|
5月2日の同僚との会話。 「GWは何するんですか?」 「ん〜、本渡(実家)に帰ろうと思ってるけど」 「へ〜、偉いですね(何が?)。なんで(どうやって)帰るんですか? まさかチャリとか云わないでしょうね」 「……う」 「?」 「実は、チャリで帰ろうと思って…」 「何考えてんですか?!(←心底呆れ顔で)」 その後、その話は5分と待たずに他の同僚の知る所となり、散々馬鹿にされるのだった。………云うんじゃなかった………。ちなみに、熊本〜本渡間は約100キロである。
何故この様な、世間一般の目から見たらアホみたいな事をするに思い至ったかと云うと、「前からいっぺんやってみたかったから」 と云う他ない。ガキの頃 「此処から○○(この場合は本渡〜熊本)まで自転車で行ったらどれくらい掛かるんだろうね」 などとたわいのない会話をした事が無いだろうか?(俺はあるんだよ) それがまぁ色々と条件(気候的、日程的な事や道中コンビニが増えた事、そして学生時代よりは経済的余裕がある事など)が合ったから実行するに至った訳だ。
そして当日。週間天気予報では危うかった天気も、当日になると降水確率0%。注意報も強風、波浪のみ。天の助けか悪魔の罠か。 出発時間は朝8時過ぎ。誤算その1、睡眠不足。前日の晩に友人が来ていた事もあって、2時間しか寝てねぇ。チャリを漕ぎ始めた瞬間 「こりゃヤベェ…」 走る前から疲れてやがる。なんと云うか、筋肉細胞に送り込まれるべき物質が不足している感じだ。大丈夫なのか? 俺。 誤算その2。去年付けた距離計が、そろそろ累計1000キロに届きそうだったので、今日はその瞬間が見られるなと思っていたら、既に1000キロオーバーしてやがった…。くそぅ…。
そんなこんなで走り始めて暫く、入れた筈のタイヤの空気が少し漏れてる様で、ペダルが重い。一応スプレー缶の空気入れ(とパンク修理材)は持っているのだが、頻繁に入れるのは面倒だ。と、10キロ程度走った所で自転車屋が開店準備をしていたので見て貰う事に。そこで見て貰っていると、おっちゃんが 「何処まで行くとね?」 と尋ねてくる。まさかこんなチャリで本渡まで行くとは云えず、さりとてこの辺りの地名も知らねば適当に近場を云う訳にもいかず口ごもっていると 「(熊本)市内までね?」 と云ってきたので、「えっと、まぁそうですね」 と適当に誤魔化す。すると更に「どっから(来たのか)?」 …いやもうどう云ったもんだか。結局 「いや、市内から来たんですけど、もうちょっと行ってからまた市内に戻ろうかと」 など妙に云い訳じみた不審な云い方になってしまった。こんな時は適当に 「せっかくの休みだから行ける所まで行ってみようかと思って」 とか答えてりゃ良いのに、とっさの事に弱ぇな俺。 チャリの調子も良くなって(足の調子は悪いが)、さっきよりは軽快に進む。約時速20〜25キロペース。おいおいママチャリにしてはちょっと速くねぇかと思ったが、どうしてもペースダウン出来ず。やはり街中を走るのとは勝手が違うのか。
そのうち、天草五橋と呼ばれる橋に辿り着く。天草諸島と九州本土を結ぶ五本から成る橋で、陸路で天草に渡る唯一の道だ。その一本目、一号橋の歩道を渡り始めるが、こ、怖ぇ! ホントに歩行者が渡る事しか考えてないから、まず幅が狭い。チャリを押して行く余裕すら無い程だ。そして柵が低く、チャリに乗っていると腰あたりまでしかない。更に風が強く(普段から強い上に強風注意報)、左を見ると眩む様な高さ。車道もそう広くは無いから、バスや大型トラックが通ると煽られそうだ。とてもチャリを漕いでは行けず、跨ったまま地面を蹴ってチョコチョコ進むと云う情けない姿を通行する車に晒すハメに。体面など気にしてられません。下手な吊り橋より怖ぇぜ? 結局、「思い切って車道を走れば良い」 と云う事に思い至ったのは三号橋を渡り終えた後だったりする。 しかしまぁチャリで行く事など考えてない道路なので路肩のアスファルトの質が悪い。俺のチャリの前輪は、霊障に遭ったシャンデリアの様にガシャガシャ鳴りっぱなしだ。疲れ倍増。誤算その3だ。
50キロ程行った地点で、『藍の天草村』 と云う施設(要は土産物屋)へと立ち寄る。此処には日本一の天草四郎像があると云う触れ込みだが、そりゃ天草一ならその時点で日本一だろうと誰もが突っ込みを入れたくなるだろう。天草以外の場所に馬鹿でかい天草四郎像など作っても意味無いのだから。 そこで同僚に頼まれた 『天草サブレ』 なるお菓子を買ったのだが、こんなもんわざわざこんな所まで来て買わなくても熊本駅にでも売ってあるだろうに。しかもよく見たらこれ熊本市で作ってるし…。
