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07


 ともかく僕は、アーイーの家に向かう。
 道すがらプラニチャに会った。きこりの集落のリーダーで、とてつもなく厳しいことで有名な親父さんといっしょだった。肩にノコだのオノだの重そうな道具をいくつも担ぎ上げている。
 「これから修行だ」プラニチャが言った。親父の仕事を手伝いに行くという意味だ。すなわち、絶対に抜けさせてもらえないんでいっしょに遊べないという意味だ。
 「遊びに来たんじゃないんだ」僕は答えた。「センセェのせいで、アーイーの家に行くハメになって」
 プラニチャに地図を見せると、彼は首をひねった。
 「こんなところに家なんかないぞ」
 プラニチャは僕の手から地図を受け取ると、親父にも見せた。プラニチャの親父さんも同じように首をひねった。
 「こんなところに家なんかないぞ」
 「最近、引っ越してきたみたいなんだけど。一ヶ月前」
 「二週間前に通った。ガソくん、この地図は間違っているぞ」プラニチャの親父さんは断言した。「まぁ、険しいところじゃないし、遠くはないから、自分で行って確かめてくるといい。行くぞ、プラニチャ」
 親子はさっさと自分たちの目的地に向かって去っていった。
 森に一番詳しいプラニチャの親父さんが言うんだから、ほんとに険しくはないんだろう。危険と知っている場所に、子供をひとりで行かせるような人じゃない。僕は言われたとおりその場所まで行ってみることにした。
 穏やかな春の森を、ぼつぼつと歩いていく。降り注ぐ木漏れ日には、若葉の黄緑色が混ざっていた。誰が踏み分けたとも知れない細い山道は、いちおう隣村に続いているはずだけど、アップダウンが多いし荷車も通れないので、人はめったに通らないそうだ。
 岩場を乗り越えて、それから長い長い坂を上っていくと、急に勾配がなくなり、山腹をぐるりと巡る道に変わった。ほとんど崖といっていい急斜面を切り欠いただけの難路で、申し訳程度に転落防止の柵が備えられていた。柵に手をかけると、木々の間から谷と谷底近くにへばりつく家並みがはるかに見渡せる。
 そんな道の途中に、地図上にバッテンが打たれている場所があった。ちょろちょろと細い滝が流れ落ちて、飛び越せる程度に道を遮っていた。背丈のある広葉樹が何本か、斜面からにょっきり顔を出し、つる草に巻かれながら天を衝(つ)いて伸び上がっていて、見晴らしのわりには少し暗い。
 僕は困ってしまった。そこにはやはり家も小屋も、人が住みうるような場所がなかったからだ。山道を通すのでさえどうにかってところだった。そりゃまぁ、下手な地図よりプラニチャの親父さんの記憶が正しいに決まっているんだから、来るだけ無駄だったかもしれない、ロクシオ先生にデタラメ渡すなとねじ込んだ方がいいのかもしれない。
 けど、ただ帰るのもシャクにさわる。僕は滝の水で顔をばしゃばしゃやって、汗を流して、それから道の途中にどっかと座って考え込んだ。
 だいたい、この地図がデタラメなんだったら、いったいアーイーはどこに住んでるっていうんだ。
 「アーイーの、あほんだらっ」ぽそっと悪態をついたら。
 頭上から声がした。
 「ガソくん?」
 天に衝き立つ広葉樹の、枝と枝の間から、アーイーが顔をのぞかせていた。

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