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穴門山神社 御神窟





 桃太郎王国岡山にあって、それとはあまり関係の無い朝廷に関する伝承の残る鍾乳洞です。 急斜面の高い石垣の上に建てられた穴門山神社(あなとやまじんじゃ)の社殿の背後に、石灰岩の崖がそびえ、 左手に奥行き100mの御神窟が口を開けています。 この洞窟は、伊勢神宮が出来る前に三種の神器の一つ八咫鏡(やたのかがみ)が4年間鎮座していたと伝えられる 「元伊勢」の一つで、御神窟の入口には結界が張られ、 洞内の見学(参詣)は入ってすぐの球形の巨岩「福石」までとなっています。

付近にある説明板には
御 神 窟

 洞窟の地学
 この洞窟は奥行一〇〇メートル、最大内径一〇メートルの吐出
型水平型である。石灰岩の中に出来た板状の割目を伝う地下水が
岩を溶かして出来たものである。このあたりの吉備高原は今から
数百万年前頃は、海面に近い土地であったが、一帯は隆起を繰り
返して現状の標高になった。隆起の過程でだんだんと地表の水の
侵食で、下に下にさがったために、洞窟は高さを増していく。底
の平たいのは隆起による一時休止期を示す。また、穴幅の狭さ、
鍾乳石の無かったりするのは、地下水の量や流れの方向に変化が
起ったものと思われる。

 洞窟の内部
 洞窟の入口の中央には、入口をふさがんばかりの球形の巨岩が
でんと座っている。それは遠い昔の神話にある天の岩屋、天の岩
戸に似て、その岩戸を押し開いて天照大神をお連れ出し申し上げ
た、怪力の手力男命の勇姿をも想像できて神々しさがある。司祭
者は洞窟の巨岩の福石より奥に進み、ご祭神を拝礼するが、一般
参詣者は福石の前に立ち、一家の万福を祈願するのである。

 福石の由来
 昔富貴なお方が当社へ参詣し、終夜参籠をしていると、少し眠
気がして、夢に白衣の神人が現われ、洞内の入口を指さされた。
そこには無数の金の蟹がうごめいていた。「お前は信心深い働き
者だから、その一甲を与える」と言われた。松の風音で目がさめ
てみると、洞窟の入口に無数の金塊があったので、ご神託の通り
その一塊を頂き、村に帰ってからは益々福運が開けて大金持ちに
なったと伝えられる。その入口にあった無数の金塊の金蟹は結集
して福石になったと伝えられ、その後福運を祈願して参詣する人
が多い。

平成四年六月建之A

と書かれています。
※森脇さんから ご提供頂いた写真を元に作成しました。 ありがとっ♪ヽ(^-^ )


所   在
  岡山県高梁市川上町高山市 1035
拝   観   無休 (境内開放)
料   金   無 料
交   通
「岡山」駅からJR伯備線で55分(特急利用で35分)の 「備中高梁駅」で下車し、
タクシー利用で30km(80分)。
車の場合、岡山自動車道賀陽ICから高梁市街〜国道313号線 川上町を目指し
川上町中心部から県道77号線を油木方面へ、賀陽ICから90分。
駐 車 場
  50台 無料 2008年1月現在



 大阪 きっさん2014/11/18

 私が高校生だった頃、今から40数年前になりますが、毎年この穴門山神社の社務所にて研修を行っていました。 クラブが地学部でしたので、周辺の地質調査などを行っていたのですが、当時の宮司様の許しを得て、洞窟の奥深くまで調査で入らせて頂きました。 今はもう無いかもしれませんが、到達証明のプレートを毎年残してきた事が思い起こされます。

