2002.9.28更新
北海道大学名誉教授・北海道医療大学心理科学部教授 阿部和厚(あべ かずひろ)
札幌口琴会議主宰 ハレ・ダイスケ
口琴の音色の変化についての記事は、身近なところでは、Ivan Alexeyev と Spiridon Shishigin 演奏のビデオ「サハ民族の口琴ホムスの演奏技法」に付属する直川礼緒(日本口琴協会)による解説書(1999.2.7)、アメリカの Jew’s Harp Guild のホームページにある記事、Wayland HarmanによるHow to play a steel jew’s harp とAdvanced playing techniques, および ムックリ演奏の 長根あき による「ムックリの音・私の音」(三文双書 2000)があります。(※敬称略)
このなかで、長根あき による記事が最も体系的で、微にいり細にいり記載され、しかも、その超絶技法を聴かせるCDまで付属しています。
ムックリの音についての記事ですが、金属口琴の演奏にもそのまま参考になります。また、直川礼緒、長根あき の記事ともに人体の解剖学的構造とも関連して述べています。
この小論は、長年、医学の分野で解剖学を専門としてきた阿部和厚と札幌口琴会議のハレ・ダイスケとの出会いから生まれ、解剖学的な視点から口琴の発音について述べています。
ここでの口琴は歯にあてて発音する金属口琴を念頭に述べますが、歯にあてない竹口琴にも、大部分はあてはまります。
なお、解剖学的な説明には図をつけるとよいのですが、読者は自分の身体に照らして理解できるように図を使用しないで記載することにします。
詳しく述べる前に、口琴の発音、音色の変化に関係する要素を先にあげます。口琴の発音源は口琴ですが、人体を共鳴腔とする管楽器といえます。
口琴の振動は、骨への伝導と空気の振動の両者が関連し、さらに音色や音程の変化は倍音によります。これらの音は、つぎの3種の共鳴腔に共鳴します。
1) 口腔と咽頭 2) 鼻腔と副鼻腔 3) 喉頭、気管と胸腔
また、a)舌は、様々な形に動かすことができ、音の変化に重要な役割をはたします。
さらに、b)口腔と鼻腔との間に軟口蓋と口蓋垂(いわゆる のどちんこ)、c)咽頭と喉頭の間には喉頭蓋、および喉頭に声帯があって、それぞれの腔を仕切り、これらも音色の変化に重要な役割をはたします。
動かせる要素には、声を出すときの発音と関連する動き、および食物などを飲み込むとき、すなわち嚥下運動、および,口呼吸,鼻呼吸での動きが関連します。
では、順にもう少し詳しく述べます。
咽頭は、口腔の奥で口を開けて見える口蓋垂の奥の壁から舌の後の短い管です。口腔と咽頭は一つの腔をつくっていて、発音と関係する最も重要な部分です。声を出すときは、音源は、咽頭のさらに向こうの喉頭にある声帯の振動によります。しかも、2本の声帯の緊張度や開きぐあいにより、さまざまな音程をだします。口琴の場合には、口の入り口に口琴という音源があることになります。
共鳴腔の大きさによる音程の変化は、たとえばガラスビンの口に息を吹き込んで音をだすときで理解できます。ビンに水を入れ、その水の量で、音を変えられます。水により空気のある腔が小さいと高い音、大きいと低い音となります。
倍音は、ギターの一本の弦を1/2、1/3、1/4、1/5・・の位置に指先をおいて弾くと、種々の音程の音がでることで経験します。キーのないトランペットでいくつかの音を出せるのも同じ原理です。倍音では、いくつかの決まった音しかでませんが、口琴ではもっと多様な音を出せます。口琴の基音は、純音ではなく、さまざまな音がまじった雑音だからと説明されています。口琴では、共鳴腔の大きさによる音と倍音とが混ざった音となり、場合により、その一方を目立たせることになります。しかし、基音により、出しやすい音があるのは、倍音が関係しているからといえます。
