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 光はどんどん明るくなっていく。聞こえる足音も、音量がどんどん大きくなっていく。カインだ。カインの体が炎のように揺れる紫の光をまとっているのだ。そして、四つん這いで、斜面を跳ね、坂を駈け、まるで猿か山犬のように、アーイーのもとへいっさんに駈けてくるのだ。信じられない速さだった。それは人智を超えた、まるで悪魔のような。
 いや、今のカインは、悪魔そのものなんだ。そうだブフじーさんは言っていた。悪魔には風よりも速く走る者がいる、と。さっきたいまつが急に動き出したのは、ついに悪魔が完全に意識を奪い、肉体を支配して、カインを操って走り出したからに違いない。山に慣れた大人たちでもとうていついていけない速さで。
 アーイーは低級ザコ悪魔だとか言っていたけど、魔法を忘れた人間がかなう相手じゃなさそうだった。対抗しうるのは、アーイーの魔力のみ。
 僕はもういちど頼んだ。
 「カインを助けてほしいんだ」
 アーイーは、またひとつさみしそうに微笑んで、それから、僕と同じように小さくうなずいた。
 「ガソくん、今までありがとう───人間に、ありがとうって言うなんて、思ってなかった」枝の上ですっくと胸を張る。「あたしが鷲に戻っても、あたしのこと、忘れないでね」
 言い終わると同時に、アーイーの姿は月の光の中ににじむように消えた。
 代わりに、ばさり、ばさりと、優雅にはばたく一羽の鷲の姿が浮かび上がった。そのまま枝先に留まって細い枝をきしませる。
 そして、くちばしを大きく開き、自らの存在を誇らしく高らかに宣言した。
 きいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁあああ!
 鋭い鳴き声が夜のしじまに響き渡った。今まさに大木の下に到達し、アーイーの魔力を食らうべく跳ね上がらんとしていた紫の光の動きが止まる。光の中にカインの姿をした何かがいた。目をらんらんと光らせ、鼻からふぅふぅと火の粉交じりの煙を吐き、歯をむき出しにしている。その口をくわと開き、枝の上のアーイーに向かって、カインでない声で咆哮した。
 ああああああああいいいぃぃぃぃぃぃいいいいいい!
 にらみ合いは一瞬だった。
 アーイーが枝を揺らして飛び立ち、翼を広げて滑空を始めた。スピードが乗っていくと、その体が青い魔法の光に包まれ始める。一方で紫の光をまとう四つん這いのカインも、魔力にあふれる獲物を前にして再び低く低く体を沈め、跳びかかる姿勢を整えた。
 降下するアーイー。その動きに合わせて、高く高く跳ね上がるカイン。
 青い光と、紫の光が交錯し。
 ……紫の光が消えた。青の光は飛び抜けた。そのまま、高く高く谷の上空へと舞い上がり、僕の視界から消えてしまった。アーイーは、言ったとおりに悪魔を一撃で鎮(しず)めてしまったのだ。
 カインは元の姿に戻り、どすんと大木の根元に落っこちた。
 「……オレ、何してんだ? こんなところで?」
 我を取り戻してぼんやりと言う声に、きいいいいぃぃぃぃと、夜空に響き渡る鷲の鳴き声が重なった。

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