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09


 アーイーの話はこうだ。
 人間は、もう魔法を使わなくなってしまったけれど、動物たちの世界では魔法が当たり前のように使われているという。彼女は、鷲の魔法使いなのだ。
 動物たちの魔法というのは、生存や捕食のために使われるものがほとんどだそうだが、鷲の世界は余裕ぶっこいていた。生態系のトップにある生物は、狼もそうらしいのだけれど、さまざまな種類の魔法を開発するようになり、今やその研究のレベルは全盛期の人間をも凌ぐところまで進化している。
 で、人間をもっと知るべきだ、という理由で始まった人間変身の魔法の研究が、今では暴走していた。
 「魔力が途切れると、元の姿に戻っちゃうのよ」アーイーは言った。「果たして鷲は、いったいどれほどの間、人間に変身したまま人間として生活できるか? っていう議論があってね、今までの最長記録は、二ヶ月」
 「……とすると、君は」
 「一年の記録に挑戦中。一気に記録更新して、尾羽が引っこ抜けるくらい仲間を驚かすのよ」
 僕はいろんな意味で嘆息した。その『意味』のひとつは、大人なら絶対信じないであろう嘘みたいな話を、彼女の行状に振り回されっぱなしの僕は、何ら違和感なくずっぽり納得せしめられた、ってことだった。
 「大丈夫、自信ばっちりだから! このまま行けば楽勝、楽勝!」
 つまり彼女のヘンな行動は、鷲としての行動だったということだ。気を張らなくていいときは、できるだけ鷲の行動基準に基づいた方が、魔力の消耗が抑えられるのだという。鳴けば鳥たちが逃げていくわけである。給食のときの態度は、僕は鷲じゃないからよくわからないけど、スズメを食ったというあたりは本当なんだろうな。
 子供になったのは、そういうヘンな行動を『子供だから』で見過ごしてもらえる確率が高いからで、その狙いは的中している。変身して、魔法で先生たちをだまくらかして転校生になりすましたのだ。だから前の学校の資料なんてあるわけがない。記録を達成したら、またいつかは元に戻らなくてはならないから、卒業というかたちで去っていきやすいこの学年を選んだ。頭がいいのは当然の話で、魔法使いともなれば鷲の知能は人間より高いのだそうである。
 そして彼女は鷲としてはとっくに大人なのだという。彼女のアダルトな魅力は早熟なのではなくて、ホントに大人な存在が子供のふりをしているだけなのだ。
 本当のアーイーは、
 「絶対、一年の記録を達成してみせるの」
 とか言いながらぐっとガッツポーズなどしてみせる、けっこういい性格したねーちゃんだった。ていうか、長時間変身記録に挑戦する魔法使い、というのも、鷲の世界じゃあ十分変人、いや変鷲なんだろうな。
 それどこじゃない。呆然としている僕の前に、突然、きゅいいぃぃぃと鳴きながら、わさわさわさっと巨大な鷲が一羽降りてきたのだ。「うわぁっ!」驚いてのけぞる僕を後目(しりめ)に、その鷲はアーイーの腕に留まった。翼の差し渡しが僕の背丈よりも大きいとても立派な鷲で、目玉をえぐり出さんばかりの勢いで、かーーーっとくちばしを大きく開いた。
 その鷲に向かって、悪びれるでもなくアーイーが言った言葉、どんなだったと思う?
 こうだ。
 「あなた! ガソくんは敵じゃないから脅かしちゃダメ!」
 「あなた……って」
 その『あなた』はむろん二人称じゃなくて。まるで、母さんが父さんを呼ぶような。
 アーイーはにっこり笑ってその鷲を指差した。
 「コレ、旦那」
 「はぁ?!」
 「安心して、旦那はカタギだから。魔法使いじゃなくて」
 いや、そういうことを問題にしてんじゃなくて。
 「……結婚してんの?!」
 「当たり前じゃない! そうでなきゃあたしが留守の間、誰がなわばり守るのよ?!」
 僕の、謎の美少女に対する淡い憧れは、謎が解けてもろくも崩れ去った。謎は謎のままの方がいいときもある。僕はまたひとつ大きくため息をついた。
 変鷲アーイーはそんな僕を気にする様子もない。
 「だから、悪いんだけど、協力してね。協力してくんないと」彼女は屈託なく言った。「耳、かじっちゃうから☆」

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