口腔では、口蓋が丸天井のような天井をつくっています。歯の後から奥までの大部分は骨でできていて硬口蓋といいますが、一番奥は、骨がない軟口蓋で、筋肉の動きで動かせます。
舌は、筋肉が前後、左右、上下の方向に走り、前後に走る筋肉は舌の根本の舌骨に固定されています。舌骨は、喉頭のすぐ上、ちょうど顎から首へ移るところの奥にあることを、指で確認できます。後に開いたU字形をしています。舌はこれらの筋肉の働きで様々な形にできます。 口の周りには、口を輪のように取りまく口輪筋があります。
口琴を歯にあて、「オー」「ウー」と発音する口の形にするときに、これを収縮しています。
頬の筋肉(頬筋)は、口腔の側壁をつくります。口琴を歯にあてた状態で、「エー」の発音の形にするとき、両側の口の角のあたりの口輪筋を後へ引っ張ります。
口琴の音程では、舌の動きが最も重要です。 まず、実験してみましょう。
口琴は、余韻の長い、倍音のでやすいもの(音にあまり混じりっけのないもの、手もちでは、たとえばゾルタンのシベリア)がよいですが、どれでも理解できます。
口腔の共鳴腔の大きさ、形を、舌の動きで変え、音程を変えてみます。
(1)口腔と咽頭を遮断
口琴を歯にあて、舌を口蓋全体に押しつけ、とくに舌の先を歯の後の口蓋にあてることを意識します。この状態では口腔全体は、舌で占められ、隙間がほとんどなくなり、歯の後に狭い腔があるだけになます。
つぎに口琴を弾いて、舌の口蓋にあてている部分を後にずらし、前側の腔を広げていきます。最後は、舌は軟口蓋に触れている状態になります。舌先は口腔の床をずらす感じですので、舌は、丸くなっていきます。
口琴を一度弾くだけですと、舌をずらしていくときに、さまざまな倍音が聞こえます。
また、連続的に弾くと、さまざまな音程をだすことができます。口琴に近い口腔の容積を変え、口腔をメロディー楽器のようにすることになります。舌を奥から前に動かしますと、ドレミ・・と音階を弾くこともできます。口琴でメロディーを弾くときは、この舌の動きによります。
ただし、基音と倍音の関係で、出しやすい音と、出にくい音があります。
また、口腔の後は舌によってふさがれ、咽頭から鼻腔は通じています。ですから、鼻呼吸はできています。倍音や音階の音は、鼻腔にも共鳴していることがわかります。いわゆる「鼻音」となっています。また、「鼻音」が意識されることで、音は、音源からでる空気の振動のみではなく、骨を伝わって鼻腔へ共鳴することもわかります。
口腔の容積を変えるのに、意識して口の角を横へ強く引いて「イ」の声の形とし、これを自然の形にもどしていくときにも、同様の音階効果がでます。
(2)口腔と咽頭を開放
口を自然な楽な形として、口琴を鳴らします。ことのき、「ア」「エ」「イ」「オ」「ウ」と母音を発音する形でそれぞれ音を出してみます。
口腔の後は舌で閉じられず、開いています。そして、舌と口の微妙な動きで、音色が変わります。声のようにも聴こえます。
この口の形では、口呼吸ができますので、同じく音をだしながら、息をはく、あるいは息を吸うことをします。長く行うときには、吸ったり、はいたりということになります。ここでさまざまな音の変化が生まれます。
このとき、同じ声の口の形、たとえば「ア」とか「エ」の形で、呼吸に強弱をつける、とくに、周期的に吸気を強くすることでリズムをきざむのもよいです。 ただ、音階を出すのは困難です。
(3)口腔と咽頭を遮断、開放
上記の口腔―咽頭開放で発音し、これを閉じる舌の動きをします。このとき舌は口蓋の奥の方で天井にあたっています。英語の発音の「k」の形です。開ける・閉じる、あるいは、閉じる・開けるをくりかえしてみます。
