2006.1.1更新 2004.12作成
本取材は慣れないインドネシア語、英語などを織り交ぜて一人で聞き取ったものであるため、正しい表現ではない部分もあるかもしれませんが、ご了承の上参考として下さい。
また、全ての画像ファィルについて、断り無く使用・転載することはできません。
写真・文;ハレ・ダイスケ
1.現況
一部の復興活動者を除きゲンゴンの文化は衰退傾向であり、製作者.演奏者ともにごく少数。街中での知名度も低い。
ただし観光客向けの公演「フロッグダンス-Tari kodok」の際、ゲンゴン(カエルの鳴き声の模倣-genggong)の演奏が複数の演奏者により行われている。
バリのケチャック・ダンス-kecakは有名だが古来は声による「チャッ」ではなくゲンゴンが鳴らされていたとのこと。
2.歴史と生活
バリ島にゲンゴンが入ってきたのはヒンドゥ教がジャワ島からバリ島に入った8世紀(バリアガの時代)と言う説もあったが、あるアガ(バリの先住民族)の話ではトゥガナンでは1930年頃からなのでまだ比較的新しいものであると説明を受けた。
バリの歴史はバリクナ("クナ"=古い)が8世紀まで、8-14世紀がバリアガ("アガ"=山)、14世紀からはバリアリャに大分類される。
ゲンゴンの主な用途としては以下のとおり。
・男女の恋愛(今はやらない);男が牛に乗りながら、または木に登りゲンゴンを鳴らす、付近にいる女は音を探す。女はゲンゴンの音が大好きだから恋人のために素敵なゲンゴンを作る。
・女の家の前で鳴らす、気に入ったら女が出てくる。
・牛を連れ歩きながら、なにげなく鳴らす。
・昔は男女とも鳴らしたが、現在はほとんど男だけ。
・人が死んだときに演奏はしない。人が死んでも泣かない。泣くと魂が天国に行けなくなり邪魔をしてしまうから。
・シャーマンや祈祷・占い師が道具として使ったという話はない。
3.入手に関して
雑貨・楽器屋を含め扱っていない店が殆どである。
楽器屋で入手可能の場合もあるが、見つかっても観光客向け(土産)で質が良いとは言えないことが多い。
ちなみに、楽器屋ではガムランのための楽器(ガンサ、チェンチェン、ゴンなど)・ティンクリ・ジンベなどは用意に入手可能だ。
モアリという楽器専門店では多少お土産的ではあるがゲンゴンが安く購入可能、デワバンガローでは約18万ルピア(椰子製・高品質な演奏家向け)だが、店で買うよりも製作者を探しコミュニケーションしながら直接製作を依頼することが質的に最善と思う。
ジャカ製は材料不足から一般的に一本20-30万ルピアと高い。
4.種類と材質について
(1)紐式ゲンゴン genggong
・バリの楽器は音程の違う父(男)と母(女)で構成されることが多いが、ゲンゴンにおいても音程の違うラナン(父-lanang)とワドン(母-wadon)が存在する。
ラナンはワドンに比べ小型(全長約22cm)であり高音、ワドンは若干大きく(全長約25cm)低音を担当する。※ラナンとワドンが同じサイズで音だけが違うという場合もある。
・素材はジャカ椰子、一般的な椰子(ピナン等)、竹に分類される。
・古来の素材はジャカ(jaka)という椰子であり、神の木として位置づけられ、演奏者に特別な力が与えられると言われているが、ジャカの木は近年減少している。
ジャカとピナンは概観も音も同一(または酷似)に思えるが、バリ人の間では神の木としてのジャカと他の椰子との扱いは違う。
(2)紐なしゲンゴン genggong
・フィリピンのクビンに代表される形状のゲンゴンで、弁震動を紐を引くのではなく直接口琴の端を弾いて震動させるタイプ。
主に竹製であり、焼印のようにで本体に装飾の模様をつけたり、つけなかったりしている。
(3)新型ゲンゴン genggong
