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10


 まぁそんなわけで、やはりアーイーはヘンなままだった。前の学校の記録は紛失したってことで、ロクシオ先生はやっぱりだまくらかされた。もっとも、深く突っ込む気もなさそうだった。いいかげんな教師だ。
 少し変わったのは、アーイーは何か困るとすぐに僕を頼るようになったことだ。うっとうしいんだけれど、かといって邪険にすると耳をかじろうとするもんだから、渋々つきあっていた。
 もうひとつ、クラス全体にあまり芳(かんば)しくない変化が起こっていた。クラスのみんながアーイーの不気味さに慣れてきて、彼女の行動を怖がらずはっきり不快感を見せるようになったのだ。
 「やめてよ、そういうことは!」そんな言葉が日常的に飛ぶようになって、アーイーはとまどいつつも、怖がられるよりはいいんじゃないのかな、とプラス思考でいた。そういう問題じゃないんだと言ってみても、彼女はクラスメートの反応に全然こだわらなかった。きっと、友達づきあいなんてどうでもいいんだ、鷲だから。
 そうしてクラス全体の雰囲気がアーイー嫌悪排斥に傾くと、ここぞとばかりに出張ってきた馬鹿者がいる。
 カインだ。あばた面で厚ぼったい唇、いつも目やにをつけたままの男で、クラス一の巨漢、というよりデブだった。食うだけ食って寝て、ただ怠けた結果だのに太ることに不平を言うような、同情の余地のないデブ。成績は最低だったが、悪知恵と力は持ち合わせていて、長い間クラスのボス、というよりは暴君として君臨していた。
 カインは、勉強も運動もよくできるうえに、暴君たる彼に対して敬意を払うどころか怯えるそぶりも見せないアーイーが嫌いだった。睨む視線には憎悪がみなぎっていた。誰かが好きで、気を引きたいからちょっかいを出すような、そういう繊細な思考はカインに限っては絶対ないと断言できる。むしろようやく彼が年齢相応に理解しつつあったのは、学力の差が優劣を決めうる、という事実だった。学力を上げる努力なんて及びもつかない彼にとって、ボスの優位を保つためにできるのは、虐げることだけだったのだ。
 ただ今までは、アーイーには誰も近づけない、っていう雰囲気があったんで、彼も近づかなかった。カインは暴君だが、本質はそういう臆病者だ。その雰囲気が変わったのをこれ幸い、彼はアーイーをターゲットに据えたのである。
 ところがアーイーは並の女の子とはワケが違っていた。……そら、メスなんだけど、オンナノコじゃないもんな、最初から。
 机の引き出しに放り込んであったガマガエルは、素手でつかみ出すとちろりとなめて「まずい」と言って窓の外に放り出したし、背丈のあるロッカーの上に隠されていた教科書は、ぐるり首を一回りするだけで見つけ出すし、とにかくめそめそ泣くなんてことが絶対ないから彼の優越感はいつまで経っても満たされず、カインはずっといらいらして、ムカツクムカツクと日がなぼやいていた。
 そうこうしているうちに、またひと月が過ぎた。二ヶ月突破だ、とにかく新記録には到達したと、アーイーは胸を張っていた。
 一方でカインのいらいらは募るばかりで、それでヤツはついにヘマをして、別の女の子に仕掛けたいやがらせを先生にばっちり見つかってしまい、ねちねちと絞られたのだ。それもこれもアーイーのせいと憤るカインに、ロクシオ先生が与えた罰は、なんと一ヶ月連続の掃除当番だった。
 ロクシオのあほんだら。僕は絶叫しそうになった。よりによってその日からの一週間は僕の班が掃除当番なのだ。カインはその中に加わることになる。僕の班はすなわちアーイーがいる班だ。学期初めの頃、気味悪がられて他の班には入れてもらえなかったから、クラス委員のいる班に自動的に押しつけられたのだ。
 そしてアーイーは、掃除の意義を解さないのである。机を運んで、ほうきで掃いて、雑巾で拭いて、という手順にしたがう掃除の必要性をまったく認めなかった。大きなゴミだけのけときゃそれで十分じゃない、というのが彼女の言い分だった。彼女は何もかも鷲のルールでやっていたわけじゃなく、多くは人間のルールに従っていたけれど、受け入れないと決めたことは絶対受け入れなかった。そのひとつが掃除だったのだ。
 だから掃除時間ともなれば、さっさと帰っていくか、ずっと机に腰掛けて足をぶらぶらさせながら、ほうきに使われている笹の枝が自分の巣に使えないかどうか、しげしげと観察するくらいが関の山だった。
 当然、掃除当番なのに掃除しないんだから他の班員の心証がいいわけはない。でもまぁ、僕が班長ってことで、しかたないよアーイーだから、でどうにかとりなしていたんだ。
 そこにカインが入ってみろ。どうなるかは火を見るより明らかで、ついでにそこに油をたっぷりぶちまけるも同然じゃないか。

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