リズムをきざむには、閉じる・開けるが効果的でが、その逆もときには使うでしょう。 さまざまな発音の形で多様な音をだせます。
また、開閉には「k」を繰り返すこと、すなわち、開閉のスイッチ「ON」「OFF」を「K」と「O」などの母音の繰り返しで意識できます。
(4)口蓋に舌先
口蓋に舌の先をあてるのは、英語の「l(エル)」の発音のときです。
舌先を口蓋にあてたり、はなしたり、します。あてる位置は口蓋の前側から、後側まで、適当に選びますが、これにより音程が変わります。「t」の発音の形も同様です。
口蓋の後に舌先をあてると巻き舌の「r」の発音の形となります。
舌のあてる位置を変えると、口琴に近い口腔の容積を変えることができ、音階を出せます。メロディーの二重奏効果も可能です。
また、この動きをすばやく連続的に行うことで、倍音のトレモロ効果を求めることもできます。
「ラ、ラ、ラ、ラ・・・」とう運動です。これにより、サハの奏法による「雁」の鳴き声、「カッコー」の声もできます。
「カッコー」はこの舌先の動き、あるいは、上記の舌の上面を口蓋の奥にあててはなす動きと「カッコー」と発音する口の動きでできます。どちらも「コー」はより広い口腔の形とします。
前者は軽い音、後者はより共鳴する音となります。直川礼緒によるサハの奏法では後者で説明しています。
(5)舌の前後動
基本的には(1)の形ですばやく舌を前後に動かします。このとき、口の形は「ア」とか「エ」とかで効果をえます。
また、舌先を歯の裏からすばやく後に引くなどで、鳥の鳴き声を真似るのにも使えます。音の振るえ、大きなビブラートです。
鼻腔と副鼻腔は骨に囲まれた腔です。鼻腔は複雑な形をしています。
幅は、ほぼ鼻の幅で、天井は、鼻の付け根の奥です。後は咽頭のところまであります。口の天井(口蓋)は、鼻腔の床をつくっています。
鼻中隔という仕切で左右に分けられ、側壁には、上、中、下の鼻甲介という3段の棚が突出しています。さらに、周りを副鼻腔が囲んでいます。
副鼻腔は左右両側にあり、鼻の孔(鼻孔)の両脇の上顎に「上顎洞」、眉の間から眼の上の中央より額に「前頭洞」、鼻腔の上、頭蓋骨の真ん中あたりに「蝶形骨洞」があります。
「蝶形骨洞」という名前は、頭蓋骨の底をつくる骨の形が蝶々の形をしていて、そこの中にあることからきています。
大きさは、「上顎洞」、「前頭洞」、「蝶形骨洞」の順で、「上顎洞」が親指1本、「前頭洞」は人差し指、「蝶形骨洞」小指の頭ほどの容積です。
また、鼻腔の天井近くには、さらに小さな副鼻腔、「篩骨洞」がいくつかあります。篩骨(しこつ)は鼻腔の天井をつくり、臭いをかぐ神経が通る孔がたくさん開いてい
て、「ふるい」に似ていることに名前が由来します。
これらの副鼻腔は、細い管で鼻腔と連絡しています。とくに前頭洞、額から顎までの細長い管で鼻腔に開口します。
鼻腔の周りには筋肉はなく、これらの管を開け閉めする仕組みはありません。
また、耳の中耳をつくる鼓室も耳管で鼻腔の後側に連絡しています。耳管は、通常、閉じていますが、物を飲み込む運動と関連して開通し、頻繁に開閉しています。
総合的にみると、鼻腔という腔洞の周りに大小の腔があり、口琴の音程に応じてさまざまな腔が適当に共鳴することになります。
たとえば、上顎洞に響かせるというのは、上顎洞の口を開けるというよりは、上顎洞にうまく共鳴する音を出すということになります。小さな腔ほど高い音を共鳴させます。耳管に響かせるというのも、鼓室には耳管を開けなくても、共鳴させることができます。
一方、耳管をあけると、その容積の変化で、別の音を共鳴させることになります。耳管を意識的に開く運動ができる人もいます。これは、軟口蓋を持ち上げる運動を耳管の開口部の下側を舌に引っ張り、耳管を開くと自覚できる人です。
鼻腔と関連して、大きく動かすことのできるところは、嚥下運動のときに重要な役割を演じる軟口蓋(口蓋垂を含む)です。
