますが、金属口琴は歯を必ずフレームに適度にあてます。 完全に「がしっ」と力を入れて噛むのではないのですが確実に密着させます。そうすることでフレームそのものの振動を止めるのです。 金属のものはフレームが震えてしまうと音がでません。フレームの振動を歯で減衰・または人体に逃がし、弁だけが振動するようにしてやります。反対に、竹のものはフレームと弁の構造体全体を震わせて音を大きくだすので歯はあてません。
さぁ、さっそくぶるぶるしましょう。

しかし、あなたの大切なマイ口琴がぶるぶるしなくても、がっかりすることはありません。 調整によりほとんどの口琴が(金属のものでも竹のものでも)可能になります。ぶるぶる狂の私はムックリさえもブレス仕様です。 フレームと弁がある限り、この「ぶるぶるポイント」は存在するはずで、微妙な調整により震えるようになります。この「ぶるぶるチューニング」により口琴の音色が変化することはほとんどありません。




●口琴のカスタマイズとトラブルシューティング



1)クロームメッキタイプの改造

銀色に輝くクロムメッキは、防腐効果は高いです。しかしその反面ペカペカの照りで高級感がない・味がないともいえます。サンドペーパーをかけると、とたんに、しっとりと光り、一品生産の特別仕様の雰囲気となります。
さらに弁にダイヤモンドペンで唐草模様でも描くと高級品の雰囲気に。アイヌや世界各地の諸民族の模様を真似てみるのも手です。細工用の電動ドリル(歯科用ドリルに似ている)を用いるともっと容易にできます。
(注)あまり強くヤスリをかけると地が出てしまいます。

2)一部の口琴にはフレームに着色してありますが(例:Zoltanのソルジャーは緑にペイント)演奏のため歯をあてているうちにラッカーがはげ落ちます。
シンナーで色をおとし、マニキュアの適当な色をつけるのもよいでしょう。ポロポロはげることはなくなります(その際は音が変わるのを防ぐためあまり厚く塗らないように)。

3)弁がフレームにどうしてもぶつかるとき(頻繁にカチカチと鳴ってしまうとき)の工夫。

@弁の先のハンダを少し大きくし整形する、弁の運動に慣性が働くのかこれで治ることもあります。
A弁とフレームの隙間がミクロン単位で狭いときは、先端(弾く部分)のハンダを熱でとかして一旦除去した後、新しいハンダを適当量溶かして紙の上に玉をつくり、これに先をいれて固めます。
なお、目の細かいサンドペーパーで少し削ると治ります。 B手の力で強引に隙間を作ってやる方法は手軽ですが、やりすぎてしまうと倍音が「失敗した!」と反省する程に激減します。そして元の音はもう出ません。慎重に、すこしずつ。

4)音のキーを変えたいとき

ギター用のチューナーを用意できる方はそのチューナーの前で、ごく自然に口琴を鳴らしてみてください。そのとき、意図的に変わった音色は出さず、ごく自然の息で音を出します。 何度かやっていると、その口琴の音程(キー)が見えてきます。その結果、あなたの口琴がたとえば「低めのC」だったとします。これを通常のCに修正してあげるには、 弁の角度をやや急にしてみてください。キーが高くなります。逆に高すぎる場合は弁をやや寝かせてやりますと低く変わります。ただあまり極端にやると破損の恐れが ありますので慎重に作業しましょう。たとえばDの口琴をCにすることはできません。CをC#に、という程度ならば可能かも知れません。弁への力はなるべく弁の折れ曲がった部分だけにピンポイントに入るようにし、フレームと弁の隙間に変化を与えないようにします。

5)残響音を短く・長くしたいとき

@弁の折れ曲がった部分の角度をできるだけ90°あるいはそれよりやや鋭角にします。逆に広角にするとキーが変化し、残響時間もやや短縮されメリハリの効く口琴となります。

A弁先にハンダを追加すると(つまり重くしてやる)振動幅が増加し、残響も長くなります。ただし音も変わります。「ぼてっ」と付け過ぎると、驚くほどにぼやけたとても聞き辛い音になってしまいます。まずは松脂や粘土などをこねて弁先につけて調整してみるとよいでしょう。

6)竹口琴は湿らすといい音が出ません。逆に過度な乾燥下では割れやすくなります。保管は案外気を使うものです。

7)弁先が尖っていてあなたの指を傷つけてしまう恐れのあるときには、ちょっとした工具で弁先の「直線」を「輪」にしてやることであたりが良くなります。小さなラジオペンチを購入し、慎重に輪をつくってやります。 もっと確実なのは、ラジオペンチに似ているのですが物を挟む面が平な「面」ではなく「円錐」の形状になっているペンチが製品として販売されていますのでお勧めです。ハンズなど工具専門店で二千円ほどで購入可能です。
ただ、ゾルタンの口琴は輪をつくる過程で弁が破損してしまうことがあります。ドイツのマウルトロンメルは比較的きれいに輪が製作できます。これは使用している金属の特性の違いかと思われます。


(by hare&kazu)





●弁先の変った処理について



通常の弁は、平らになっているか半田をつけてあります。また、リング状に仕上げているものもあります。一般的にリング状の方が往復で弾きやすいでしょう。弁へのオモリは、音程の調節に重要なファクターとなり、多くつければつける程、低音及び振幅が大きくなります。ただし、機敏性を失います。下の写真は少し変ったタイプといえるでしょう。



●使用上の注意とメンテナンスについて



1.むやみに激しくやりすぎたり、振動する弁に舌や唇をつけたり、弁を斜めに弾くと、出血することがあります。熱い演奏を始める際にはポケットティッシュを用意しましょう。
その場合は傷口を消毒し、止血しないようであればお医者さんに行ってください。私の場合は唇がちょこっと膨らむだけで2日で完治します。
また、口琴についた血はきちんと取り除きましょう。そのままだと、次回見たとき不気味ですし錆につながります。

2.個人差がありますが長時間にわたりやり過ぎると船酔いみたいになって吐き気がします。私も横になり氷嚢で頭を冷やしたことがあります。具合が悪くなったら直ちに使用を中止してください。これは脳や耳管の持続的振動によるものだと思います。

3.口琴はモバイルギアですが、金属タイプは海辺への持込には格段の注意が必要です。水分と塩と汗でサビやすくなるからです。また、砂浜に落ちた口琴は裸足で踏むと痛いのでご注意を。

また、演奏後は唾液がついています。布等できちんと取り除き、乾燥させましょう。
多少の錆なら支障はありませんが、もしかなり錆びてしまったら、私の場合はハンズなどで「サビとりツヤの助」「サビトール」、「クレCRC556」(これは人体に悪いかも。きちんとふ拭き取らないと口の中でクレ独特の風味が広がります)等を買い、落としています。ヤスリは最終手段。塗料・メッキなどは確実にはがれてしまいます。また、『口琴ブック ホムス(日本口琴協会監修)』の中で、巻上公一氏は「株式会社ハイネリーの"ハイネリー"を塗って擦って水洗い。 仕上げに椿油(純度100%のもの)を塗るとぴっかぴっか」と語っています。これはかなり綺麗になります。つーるつるに輝くのです。その上多少の錆ならとれてくれます。



