「おい、これを見てみろ」
コンピュータールームの一角、かけられた声にトロワは手にしていた資料を一旦書棚に戻した。
画面から視線を離さずキィの音を響かせる五飛は、なにかの資料を拡大表示してからようやく顔を上げた。トロワもまた彼の横に立ちそれを覗き込む。
「こいつはホワイトファングに属していた技師だ。エピオンの整備を担当していた一人になる」
「………A.C.196年何者かにより殺害、か」
「死ぬ数日前までかなり羽振りが良かったようだな。どこからまとめた金を手に入れたものやら」
面白がるような口調に反し、その瞳は笑っていない。
「しかし整備技師がゼロを複製し、それを狙った者によって殺害されデータディスクを奪われる…単純すぎやしないか」
そのくらいだったらデュオだけでもとっくに調べがついていそうだ。
「当然だ。本題はここからだ」
画面が切り替わる。今度の男の顔はトロワにも見覚えがあった。
「…カーンズか」
「ゼロはその辺りの技師がそう簡単に複製できるものではない。それを指示した者がいるのは当然のことだ」
「…奴にとってゼクスはそう重要な存在でもなかっただろうしな」
替わりや、別の象徴があればそれでも良かったというのは当たり前のことだ。あの時点、あの船で彼しか扱えなかったそれを研究しようとしてもおかしなことなない。
モビルドールに、さらにゼロシステムを組み込む。当初はそういう予定だったのだろう。
「指示を受けた技師はデータディスクを手に入れた。だがそれを解析し改造するだけの能力をもつ者はあの場にはいなかった。戦闘は激化し、いつしかディスクは価値を失う。戦後の混乱の中技師はそれを持ち出した」
「………」
「いくつかの裏組織に売り込みをしていたという情報がある。金もその辺りから手に入れたんだろう。だが技師は、それがどういう価値をもつのか本当のところはわかっていなかった。そこを狙われた」
彼を殺したのは同じ戦場で闘ったはずの技師仲間だった。
そして、ディスクを奪っていった男もまた1週間と経たずして何者かに殺害されている。
「糸はここで途切れる。ここまでは大筋デュオも把握していたようだ」
「…それで?何を見つけた」
五飛の瞳の中に確信を見つけてトロワは言葉を繋いだ。
「宗教のようだ、とあいつは言っていた。そちらからあたりをつけた。未だに戦争を引きずった者など数え切れんが、システム信仰まで過激なものはそうはないだろう。特に、ゼロシステムの存在を知る者は極一部となってくる。ガンダムパイロットの素顔を知る者もな。OZの残党の一部と見て間違いない…トレーズの理論に賛成出来なかった者も一部にいた、主犯はその辺りだ」
「………」
「そこから先は調べようがなかったが、レディ・アンから当時の内部情報を得ることができた。これまでの条件を元に、ある程度絞り込めた。その先は単純な消去法だ、当てはまる者だけ残して更に絞込みをかけた結果がこれだ」
「規模は?」
「そう大きくはない。だが、確かに広がってきている。集まっているのは全て先の戦争で行き場をなくした人間達だ…相当な影響力を持ち出している」
画面には何人かの顔写真と個人データが映しこまれている。現在、全員行方不明と表示されていた。
「これは宗教ではない、裏組織だ。だがシステムのみせる【完璧な未来】を奴らは求めている。戦いの続く、自らの居場所を探さなくていい世界だ。同じ思いを抱えた者全てが集いつつある。世界のどこにも逃げ場はない」
そこで一旦手を止めて、五飛は振り返った。
「奴らに味方しているのはゼロだ。常人ならば狂うが、多少なら扱える者がいておかしくはない。今までそれを使ってデュオを追ってきたんだろう…戻るぞ、そろそろ気づかれてもおかしくはない。ヒイロだけでは不安だ」
「わかった」



そのシステムは、可能性を追求するため作られた。
そのシステムは、ただ可能性だけを求められた。
そこに操作者の安全は考慮されておらず、与えられた情報の中、ただひたすらに目的に適った未来だけを指し示す。
望めば、平和への筋道が。また、争いへの筋道が指し示される。
こころが不安に揺らげばシステムは忠実にそれを再現し増幅し最も高い可能性を持つ未来を操作者に見せつける。
常にただ一つを願い続けることのできる者以外、自らに負けない強い意志を持つ者以外けしてゼロに触れてはならないのだ。

だが、精神を張り詰め、1つのことに集中し、ただ目的のために戦うその時…長時間扱い続けた操作者にどんな反動が返るのかは誰も知らなかった。

全ては、そこから始まった。



back next