1) 嚥下運動
ここで、嚥下運動について説明します。嚥下運動は、口腔の中の食べ物を飲み込む運動です。つぎに述べる喉頭や喉頭蓋の動きとも関係します。
嚥下運動では、食べ物を食道へ送り込みますが、その際、食べ物を(1)鼻腔や気管に入っていかないようにする仕組みと(2)食道へ送り込む仕組みが必要です。
鏡を見て、口をあけ、口の奥を観察してみましょう。奥に口蓋垂がみえ、口蓋垂から両脇にカーテンのようにヒダがあり、口腔と咽頭を境しています。このヒダを口蓋帆と呼びます。口で呼吸しようとすると、軟口蓋、口蓋垂が後の上に持ち上げられ、鼻腔の後の口(後鼻孔)が閉じる運動をします。さらに飲み込む運動をしようとすると、後の咽頭の壁が前に出てきてさらに、口蓋帆に囲まれた口腔の出口が狭くなり、さらに舌が後に移動して、咽頭を隠してしまいます。
軟口蓋、口蓋垂をもち上げる筋肉は両側の耳管の入り口の下からU 字形に口蓋垂まで下がる口蓋帆挙筋と、同じような形であるが軟口蓋を横に引っ張りながらもち上げる口蓋帆張筋とがあります。
口蓋帆挙筋、口蓋帆張筋は耳管の口(耳管咽頭孔)の下についているため、嚥下運動では耳管を開けます。 また、口蓋帆をせばめる筋肉は、口蓋帆にそって舌の付け根からアーチ状に走る口蓋咽頭筋です。咽頭から食道へは、筋肉で囲まれた管で、上から順に収縮して、絞り込むように食べ物を食道へ送り込みます。このとき、喉頭は上にもち上げられ、前に出て、喉頭蓋でふたされます。喉頭蓋は、喉頭の上の口の前に固定され、後が上に開らいていて、喉頭の口を開けます。普段の呼吸のときには、これが常に開いた状態です。
喉頭蓋自体には自分で動く筋肉はなく、喉頭はもち上げられ、前にでることで、受け身的に喉頭蓋が喉頭をふたします。
喉頭に親指と人指し指をあてて、この動きを順に理解しましょう。唾を飲み込む運動をゆっくりします。少し喉頭が持ちあがろうとするとき、口蓋帆を囲む筋肉が収縮して、軟口蓋をもち上げ、咽頭の上部も収縮して、後鼻孔をふさぎます。
さらに、飲み込む運動をすると、喉頭が上前に強く引き上げられます。このときに、喉頭は喉頭蓋にふたされます。そして、舌がさらに後にピストン運動をして、食べ物を食道に送り込みます。
食道は、普段は、背骨と喉頭に挟まれていて、閉じていますが、嚥下運動で喉頭が前上に引っ張られるときに、口をあけます。
これらの一連の動きは、反射運動なので、自分の意志でコントロールするのは困難です。ただ、喉頭を嚥下運動の最初程度に上下に動かす動きは可能です。 これらの動きを理解して、口琴の発音、音色の調節を練習します。
2) 軟口蓋の緊張
上に述べたような筋肉の仕組みで、普段は口腔の後に「のれん」のように垂れ下がっている軟口蓋(口蓋垂を含む)は、容易に後にもち上げられます。喉の奥を広げて、舌を平らにし、口で呼吸する気持ちでこの運動ができます。
軟口蓋で鼻腔の後の口(後鼻孔)を閉鎖する運動です。鏡でみますと、軟口蓋は、前側の硬口蓋より上に持ち上げられているのがわかります。口蓋帆を囲む筋肉はゆるんでいますので、口の奥、すなわち咽頭から口腔へにかけての腔が一体となって、容積が大きく広げられます。
また、この形では、後に述べます喉頭蓋は開いていますので、気管から肺までの腔も加えられた容積となります。 この状態で、口琴をならすと、口腔全体に共鳴し、木の「ほこら」のように響きます。
また、「ア」「エ」「イ」「オ」「ウ」の口の形にすると、さまざまな神秘的な音を求められます。とくに「エ」の形で、口角をさまざまに引っ張ることも、面白い効果があります。
「エー、エー、エー」「エーヤ、エーヤ、エーヤ」「エーイ、エーイ」「エーオ、エーオ」などです。
頬の筋肉の緊張、口の形、舌の形を微妙に変えることで、低い倍音でメロディーを演奏できます。また、呼吸を加えて、強い音の表現が可能です。