4.口琴は笛やラッパと同じく直接口にあてる楽器です。ということは唾液がつきます。他人が使ったものはきれいにしてから口をつけましょう。念のため、へんな病気の経口感染に気をつけましょう。その意味で店頭での試奏はタブーです(試奏用があれば別)。口をつけたものはアルコール消毒が必要です。


5.洗う方法としては、コップに口琴を入れ、いれ歯洗浄剤のポリデント等を落とし、しゅわしゅわと磨くのも効果的です。


6.素材むき出しタイプの口琴は、歯にあてるとほどよく鉄の風味がします。
慣れてしまうか、塗装やメッキが施されているもの、それでもだめなら竹製を買いましょう。・・・でも、竹なら竹での風味はありますが、、、。ある程度我慢してください。





●収納方法について



念願のマイ口琴を手にしたら、保存上注意すべきことは「さび」と「弁の損傷・変型」です。
錆を防ぐには前述のお手入れが大切ですが、もうひとつ、密閉しないことです。蓋のある缶には入れないほうが賢明でしょう。最も適したものはやはり木製のケースです。
また、弁の損傷・変型を防ぐために、箱の中にスポンジなどを詰め、弁があたる部分にナイフなどで切れ込みを作って弁だけスポンジの奥へ沈めてやったりすると良いです。
なお、簡単な方法は、2×2cmほどの木片を用意し、片側に、ノミなどで弁をはめるような形の溝を彫ってやることです。木片と口琴とは輪ゴムでとめておきます。これだとケースよりかさ張らずに持ち運べます。ただ、ベストはやはり木製ケースです。下に参考の写真を載せておきます。
下の多種多様なケースは単なる収納の役割のみならず、芸術的な仕上げとなっており、口琴の存在を引き立ててくれています。
また、口琴作者によっては、口琴の音は口琴そのものの音だけではなく、そのケースとの因果関係もあると語られています。

               





●口琴を買いに行く



口琴の目利きができない方が、口琴を街などに買いに出かけるときは、その店が口琴という楽器を理解し、いろいろなアドバイスを提供してくれ、また演奏できるスタッフがいるかということがポイントになると思います。 アドバイスできる人がいない場合は、それに変わる人の連絡先等を紹介してくれるだけでも随分違います。最もよいのは、口琴を普段演奏している人または店から買うことです。いいコンディションの口琴を期待できますし貴重な情報を得られるかも知れませんから。
店頭での試奏は本来でしたらやりたいところですが、何しろ直接口をつけるということになりますので、必ずお店にことわってからにしましょう。
なお、試奏後、お店の方がついた唾液等を除去しメンテしていないようであれば危ないです。 衛生的じゃありませんし、そもそも楽器の状態も日ごとに悪くなっていきます。
また、口琴について理解せずただ単に取り扱っている店の場合は(もちろん全てのところがそうとは限らないのですが)、楽器と呼びにくい質の悪いものだったりする場合があります。
試しに札幌の一般的な楽器屋でひとつ購入してみましたが、どう演奏してもよく響きません。少しは鳴るのですが非常に曇った音です。その音は例えば、ゾルタンシラギ等の質の良い口琴を買ったが、鳴らすとカチカチと雑音がする(たぶん口琴のせいではなく演奏方法が悪い)ので、枠に力を入れて無理矢理隙間を広げて逆に音が響かなくなってしまった状態に似ています。わたしも口琴に出会ったとき、よくやって失敗しました。

ちなみに私が購入したのはオーストリア製のものです。見た目にはワインレッドやブルー、カラフルにメタリックの塗装が施され美しいですが、店頭にあった複数の口琴に共通して、枠の先端(指で弾く側)の処理が雑で、手に触れると痛いのでヤスリで角をとったほうがいいかもしれません。
ポップには「Makers of Jawharps since 1679. Handmade AUSTRIA」、「Unubertroffen in der Klangwiedergade-marrellous sound」と書いてあり、いかにも歴史の古いメーカーさんなのですが・・・・。弁と枠の隙間は適性に調節されていましたし、弁と枠の接合も良いかと思います。音が悪い原因は素材・塗装なのかも。まるでビニールで覆っているかのような厚さの塗装を全部剥がして音の変化を確かめたいですね。かなり改善できると思います。
ただ、誤解を防ぐために記述しておきますがオーストリア製すべてが音が悪いという意味では、もちろんありません。メーカーの問題です。
現に、私が演奏上多用していた(破損)のが実はオーストリアのもの(3,000円)で、価格のわりに本当にすばらしかったのです。買ったときはそんなに良い印象はありませんでしたが、使えば使うほど魅力が増えました。
今回店頭で実験購入したものはなにしろ価格が税別で700円と破格でしたから、金属口琴としては非常に安価で、コストパフォーマンス的に判断する場合は妥当なのかも知れません。しかし、購入者によってはこの口琴ひとつだけで「口琴は面白くない・鳴らない」と判断される恐れもあるため私は不満に感じています。
また、この原稿を書いている札幌にはムックリを販売している北海道土産・民芸品店が多くありますが、10件以上調べ、購入(300円〜400円)してみたところ、ムックリ本来の美しい音色がでたものは一部に過ぎませんでした。 あってはいけないことですが、つまり「当たりはずれ」があります。選ぶときの目安は弁の枠の隙間が小さく、丁寧に作られたようなものを選び、できれば数本購入して、その中から一番良く響くものを演奏用に使いましょう。
金属口琴にしても竹口琴にしても、本来口琴は飾り物ではなく伝統楽器なのですから、音が、スピリットが命。作り手の理解と情熱や技術が不可欠なのだということを感ぜずにはいられません。

 

■[金属口琴]赤いタイプが楽器店で購入したがあまり鳴らなかった。黒灰色のタイプが音楽性に優れたもの。ともにオーストリア製。
■[ムックリ]下が土産品で購入したがあまり鳴らなかったもの。上の緑の紐のタイプがライブでよく使用していたもの。





●イキモノの声で遊ぶ〜セミの声で「こんにちわ」



「自分が発してはいない音」を自分の口で変調させて遊んでみませんか?
これは口琴を使うわけではなく、雑音を発するものに口、口腔を接近させ、口腔内をあたかもしゃべるような動き(声は全く出さない)にしてやります。
すると、「aiueo」の運動の口腔からは、鳴り響く雑音のなかから「アイウエオ」という言葉が聞こえてきますよ。
まず最初に、雑音を発する道具を入手します。身近なところでは電気カミソリ・毛玉取り器・プラモデル用小型モーター・扇風機などがけっこういけると思います。
また、試したことはありませんが、電動鉛筆削り器もいいかも知れません。もっとも適当なのは、口の中に入るほど小さく、しかし大きな雑音が出るタイプです。
また、勇気のある方はイキモノでやってみましょう。カナブン・アブ・ハチなど、羽の音がブーンと響くの虫を生け捕りし、指先でつまみながら口の中に入れます。
ただし虫は口内に触れてはいけません。宙に浮かせる感覚です。私の経験の中でもっとも適したイキモノは「オスの蝉(セミ)」。オスは共鳴板を腹部に響かせ、遠くのメスまで響く大音量の鳴き声を出しますが、その声を利用するわけです。
セミ声は既に倍音系(思えばキリギリスなどのバッタ類も同様)ですし、腹を軽く押すことで音が欲しいときに鳴いてくれます(?)。まるでスイッチを切ったりつけたりするかのような感覚で。 注意点としてはセミに気を使って、必ず、あまり負担がかからないようにやさしく扱い傷つけないようにしましょう。

