中途半端な時間にたっぷり取っていた睡眠。そしてアルコール。
そして慣れない誰かの体温に夜中にふと目が覚める。
………温かい。
それがまず始めに思ったこと。次いで身動きがしづらくて寝苦しいと思う。
身体の位置をずらそうと思っても何かに固定されたように動きにくい。
それを腹立たしく思いながら自分を拘束しているものは何だろうと目を開けると、目の
前に何かの布が見えた。ボタンがついていることからシャツなんだろうな、と考えて、何故そんなものが目の前にあるのか悩む。
ぼんやりしたまま首を動かして、自分を拘束しているのが誰かの腕なのだと気がついた。
どうやら抱き込まれているらしいとも。
そこまで考えてみて、ようやくボケた頭がはっきりする。目の前の人物が誰なのかも同時にわかった。
そぉっと覗きこんでみても目覚めた気配はなかった。どうやら多少動いても不審な動きとは感知されなかったらしい。
―――――なんでこんなことになってんだよっ?!
眠りにつく寸前までの記憶はある。
どちらかというと忘れていた方が幸せな気もするが、一応しっかりと残っている。かなり恥ずかしい記憶ではあるのだが。
ヒイロの目の前で、しかもあんな態勢で眠ってしまった自分もどうかと思うけれども、その後腕に抱き込んで眠るヒイロもヒイロだ。
まあもともとベッドに乗っかってたのだから移動の手間はない。あの態勢のまま上にシーツをかけたら今の態勢だろう。だからと言って、広いベッドなのだからわざわざ2人でくっついて眠る必要性は全くないと思うのだ。
必要性。
そんなものがなくたって今の態勢になる理由を、知らないわけじゃないけれど。
ヒイロの言葉を確かに聞いたけれど。
…………オレを好きって言ってたよなぁ。
リリーナを好きだと思っているのは、勘違いだとも。
どきどきする。
最初にヒイロにキスされた時に感じたのはリリーナに対する罪悪感だった。けれどヒイロの口からそれを否定されて、さらに告白なんてものをされてしまったわけで。
リリーナ側の気持ちはわからない。自分が思っていたとおり、ヒイロのことを好きなのか。それともそれもデュオの勘違いなのか、わからないけれど今はそこまで考える余裕がなくなってきているというのが正直なところ。
「……どうしよう」
音になるかならないかの、囁くような声でぽそりと言葉が出る。
ヒイロの言葉を信じられないと思う一方で、嬉しく思う自分がいる。それは矛盾しているようで全く矛盾しない感情。
現在、確かにわかっているのは顔が真っ赤になっているだろうことだけ。
幸せになって欲しいと思う。それはあの頃、ヒイロに対して持っていた最大の感情。もしそれが自分と一緒にいることで叶えられると、そう自惚れることが出来たらそれは凄く幸せなことだと思う。
本当に、どうしよう。
これは、信じて、受け入れても良いことなのだろうか?
それとも。
………忘れてる事にするのが一番楽だよなぁ。
ぽんと思い付いてしまった可能性。酔っ払っている時の記憶はたいていあるけれど毎回ではない。だから、忘れた事に、聞かなかったことにするのが一番楽だろうか。
少なくとも今は頭の中がぐるぐるしてるから正常な回答が出来ない気がする…。
―――うん、そうしよう!
「忘れたフリは許さないからな」
「………」
解決ではないけれど先延ばし決定で晴れやかな気持ちになった瞬間、それをうち破る声があっさりと響いた。
この場にいるデュオ以外の人間と言ったら一人しかいないわけで、当然その声はその人物から発されたわけである。
誰かは疑う予知もない。だけど確認したくない。
引きつったような笑みを浮かべたままで固まったデュオの身体を少し離すようにして、ヒイロが視線を合わせてくる。
「その様子なら昨夜の会話、覚えているな?」
「……………いつから起きてやがった」
「『どうしよう』から、だな」
お前の百面相を見てたら何を考えてるのかすぐわかった。
いかに警戒を解いているとは言え、さすがに身近で音をたてられたら目が覚める。しかもそこで不穏な企みが働いていればどことなく空気の質も変わるのである。
苦虫を噛み潰したようなヒイロは、デュオの行動を咎めているのだろうが不機嫌そうだった。図星をさされたデュオは返す言葉もなくばつの悪そうに視線を反らしつづけている。
「言っておくが、逃げられると思うなよ」
言葉通りにヒイロの腕はデュオを拘束したままで、今更どうにかこの場を脱走することも、話題を反らしてごまかすことも出来そうになかった。
そうしてそれはから現状だけではなく、ヒイロから逃がさない、ともとれる言葉。
黙ったままのデュオにヒイロも口を閉じて、ただじっと待つ。
静かな部屋に互いの息遣いだけが響く。
けれどただ見られているだけの沈黙にもちろんデュオは耐えられるはずも無く、諦めたように視線を合わせた。
思惑通りに動いたデュオに、ヒイロの気配が和らぐ。
少し離れたとはいえ、やはり至近距離には違いなく。デュオにしてみれば心臓に悪いとしか言いようのない位置で見合うことになった。
「……お前がヘンなこと言うから悪い」
悔し紛れにぼそりと呟けば、途端にむっとしたようにヒイロの眉が上がる。
無言のプレッシャーというものか、それだけで結構怖い。
………ひぃいいいっ!