新しいスタイルのゲンゴンで、紐式あるいは紐なしとがある。ンゴ(ngo)との一体型である点が大きな特徴。土産的に発生したらしい。紐式だと大型になる。
(4)ンゴ ngo (ウングン-enggung またはスアラ・コドック)
カエル踊り(フロッグ・ダンス-Tari kodok)演奏の際、手は使用せず口から空気を強く吸ったりはいたりしてカエルの声を模倣し演奏する。音は大きいが往復で音を出すのはコツと肺活量が必要。
口琴と呼ぶのは厳密には正しくないのかもしれないが、口琴の流れを汲む関連音具。全長約10cmと小型。
主に椰子製であり、別名ウングンまたはスアラ(声の意)・コドック(カエルの意)とも言われる。
ンゴ(ngo)の名の由来はgon(genggongの"gon")から来ている。ウングンも同様と思われる。
(5)タバン(tabeng)
ゲンゴンの演奏に欠かせない扇子状の補助道具。
ゲンゴンの音を、風から防ぐ(屋外で演奏されることが多い)役割と、音を板に反射することで演奏者自身に聞きやすくさせる役割がある。
タバンを活用する奏者
表面には装飾の絵や彫りが施されることが多い。 作品例1 作品例2 作品例3
ペジェンで見かけたタバンとゲンゴン
近年は牛・山羊の硬質な革から全長13-20cm程度の板状に切り出され作られるが、古典的にはピナン(椰子)の木の枝の周囲に付く薄い皮から作られていた。
ピナン(椰子)の薄皮は、様々な用途に用いられ、食べ物を包んだり食事の皿として使われている。
この補助道具には特別に名前は付いていないという人もいたが、一般的にタバンと呼んでいいと思う。
古典タバンを活用する奏者
(6)ケース
ゲンゴンのケースは古来はよく作られたものだが現在はあまり作られない。典型的なケースは竹の筒など。
●分布エリア
・バリ島に広く点在しているが、主に製作・演奏が行われている場所を以下に挙げる。
ウブド・・・楽器店でジャカ製以外のもの(土産的)が見受けられた。
バングリー・・・竹、椰子製のゲンゴンの作者が居住している。
バトゥアン・・・ジャカ製のゲンゴンの作者が居住しているが材料が不足している。
ヌガラ・・・竹のゲンゴンの作者が居住している。
トゥガナン・・・ジャカ製のゲンゴンの作者が居住している。材料は豊富。
ペジェン・・・ジャカ製のゲンゴンの作者が居住しているが材料が不足している。
●作り方
(1)椰子のゲンゴンの例
椰子の葉の軸(papah)から切り出した素材を自然乾燥させ、板状にしてある程度の形に切り出す。その後、音を良くするため北海道アイヌのムックリと同じように油で揚げることがある。
落ち着いたらポンティ(ナイフ)とバーハット(ノミ)だけで手作りする。
口琴本体も持ち手の棒も葉の軸から切り出す。ゲンゴン一本に二時間程度要する。
@製作に使うジャカの木片 写真
A既に完成したゲンゴンを利用して板に鉛筆で設計図を描く 写真
B設計図完成 写真
C椰子の繊維に従って切り込み開始 ※下図@の部分から開始 写真
D切り込んでいく様子 写真
E足も活用してきり易い角度を調節 写真
Fどんどん削り裏側に貫通させていく 写真
G場所を変え、下図Aを削り始める 写真
H削り進める 写真
I適度な薄さまで削る 写真
J弁の付け根の切り込み 写真
K裏側に切れ目が見え始める 写真
L弁の先端部分の形成 写真
Mほとんど完成 写真
N紐をつける(紐はムックリに比べかなり短い) 写真
O完成 (表) 写真
P完成 (裏) 写真
(2)ジャカのゲンゴンの例
ジャカの葉の軸から切り出した板の塊を土の中に一週間埋めたあと、屋外のオーブンで5日以上かけゆっくり炙り乾かす(オーブンの約1m上に物を置く棚のようなものがあり、そこで乾燥させたり煙に炙ったりする)。