●おもちゃで口琴遊び



扇風機編

作動状態のミニ扇風機を右手に持ち、そのプロペラを口琴の先端にうまくあてると、弁が目まぐるしく動きます。
この状態で口琴を口にあてると、プロペラが持続的に弁を弾き続けますので、びょいーんという音が鳴り続けます。これを電気じかけの口琴と呼びます。

適した口琴;ベトナム モン族の真鍮口琴
適した扇風機;ハンディタイプでプロペラがビニールまたはフェルトのもの
ただし、口琴と扇風機の破損・口のケガに注意してください(多少の散財と出血は覚悟)。当局は責任をもてません。


●「札幌口琴会議 くちのこと。」について



この集会は、堅苦しいものではなく、座談会とでもいいましょうか、数少ない口琴についての情報交換やヒューマンネットの拡大が目的です。2001年2月から始めました。2001年5月から東京で「テリーヌ口琴大学」開設されましたが、規模こそ違えどまさに志は同じ。口琴を愛して止まない人々に開かれた場。あまり知られていない口琴を通じて行う井戸端会議。会議は、メンバーが相互に協力しあって成り立ちます。 ライブ形式で開催することも結構ありますが、札幌口琴会議はワークショップや交流会的な要素もあります。その意味から「会議」と命名しています。参加料金は会場代金負担分等、「極力低く設定」しますので、どなたでも気軽に参加できます。なお、小学生以下の方は料金不要です。若き口琴奏者(候補含め)、是非足を運んでみてください。

仕事や生活のストレスを口琴の音で癒しましょう。上手、下手は関係なし! その他、どんな集会にしたら良いか、アイディア募集中です。


●憧れのサハ〜世界民族口琴博物館の紹介



特別コーナーです、ここからご覧下さい






●口琴ファミリー



アメリカから「クラックモア」なる楽器が届く。解説によれば「口琴とスプーンの中間の楽器」となっているが最初使用方法がわからなかった。
スプーンといえば、100円ショップで買える 「煮豆スプーン」は、ふたつ購入して、さじの凸面部分を指である一定間隔離し、膝の上で打つと楽器用スプ ーンに劣らぬ音色で鳴る。このクラックモアも、さじの部分を唇にあて、 口琴の弁に相当する部分を口琴と同じように弾くと、カタカタカタタといい 音で鳴った。口太鼓ですね。


●日本最古の口琴の紹介〜氷川を訪ねてのレポート




2003年7月のある日、かねてより足を運びたいと思いつつその機会がなかった、埼玉県の氷川神社を訪ねた。


JR大宮駅周辺の賑やかな街並を楽しみながら思いのまま歩を進めると、土の匂いが濃くなり、樹齢を重ねた大木が連なる長い参道に出る。
途中に竹林も見え、寄り道。北国育ちの私にとって、竹林は珍しく、そしてなぜか懐かしい存在である。

2400年余りの歴史と御由緒のある氷川神社(武蔵一宮)は、桜門、舞殿、緑色の池、神橋などがあってやはり大変立派だった。
ここは古(いにしえ)から折り重なる遥かなる時の流れや緑濃の空気で訪れる人を癒す力と、凛とした佇まいに襟を正させる厳しさを、ともに感じることができる。

大宮公園は、この神社に隣接して広大に控えている。もともとは神社の奥山であったが、現在は野球場やサッカー場、競輪場として開発されている。




しかし歴史のあるこのような土地には、貴重な遺跡もこれまで多数発見されている(周辺は太古は海辺だったので漁に関わる遺物も出土している)ことから、開発の事前に遺跡発掘調査が実施される仕組みになっている(旧大宮市〜現 さいたま市〜の資料(註1)によると、旧大宮市内には現在約460もの遺跡があるとのことである)。 このような発掘作業で石器・土器・陶器等数々の出土品があったが、竪穴式住居跡等から出土したのが、前例の無いふたつの何とも奇妙な鉄製品である。
この鉄製品の状況について、神社近隣のさいたま市「土器の館」から調査研究資料(註1)(註2)をいただいたので、引用をしながら説明のこととする。
この鉄製品は、平成元年から同4年に行われた氷川神社東遺跡発掘調査で、竪穴式住居跡と総柱建物の柱の抜き取り痕(住居跡と抜き取り痕の距離は10m程度)から出土した(この発掘調査では他に金剛仏・銅鈴・浄瓶・鉄釘・鋤先等も出土している)。
発見当初は、腐食して錆だらけのため正確な形状を判別できず、釘や鍵の類かと推測されたが、「口琴に形態がよく似ている」との指摘(稲生典太郎氏)、を受け、X線撮影による鑑定や日本口琴協会の直川礼緒氏の訪問により、構造上の独特な特徴から口琴である確証を強くしている。もはや、口琴愛好家が見ると口琴にしか見えない。万歳、これは間違いなく日本最古の口琴の記念すべき出土だったのだ。


上述したが、日本では、江戸時代の文政7年(1823年9月からを挟み1-2年間ほど。とくに文政7年10月上旬〜11月初旬)「津軽笛、シュミセン、俗称ビヤボン、ビハボン、ホヤコン、きやこん、口琵琶」と称される金属口琴が江戸中に大流行しあちこちの店で売っているとの記録がある(註3)が、それはいまから180年ほど昔のことで案外最近の話とも言える。にも関わらず、「ビヤボン」だと確証し得る実物はおそらく未だ発見されていない(2003.9現在)。(いつの時代のものか不明だが、北海道の白老にある「アイヌ民族博物館」には「カニムックニ(ナ)」と呼ばれるかなり古い金属口琴が展示されている。)
この氷川神社東遺跡出土の口琴は、専門家による遺物(例えば土器など。時代区分に重要となる出土品。)などによる鑑定結果からではこれらは10世紀前半、今から1000年以上も遡る平安時代のものであり、これは江戸の口琴よりも遥かに昔のものということは明白である。
それではふたつの口琴について撮影した写真も付加して簡単に説明しておく。


まず、第1号口琴は第4号住居跡覆土内から、第2号口琴は第2号総柱建物の柱の抜き取り痕から出土している。
まず第一印象としては現在の口琴と比べると、随分と大型である点だ。色は画像で見られるようにふたつとも炭のように黒い。ただ、全体的に茶色の錆のようなものが斑点状に浮かんでいる。
資料(註2)によると詳細は以下のとおり。