3) 軟口蓋と鼻音
上の状態から、舌を丸く軟口蓋にあてる運動をすると、舌の根本から口蓋帆へアーチをえがく筋肉は緊張し、軟口蓋が下に引き下げられ、丸くもりあがった舌の根本の後にぴったりとくっつきます。これは「ン」の発音(英語の「m」、または「n」の発音)の形にするもので、音は鼻腔にきれいに共鳴し、鼻音となります。
これは口腔の最初に述べた舌の動きと同じものです。後鼻孔は大きく開き、鼻呼吸ができます。これまでの口琴奏法の鼻音には、「ン」「m」「n」の発音の形であることに一致していますが、軟口蓋が開けられているか、閉じられているかの記載は一致していません。しかし、この発音では軟口蓋は開放されています。
軟口蓋の閉鎖、開放を繰り返すことで、息を吸ったり、はいたりすることで、さまざまな演奏効果が得られます。
また、舌の後をさらに強く上に持ち上げると、軟口蓋を閉じます。「k」の口の形で力をいれるもので、口からも、鼻からも息をはき出せません。あまり持続的にはできず、効果も明確でありません。
喉頭は、くびの「のど」のところにある軟膏に囲まれた短い管です。その主体である甲状軟骨は、いわゆる「のどぼとけ」で、前から指で触れることができます。鎧の胸当てに形が似ていることに名前が由来します。
甲状軟骨の上の真ん中には縦に切れ込みがあります。この管の真ん中には、前後に隙間をつくる左右の声帯があります。発声時には、声帯は緊張し、隙間は狭くなります。呼吸時には、広く開いています。とくに大きく、強く、呼吸するときには、さらに大きく開きます。
声帯のすぐ上には、室ヒダという粘膜のヒダ(仮声帯)があり、声帯のつくる隙間がせまくなると、室ヒダがつくる隙間もややせまくなります。このヒダを独立して動かす筋肉はありませんが、声帯のつくる隙間(声門)を狭くする筋肉が収縮すると、その上のヒダの周りの筋肉も緊張して、ヒダが中央に押し出され、左右のヒダがつくる口(喉頭口)も狭くなります。
喉頭には上に喉頭蓋というふたがあります。このふたは、丁度、缶詰を開けると
き、缶のふたを一部ついたまに缶切りで切り、ふたを開けた形に似ています。一部つ
いているのは甲状軟骨の前の切れ込みの後、すなわち喉頭の口の前の縁です。こうし
て喉頭蓋は後に開いていることになります。喉頭蓋を下に引っ張り、喉頭にふたをす
るため筋肉は小さく、少ししか動かせません。この運動では、ほんの少し喉頭の入り
口をすぼめるだけで、ふたできません。喉頭のすぐ上には舌骨があり、これは膜で甲状軟骨につながっています。舌の根本の下側に位置することになります。
また、喉頭の下には気管が連続します。さらに喉頭の後には、食道があります。その後は首の骨(頸椎)です。
これらを共鳴腔としてみるとき、喉頭蓋の開閉が理解される必要があります。閉じるのは、上に述べたように、食べ物を飲み込む運動、すなわち嚥下運動をするときだけです。舌骨には、最初に述べたように、舌の前後に走る筋肉が付着しています。
さらに、舌骨と舌とを結ぶ「舌骨舌筋」、下顎の先と舌骨とを結ぶ「おとがい舌骨筋」があります。飲み込む運動のとき、まず「舌骨舌筋」が収縮して喉頭が少し持ち上がり、喉頭蓋は、舌の付け根と喉頭はさまれて、半分閉じた状態となります。
しかし、呼吸ができることでもわかるように、まだ完全には閉じません。
さらに「ゴックン」と飲み込む運動をすると、「舌骨舌筋」と「おとがい舌筋」、とくに「おとがい舌筋」が強く収縮し、喉頭は上前方に引っ張られて顎の中に入るように動きます。甲状軟骨の切れ込みに人指し指をあてて嚥下運動をすると、このことがよく理解されます。このときには、喉頭蓋が舌と喉頭にはされまれ、喉頭を完全にふさぎます。
