ANGEL NOTE 3



「4人とも、同時合格するわ」

やわらかな声音で、楽しそうに。
くすくすと笑いつつゆったりと言葉を綴る。

「まあ、しょうがないわよね。今更あの人たちが実技試験なんかで落ちるとも思えないもの。人数制限もないし、一緒に試験受けたら同時に合格して当たり前だわ」

意図的に言葉を切り、のんびりとした歩みを止める。

「………だから」

そうして、思わせぶりにくるりと振り向いた。

「選ぶのは、貴方よ」

そう微笑むリリーナを、デュオは複雑そうな眼差しで見つめていた。



『巫女姫』。
れっきとした天界の王族である。

単なる王女につけられる敬称ならば「姫」なわけだから、当然普通の姫なわけがない。
普通ではありえない、『特別』を生まれ持った王女にのみ与えられる呼び名がこれ。

予知、先見、言葉はともかくつまりは未来を視る力をもつ者だけがこの名を与えられるのだ。

役目としては塔の神官を束ねる存在、としてが一般的。
天界一のエリート集団が揃うと言われる塔。地上の人々の生き死にのみならず輪廻までも管轄に入るのだから、万が一にも不正があるわけにはいかないのである。

王族の、しかも近い未来を視る存在による監視。
そうして同時に、逆に言えば。
天界の最高クラスによる王族の監視をも意味する。

まあ、この辺の事情はとりあえずどうでもいい。

とにかく巫女姫とはそういう存在であり、そしてリリーナは現巫女姫であり。
歴代の中でもかなりの変り種として名を馳せつつも、その能力においては折り紙つきという少女からいきなり呼び出された挙句、自らに関わる近い未来を宣告されたデュオだった。

余談だが、初対面ではない。

変わり者の姫君は自らも正天使の資格を取ろうと元気に塔に通っているのである。
狭い建物内のことであるのと、デュオの元からの人当たりの良さのおかげ…と言うかせいと言うか。
入塔当初から結構親しくしているのである。



「………オレが選ぶって、そう言われてもなぁ」

リリーナの言葉に、デュオは困ったように瞳を細めた。
実際かなり。心底、困っていた。

「いきなり呼び出して、そんな話されてもオレ答えられないぞ、そんな問い」
「あら、でもあと数時間で貴方神官に呼び出されて聞かれるのよ。私の占い疑うの?」
「………」
「わざわざ教えてあげたの。親切でしょ」

にーっこりと微笑む。
リリーナに悪気は全くなし。どころか、感謝してね。と訴えていることがありありとわかった。

「………」
「まあ、ね。途惑うのもしょうがないとは思うんだけど」

困ったように沈黙を保つデュオに、助け船を出すように呟く。

「4人全員、一気に正天使に昇格するわ。その中の一人が確実にあなたのパートナーになる。これは変え様のない事実よ。だって天界は優秀な人材を遊ばせておくほど暇じゃないもの」

そこまで言って、リリーナは苦笑を洩らした。

「一生モノだし。皆仲がいいし。迷って当たり前なのだけれどね。それでも、貴方が選ぶ以外の決めようがないし」

何せ彼らの能力は全員が全員文句のつけようがないのだ。

「決め方は自由にしていいの。誰かを選んでもいいし、試験を出しても構わないわ。それに関しての自由は私が責任を以って保障します」

それくらいの権力はあるのだ。

「己の心を偽ることなく、己の心の導くままに。あなたのたった一人を選びなさい」

そこだけは、厳かに。王族としての威厳のようなものを垣間見せたリリーナは、次の瞬間にぱっと満面笑顔になった。

「誰を選ぶか、すっごく楽しみなの♪」
「………リリーナ」

デュオは一瞬で疲れたような気持ちになってしまった。
嫌そうな面持ちでリリーナを見つめる。
「だって、もう何年も結果待ちしてたんですもの。予想通りと言うか全員が残ってくれたし。本当の意味で、デュオが、選ぶんですものね」

微笑むリリーナから、デュオはすっと視線を逸らした。
そのデュオの反応を当然のことのようにリリーナは受けとめる。その顔には困った人ね、と言った苦笑が浮かんでいた。

「ねえ、ずっと聞きたかったの。あなたは何故パートナー登録を拒むの?」
「別に拒んでなんか…」
「言葉を変えるわ。あなたは何故このシステムを嫌うの」
「………」

すっ、と。
デュオの顔から表情が消えた。

「図星ね。だって、機会はあったもの。多少ランクが落ちるけどあなたと登録したいって人は何人かいたわ。あなたが了承しさえすれば登録は為された…神官たちは例外措置として許してた。なのに貴方はしなかった」
―――何故?

デュオに向き合う様に真剣な表情のまま続けて問いかける。

「今だって嫌がってるでしょう。でももうランクとか、そういう言い訳は使えないものね。そして、気が合わないという理由で断るのも不可能だわ」

「………」
「個人的な興味よ。誰にも言わないから」

ね?というように笑顔で小首を傾げてみせるリリーナを前に、デュオが深く溜め息を吐く。

「笑うなよ」
「ええ♪」
「………」

軽い返事に一瞬眉を顰めたデュオは、けれど気をとりなおしたのか視線を逸らしつつ言葉を続けた。



「少なくともオレは。
オレがパートナーに対してどうしても求めたいものは…」



それは二人だけの間で交わされたひみつの会話。
途惑いながらもゆったりと紡ぎ出される言葉を、リリーナだけが聞いていた。


        運命の日は、明日。

                                          end.



2000.9.16.
ようやく終わりかけてます。
さりげなく長いです…天使シリーズ。
最初書き逃げのような短編のはずで、それを続き書くと決めたときからだいたいの話の流れは決まってました。
でも実際に書くとやっぱり設定とかかなり荒いですね(-w-;
自分で「そんなのあるかー!」とツッコミ入れつつ書いてマス(苦笑)
でも根本的にこういう好き放題出来るのって好きです。
書きたいこと書けますからねー…私がこのシリーズでどの部分を一番書きたかったかは完結したときのお楽しみです♪
わざわざ書かずに伝わるのが理想ですが、それはきっと無理だから。
このコメントスペースに答えは載ります。
次はANGELNOTE4。ようやく「現在」のヒイロが出てきます。
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