1960年に発行されたベルリン(西ベルリン)の切手
1Deutsche Mark(ドイチェ・マルク) = 100Pfennig(ペニヒ)
1960.5.27 (金曜 Freitag, Friday)
1.コッホ没後50年
細菌学者のハインリヒ・ヘルマン・ロベルト・コッホ(1843生-1910没)の没後50年を記念して発行されました。コッホは、純粋培養の手段を用いて炭疽菌や結核菌やコレラ菌を発見し、細菌がそれらの病原体であることを証明しました。1890年に結核菌からツベルクリンを創製。1905年には結核の研究により、ノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
20Pfennig コッホの肖像と顕微鏡 |
・発行枚数は、500万枚です。
・有効期限は、1961年12月31日です。
1960.6.30 (木曜 Donnerstag, Thursday)
2.ヴァルター・シュライバー没後2年
ベルリン市長のヴァルター・シュライバー(1884生-1958没)の没後2年を記念して発行されました。シュライバーは、第一次世界大戦後の1918年12月16日(月)にベルリンで開かれた全国労働者・兵士協議会(労兵レーテ)の代議員として参加し、翌年は下院議員になり、1925年から1933年までは大臣を務めました。第二次世界大戦後はキリスト教民主同盟に参加し、1950年12月3日(日)のベルリンでの選挙で自由民主党とともにドイツ社会民主党に勝って議席を増やした勢いで、翌1951年1月12日(金)のベルリン市長選に立候補しましたが、ドイツ社会民主党のエルンスト・ロイターに敗れました。1953年9月29日(火)にエルンスト・ロイターが死去すると、10月22日(木)からベルリン市長に就任。しかし、1954年12月5日(日)ベルリンでの選挙でドイツ社会民主党が勝利を収め、翌年にオットー・ズールと交代しました。
20Pfennig ヴァルター・シュライバーの肖像とベルリンの紋章 |
・発行枚数は、275万枚です。
・有効期限は、1961年12月31日です。
1960.9.15 (木曜 Donnerstag, Thursday)
3.ベルリンの子供達の余暇のために 付加金付き
周囲を東ドイツに囲まれたベルリン(西ベルリン)で生活する子供達に対して、充実した休暇を過ごせるように様々な援助を行うための募金を目的とした付加金付き切手が発行されました。
7+3Pfennig 少年と裏庭の窓(外に干し物を干すことは貧しさの表現) |
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10+5Pfennig ランドセルを背負って学校に通う少女とベルリンの通りを走るバス |
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20+10Pfennig タンポポの綿毛を吹く少女と山の風景 |
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40+20Pfennig 海辺の少年とカモメ |
・発行枚数は、40+20Pfennig切手が200万枚、その他が300万枚です。
・有効期限は、1962年12月31日です。
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