【第1号口琴】

形状;なだらかな馬蹄形、素材;5mm角の鉄製棒、全長;12.8cm、環部の幅;4.2cm、直線部の幅;2.6cm前後、振動弁の幅;3-5mm、弁先は欠損(8.4cmほどが残存)、弁と環の 結合部は枠に切り込みを入れて弁を挟み、叩いて固定。

【第2号口琴】

形状;なだらかな馬蹄形(第1号口琴より細い)、素材;6-7mm角の鉄製棒、全長;12.4cm、環部の幅;3.6cm、直線部の幅;2.5cm、振動弁の幅;3-5mm、弁先は欠損 (7.7cmほどが残存)、弁と環の結合部は同様。

弁と環の結合部について見ると、特に第1号口琴に見られるが、弁が環部を突き抜ける形状にも思える。インドのモルシンのように弓矢型だったが折れてしまったのだろうか 。その可能性はゼロではないが高くはないと思われる。おそらく、たまたま環からほんの少し出た状態で固定したのだろう。それとも単に、こびりついた錆が弁のように誤認 させるのかもしれない。鉄の角材は現在のものと大差はないが、太めでがっしりしている。一方、弁は腐食のためか細くなっておりややバランスが悪い。枠と弁の間の隙間は当時はこれほど開いていなかったであろう。全長が長く大型で太い角材であることから、操作感は見た目がごつい割にやや柔らかく、低い音色で、残響音は比較的長めといったところか。最も悔やまれるのは弁の先端が欠損のため形状不明なことである。口琴は弁先にも大きな特徴が顕われるからだ。
画像の口琴は実際に出土した口琴をクリーニングし、多少補修が施されている。これらの口琴は、「土器の館」にて出土の複製品とともに復元(目次伯光氏)したレプリカが常設展示されている。本物は真空パック保存されているのだが、観察のためパック全体を持ち上げた際に予想以上の軽さであることに驚いた。出土口琴の重量については手持ち資料に記載がなかったことから、2ヵ月後の9月に「土器の館」に問い合わせたところ第1号口琴が脱塩(錆などをクリーニング)後31.1g・復元(樹脂類によるコーティング処理等)後39.8g、第2号口琴が脱塩後31.1g・復元後39.9gとの連絡をいただいた(重量の測定は保存処理を実施した会社からの報告とのこと)。弁の欠損部分を考慮してもやや軽量ではないだろうか) 。パッキングのビニール、緩衝材を含めてのこの軽さは意外である。通常これくらいの大きさの鉄製口琴ではずしりと感じると思うのだがこれは腐食による影響かどうかはわからない。参考までに、画像にも写っている現在の口琴(目次伯光氏作)は全長9.0cmで重量は約36gであった。他に、手持ちのインドのモルシンという口琴では、全長8CMで重量は約40g。出土口琴より明らかに小型だが重量には大差ないことがわかった。この部分も今後研究の余地がある。





次の興味は、この口琴は何のために使われていたのかということになるのだが、資料(註2)によれば、推測としての現在までの見解は、巫女や陰陽師という職位の人間が、神事や占いで使用した、というものである。
この見解は以下のような判断材料から導かれており興味深い。

1.当時の「鉄」は権威的な力を持っていた。江戸時代のビヤボンは始めは子供の玩具として流行していったが、平安時代には貴重で特別な意味あいがあった。子供の玩具という可能性は薄い。
2.「古事類苑」ではホヤコンというものが薩摩で吹物神事に用いられたとの記載がある。また、同時代の記録として越後に「宮の前ではキウコンキウコン」という口琴の唱歌の一節があり神社との関連が十分。
3.海外ではシャーマンが霊や精霊とコミュニケーションするための道具のひとつに用いている事例がある。
4.口琴を現代のように楽器として使用していたとすれば、もう少し他の記録もあって然るべきで、雅楽などと同様に伝承されてきてもよいのではないか。
5.氷川の遺跡で他に検出された遺構や遺物をみると鍛冶職人がいたことは疑いない。
6.氷川神社にはかつて「氷川暦」というものがあり、これは陰陽師達しか作ることは出来ない。つまり氷川神社には陰陽師に相当する位置づけの人物が存在した。


陰陽師の奏でる口琴はどのようなものであっただろう。
特別な能力を持つ者が儀式を進める佇まいとあいまって、さぞ神秘的だったに違いない。ただ、彼らの演奏は、今日の口琴をめぐる多彩な演奏技法とは遠い、簡素な音色であったと推測できる。霊的なものとのコンタクトをとるためのきっかけに簡単に弾いただけとも考えられるし、コンタクトがとれるまで何回も弾いたとも考えられる。
陰陽師や巫女等についての詳細は「日本のシャーマニズム(吉川弘文館、1974・1977)」等数々を著作しその分野の権威である桜井徳太郎先生などの書籍を参考いただきたいが、シャマニズムと口琴とのかかわりについては、今後もう少し考えてみたい。




平安から平成へ、千年の時を経て出土した口琴。
用途や音色はもはや想像するしかないが、私の耳の奥では勝手に思い描いた渋い音色が響いている。

最後に、各種資料の提供、説明のご協力をいただきありがとうございます。
また関連文献も大いに参考になり、感謝いたします。発掘・修復・復元に携わった方々に敬意を表します。

●説明・資料提供;土器の館、さいたま市 教育委員会 生涯学習部 文化財保護課

●参考・引用文献;
(註1)土器の館 収蔵資料集「出土品でみる大宮の遺跡 -近年の発掘調査から-」2001 大宮市教育委員会
(註2)大宮市遺跡調査会報告 第42集 氷川神社東遺跡 氷川神社 遺跡 B−17号遺跡 -県営硬式野球場・周辺施設整備事業関係埋蔵文化財発掘調査報告-(1993) 大宮市遺跡調査会
(註3)「古事類苑」 遊戯部17(明治41年)、「海録」巻11(大正4年)国書刊行会


●関連文献;
「口琴ジャーナル」第1号(1990) 「幻の江戸口琴 びやぼん」(関根秀樹氏) 日本口琴協会 
「口琴ジャーナル」第2号(1991) 「ついに出た!日本の口琴」(直川礼緒氏)、同 「平安時代の鉄製口琴」(関根秀樹氏) 日本口琴協会 
「口琴ジャーナル」第6号(1993) 「埼玉県大宮市氷川神社東遺跡の口琴 -発掘の経緯と考察- (山形洋一氏、渡辺正人氏)」 日本口琴協会 

【写真撮影;ハレ・ダイスケ     掲載許可;さいたま市教育委員会】

●『口琴とシャーマニズム〜口琴はいつどこから何のために日本に上陸したかを考えてみる。』




シャーマンが口琴を使用する傾向があるということはよく知られた話だが、口琴はいつどこから何のために日本に上陸したかを今一度考察してみる。


今日の「シャーマン(shaman)」という言葉は、”呪術的宗教者”を意味するツングース系言語「サマン(SAMAN)」に由来しているという[註1]。
口琴は、その呪術あるいは祈祷・予言・降霊・精霊や神との交信の場面に使われているようだが、まずはいくつかの事例を紹介したい。

