「ねえ、ドロシー」
「なんでしょうリリーナ様」
「やっぱり、そうなのね………デュオはどこへ?」
「戦いがよく見えるようにと近づいていったようですわ」
「そう…」
リリーナはゆっくりと目を伏せた。
「他の方がどうかはわかりかねます。でも、ヒイロ・ユイがさっきわたくしの事を睨んでましたの」
どう思います?と笑ったその顔を前に、リリーナはもう一度目を伏せた。
―――誰か気付いてるのかしら?
―――誰が、気付くのかしら。
始めに動いたのは五飛だった。
愛用の曲刀で狙いをつけたのは、一番傍に立っていた長身の人物。
キン、という金属独特の音が響く。
「…よく受けとめたな」
「剣でお前に勝てるとは思わないが、負ける気もないのでな」
「なるほど」
腰に携帯していた筈の細剣が、何時の間にか抜かれていた。
五飛がにっと笑い、後ろに飛ぶようにして二振りの剣を押し離す。
間合いを選ぶように、素早くトロワも立ち位置を変えた。
直後、それまで彼らが立っていた場所で炎の渦が巻き起こった。
「油断大敵。二人の世界を作らないようにね」
悪びれもなく金髪の少年がにっこり微笑んだ。
剣も術も同等に出来るタイプはこういう時かなりタチが悪い相手になる。
残りの3人がどちらかと言うと術を不得手とするタイプである分なおさらに。
二人が同時に、舌打ちした。
即座に簡易結界を張るべく印を刻みかけたトロワは、だが次の瞬間両手で剣を構えなおすハメになる。
直後、ギィン、と先程よりも重い金属音。
重い一撃をくらって一瞬硬直した腕を縫うようにその懐に入り込んだ人影は、返す剣でトロワのみぞおちに柄を思いきり叩き込んだ。
「ぐ…っ!!」
衝撃を殺せなかった体が吹っ飛ぶ。
「………まず一人」
ヒイロが呟いた。
「ヒイロ・ユイ、勝負!」
「……っ」
滑り込んできた五飛の刀を力を流すようにして受けとめ、ヒイロは一旦剣を引き体勢を整えた。
気を抜きかけた一瞬の攻撃に、肩から血が流れる。
「忘れないで貰おう。敵は一人ではない」
「…そうだったな」
しばらくの間、二人はそのまま睨み合っていた。
幼い時から剣にかけては天才的と賞賛された二人の天使。
手合いの経験こそあるものの、お互い真剣勝負は初めてだった。
実力が拮抗している以上、あとは運と駆け引きが勝敗を決する。
踏みしめた床で、少しずつ足を動かす。
間合いをはかる緊迫感の中、他の音が遠ざかっていった。
―――来る。
二人が同時にそう思った、その時。
氷の刃が、頭上から降り注いだ。
「二人の世界を作らないようにって言ったでしょう?僕だっているんだから、ね」
にっこり笑った人物は、そのまま氷の壁に囲まれて動けないでいる二人を確認すると、まっすぐデュオに向かって走り出した。
「勝つための条件は、力勝負ではないってこと忘れてるよね皆」
一人放っておかれた間に結界はかなり強靭なものを張ったから術対策は万全。
剣ではあの二人に負けるが、それでもカトルがデュオの元に辿りつく方が明らかに早いだろう。
カトルは、勝利を確信した。
「く…っ」
「考えたな、カトル」
動けない五飛が炎で氷を溶かそうともがくのを横目に、ヒイロが冷静に呟いた。
確かに自分たちを相手にするなら潰しあって貰ったほうが楽だろう。
……確かに、気付かないうちに勝負にのめり込んで頭に血が上りかけてたかもしれない。
「貴様何を冷静に…諦めたのかっ?」
「…まさか」
挑戦的な笑みを浮かべたヒイロの周囲から、直後氷の破片が砕けて落ちた。
驚いたように目を見張った五飛に説明するようヒイロは呟いた。
「生憎俺はデュオのいたずらで鍛えられてる。あいつの術を防ぐ結界なら、他のどんな術だって俺に届くはずがない」
そう、この程度で揺らぐ力ならデュオの傍に立つ資格はない。
そうして、間違えるような人物をデュオはパートナーに望まないだろう。
ヒイロは五飛を見た。
「……二人」
そうしてカトルを。
「三人」
ヒイロはフロアを見まわした。
トロワが立ちあがろうとしている……確かにあの程度のダメージで倒せるとは最初から思っていない。
だが、すでに彼も資格を失っている。
何を試されているのか忘れるな、とリリーナは言った。
この戦いで求められたのは殺し合いではない。
それは力であり、でもそれだけじゃない何かだ。
トロワも五飛ももうダメだ。そうしてカトルも、間違えた。
「これで残るは俺だけ、だな」
―――この考えが、間違っていなければ。
そうして、ヒイロはカトルとは反対の方向へと走り出した。
デュオに、背を向けて。
end.
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