東の空にまだ太陽がでたばかりで、西の空にお月さんがもたもたしている寒い朝に、僕はコートの襟を立て、ポケットに冷たくかじかんだ手を突っ込んで、あまりの寒さに震えながら公園通りを急いでいた。
公園には真っ黒なカラスが数羽、砂場の砂をつついている。しかし、僕がしつこく見ていて恥ずかしくなったのか、カラスどもは一斉にバサバサと飛び立って、それぞれ角の電信柱の先っちょに、すっと飛び移ってしまった。僕はそこまで見届けてから初めて、今日のお月さんが大福に似ているのに気が付いた。
(やあ、大福みたいだ)
うっすらと空の青にかすれて白く浮かび上がっている様が、大福の上にかかっているカタクリ粉にそっくりで、お月さんのかけ方が、うまい具合に大福の形にぴったりだったのだ。
感心して歩いていると、東の方、ちょうど僕の後ろから、「食ってごらんよ。あいつは結構うまいのだぜ」と太い声が聞こえる。
驚いて立ち止まり、声の方へ振り返ってみると、なんとそこには太陽が立っていた。
灰茶色のトレンチ・コートに身を包み、白いマフラーを前襟の中に入れ、白い手袋を手にはめ、白のマスクに黒のサングラスをかけている。このような出で立ちで現れるのがそもそも太陽というものなのだ。
「本当にうまいんですか?」
帽子に頭を隠し、サングラスとマスクに顔が隠されているとはいえ、あまりの眩しさに目をしばたせながら、僕は尋ねた。
太陽は、「そうだ」と頷きながら、「とってやるよ」と、僕の肩越しにひょいと手を伸ばして、空に月をむんずと掴み、僕に手渡した。
月をとるときに太陽の腕が僕のほっぺをかすめて、少しひりひりするところを手でさすりながら、手渡されたものをまじまじと見ると、それは一つの大福だった。
(なんだ手品か)
と思い、西の空を見上げると、そこにさっきまでいたお月さんが消えていた。
(じゃあやっぱり、これはお月さんなのか)と考えていると、太陽がじれったげに「早く食べ給えよ」と僕をせかす。(お月さんを食べてしまってもいいのだろうか)という疑問が頭をかすめたが、うまそうなので、僕は決心して一口、そのお月さんだった大福をかじった。
それはほどよい甘さで、とてもおいしかった。
「どうだい、うまかろう」太陽が言う。
僕は「うん、うまい」と答えながらもう一口かじった。
太陽は満足気に頷いて、その次の瞬間にはパッと東の空に戻っていた。
僕は大福をみな食べてしまってから、(僕がお月さんを食べてしまったから、今日の夜はどんなになるだろう)と気を痛めたが、考えると難しいことなので、しまいには(僕の知ったことではない。太陽が食えと言ったのだ)と思って再び道を急いで歩き始めた。
その最初の一歩を踏み出すときに、腹がチクリと痛んだが、それだけだったから、あまり気にせず、すぐに忘れてしまった。
太陽もだいぶ高くなって、さっきよりもずっと暖かく照らしていてくれるので、僕の寒さもやわらいだ。僕はお月さんのいない西の空を見上げて(今日も晴れそうだ)と思った。