●"中国の文献『神仙伝』の中に、深山に仙人がこれを吹奏してさまざまの奇蹟を現したことが書かれている。"(雄山閣出版『図解世界楽器大辞典』黒沢隆朝 著 平成6年)
●"翠軒翁筆記云、「ボヤカンと云もの薩州にて吹物、神事に用、岩城八幡にもあり、笛なり・・」"(国書刊行会『海録』大正4年)
●シャーマンではないが、『なりひびけコーチル(註2)』という絵本では女神自身が口琴(コーチル)を奏でている。中国北部の少数民族ホジェン族の民話をもととした話。
●モンゴルではシャーマンの儀式に口琴「ヘルホール(他の呼び名もあり)」を用いている。トゥバでも同様(口琴「デミル・ホムス」)。
●口琴ジャーナル(日本口琴協会発行、第7号24P、1993年、著;セヴィヤンヴァインシテイン、翻訳;ナヂェージダ・ポポーヴァ+直川礼緒)においてトゥバの女性シャーマンがホムスを使い、ホムスを「中の世界を飛び回るための赤鹿」と例えている。自らトランス世界を飛び回るための移動手段(跨るのではなくつかまって)のように表現している。
●2003年7月、サハリン少数民族であるニブフの伝統芸能(”イフ・ミフ・ニブグン”という名のニブフ・アンサンブルによる公演)を見る機会に恵まれた。 ザカンガとよばれる口琴やエヴェンキという片面太鼓、丸太を用いた打楽器など伝統楽器の演奏のほか、踊舞・縄跳び・芝居などが演じられたが、中でも仰天してしまったのが3名の女性による鳥獣の鳴き声の模倣だった。
あまりにリアルな鳴きまねには感嘆せざるを得ない。模倣は熊など哺乳類もあったが鳥のものが多かったように思う。この鳥獣の鳴き声の模倣は、シャーマンがよく用いることで知られている。
例えば『シベリア民話への旅(註1)』ではシベリアのナナイのシャーマンが巫術をはじめる前に、「かっこう」「大きな鳥の羽ばたく音」「フクロウの高鳴き」といった鳥の鳴きまねをすることにより自分の援助者である霊を呼び集める様子が紹介されている。
これはシャーマンが人類の日常的な言語とは違う方法で精霊や神とコミュニケーションしていることを表している。サハの口琴「ホムス」においても、重要なテクニックのひとつに春の訪れを音で表す「かっこう」の鳴きまねがあるが、これも元来は同じ意味であろう。
さらに、サハ共和国の口琴「ホムス」とシャマニズムと鍛冶師とは密接な連関がある。


なお、氷川神社東遺跡から出土したふたつの口琴についても、日本のシャーマンともいえる「陰陽師」あるいは「巫女」により神事に用いられたと見られていることは前項で記した。
この"陰陽師"なる者がどのような人物なのかを『魔法事典』(註3)からの引用により紹介しておこうと思う。


●陰陽道
古代中国を発祥とする、陰陽五行説を用いた呪術、占術の体系。なかでも式神の呪法が有名。
『日本書紀』によれば、513年(継体天皇の7年)に五経博士が来日している。このときに陰陽道が伝えられたのではないかとされているが、それが明確になるのは、551年の欽明天皇の百済への要求である。
それにより、当時の日本には、医博士や易博士、暦博士といった、陰陽道を基礎とした職能者が交代制で滞在していたことが判明している。

●陰陽師
陰陽道を修めた者のこと。方士、方術士、方伎士などとも呼ばれる。宮廷の官僚としての陰陽師のことを、陰陽博士ということもある。

●陰陽寮
平安時代からある朝廷の役職で、『大宝律令』に「天文、暦数、風雲気色に異あらば、密封して奏聞する事を掌る」と定めがある。
下級役人ではあるが、天文に異常な事態が起こった場合、天皇に密かに奏上することができるという特別な役職であった。これも、陰陽師が、占巫などによって吉凶を占うことができるからである。
このような特殊技能をもった官吏(現代でなら技官に相当するだろう)であるため、代々天文博士は土御門家(阿部家)、暦博士は幸徳井家(賀茂家)が世襲している。陰陽博士は、いずれかの家からでることになっている。


以上が陰陽師にかかわる説明であるが、これによると時代背景は西暦500年を過ぎたあたりからということになっている。私の仮説だが、五経博士らが呪術に『口琴』を用いていたとするならば、金属口琴は古代中国からの陰陽道の伝来に伴って必需的に日本に上陸したとも考えられないだろうか。
つまり儀式上な必要なものの一つとして持参したという具合。とすると、金属口琴は西暦500年以降に中国から日本に伝播されたということとなり、一方、氷川神社東遺跡出土の口琴は推定西暦900年代であるから、伝播から400年後経過した時点の日本の金属口琴といえる。
もしこの想像が正しいとするならば、現代日本の口琴歴はおよそ1500年ということとなり、伝播当時は中国製の竹・木もしくは金属の口琴(現代の中国では口琴は『口弦』と呼ばれる。以前は簣[コウ]または嘴琴[シキン]とも呼ばれた)を使用し、その後日本の鍛冶師により日本製が作られていった、とも推測できる。(因みに、鉄の歴史は、紀元前約2000年、現トルコ付近の先住民族が作り出した隕鉄や還元鉄がその発祥ではないかと言われている。その後、紀元前12〜11世紀ヨーロッパやアジアの各地へ伝わっていったという)。



日本への金属口琴伝播ルートとしては、少なくとも二通りはある。
まず口琴発祥の地をモンゴルと仮定し(註4)そこから各方面に運ばれていったとする。日本へは、シベリア、サハリン経由で北海道へ伝えられた「北方ルート」、中国経由で本州または九州の港で上陸した「南方・東方ルート」があるだろう。
「中国からの陰陽師持参説」は後者のひとつといえるが、これを日本への口琴上陸の最古とするには、「北方ルート」もあるため、正しいとは言えぬ可能性が高いことは十分認識している。実は北海道のムックリに酷似の竹口琴が、サハではマスホムス、ニブフではカンガという名で知られており、鉄製の口琴も伝えられただろう。それは、「アイヌ」とはいっても樺太アイヌ、千島アイヌ、北海道アイヌ、東北アイヌと広域であることにも密接な関係がある。

ただ、口琴の「発祥地」に論点を置けばモンゴル、バイカル湖あたりが「それらしい」と思われるのだが、日本への「最初の上陸」を論点とするならば、西暦500年というかなり古い数字がでてきたことから「陰陽師ルート」はかなり古いものとして認識してもよいのではないかと考えてしまうのである。
これについては今後も、口琴がサハやモンゴル、サハリンからいつ北海道に渡ってきたのか、時代的に確証して比較していきたいし、その結果、「北方ルート」が「陰陽師ルート」より古いということが証明されれば北海道に住む私としてはそれはそれで非常に楽しみでもある。
ここではとりあえず、『日本書紀』『古事記』レベルの古書に「エミシ」という名でアイヌらしき人々が登場しており、時間軸としては陰陽師より古いため大きく期待できるけれども、口琴も同時に伝来していたという記録がとれなかったため、ここではひとまず陰陽師持参説も相当に古い上陸ルートの1パターンと思われる、ということにしておきたい。 