この「ゴックン」運動は、途中では止められない反射運動ですし、口琴を鳴らしながら(口をあけながら)も不可能です。口琴を鳴らしながら、喉頭蓋を閉じることはできないわけです。
また、先に述べたように、嚥下運動では、咽頭を囲む筋肉が上から順に収縮し、さらに舌がピストン運動をして食道へ食物を送ります。食道は「ゴックン」のときに喉頭が前に引っ張られるときに開きますので、食道のみを意識的に開け閉めはできません。
1) 喉頭蓋の上下
口琴を鳴らしながら、喉頭蓋を上下させると、音にトレモロ効果を得ることができます。喉頭に指をあてて練習すると理解しやすいと思います。
舌の根本に力をいれる感じで、2種類の運動が可能です。一つは、飲み込み運動と同様のもので、喉頭が上下すると同時に、舌の上面が口蓋の面を後に滑ることがわかります。
もう一方は、舌を口蓋につけないで、口腔から咽頭を開いたまま行うものです。喉頭は少しか上下しませんが、口をさまざまな発音の形で行うことにより、大きな効果を発揮します。練習により、大きく動かせるようになると,倍音のトレモロ効果もだせるでしょう。
これは、Anton Bruhin の「夏が来る」で聴かれます。また、長根あき氏の「ムックリの音・私の音」のCDで導入の演奏にも同様の効果に聴こえます。この運動では、実際には、咽頭の緊張の程度、微妙な口の形や舌の形で、多様な音をだしています。
倍音を入れながら、息の長いトレモロを自在に演奏できるようになると、もう名人です。
2) 気管から肺、胸郭、横隔膜
喉頭を開けての演奏は、気管全体されに胸郭、大隔膜で囲まれた胸腔全体を共鳴腔にします。声楽では音量とも関連して、横隔膜を鍛えて、腹から声をだす(横隔膜に共鳴させる)ことをします。
しかし、口琴では、音源の音が低いせいか、これはあまり関係しないようです。息を吸った胸の形でも、大きくはき出したかたちでも、音にはほとんど影響していません。
上記のように、口腔、咽頭、喉頭、気管、肺を一体化した共鳴としての効果、直川礼緒の説明(「サハ民族の口琴ホムスの演奏技法 解説書」1999.2.7)による「喉頭的肺的音(kongkoloi):白樺の空洞」を得ていることになります。
3) 声帯の開閉
両側の声帯は発声のときに互いに近づき、狭い隙間を空気が通るときに、声帯を振動させて、さまざまな声をだします。高い音ではさらに狭くなり、ほとんど閉じた状態となります。
そのため、この運動により、喉頭より上をほぼ遮断できます。上記の「喉頭的肺的音」をだしながら、高い音を出すことを意識すると、音色が変わるのがわかります。
口琴の発音、音色について、解剖学的に述べました。記載は、音源に近い「口」「鼻」「喉」の順に述べましたが、多少の重複があります。
実際には、それぞれを独立して、音の効果をえるのではなく、いくつもが組合わさって発音、音色を変化させていることによります。
口琴の弾きかた、リズムのとりかた、音の組み合わせかた、メロディーの弾き方、呼吸法などの奏法についてはあまり述べませんでした。
音階は、1)軟口蓋と舌の根本を接した状態で、歯から舌までの口腔の容積を変える、2)軟口蓋をあげ、舌を口蓋からはなして、口腔咽頭の容積を変えることでえられます。
トレモロ、ビブラートは舌先の上下あるいは前後運動によります。その他うえに述べたさまざまな発音のゆっくりの移行、すばやい移行など、多くの口琴の演奏技法があるでしょう。
この小論で述べた音の組み合わせは無限です。
解剖学的なこと、いわば人体という楽器の仕組みを理解することで、口琴の練習効果があがることを期待します。
<補足>
付1)口琴演奏では、口の周りのさまざまな腔、すなわち上から鼻腔(副鼻腔を含む)、口腔、咽頭、喉頭、気管から肺との間を遮断することで、さまざまな共鳴効果
を得ます。つぎにその言葉を整理します。
