『ねえ、デュオ・マックスウェル。
今日の試練に、わたくしとっても面白いことを思い付きましたの』
これから4人の候補から1人のパートナーを決めようというなんとも言えない緊張感の中、独特のアクセントの呼び声が神殿へ向かうデュオを呼びとめた。
瞬間的に、嫌な予感が襲ってくる。
『……なんだよ』
『まあ、声がとっても胡散臭そう。でもあなたにも悪い話ではない筈よ。
これはちょっとした裏技なのだけど、わたくしとあなた、姿を取り替えましょう』
ころころと高い声で笑いながら、ドロシーはごくごく普通に普通でないことを言い出した。
一瞬言われた意味を掴みかねる。
『……は?』
『先程リリーナ様が勝利条件をこっそり教えてくださったの。あ、まだあなたには内緒よ、言えません。
でもそれを考えるとわたくしとてもどきどきしてしまいますの、素敵だわ、流石ですわ、あぁリリーナ様』
うっとりと胸の前で手を組んだ少女は、次いでやけに気合いの入った眼差しでデュオを見た。
『リリーナ様のお考えはとっても素敵、でも障害はより高い方が面白い。
だからデュオ・マックスウェル、わたくしと入れ替わるのです。それでもあなたを選べたら、それこそが真の勇者。それこそがふさわしいのだわ』
『………』
『その方があなたの目的にも、より叶うのではなくて?』
でも禁呪だからリリーナ様には内緒でね、と囁いた少女は、間違いなくこの手が取られるだろうことを確信し、にっこり微笑んだ。
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戦いを見るなんていうのはただの口実で、本当はよりわかりにくいように敢えてリリーナの傍を離れただけだった。
そんな事しなくても、姿が違うんだからきっとわかりっこない。
それでもなんとなく。そう、なんとなく予感めいたものがあったのかもしれない。
「…ヒイロ」
呆然と呟く。
今、一人だけ。まっすぐこっちに走ってきた奴が。
見慣れた、一番長く傍にあったその姿が近づいて来る。
「――デュオ、だな?」
「……っ」
やたら強い力で腕を掴まれて、瞬間的に息が詰まった。
そのまま勢いよく引き寄せられ、ドロシー…デュオは、驚いたように瞳を見開いた。
「……ヒイロ・ユイ?何を言ってるの、わたくしは…」
「演技は必要ない。デュオだな?」
ヒイロの瞳は真剣で、確認するというよりは確信したものだった。
覗きこんでくる瞳の強さに、一瞬デュオが言葉に詰まる。
「…始めは違和感だ。姿を、声を、気配を変えようと表情や仕種は変わらない。
だからアレがお前じゃないことはわかった……本物を見つけるのには少々手間取ったが」
「………」
「間違えるとでも、思っていたか?」
なら当てが外れたな、とデュオと視線を合わせたままでヒイロがにやりと笑った。
それを間近で見てしまい、なんとも言えない表情になったデュオはしばらく逃げ道を探すように視線をさまよわせ、やがて諦めたのか小さく息を吐いた。
「……いないとは、思わなかったわけだ」
ヒイロの指摘を暗に肯定しつつ、疑問を滲ませた返事を返す。
それをヒイロは満足気に見やると、捕まえたままだった腕を解放した。
「なんだか知らんがお前は色んな精霊に好かれているから、お前がいると空気が変わる。近くにいることはわかったからな……後は探すだけだった」
それに、と言葉を続ける。
「自分に関することを見届けないような性格はしていないだろう」
「そっか…、そうだな」
言われてみれば、ヒントは案外多かったのかもしれない。
それでも気付いたのは、一人だけだったが。
―――いや、その一人が異常だったんだろうけど。
小さく呪を唱えながら、指を鳴らす。
何かが抜け落ちるような不快な感触の後、偽りの姿が消え普段のままのデュオがそこに現れた。
見つけ出した男を、無言のままじっと見つめる。
揺らぐことのない眼差し。今も偽りを見抜いたその真摯な瞳。
「……オレの完敗、かな」
首を傾げ、苦笑したデュオはそのまま静かに目を閉じた。
それを受けてゆっくりとヒイロの気配が近づいてくるのがわかる。
「…でも……」
頬に触れたやわらかい感触に、続けようとした言葉は声にならないままに終わった。
―――来るならお前だとは、思ってたよ。
「あら。残念でしたわね、カトル・ラバーバ・ウィナー」
「そ、そんなっ……!!」
一番でデュオの元に辿りつき、勝利を確信していたにも拘らず気分は一気に地の底。
目の前でデュオだと思っていた人物の正体を見せられたカトルは、振り向いた瞬間勝利者決定の場面を目撃してしまった。
引っかかったわほほほほほ、と高笑いするドロシーの声も耳に遠い。
「ひ、ヒイロ……よくも、よくも僕のデュオにあんなことをっ!!」
「でもこれでデュオはヒイロの番。ある意味ヒイロのものですわよ?」
半泣きのカトルにトドメをさす一言を軽く放ったのは一部始終を眺めていたリリーナ姫。
勢いよく振り返ったカトルは何か言い返そうと口を開きかけ、そしてがっくりとうなだれた。
あらあら、とそれを見てリリーナが苦笑を洩らす。
『その次に満たしたい条件なんかもあるんだ。ほらオレ、わがままだからさ』
デュオの声が甦る。
昨日、デュオと交わした会話。
デュオの出した、パートナーに対する条件。
『オレを殺せないような弱い奴はいらない。
でも、強いだけの奴なんてもっといらない』
ゆっくりと、けれど確信をもって話すデュオは真剣だった。
『オレは、オレとちゃんと向き合える奴がいい。パートナーと戦ったりするような事、本当は起きない方がいいんだ。
だから、オレのこと想ってくれて、見てくれて、ちゃんとオレのこと好きでいてくれる奴がいい』
『…あら、それなら普通のテストでは無理ね』
自分の言葉が甦る。
役不足だったかもしれない試験、でもそれは二人のいたずらで確かなものとなった。
選ばれた一人の少年。
「叶ったのね、デュオ……おめでとう」
良かったね。
呟いたリリーナは、ふわりと晴れやかに笑った。
「…………パートナーは無理でも、別サイドから攻められるよね。うん、前進あるのみ。僕は諦めないよ」
一人でずっとぶつぶつ呟いていたカトルは、急にキッと顔を上げると「絶対邪魔してやる!」と高らかに宣言した。
この宣言に基づき、数日後裏から手を回した部屋替えにおいてヒイロがデュオの部屋から正反対の位置にすっ飛ばされるのだが、それはまた別の話である。
天界の一つの季節が終わる頃、告知板には新たな一組の天使と死神の名前が貼り出された。
どんな風にして決められたのか、当事者以外は誰も知らない。
end.
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