話をシャーマニズムに戻すが、日本のシャーマン・霊媒師である東北・恐山で有名なイタコの存在も忘れてはいけない。イタコは「口寄せ」と呼ばれる降霊の際、霊を招く巫具(ふぐ)として「梓弓」を用いる事例が知られている(すべてのイタコが用いるというわけではない)。
『神秘の道具 日本編』 (註5)によるとイタコは梓弓の弦を棒で叩き振動させ(鳴弦)、口琴にも似た音を鳴らしながら霊界に入る。シベリアの民族、北海道アイヌ、アフリカ(CD音源;SWP Records『OtherMusicsFromZimbabwe HT-06』での楽弓など)方面でもやはり、弓の弦を口にあてて音を出す「糸口琴」の類も見られる。
鳴弦は陰陽師の呪術のひとつにもなっていて、弦を鳴らしたり目に見えぬ矢で魔物を射る動作を行う。
これと全く同じ手法が、リス族の「ニパ」と呼ばれるシャーマンなど中国雲南地方のシャーマンの儀式にもあるという。魔物を患者の体内から追い出し、家の隅に追い詰め目に見えぬ矢を放つのだ。


ではなぜ「弓」を用いるのか。また、なぜイタコの弓は「梓」が材料なのか。
弓の歴史は大変古く、縄文時代から狩猟は勿論、儀式に使用されている。狩猟においては、「射止める」ほかに「狩の前に弦を鳴らし、音で場を清める」意味がある。音(波動)で場を清めるのは、チベット密教の儀式で「シンギングボール」が使われることと同一だ。同書(註5)によると、弓は「神がかり;降霊・憑霊の道具」として位置づけられており、弓は神の意志を現す力を持つため人知を超えた物事を判定するト占の呪具として利用されてきた、と掲載されている。
もともとは、梓は平安時代から弓のマテリアルとして用いられており、これはおそらく桃・桑・ウツギ・柳と同様に霊木のひとつとして認識されてきたからであり、木の力により呪術力があがるとの考えからである。こう考えると、梓・桃・桑・ウツギ・柳を素材とした口琴というものもあって当然なのだが、残念ながらそのような記録は私にはまだ確認できていない。とくに柳の弓については、人と神が通じるときに用いられる、とあるので、シャーマンが精霊と通じる場合には口琴としても適した素材だと思うのだ。
そういえば、「赤い口琴」も探しているが確認できていない。「赤」は古くから、太陽や炎を連想させ、悪霊邪気を祓う色彩と位置づけられており、シャーマンが儀式で使う口琴は赤く彩色してあることが自然だと思われるのである(フィリピンのクビンには一部朱色に染められた竹の口琴がある)。氷川神社東遺跡出土の口琴について、朱色が見られたかさいたま市に問い合わせたがそのようなものは見られなかったという。実物を実際に観察した際も、茶色の斑点は見られたが朱色は認められなかった。




さらに、弓以外の巫具は非常に多数あるが、私が特に興味を持ったものとして「琴」をあげねておかねばいけない。
おなじく専門書(註5)に、琴の説明が明確にされているので引用させていただく。
それによると『琴占と呼ばれる古代の占いでは、神を招いたり神託の意味を解釈する専門家である審神者(さにわ)が、神懸かりするときに琴を用いたもので別名「神懸り板」とも呼ばれ、神が降臨する神聖な空間を作り出し、神懸りした神主や巫女の口から託宣を導く役割を果たした』とある。また、大変に興味深いことだが、『琴が神と通じる手段として機能する背景には、昔から中空なる物には、異次元のモノがこもり音になると考えられてきたという歴史がある。
弦の振動を玄妙に共鳴させる琴の胴は、その内なる空間にこの世ならぬ世界をつくり、異界のモノを宿らせる機能を備えている。そこには神霊も人の魂も宿らせることが出来ると古代の人々は考えていた。』との解説だ。この記述のなかで、「中空なる物には、異次元のモノがこもり音になる」という点を注目したい。つまり、シャーマンが神霊と交信する際には中空なものを利用して音をつくるということである。琴の胴はもちろん中空であるが、口の中「口腔」も紛れもなく中空であり、口腔という中空を利用するケースが梓弓や口琴ということになるのではないだろうか。
シャーマンにおける口琴の利用は様々な国に共通して見られるが、どの国もこの「中空の力」を意識してのものなのだろうかは、わからない。

なお、『あずさ弓 日本におけるシャ−マン的行為 上』(カ−メン・ブラッカ−、岩波書店・同時代ライブラリー、1992)という専門書も発刊されているから、シャーマニズムを詳細をお調べになる場合の参考となると思う。


ただ、すっきりしないことがある。恐山のイタコが、口琴を使ったことはあるのか、という点だ。イタコに関する数々の書籍を開いてみたが、私の調べた限りではそのような記録はなく、また、博物館などイタコ関係の研究者を探して尋ねてみても分からなかった。しかし、東北地方にも口琴の類は伝わっていたし、シャーマンである彼らが使用したとしても全く不思議なことではないのである。この点は今後も調べてみたいと思っている。



口琴・琴・弓矢、これらは音の波動や素材の霊力により、場を清める効果〜霊や神々の関心を引き呼び寄せる効果〜トランス状態を導く効果〜魔物を浄化する効果・・・など、シャーマニズムの中では非常に大きな役割を担っているのである。
民族の移動によりシャーマニズムとその道具が各地に広がった。口琴もそのひとつと言えるだろう。



(註1)『シベリア民話への旅』斎藤君子著、兜ス凡社、1993、ISBN4-582-34111-X C0039
(註2)『なりひびけコーチル』 松本みどり作、宮本順子絵、岩崎書店、1996
(註3)『魔法事典』山北篤監修、新紀元社 1998)
(註4)『口琴読本XOMyC(XOMyC編集委員会発行、企画構成 巻上文子、1998)』に「世界最古? 2500年前の口琴モンゴルで発見される」と記載がある。これは同様にビデオ『サハ民族の口琴 ホムスの演奏技法』(指導;イヴァン アレクセイエフ   スピリドン シシーギン/企画制作;日本口琴協会・1993)の中でイヴァン アレクセイエフ氏が話している。同氏に直接聞いてみると、シベリアの考古学者が発見したというのを新聞記事で読んだということで実物は見ていないがおそらく鉄のホムスであるとのことだった。現在それはノボシビルスクにあるという。
口琴で有名なサハ共和国についてもバイカル湖付近からモンゴルに圧されシベリアに移動した歴史があるので最古ではないだろう。
ただ、サハ共和国の「世界民族口琴博物館(THE KHOMUS MUZEUM-JEW'S HARP OF THE WORLD PEOPLES)」の館内ガイドブックを参照すると、アメリカのFREDERIC CRANE氏によれば約5000年前のヨーロッパのものが起源だと考えられていることが記載されている(CRANE氏に確認中)。
口琴の歴史は「太古から」「非常に古くから」という記述はよく見かけるが、はっきりとした記録を探している。
(註5)『神秘の道具 日本編』 戸部民夫著、新紀元社 2001)



