残業で帰宅が遅くなった夜に、家近くの路地で、黒猫とすれ違った。
あの緑の首輪は、隣の猫に違いない。
名前は確か ── 。
そんな思索をしていると、当の黒猫が戻ってきた。
ゆったりとした足取りで、道端の土の上を幻のように歩いていく。わたしはふと、一人アスファルトを靴音も高らかに響かせて歩く自分が、まるで世界にただ一人の命あるもののような孤独感に苛まれた。
いけない、そんな妄想に囚われては。特に夜には。
チラリと黒猫は、煌めく満月の瞳をこちらに向けたが、それで足を早めるでもなく、ときたま草の匂いをかぎ、わたしを全く無視しつつ、常にわたしの一歩先を歩いた。
素知らぬ素振りをしていても、わたしを意識していることは確実だ。そこまで見てとって、わたしはまた初めの疑問に立ち返る。
はて、この猫の名はなんといったか……。
前を行く猫の、夜の陰にたゆたう姿を眺めながら、しばらく真剣に考えた。こんなささいなことをこうもまじめに考えるとは、まさしく今が夜だからだ。
……思い出した。猫の名は、「闇王」だ。
昼間その名前を聞いたわたしは、ずいぶんご大層な名だと思ったものだが、なるほど、この猫は夜の王なのだ。
「闇王」は、隣の庭の闇の中に姿を消した。庭の窓辺に、猫専用の出入り口があるのをわたしは知っている。多分、もう家に帰るのだろう。わたしも静かに、玄関の扉を開けた。