(1)軟口蓋閉鎖:軟口蓋で、鼻腔と口腔・咽頭の間を閉鎖=口呼吸ができる。
(2)口腔閉鎖:舌で口腔の奥を閉鎖=鼻呼吸ができる。「m」「n」の発音の形。
(3)咽頭閉鎖:舌で口腔の奥を強く閉鎖する。鼻呼吸も口呼吸もできない。「k」の発音の形で舌の奥を口蓋に強く押しつける。
(4)喉頭蓋閉鎖:嚥下のときには完全閉鎖。舌の根もとに力をいれて喉頭を上にあげる運動により、喉頭蓋を下に少しおろす=不完全閉鎖。
(5)声門閉鎖:発声のとき、あるいは甲高い声をだそうと喉をしぼるとき。このときは室ヒダ(仮声帯)のすきまも、狭い=閉じてはいない。楽に「ア」「エ」「イ」「オ」「ウ」などの発音する形で、途中で喉の奥に力をいれ、息を止める。
付2)口琴演奏で、共鳴腔の拡大や縮小があります。これには舌の動きと軟口蓋の動きが関連します。とくに舌の動きが大きく関与します。
(1)口腔拡大:舌を口腔の底に押しつける。このとき呼吸は楽にし、口呼吸が出きる。鼻呼吸は軽くしている。すなわち、軟口蓋は開いている。
(2)咽頭拡大:口腔拡大にさらに舌の根もとを広げ、咽頭腔を広げる。「喉頭的肺的音」となる。頬の筋肉で口の形や口腔の大きさを微妙に変えること、「軟口蓋閉鎖」を加えることで、低音で、さまざまな共鳴音、倍音を出す。
(3)咽頭縮小:いわゆる絞り声をだす形で、「咽頭閉鎖」状態である。舌の根本を強く、咽頭の後壁に押しつける。このとき遮断された口腔の容積を舌の形で変えながら、さまざまな音程の共鳴音、倍音を出す。
(4)耳管開放:閉じている耳管を、軟口蓋を持ち上げる筋肉を収縮させることで、開くことができます。
付3)舌のふるえ、または波状運動:軟口蓋、舌、喉頭蓋は、各共鳴腔を遮断する装置です。このなかで舌は最も複雑な運動ができます。
ここでは、舌の動きを中心に、口琴の「ふるえ」「ビブラート」について述べます。
(1)舌の前後運動+口腔閉鎖:舌の上面を丸くし、口蓋に軽く接触させ、その接触面を前後させますと、音のビブラート効果がえられます。口腔閉鎖の状態での舌の前後運動です。ことのとき、口の形を「ア」「エ」「イ」「オ」「ウ」などの発音する形とすることで、さまざまな音が鼻音で響きます。
(2)舌の前後運動+口腔拡大:舌を平らに、口蓋をふさがない形とし、前後に動かします。低音のビブラート効果がえられます。上記の母音の変化で音を変えられます。
(3)舌先を口蓋に断続的接触させる運動+口腔閉鎖:舌先を歯のすぐ後の口蓋、口蓋の中央、後方に断続させるには「t、t、t、t・・」「l、l、l、l、・・」「r、r、r、r・・」などの舌の動きとなります。「t」「l」「r」で音に微妙な差がでます。これに口の形を「母音」の発音の形とすることでも変化します。
鼻音で響きます。トレモロ効果です。
(4)舌先を口蓋に断続的接触させる運動+口腔拡大:舌の奥は口蓋から離し、舌の先を上記の用に動かします。低音の断続反響音に聞こえます。このとき、口の形を
「オ」→「エ」→「イ」およびその逆に変えていくことで、音程が低い音から高い音、またはその逆、に変えられます。
(5)舌の奥を軟口蓋に断続的に接触させる運動+口腔拡大:これは低音の断続的反響音が出ます。上記の(4)とほとんど同様の効果です。
(6)舌の根もと軟口蓋に断続的に接触させる運動+咽頭拡大+軟口蓋閉鎖:この運動には、のどの奥を広げ、舌の奥の上面を軟口蓋の奥に断続的に接触させます。この
ときは、喉頭も上下し、喉頭蓋も動いています。口琴を唇で隙間なく挟んで鳴らすと、極低音の肺への共鳴音が意識されます。口の形で、音質の変化させることができます。
付4)唇の開閉:口琴は、一般には唇で挟んで演奏しますが、演奏しながら唇を開け
閉めすると、これもビブラート効果となります。上唇はそのまま口琴にあて、下唇の
み開け閉めするのが、すばやいビブラートを可能にします。