(以上、読みやすさを考慮し失礼ながら敬称略としました。)

●『江戸時代周辺の古典資料における日本の口琴について』




日本の口琴の歴史を学ぶ上で、江戸時代の鉄口琴の流行は見落とすことができません。
ここでは、江戸時代周辺の随筆から口琴に関係する文献の現代語訳をいくつかご紹介します。
これらについては、掲載文献名と翻訳(旧式な文体のため現代では読み辛い)について『口琴ジャーナル『(第一号 、日本口琴協会1990.12発刊 )ですでに掲載されており、説明が重複する部分も多くありますが、私も興味があるため父の協力により再び翻訳を行い私見等を付け加えて掲載します。

(資料収集 : ハレ・ダイスケ  古文翻訳 ; 父    解釈 : ハレ・ダイスケ)


◆『続燕石十種』 第二巻  (中央公論社、昭和55年7月25日発行)


『わすれのこり 下』  四壁奄茂蔦著

ビヤボン

鉄で図1のように造ったものである。
長さ二寸(※1)ほどで、真ん中を口に銜え、息を吹きかけながら、中に爪の様に出た部分を、すこしづつ手で動かせば、ビヤボンと鳴る。
しかし、唱歌などにあわせて拍子をとるものでもなく、あまり面白いものでもない。 けれども一時は大いに流行した。水野出羽守殿(※2)が御老中勤務中のことである。
    落首(※3)に、びやぼんを吹けば出羽どん出羽どんと金がものいういまの世の中(※4)


       ※1:1寸はほぼ3cm、1m=3尺3寸
※2:水野出羽守忠成は文政1年(1818年)にから天保5年(1834年)まで老中に就任したが、人事絡みの賄賂が公然とするなど腐敗した金権政治により蟄居(大塩平八郎が批判を展開し、構造汚職の実態を江戸の幕閣に指摘した)。
※3:現代で言えば落書き。歌を書いた紙を貼った
※4:「びやぼん」-「出羽どん」をかけ、「金が物言う」は鉄の口琴が鳴る様子、また、口琴を利用した口琴言葉をかけた巧妙な歌と思われる。


◆『古事類苑 (遊戯部)』 巻  (古事類苑刊行社、昭和6年9月5日発行)


『護花関随筆』

津島氷室と云う者が過日訪れた折に、ひとつの奇物を携え、自分に見せて云うには、最近長崎に行った人がこれを求めて来たもので異国の笛とのことである。
その形は甚だ珍しいもので、鉄で作られていておおむね毛抜きに似ている。長さは二寸半ほどで真ん中を針のようなものが通り、先はそれぞれ細く薄くて、口にあてて吹けばしょうしょうとした音がする。
吹くと両方の先の薄いところが震えて、真ん中の針と響きあって琴の音のような、または蝉の初声に似ているが、何というものかは分からないと云う。
それで東西洋考を調べると「口琴」と名付けられたものと全く形容が同じなのでこれは口琴であろうと答えた。


『蕃社采風図考』


(別途)

『維西見聞記』


(別途)

『海録』   (国書刊行会、大正4年11月25日発行)


 文政六年九月ころ(西暦一八二三年)津軽笛(俗にひゃぼん)というもので児童が 遊んでいたが、十一月の初旬には非常に流行って、あちらこちらで売る店さえ見られた。  その形状は   このようであって鉄でつくられている。 これは津軽では口琵琶と云い、うたいながら指ではじいて吹くものである。 過日、百谷という人に逢ったとき、彼も薩摩でおなじ形のものがあって、その名は シュミセンだという。形は   このようなものでその唱歌に、

 チウサノベント、カヂキノベント、ノトクヒトラヘテビヤコンビヤコン

芝陽君に会ったとき、右の唱歌のチウサは中山ということで琉球のことか、カヂキは 加治木のことで筑紫の地名であろう、そのほかには今のところ考えようがないという。   蝦夷人は竹で作ったものを吹くと云う。  また、藝海珠塵の中に竹の口琵琶のことが記されている。 翠軒翁記にはホヤコンと云うもの、薩摩において吹物として神事に用い、岩城八幡に もあり笛である。或人は云う漢名は口琴なりと云う。


  『松屋筆記』

ビハボン笛 口琴
 文政七〜八年(西暦一八二四〜五年)、江戸の児童達にビハボンという口笛を吹くことが流行した。鉄をもって口に咬むように作ったものである。


『視聴草』

口琴ヒハボン
 越後 譜 サムラヒコウジトウジヤウコウジヲミヤノマエデワキウコン キウコン キウコン
 薩摩 譜 チウサノヘントカシウツノヘントノトクビトラエテヒヤボン ヒヤボン ヒヤボン


『兔園會集説』

琵琶笛

 琵琶笛、訛ってビヤボンという。
文政七年甲申(きのえさる)の冬、十月上旬より江戸中に流行り春になってなお甚だしくなった。
笛は鉄で作り、笛一個の値は銭百文から銀五匁になるものも有りという。
大小の摺り物など多くこれを擬ねした。
その他新作のおとし咄にもこの事が多く、また小唄にも唄われたが、風俗のためよろ しくないとして八年乙酉(きのととり)の春二月禁止された。


『屠龍工随筆』  

奥州岩城の祭りの所で笛を売っている。その形は俗にいう女のさすかんざしのようなもので、二タ股に針のような角のついた鉄で三寸ばかりのもので、また針の端の薄い鉄を、中の所へ三本になるようにして、股へつけた鉄を銜えて、ふたつに別れた所につけた鉄の一寸ほどの所を指で打てば、キャコンと鳴るのでその名をキャコンと云う。
    鉄で作った有様は奇妙であり、蝦夷松前の風俗などから移ってきたものと思われる。


以上ですが今後も追加したいと思います

●サハリンのニブフ(Nivkh)の口琴について



2003.7、サハリンのニブフ民族のアンサンブル「イフ・ミフ・ニブグン」による伝統芸能を体感する機会がありましたので口琴に関して簡単に書き留めたいと思います。
北方アジアには様々な民族が口琴を持っており、サハリンのニブフにおいても「カンガ(канга)」と呼ばれる金属製及び木製の口琴があります。
今回の交流は、北海道アイヌの竹の口琴「ムックリ」はこの北方の流れをくむものですから、口琴の移動・伝播を研究する上で興味深いものでした。
実際に拝見できた口琴は二つでしたがその特徴を挙げます。


1.ニブフの口琴について

(1) 「真鍮板製・紐つきタイプ」
素材;真鍮
形状;ヘラ型
色;金色
演奏方法;ムックリと同様(左端の紐を手にかけ右端の紐をひく)
発音;やや残響時間が長くムックリ的。中音。
その他;
・弁と枠の隙間は狭く良品である。
・弁の根元部に弁を切り出す始点としての小穴があり、そこからヤスリで弁を切り出したと類推できる」【写真A-@】
・左手で持つ紐の部分のみ、真鍮板を薄く削る仕上げになっており弁の運動を助けている」【写真-A】


