「…ん……っ」
こういうものも慣れだと言うことを、つい最近になって知った。
「は…あ……」
嫌悪を感じた指の感触も、触れる肌の熱も、回数を重ねれば重ねるほど馴染んでいく。何回目かの時に気付いたが、相手の心音に落ち付くような余裕すら生まれていた。
「…くぅ…」
そう言えばキスの時も同じだったな、と今更な感想が浮かぶ。
あの時も嫌で嫌で、めげることなく逃げつづけたのだが結局ヒイロの手から逃れきれなかった。
彼も戦時中鍛えたエージェントの能力をフル活用して自分の尻を追っかけてるんだから世話はない。腕力はともかく全体的な能力値…特に潜入とかで劣るとは思っていないが、元来の飽きっぽくムラのある性格のせいでねちっこいヒイロの罠にかかる。
そう、ねちっこい。しかも黙々と罠を仕掛けてるからかなりタチ悪い。
どんなに逃げまわってても、ちょっと気を抜いたらヒイロさんとハイ、コンニチワの事態が口をあけて待っている。そんな生活を延々続けてるのに結局のところ飽いてしまったのだ。
「…デュオ」
身体をまさぐっていた手が何時の間にか頬へ滑っていた。
独特の囁くような声で名前を呼ばれ、思考の海から帰還する。間近で見る瞳はあいかわらずどこまでも深くて、まっすぐできれいだった。
キスをする時の独特の間にも慣れた。
教えたのが自分なのだから上手くなって当然ではあるのだけど、それでもよくもまあこの短期間でこれだけ上達したものだ。
………まあ、それだけ回数をこなしていたと言えばそれまでだけど。かなり腐った上達理由だ。
そう、色々なことに慣れた。
ヒイロとキスすることも、肌を触れ合わせることも、その指で触れられることも。
追われることも、存在を受け入れることも、この部屋へと招き入れることも。
SEXを知らないヒイロによって最低限の身の保障はなされているものの、我ながらよくここまで我慢できていると思う。
突き放す事は、可能かもしれない。
でも。
「…愛している」
あのヒイロから耳元で囁かれる愛の告白、というものにほだされてしまっているのも本当だったりするのだ。
不定期に、ベッドの中。
ヒイロと過ごす時間が、少しずつ、けれど着実に増えていっていることにデュオ自身気付いていた。
ヒイロはデュオを自分の恋人だと認識しているらしい。
デュオはヒイロに襲われかけた際にそれを本人の口から聞いて知っていたわけだが、数週間の後に自分以外でも知っている人物がいることが判明した。
だれあろう、トロワである。
それはどういう話の流れだったのか、ふとした雑談の合間に判明した事実だった。
「……は?お前が原因?!」
「そう睨むな。悪気があったわけではないんだ」
あいもかわらずゆったりとした笑みを浮かべた人物は、本気か冗談か読めない顔でデュオを宥めた。
「以前あいつが『恋人の定義とはなんだろう』と呟いていたからな。互いに想いあっている存在だと言ったんだ。想いを言葉で確認することが必要だとは言い損ねた」
まさか相手がお前で、本気で恋人になる手段を模索しているとは思わなかった、と呟くトロワを前にデュオは絶句していた。
どうやらその時点でヒイロはデュオへの想いを自覚していたらしく、かつての同志兼職場の同僚から恋人にグレードアップする手段に思い悩んでいたらしい。
戦時中追いかけ回された体験を都合良く『自分は好かれている』と解釈したヒイロは、デュオの側の感情は問題なし、と判断した。
そして自分もデュオが好きだから……結論。二人は既に恋人同士である、となる。
英雄ヒイロ・ユイとは思えない単純かつ馬鹿らしい思考だ。だがマジだ。
「あいつのやることは以前から徹底していたが、思考回路まで徹底しているものなのだな」
「極端とか短絡思考の間違いじゃねーのか…?」
しみじみと感心したように呟くトロワを前に、デュオは頭を抱えた。
ずっと謎だった、いつの間にか恋人扱いになってた点についてはこれで判明した。トロワの話によると半年ほど前だと言うから、その時から自分は彼の中で恋人だったらしい。
まあ、ヒイロの中には恋人同士が何をやるか、みたいな知識が欠けていて、それでその認識後も普段と変わらなかったようだが。
……つまり。
―――オレが恋人同士がやるもんだ、ってキスなんか教えちまったからこんなことになってんのかよー…。
恋人同士でやるものならデュオとやってもいいのか、とヒイロは安直に考えたはずだ。
むしろ、やりたいと。
ただ、それで刺激されてBにまで発展してしまった行為がいわゆる前戯にあたることには未だ気づいてはいないようだが。
…………気付いたらどうなるんだろう…。
なんだかその事態は予想するまでもない気がする。デュオは眉を顰めた。
始めの頃ヒイロは『本などで調べられない知識』と言っていたが、実際はそんな類のことを記したものなど山程ある。ただヒイロが好むような学術書の類でリアルな表現がないだけだろう。
それが大衆書に下るにつれてどんどん表現はロコツになっていくし、マニュアルみたいなもんまで出てくる。
もしそれがヒイロの目に触れたら……いや、それ以前に動物の交尾位は知ってるはずだからそれが人間にも同様の行動があって然るべき、という点に気付いたら。生殖行為の有無に気付いたら。
結構ソレはやばい事態な気がする。
「で、デュオ」
「うーん?」
既に半分くらい存在を忘れられかけていたトロワが、うーむと唸るデュオに声をかけた。
指で招いてないしょ話をするように耳に口を寄せる。
「それで…お前実際、ヒイロにどこまでされた?」
「……………」
ある意味元凶と呼べる人物の、純粋なる興味をあらわにしたソレに、デュオがにっこり笑って拳を見舞ったことは言うに及ばない。
「デュオ」
「あ、おかえりーヒイロ」
廊下の角でばったり会ったのは本当に偶然だった。
ヒイロは丁度任務明けで帰還したところで、その前はデュオが出ていたから実のところ1ヶ月ぶりの対面になる。
別に用事があるわけでもないので、双方共にいつも通りそのまま通り過ぎようとしたわけだが…唐突にデュオが振り向いた。
「ヒイロ、後でオレの部屋に来な。渡すものがあるから」
少し考えるような間の後、デュオはそう言った。
デュオからヒイロを部屋に呼んだのは初めてのことだった。
気付いているのかいないのか、ヒイロは無言で頷いた。
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