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流星見物



 町外れのイルシマカの丘で、オリオン座の流星観測会をやるというので、仕事が引けた後、行ってみることにした。
 丘の上にはすでに人が集まってきており、双眼鏡やら望遠鏡やらを天に向けて覗いている。今日の会を主催したのは、町の天文台の所長であったが、まだ姿を現していないようだった。
 所在がなくて、ウロウロしていたら、「御一緒に望遠鏡を覗きませんか」と誘われたので、言葉に甘えることにした。
 一通り、望遠鏡の扱いについて講釈を受けると、早速覗いてみる。
 黒い馬が見えた。きらめく細かな星々の中、暗黒物質でできた馬の頭が顔をもたげている。
「なかなかよい馬ですね」
「今晩はいつになく、状態がいいのですよ」
 そうこうするうちに、丘のてっぺんに設けられた台の上に天文台の所長が立ち現れた。
「皆様、今宵はこのささやかな星見にお集まり下さり、ありがとうございました。空の具合も良好です。素晴らしい観測会となるでしょう」
 などというような挨拶が述べられ、それまでてんでに自前の装置で星を見ていた者たちも、器具をしまい、皆思い思いにくつろいで、空を見上げ出した。私も望遠鏡をしまうのを手伝い、なんとなく、その男と一緒に星を眺めることになった。ちらほらと空を横切る星はあったが、目当ての流星ではなく普通の流れ星だった。
「なかなか始まりませんね」
 私がじれて言うと、男はしたり顔で、
「今日の流星は、量自体はそんなでもありませんからね。気を長くしないといけませんよ」
 と言う。私はなるほどと相づちを打った。そんな私の様子に気をよくしたのか、男はさらに言葉を続ける。
「もしやあなたはオリオンの流星を見にいらっしゃるのは初めてですか?」
 私は、オリオンに限らず、流星観測会に顔を出したことは一度もなかったので、黙って頷いた。
「ははあ、ならばあなたもオリオンの味覚の話を聞いていらっしゃったんですかな」
「……味覚、ですか?」
「さよう、ペルセウス座の甘酸っぱさもいいし、竜座の淡い上品な味わいも格別ですが、私はやはり、オリオン座が一番だと思うのです。今晩は空気も冷えるし、風も少ないので期待しているのですよ」
 私には男の話はちんぷんかんぷんだった。けれども、どうやら衆知のことを私だけ知らないのが気恥ずかしくて、曖昧に受け答えるにとどめた。
 それからも男は、双子座は昔は鋭い辛みとキレをもっていたものだったが、近年はすっかり味がぼけてしまったと嘆いたり、牡牛座の北と南では同じ星座でもひと味違うというようなことをつらつらと語った。話の中身はよくわからないこともあったが、男の話を私はおもしろく聞いていた。話に夢中になっていると、場がやにわに騒然とし始めた。熱中するあまり、天を見る目がおろそかになっていたらしい。
「始まりました! 始まりました! 皆さん、よく天を御覧下さい」
 丘のてっぺんで所長が叫ぶ。男も私も、空に意識を集中させた。オリオンの膝のあたりから、こぼれ落ちるように星が流れる。低く感嘆の声があがる。知らず口から溜息が漏れてしまう。数はたいして多くもなかったが、ほろりほろりと辷り落ちる様は美しかった。しばらくそうして見惚れていたが、横から肩をつつかれ我に返る。
「見とれるのもわかりますが、こちらも逃しては台無しです。そろそろ準備をしなくては」
 どこから取り出したものか、男は大きなザルを手に、腕を一杯に伸ばして天を伺う。周りを見回すと、誰も彼も同じようにしている。なにが始まるのかと不審に思いつつ、私はポケットにかろうじて入っていたハンケチを広げることにした。
「おやおや、ハンケチとはお可愛らしい」
 男には呆れられてしまったが、知らなかったものは仕方がない。精一杯始めからそのつもりであったようなフリをした。
「やっ、来ましたぞ。ほらあなたも少しは採らないと来た甲斐がありませんぞ」
 どうやらなにかが降ってくるようだった。いくら目を凝らしていても、夜のことでままならない。それでもあちこちで、きらりと光を放つものを受け取ろうと躍起になっているのはわかった。私も確かにハンケチ如きでは、役に立たぬなどと思いながらも、五つばかりは採ってやろうと気張った。
 程なくして、私の広げたハンケチにもそれを採り上げることができた。
 それは光る粉を吹き上げた、金平糖のような形の粒だった。けれども金平糖よりは遙かに大きい。乳白色の滑らかな表面は磨いたばかりのように輝いていた。
 そうなると楽しくなるもので、無我夢中で振り回しているうちに、二つ、三つ四つ……とハンケチの中に収まっていく。
 男も自慢気にザルを見せた。
「どうです、大量ですよ。そろそろ数も減ってきましたし、いかがでしょう、私のはあなたよりもたくさん採れましたから、あなたのは家に土産にお持ちになって、私ので一杯やりに行きませんか?」
 私はとうとう我慢できなくなって、「これは一体なんなのです」と問うた。
「なにってあなた、これは流星のかけらですよ。地球の大気に当たってできる、お菓子です。しかしまた、これを水に入れると、よい酒になるのですよ」
 男はそう答えた。
