死ぬなら闘え、闘うなら生きろ!
第一章


 
「おい、今度の隊長はかなりの若造だってよ」

山岳の小さな平地に野営を張っていた兵士達は各々夜の時間を満喫していた。
本来なら寝静まっている筈の深夜、司令部から少し離れ配置されたこの部隊はある程度の自由が利いた。
「あ、軍曹殿」
残り火を囲んでいた兵士達が立ち上がり敬礼した。
軍曹と呼ばれた男は軽く答礼すると、その輪に腰を置いた。
兵士達もそれに習い再び元の位置に腰を下ろした。
ゆっくり煙草を吹かす。
「どうも虫が五月蠅くて寝られん」
ぼりぼりと背中を掻くと残り火の煙を自分の方に仰いだ。
「それにしても今日は静かだな」
ふと耳を澄ますと、いつも聞こえてくる砲撃やサイレンの音は何処からも聞こえてこなかった。
「あぁ、不気味なくらい静かだ」
一番の古兵である小森は同調した。
「そういえば、木場さん、新しく来る隊長知っていますか?」
彼は公な場以外は軍曹ではなく名前で呼ぶ。前線の内務班には軍の規律以外にも内務班の規律の方がきつく絶対であった。
「まぁな」
昨日辞令が下りこっちに向かっていると通信兵より伝達された。
それまで此処は砲弾に当たり戦線離脱した准尉に変わって木場が纏めていた。エリートのいないばりばりの職業軍人達の固まりであった。
准尉は怪我にも関わらず、この部隊と離れられいることを幸運と想っていたに違いない。
本部から離れたこの部隊は逆に見放された部隊でもあった。
こんな一癖も二癖もある部隊の上に立つのが学徒とは、少々哀れに感じた。
きっとそいつも軍からも見放された、ろくな奴じゃないだろう、それが木場の見解でもあった。
「木場軍曹、どんな人なんですか?」
「何でも大学生らしいぞ」
小森の発言にざわめきが走る。
「おい学徒か?」
「使いもんになるのか?」
「何でお前が知っている」
木場が不振な目を向けるのにも気にせず小森は続けた。
「まぁまぁ、それより続き、第一四軍から来たばりばり新米の曹長さんだ」
「曹長?なら前より階級は下か」
「馬鹿かお前は」
そう軽く森田の頭を叩く。森田は数少ない志願兵であった。
家が貧乏で口減らしのつもりで入った、それが動機だと、ニキビの痕が残るジャガイモのような顔をくしゃくしゃに笑いながらよくそう話す。
むさ苦しい男達の中で唯一の少年であった。
物怖じせず、大人に懐いてくる少年をみんなは可愛がった。故郷に残してきた弟やわが子を思って。
軽く頭を叩きながらも小森の顔も和らいでいる。
「学徒は半年間寝ていても即少尉だ」
「少尉!?」
他の兵士達も声を裏返した。
「じゃ、前よりも階級が上じゃないか」
「しかも寝ててもなれるのか?」
「オイオイ、何でもそれは誇張しすぎだ。みっちり訓練を受けてきているはずだから前よりは役に立つはずだ」
そう木場が口を挟んでも、兵士達は優遇されがちな学徒の話題で盛り上がっていた。別にこれから来るであろう上官の肩を持つわけではないが、決して聞いていて気持ちのいい話題ではなかった。
そっと小森の方を見る。
暗く輝かせながら率先して話題に入っている、その存在に軽く溜息を吐いた。
優秀であろうと、上官の明暗はもう来る前から決まったも同然である。
「あぁあ!」
俺の知ったことではない、大きな伸びをして地面に仰向けに寝ころんだ。
空を見上げると木々の隙間から星空が見える。
こういう晴れた日は空襲に適した日だ、それにも関わらず不気味なぐらいの静けさ。
「ん?」
夜空にきらり光るモノがあった。
流れ星と思えるほど木場には詩心が無かった。
「早く火を消せ!完全に消せ!」
そう叫ぶと飛び起き、テントに走るように舞い戻った。
ホンの数秒間の出来事であった。
だが、減らず口を敲いていた兵士達も一瞬にして緊張を走らせ、直ぐさま火を踏み消し各自持ち場に戻った。
そしてそれに遅れること数秒、本司令部の発するサイレンが鳴り響き、戦闘機に向かって射撃を始めた音が身を潜ませている木場たちの耳に届いた。
鳥が一斉に飛び立ち、虫の音が止まる。
暗闇の中、サイレンの音だけが鳴り響いていた。
しかしそれも暫くして収まった。
「偵察機でしょうか?」
小声で話しかける兵士に軽く頷く。
「それにしても…」
その先の言葉を木場は飲み込む。
それにしても、こんな近くまで敵が来ながら自分よりもあとに気づく軍に思いやられる、そう言葉が本当は続いていた。
19980923