更に行くと道路脇に小さく 『生目神社』 と云う看板が。ちょっと寄ってみたい気もしたが、いい感じにペースに乗っているのでそのまま通り過ぎる。しかし、暫く行くとまた看板が。流石に三つ目の看板を見せられた時点で折れた。そうか、そんなに行って欲しいのか生目神社。ならば行ってやろうぞ生目神社。 と云う訳で、国道を逸れて田んぼ沿いの小さな道を案内に沿って進んで行く。1キロ程奥へ進み、道路が無くなる所に生目神社はあった。て云うか、チャリで50キロ以上走ってきた足に、この石段を登らせますか生目神社。かと云ってこのまま引き返す訳にも行かず、疲れた足を引きずりながら登って行く。 石段を登りきった先には、規模は小さいが手入れが行き届いた神社が。横にあるトイレも綺麗に磨かれている。登り口にも参拝者の為の駐車場や休憩所(公民館かと思った)などがあり、参拝者に対する配慮が見える。流石は生目神社。伊達に看板ばかり出してはいない。思わず賽銭箱にお金を入れてしまったぜ。賽銭と云うよりは管理費への寄付と云う感じだが。 此処の実にオープンな造りのトイレで小用を足していたら、隣の個室からジョボジョボと云う音が。なにぃ、誰か居たのか?! と驚いたが誰も居る気配は無い。一応ノックしてドアを開けるが誰も居ない。元より汲み取り式のトイレなので、例え誰かが用を足していたとしてもそんな音がする訳ないのだ。まぁ実際は、単に小用便器が隣の個室の便器の下に繋がっていただけなのだが。だから俺が用を足してワンテンポ遅れて音がしたと云う訳だ。 社殿の前には瓶(中には透明な液体が)と御猪口と小さな柄杓が置かれていたが、やはりこれは酒であろうか。下戸じゃなければちょっと飲んでみた所だが。
生目神社以外にも、道路沿いにある神社二カ所くらいに寄ってみたが、やはり生目神社が一番良かった。流石は生目神社。皆も天草に来る機会があったら(ありません)生目神社に寄ってみよう(寄りません)。
約70キロ地点。島の北側を走る、普段通っている道と、島の南側を走る一度も通った事の無い道への分岐点がある。本来なら当たり前の様に北側ルートを取るべきだが、前日のチャットで氷の姉御に 「どうせなら知らん道を行け」 と脅されていた(それも 「人として行け」 とか 「男なら行け」 等では無く 「あらっとなら行け」 である。人の事を何と思っているのやら)ので観光マップでルートを確認してみる。通常ルートを行くと残り30キロ。南側ルートを行くと残り60キロ。………倍違うやん………。その辺りをぐるぐる回りながら30分くらい悩んだ挙げ句(悩み過ぎ)、結局通常ルートへ。
誤算その4、強風。なんで逆風やねん。田んぼの向こうにある鯉のぼりが、俺の進行方向に頭を向けてたなびいている。そう、鯉は流れに逆らって泳いで行く物なのだ。鯉のぼりは風に流されているだけだが…。そんな鯉のぼりを恨みがましく見ながら、出来るだけ姿勢を低くして漕ぐのであった…。
夕方近く、あんまし腹は減ってないけど、そろそろ飯でも喰っとくかぁ、と食堂に入る。「え〜と…、ラーメンの大盛りは出来ますか?」 「ええ、出来ますよ」 「じゃあそれでお願いします」 ………はっ、ついいつもの癖で大盛り頼んじゃった…。誤算その5…。 「………」 目の前に出されたそれは、大衆食堂らしくホンマモンの大盛りであった…。それでも習慣でスープまで完食してしまう哀しさ…。 「ぐぇっぷ…」 疲れた体に無理に詰め込み、更に疲れて店を後にするのだった。残り約20キロ。
「…ぐ…」 流石にここまで来ると足がきつい。これが最後の登坂車線だと云い聞かせながら何とか最後の難関を登り切る。良くもまぁ、変速機すらないママチャリで全ての坂を登り切ったもんだと我ながら感心していたが、あくまで登坂車線がある様な坂はこれが最後であって、坂道自体はまだ残っていたのだった。 ………頑張りました………。
そんなこんなで(残り10キロがきつかった)漸く目的地の友人宅に辿り着いた時は既に夕方5時頃。休憩等を入れて約9時間掛かった事になる。時速20キロペースだったのだが、結構掛かったなぁ。そんなに休憩が長かったのだろうか…。ふと距離計の累計距離を見ると、1111.1キロメートル。何か得した気分だ。
友人宅で一息付いて、チャリで此処まで来た事を云うと 「はあ? お前馬鹿やろ」 とまぁ予想通りの冷たい御言葉。しかもその後に待っていた物は、「犬の散歩に付き合え」 更にこの体に鞭打たせますか君は。
その犬の散歩に行く前後あたりから体にヤバイ変化が。…心臓が痛ぇ…。普段からたま〜に痛くなる事はあったが、今回はずっと痛ぇ。ふと、ガキの頃に近所の子供が、遠くであった博覧会から帰って来た晩に、疲労が原因で心臓か何かの発作を起こして死んでしまったと云う話を思い出す。今夜死ぬかもな。そう思わせるに十分な痛みであった…。
友人宅に戻ってぐったりとしていると、友人の子供がじゃれてのし掛かってくる。「ぐえ。こら、おにーちゃんは死にかけてんだからやめなさい」 などと云っても聞いてくれる筈もなく…。「嗚呼、今夜俺が死んだら止めを刺したのはこの子だな」 と思ったが、冗談でそんな事云ってホントに死んでしまったらシャレにならないので心の中に止めておいた。
そして就寝。なんせチャリで此処に来ると云っただけであれだけ皆に馬鹿にされたのだから、今夜だけは絶対死ねねぇ。そう心に誓いながら、明日の生存を夢見て眠りに就いたのだった…。
|