 私はハンケチの中にたまった、数十粒の星のかけらをまじまじと見つめた。
 時折、青くきらめく粉を吹き上げる。角のたくさん突き出た青白い塊。
「知らなかっただなんて、こんな不幸なことはない。行きましょう。カシマイル通りの居酒屋では、今日のためによい水を用意してくれているのですよ」
 私は興味を持って、男と一緒に行くことにした。
 カシマイル通りの店は、私も何度か寄ったことのあるところだった。カウンターに二つの空きを見つけて、そこへ腰掛けると、「いらっしゃい」と店主が声をかけてきた。
 男が「私たちにも一杯」とザルを差し出していう。
「おお、これは立派ですなぁ。今日のお客の中でも一番かも知れません」
「や、や、嬉しいことを。ありがとう」
「今日のために用意した、南極の一万年ものの水です。しかしその前に、今年の出来をみた方が楽しめましょう」
「うむ」
 男はザルから二粒を手にとって、一つを私にくれた。
「食べてご覧なさい。これはこのままだと氷菓子のようなのです」
 すでにしゃぶりながら、男は説明してくれた。私もぽいと口に放り込んだ。星のかけらは舌の上で冷たかった。ほんのりハッカの味がする。のどの奥でピリピリするような感じもする。かと思うと、ふわりと金木犀の香りがした。
「どうです?」
「いいですな、今年のは」
「昨年は曇り空で、今ひとつでしたっけ」
「そうです、そうです」
 男は店主にも一つ勧めた。
「いかがです?」
「不思議な味ですね」
「これだけでもいいのですが、なんといっても酒にしたときがまた格別です」
 男は店主からグラスを受け取ると、三粒ほど中に落とした。底に落ちるまでに、星のかけらは半分の大きさまで溶け、透明だった水が薄い金茶に染まった。
「少し揺するのがコツですよ」
 言われてグラスを揺らす。かちかちとかすかな音をたてながら、かけらはグラスの中央でその身をすり減らしながらくるくると回った。水色がじわじわと濃くなる。流星が溶けきった頃には飴色になった。
「こうなってきたら、飲み頃ですよ」
 と教えられ、二人して、くいっとグラスを仰いだ。さらさらとした喉ごしの軽い味わいがする。やはりふっと金木犀の香りがし、少し苦みの入った味は、これまで経験したことのないものだった。
「いくらでもいけますね」
 私がいうと、男は、
「まったくです。でもあなたも気づいたかも知れないが、多少薄いような気もする。そこがちょっと物足りない。違いますかな」
 私は苦笑しつつ、同意を示した。くいくい飲み干すうちに、その上品な味に物足りなさを感じるようになるのだ。すでに三杯を開けた私は、最初の時よりもうまさを感じられなくなっていた。
「まあそのせいで、これを酒にしないでそのまま食べる者が多いのですな。だがそれをやるのは本当の価値をわかっていない者だ。あなたもまだ、この酒の良さを知ってはいないのです。それがわかるには明日の朝まで待たなくてはならない」と男はいう。「これは飲んでいくうちに、ただの水になってしまうのです。そうなったら、これは終いです。今度はかけらを肴にウィスキーでもどうです」
 水になってしまったグラスを干して、男は店主にボトルを持ってこさせた。舌のしびれるような極上のウィスキーだった。男は、この酒をむかし、若い時分に大陸を旅したときに手に入れたという。帰りにこの店に持ち込み、そのまま置いてもらっているらしい。それからはたわいもない世間話になってしまって、流星の話はもうでなかった。
 帰り、ふらふらとした足で店を出ると、私は今日の礼を述べ別れようとした。
「今日はあなたのおかげで楽しい夜を過ごせました。ありがとうございます」
「いやいやこちらこそ。ところで、私はまだ肝心のところをお話ししていませんでした。……例の酒のことです。明日の朝、わかることですが、なにが起こるかは人それぞれ違うのです。中にはなにも起きないという者もいます。それは各人の心の持ちようで違いが出るらしい。では、お休みなさい」
 男はそういって去っていった。

 家に帰ると、妻が星の土産をたいそう喜んだ。
 私が「これはオリオン座流星群のかけらだよ」と正直に言うと、
「あらあら、あなたったらいつの間にそんなロマンチストにおなりなの」と笑われてしまった。
 そんな風に妻にいわれると、果たして今宵の出来事は事実だったのかとあやふやになってくる。
 実際、少しばかり酒が過ぎたのかも知れない。そう考えると、確かにおとぎ話のような気もし、そんな法螺話を男が話してくれただけであったのか、実際にあったことだったのか、最早さだかでなくなってしまった。
 もうこれ以上はなにもいわずに、私は寝てしまうことにした。
 翌朝、まぶしい太陽の光に目が覚めた。
 ……いや、雨戸は閉まっているはずだ。太陽のはずはない。ではなにがそんなにまぶしいのかと目をこすりつつ起き上がった。
 すると私の腰の高さに、きらめく銀河が部屋一杯に広がっていた。 しばらくその美しさにうたれていたが、はたと気づいて、隣に寝ている妻を起こした。
「ほら、ごらん。きれいだよ」
「まあ」
 銀河が消えてなくなるまで、二人で眺めた。



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