コンディションを確認する作者(グナワン氏)。
油では揚げず、板状にしてある程度の形にしてから、ポンティ(ナイフ)とバーハット(ノミ)だけで手作りする。ゲンゴン一本に一ケ月近い期間を要する(材料が出来て製作にとりかかると、人によりペースが違うが二日間程度)。
ジャカの素材と完成間近のゲンゴンの風景
製作中のグナワン氏
製作中のグナワン氏-2
ゲンゴン工房
●文様について
演奏時に精霊の力を得るための模様(星と太陽と三つの世界---天界・人間界・下の世界)が刻印される場合がある。
●持ち方
アイヌのムックリと同じと思いがちですが、下記に注意してください。
・向き→ムックリは竹の表皮側を奏者側にしますが、ゲンゴンは削り面を奏者側にする。
・右手の持ち方→ゲンゴンは人差し指を持ち手の棒に沿って人差し指を突き出し、棒を操作する。(ムックリの持ち方だと加減をしないと破損しやすくなる)
・左手→弁先端近くに親指をあてて安定させる
参考写真
参考写真
●基本音階
バリのゲンゴンには五つの基本的音階"ndin ndang ndung ndeng ndong"がある。
演奏する際の口腔内の発音形状と、息の操作を表にメモしてみた。
●交流
(1)アグン・ライ氏は、衰退しているゲンゴン文化を復興しようと行動している音楽家で、ゲンゴンのほかにもジェゴグ、ダンス、スリン、ルバブなどのマルチプレイヤーであり、werdhaya-shantiという音楽グループの中心メンバー。
このグループは30名でそのうちゲンゴンを演奏できる人は11名いるという。
フロッグダンスのほか、ゲンゴン、クダン(太鼓-Kendang)・ルバブ(弦楽器-Rebab)・スリン(笛-Suling)・チェンチェン(リズム用小型シンバル-Chengcheng)・ガンサ(青銅琴-Gangsa)等を用いた演奏を行っている。
中国の口琴ホホに挑戦するライさん
(2)I GUSTI NYOMAN LASIA氏はこのグループの責任者で、ゲンゴンの演奏・製作に熟練している。私はゲンゴン演奏を各地で聞いたが彼はおそらくバリでトップだろう。
グループで使用するゲンゴンも彼が皆製作している。実はもう一人熟練した製作者がいたが、惜しくも2003年に75歳でなくなってしまったそうだ。
ムックリに挑戦するニョマンさん
ゲンゴンセッション記念撮影?
(3)I NYOMAN.P.GUNAWAN氏はバリの先住民族アガの一人であり有名な演奏家である。バリ古来の演奏様式ガムラン・スロンディン-Selunding(青銅製ではなく鉄製であることが特徴)やガンヴァン-Gambangなどを最高技法で演奏するアガにおける伝統芸能のリーダーでありインドネシア芸術大学の講師。
父もゲンゴン作者であり、1950年には4人のゲンゴングループで活動していたという。現在、バリアガでゲンゴンを製作し演奏できるのは彼ともうひとりの二人だけになってしまっている。他のアガにゲンゴンをすすめると「難しい」と言っていた。若手に引き継がれることを祈念するしかない。
蛇足だが私が進呈した製作途中のCDを瞑想のときにかけてくれている。
また、彼の類まれな演奏は数々のCDで聴くことができる。例えばDavid Lewistonが現地録音した"GAMELAN & KECAK"(Nonesuch WPCS-10705)では5曲目に彼の素晴らしいスロンディン演奏を聴くことが出来る。
記念撮影?-1 記念撮影?-2
(4)REMBE氏はUBUDの絵画師だ。モダンアートにはしらず、手間のかかる古典スタイルを継承する優れた若手アーティスト(写真中央)。
記念撮影(お世話になったアミさんとともに)
(5)PAK DASTA氏はバングリー村のゲンゴン作者。 (画像なし)
以上