デュオの内心では冷や汗が流れるが、言った言葉は戻らない。後悔先に立たずとはよく言ったものである。
「そのヘンなこと、にお前はなんと答える気だ?」
めげる気はないらしい。
たとえ不実なデュオの思考回路に腹がたとうと、ヒイロも必死だった。
……ここで逃がすわけにはいかない。
何しろ相手は逃げも隠れもするデュオ・マックスウェル。本人が公言するだけあって一旦逃げ出すと本気で捕まらなくなる。それはヒイロも経験上熟知している事柄だった。
多分先程目を覚まさなかったら、あのまま全て無かった事にされていたのだと思う。デュオは隠し事が上手いから。
彼が忘れなかったこと、自分があそこで目を覚ましたことが運命だと言うなら、全ては
自分の思うとおりに進んでいると言って構わないはずだ。ならば、今ここで決着をつけることも不可能ではないはず。
いいかげん、追いかけっこを楽しむ時期でもない。
デュオの気持ちが知りたかった。彼は妙な誤解はしていたようだが、肝心の彼自身の心については何も言っていない。
自分だけ暴かれるのはフェアじゃないはず。それは、身勝手な論理だと言われるかもしれないが正直な気持ちであった。
「なんと答えるって……」
「深く考える必要はない。お前の正直な気持ちが知りたい」
「そう言われても………」
困ったような笑みを浮かべて後じさろうとする身体を腕で止める。もともと抱き込まれ
た状態なのだからそうなって当然だと言うのに、初めて気がついたかのようにびくんと身体が震えた。
まるでいじめているような気持ちになってくる。別にまだ何をしたというわけでもないのに。
「…………………ヒイロ」
伺うように覗き込まれても無視を決め込む。
ここでほだされたら終わりだ。またスタート地点に逆戻り…いや、マイナス地点に立たされる可能性が高いだろう。
だいたい、そこまで悩む答えとはなんだろう。そんなに言いにくいことなのだろうか……………………やっぱり、受け入れられないのだろうか。
胸にやどる不吉な予感を押し込め、もう一度腕に力をこめる。
デュオは予想に反しておとなしく腕の中に収まった。視線があっていたことに相当なプレッシャーを感じていたらしく、ほっとしたように身体の力が抜かれる。
体制的に見れば密着した分こちらの方が緊張するのではないかと思うのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。
「えっとさぁ……やっぱり言わなきゃダメ?」
「駄目だ」
「………」
ヒイロの腕の中でデュオが溜め息を吐く。自分で答えをせがんだくせにヒイロの身体がわずかに強張った。
思い悩むような沈黙。まだ迷いがあるのか、言い掛けては止めるのを何度か繰り返した。
「………………だよ」
「なんだ?」
ようやく発された声は服にしがみついていたせいでくぐもってしまって、聞き取れなかったらしいヒイロが、また視線を合わせてくる。
「だから、そういう意味で、オレもお前が好きだよッ!!!」
内心悲鳴を上げながら真っ赤になって怒鳴るように言えば、ヒイロの動きが止まった。
一応覚悟を決めたとは言え、恥ずかしさのあまりヒイロにしがみついて顔を隠したデュオは、しばらくそのままでいて、あまりにも動きのないヒイロに疑問をもった。
こう、なにかリアクションがあると思ったのだが……一言もない。
まさかそのままでいるわけにもいかないし、けれども顔を合わせるとまた頭が爆発しそ
うなので動きたくもないし。デュオが困ってしまったところでようやく我に返ったらしいヒイロがデュオを抱きしめた。
それは力の入っていないもので、抱きしめるというより包み込む、という感じだった。
そのままヒイロはデュオを抱きしめつづけた。言葉もなく。
ただ大切そうに抱かれて、デュオの心も凪いでいく。
多分間違いじゃないんだ、ヒイロに応えたことは。
きっとこれで良かったと、確信めいたものが胸にしずかに訪れる。
幸せになって欲しかった。ヒイロの為に離れなくちゃと思った。でも、本当は自分も幸せになりたかった。ヒイロの傍に、いたかった。
二人で幸せになれるなら、それはとても素敵なことだと思う。
迷いがなくなったわけではなかったし、いろいろなことが頭によぎったけれど、今はそれら全てがどうでもいいと思った。後のことやいろいろな人のこと。それは全部ここから考えていけばいい。
―――ここから全てやりなおせばそれでいい。
いろいろ思い悩んでも、結局のところこんな風に抱きしめてくるような奴に落とされないわけないのだ。
多分、ヒイロは今言葉が出て来ない状況で。
そんなに感動してくれてて、喜んでくれてて。
それでこんなに大切そうに扱われたら、もうこっちまで幸せになってくるというものだ。
「……好きだよ、ヒイロ」
「……ああ。俺もだ」
ようやく余裕が出てきて、くすくす笑いながらそのままの態勢で告げれば、まだどこかぼんやりした様子で答えてくれた。
見つめあって、笑みがこぼれる。
そうしてそのまま、どちらともなくゆっくりと顔を近づけていった。
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