 先日、当時の部員の有志8名で40数年ぶりに穴門山神社を訪れてきました。 この神社は、現在弥高山神社の宮司様が管理されており、普段は無人なのですが、私たちが訪れた日は、翌日が秋季大祭とあって、お祭りの準備で、宮司様がいらっしゃり社務所も開いていたので、中に入らせて頂くと、40数年前に書き残した寄せ書きが当時のまま残っており、高校生の頃にタイムスリップしたような感じになりました。 穴門山神社は、私たちのクラブ員の思いでの地であり、忘れる事の出来ない場所です。
 この付近は、大賀デッケンなどもあり地学的には宝の宝庫と言える場所ですよね。 40年前と言うと、大陸移動説がポピュラーになり始めて、地層の成り立ちや解釈が激変した興味深い時代だったと記憶していますが、そんな時代に地学少年だっただなんてステキですね。

 satchan36さん2014/11/4

 友人から、ぜひ1人で行ってみてと言われてお参りをしてきました。 道がとても狭くて不安になりましたが、何とか着きました。山の辺りから鈴の音が聴こえてきて、とても不思議でした。 またお参りに行きたいと思います。
 鍾乳洞目的ではないようですが、穴門山神社の参拝を勧めるとは渋いセンスをお持ちのご友人ですね。 御神窟以外にも、社殿や福石など見どころは多い神社ですが、「ひとりで」の意図するところは何なのでしょうね。

 蛍子さん2008/1/23

 高山市の穴門山神社の鳥居をくぐり神社の方へ行く道の近くの共生の森で植林したり、間伐、枝打ちなどをする活動をしています。 神社にも行き穴の中から出る水をいただきました。 神主さんから色々聞かせていただきましたが、かなり忘れていますね。 私の父たちは、30年以上前に、宿坊?に泊まらせてもらったそうです。 その父ももう歩いては、いけれません。 穴からの水でそうめん流しをして食べたそうですよ。 弟が連れて行ってもらったようです。 父は、草間の間歇冷泉にも行っています。 父が元気だったら一緒に行けれたのにと思われます。 それとも、私がもっと早く行くべきだったのかもしれませんね・・・
 穴門山神社の近くの共生の森というと「おかやま共生の森・川上」になるのでしょうか。 森林保全活動に県民がボランティアで参加できるなんて、今の時代は色々な形で自然に親しむことが出来るんですね。 自然に親しみながら、自然を育めるなんて素敵な企画と感心しきりです。 御神窟から地下水が流れ出しているとは知りませんでした。 その上、流しそうめんまで出来てしまうだなんて、季節によって水量に増減があるのか、昔は豊富に湧き出していたのか不思議です。
 蛍子さん2008/1/26

 私は、穴門山神社 御神窟へは夏行きましたから・・・それに雨の後だったしそれも大雨の・・・  有名な木があったでしょう?といいながら名前が思い出せません。 父ならすぐ、答えてくれますが・・・

 兵庫県 森脇さん2007/10/23


 もう15年以上前から、地図に載っている「穴門山神社」の名前が気になっていました。 鍾乳洞とは書いてないのですが、どう考えても鍾乳洞としか考えられない名前です。 鳥居から細い一本道を、これでもかというほど下っていくと、ようやく神社らしき建物が見えてきます。 本殿の裏手に、やはり鍾乳洞はありました。 入口は大きいのですが、すぐに天井が低くなるので、あまり奥には入れませんでした。 お祭りでは、神事も行われるそうです。 くらげ石や、フローストーンも見ることができました。
 岡山の鍾乳洞地帯って、磐窟渓で途切れているのかと思っていましたが、 白雲洞に向かって広島との県境まで続いているんですね。 高山市(こうやまいち)の家並みのはずれに立つ鳥居から細い道を吉備高原の谷底に向かって1キロ。 そんな場所にある御神窟を昔の人が発見したこと自体もすごいとこですが、 森脇さんの15年がかりの執念にも脱帽です。 森脇さんのHP、「岡山県西部鍾乳洞群」のスタートで、岡山穴巡りはまだまだ続きそうですね。




2,3行で構いません。 穴門山神社 御神窟に関する今昔の情報や写真,
訪れた際の皆さんの感想を E-mailでお寄せ下さい。 このページに掲載させて頂きます。
じじいが出かける際の参考にもさせて頂きますので、よろしくお願いいたします。

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