(2) 「鉄製・馬蹄形型」
素材;鉄の丸棒(弁と向かい合う部分は鋭角に加工し音量を求めている)」【写真B-B】
形状;馬蹄形型環部Cと棒状脚部Dから成る【写真B-CD】
色;銀
演奏方法;弁を指で直接弾く
発音;弁の折れ曲がり角度が小さい枠に対し45°程度 ※一般的には90°)ため振動しにくく、低音・残響音は短い。口琴としては倍音が少ない。)」【写真B-E】
その他;弁先端部は環状に仕上げており、慣性が増大するため弁運動を助け、奏者の指を保護する役割も持たせている。【写真B-F】
2.交流会における演奏について

演奏については口琴の奏法・音色に特別に大きな特長は見られませんでしたが、競演したときの感想を書きます。
ニブフの奏者が使用した口琴は(2)のタイプでしたので、前述したように振動しにくいことから音は小さめで残響も短いものでした。
しかし口腔容積を舌と顎で変化させることで、拍子毎に低→高→低・・・と単調ながら音色を変えており、また、倍音成分が少ない澄んだ音色と相まって聞く人をほのぼのとした気持ちにさせるものでした。
環部を持つ手の向きは掌を客側に向ける方向で、弁を弾く指は右手人差し指、一般的な方法です。ただ、人差し指の使い方は詳しくは書きませんが演奏にはやや向かないものだったようです。
以上、口琴の特長、持ち方、奏法についてまとめましたが、これは今回の交流においての観察ということであり、ニブフ全体に常に共通するものではないと思います。

●シベリアの口琴『ホムス』インタービュー



日時;2003.10.15 20:00頃 北海道にて
質問者;ハレ・ダイスケ
回答者;サハ共和国  イヴァン アレクセイエフ (Ivan ALEXEYEV)、スピリドン シシーギン(Spiridon SHISHIGIN)
※両氏に質問したが主にイヴァン アレクセイエフ 氏が回答   
※両氏とも世界を代表する口琴奏者

1)ビデオ(サハ民族の口琴 ホムスの演奏技法 指 導 イヴァン アレクセイエフスピリドン シシーギン/日本口琴協会 1993)の中で、「最古の口琴はモンゴルで出土した約2500年前のもの」と紹介されているのですが、実際 にご覧になりましたか、また、素材はどのようなもので現在はどこに所蔵されていますか

-回答-
ロシアの考古学者が発掘したという新聞記事を見ました。実物は見ていない。鉄のものだと思う。現在はノボシビルスクにあると思う。


2)口琴の発明についてどう思っていますか。サハには落雷の木片を熊が弾いていたのを猟師が見て発想したという言い伝えがあったと思いますが。

-回答-
トゥバにその言い伝えがある。ホムスは人間が必要だったから作ったんだろう。


3)シャーマニズムとホムス、現在の使用状況について教えて下さい

-回答-
アルタイ、モンゴル、トゥバなどで使われている。たしかにそういう関係はある。シャーマンは(サハからみて)南は男、北は女の傾向がある。シャーマニズムについて は慎重に扱ったほうがいい。


4)柳、桃、梓等の木は日本では古来より霊力があると言われておりますが、これらを素材に用いた口琴は見当たりません。口琴をシャーマニズムに使用すると考える と素材にふさわしいとも思えるのですが、サハには参考となるものはありますか

-回答-
サハでは20世紀の中頃までカラマツでホムスを作っていた。バシキルには今もある。1985年の演奏記録もある。


4)-2カラマツのホムスはマスホムスのことですか。マスとはどのような意味ですか。ホムスの意味は?

-回答-
そうです。マスは「木」。ホムスは「ヤクート人にとって象徴、シンボル的な意味」をさす。←訳が難しい


5)ヤクーツクではラジオの時報の音もホムスだったことがあると本で読んだことがあるが、現在もそうですか。

-回答-
そのようなことはないと思う。
ただ、文化的放送・大きなニュースの前に、ホムス演奏は流れる。


(6)サハには鍛冶師は何人いますか。また、その性別は?

-回答-
約100人いる。男だが、女が補助的に手伝うことはある。


7)鍛冶という職業は、先祖代々継いでいるのですか。誰でもなれるわけではないのでしょうか。


-回答-
今では学校がある。希望者はそこで勉強し鍛冶師になれる。ただ、鍛冶師になったら簡単にやめたりすることは好ましくない。


8)サハで口琴以外の楽器は?

-回答-
たくさんある。14種類ほど(イワン氏がシシーギンの方を見て確認する)?


9)ホムスには男の楽器、女の楽器、というような位置づけがありますか

-回答-
もともとは女の楽器。今はどちらでも。


10)口琴を奏でてはいけないシチュエーションはありますか。禁止行為など。

-回答-
あります。牛が出産するとき。ホムスの音で集中できないかららしい。

ただ、ハレさんががサハにきたときに試してみては?(笑)

11)日本には「家元」という制度がありますがサハのホムスにはありますか


-回答-
教え子はもつ。ただ自分の教え子に伝えたい気持ちはあるが必ずしも受け付けられない場合がある(教え子の能力的問題)。
そのときは他の生徒を探す。とにかく伝えていかねばならない。伝えないと自分にもよくないことが起きる。


12)ホムスが破損したときの処分方法について教えてください。わたしの場合はお寺で供養してもらっています。

-回答-
破損したときはその作者に治してもらう。誰でもよいのではなく製作者に依頼する。ホムスには演奏者だけではなく作り手の魂、先祖からの想いがはいっている。


13)最後に、今回の写真・インタビュー内容について、出版物あるいはインターネットホームページ等での引用・使用を許可いただけますか

-回答-
ホムスの発展のためならどうぞお使い下さい


(以上)

●インドネシア・バリ島の口琴について



インドネシア・バリ島の口琴についての現地レポート



●台湾の口琴について



台湾の口琴についての現地レポート



●ベトナムの口琴について



ベトナムの口琴についての現地レポート



●このコーナーの最後にあたって



昔、ペットの亀「ホーミーくん(2000年夏、昇天)」と「ホーメイくん(元気)」とでラジオ番組に出演した際、デモ演奏後こう宣言したことがあります。「たま◯っち、ポケ◯ンの次に子供たちの間で流行るものはコウキンでしょうね。みんな下校しながらびょんびょんやるの。」・・・・・演奏が悪かったのか、これはすっかり外れてしまいましたが、口琴て、ほんとにいつからあるかは知らないが、忘れられているようでもいつまでも有り続けることでしょう。


深い海で潜水艦からエビやリュウグウノツカイなどの深海魚をみながら倍音を響かせたい。
私がもし宇宙人に会ったら口琴をみせたい聴かせたい。
月面で地球みながら口琴したい。銀河鉄道999の乗客として口琴を片手に壮大な旅に出たい。

このページをお読みになって、少しでも口琴に興味を抱いていただければ幸いです。では、皆様の豊な倍音ライフを祈って、合掌(びょ〜ん)。

倍々!


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