←前のページ □表紙ページ  次のページ→ 

19


 やがてたいまつを持った村人たちが追いついてくる。
 先頭を切っていたカインの親父さんは、意識を取り戻したカインを見て、しばし棒のように立ち尽くした。冷や水をぶっかけられたという様子だった。ぶっ殺す小娘狩る小娘ぶっ殺すという触れれば血が出そうな形相でいたものが、無事な息子の姿を見て吹っ飛んでしまったのだった。カインに駆け寄り、まず一発そのどたまをぶん殴って、それからはっしと抱きしめて、人目も憚らず大声で泣き出した。カインは、何が起きたかわからず目を白黒させていた。
 村人の多くは、まずはカインの無事を喜び合っていたが、『悪魔アーイー』がどうなったものか腑に落ちないでいる顔もあった。その中のひとりがプラニチャの親父さんで、「この木の上なんだな」そう言って、熟練の技術でするすると木を登ってきた。
 やば、隠れなきゃ、と一瞬肝を冷やしたけど、アーイーが僕のために身を張ってくれたのだから、今度は僕がアーイーのために一肌脱ぐ番だった。彼女はこの場を魔法でだまくらかすこともできるんだろうけど、そうしちゃいけない、と思った。
 プラニチャの親父さんは僕が枝の上にいるのを見てびっくりしていた。どやされたり諭されたりする前に、信じてもらえるかどうかわからないけど、と前置きして、僕はここで起きたすべてを話した。そして、ここがアーイーとその旦那さんの巣であること、彼女たちがずっとこのなわばりで暮らしていけるように取り計らってほしいと頼んだ。
 プラニチャの親父さんは何度も首をひねって、信じられん話だと渋い顔をしていたけれど、僕の真剣さはどうにか伝わったようだった。岩棚の見える場所まで登って、この騒ぎの中でもこっくりこっくりと舟を漕ぐアーイーの旦那さんの姿を確かめると、巣を守ることを納得してくれた。木を下りていき、何もありゃしない、とすぐにみんなを村へ引き揚げさせた。
 きゅいいいいいぃぃぁぁあ。
 すべてを見守った月明かりの中を、さぁっと横切る一羽の鷲の影。鳴き声が、夜の冷気を裂いて谷に響き渡る。
 山はやがていつも通りの夜のしじまを取り戻していった。
 そしてその夜を境に、屋根の上で鷲の歌を歌う美少女は、村から姿を消した。

←前のページ □表紙ページ  次のページ→ 

トップへ
小説リストへ戻る
メニューへ戻る

Wrriten by DA☆( darkn_s@xmail.plala.or.jp