「まあ、単純な理由なんだけどさ、『ソロ』って言葉の意味わかる?」
ゆっくりとした動作で立ち上がると、ソファの手すりに寄りかかるようにしてデュオはヒイロと視線の高さを合わせた。
緩やかに交わる視線に、ヒイロが僅かに瞳を細める。
「一人、ということだろう。独奏、独唱、一人で演技する者」
「そう。一人で、やり遂げられる者。一人で立てる人間になって欲しいから、だからソロ」
「…単純だな」
「だからそう言っただろ」
つまらなげに言うヒイロが気に障ったのか、デュオが頬を膨らませる。
「でも、これしか浮かばなかったんだから仕方ないだろ。それに、理由はそれだけじゃないぜ。あと2つあるんだ」
「残りはなんだ」
「聞きたい?」
興味を示してみせたヒイロに幾分機嫌が上昇したのか、瞳にいたずらっこい光が浮かぶ。口元に指を当てながらデュオは面白気に笑った。
一瞬考えた後、ヒイロは軽く頷いてみせた。その反応に、デュオがおやという顔をする。
「珍しいな、てっきり『どうでもいい』とか言われるかと思った」
「別に話したくないなら構わないが」
「ん、そういうわけじゃないんだけどさ…まあいいや。あのさ、『ソロ』って聞いたとき、オレの名前となんか関係ありそうだなーとか思わなかった?」
「………」
「思っただろ?ソロって奴がね、元々いたわけだ。昔オレ名前なかったし、そいつがいたから今のオレがあるわけなんだけど…そいつの名前貰ったんだよ。オレが今まで生きてきた中で、一番オレに近かった奴。一緒に生きたいと思った奴」
過去を振り返っているのか、呟きながらふいに、物思うように視線が落ちる。
「今でも思う。オレとあいつはとても近かった。魂の双子とか言うけどさ、オレにとってのあいつはそういうものだったのかもしれない。…ソロを産んで、名前をつけなきゃって思ったとき、最初に浮かんだのはあいつの顔だった。オレは確かにソロの母親なんだろうけど、そういうのを越えて、ソロはオレにとってとても近いものなんだと思った。だとしたら、他につけられる名前なんてあるはずもなかったんだ」
「………」
「一人で生きていける強い心を持つ子。そして、オレに最も近しい存在…だから、この名前以外浮かばなかったんだよなぁ。ホントは他に色々候補があったんだけどさ」
瞳は僅かに伏せられたまま、苦笑をもらすようにして、噛み締めるようにしてデュオは囁いた。
特別深い感想を抱くわけでもなく、ただ伝えられた言葉のままに理解していきながら、ヒイロは語られないままの最後の1つがふいにとても気になった。
「最後のひと…」
「まあ、あいつの名前は単純だけど実はすっごく深い理由で名付けられてるわけだ。最後の決め手はフィーリングだけど、結局それが一番大事なことだと思うし」
言葉を敢えて遮られたことに気づき、ヒイロが口を噤んだ。
問いかけるような視線を向けた先で、デュオがお前の言いたいことはわかってると目で笑う。
「最後の1つはまだ内緒。それも、多分お前に言わせると『単純』の一言で片付けられそうな、でも深くて深くて大事な理由。…そうだな、宿題にでもしておこうか。よ〜く考えれば、もしかしたらわかるかもしれないぜ?」
楽しげで、けれどそれ以上の問いかけを拒む意志を覗かせて、デュオは一息に言い切った。その様子から、ヒイロは今はそれ以上の言葉は引き出せないだろうと判断を下す。
「…別に、そこまでする気はない」
「またまた〜。気になってるくせに」
にやりと笑ったデュオに、こういう時の表情は以前と変わらないなと思いつつヒイロは面倒そうに溜息を吐いて視線を逸らした。
ヒイロにしてはオーバーリアクションの、デュオに自分の心情を告げるために敢えてとられただろう行動にデュオがむぅとふくれる。
別に何か素敵な反応を、とか求めていたわけではないが、途中まで興味を示していたくせにとちょっとムカつきを覚える。
全くお前はそういう奴だよ、と主張するためにデュオも大仰な溜息を吐いてやった。
―――…。まあ、元気そうだしいっか。
元々、ヒイロの不安定な気配に誘われてここに来た。
こんな風に、人の話にのってくる位なら、本当に余計なおせっかいな心配で、本当に大丈夫だったのかもしれない。ヒイロの一人の時間を邪魔しただけなのかもしれない。
拒まれてはいないけど、呼ばれたわけでもなかった。
「………」
「………」
言える言葉が無くなってしまってデュオが黙ると、他に騒ぐ者がいないせいで夜の静寂が部屋に戻ってきた。
さっきまで気にならなかった風に揺れる葉のガサガサ鳴る音や、時計のカチカチという音がやけに大きく響きだす。
「………」
「………」
瞬間的に苦痛を感じた静寂も、そう経たずして穏やかなものへと変わった。
ソファに寄りかかった体勢のままのデュオは、敢えて逸らさない限り自然と合ってしまう視線をヒイロと絡ませながら、ただ耳に届く様々な音を聞いていた。
何を考えているのかその表情から読ませることをしないヒイロもまた、視線を逸らすことなくただ静かにデュオを見ている。
風の音、葉ずれの音、時計の音。そして、トクトク鳴る自分の心臓の音。二人分の微かな呼吸音。静かな空間は、限られたもので満ちていく。
逸らされない視線に、やがてデュオの中に、どうしよう、という言葉が木霊し出した。自分から逸らすことも出来ず、ヒイロが何を考えているのかもわからず、時間の経過と共にそれはなにか意味をもっているような錯覚を覚えさせる。
「……っ…」
どうしよう、と、何が「どうしよう」なのかもよくわからないままに、デュオはだんだん緊張してきて一瞬呼吸を乱した。
途端に崩れた静寂の空間に気付きデュオが瞳を歪ませる。困って、何かを言おうと口を開きかけたデュオに、ふいに手が伸ばされた。
「え?……ッ」
ソファの手すりに寄りかかった不安定な状態。
肩に手が当てられたと思った瞬間にはもう体は引き寄せられていて、腕に抱き込まれた体勢をデュオが意識したとき。
熱いものが、口唇に押し当てられた。
「…ん……っ」
首を固定され、拒むことも出来ず。
苦しくて瞳を開けたデュオは、そこに深い青の瞳を見た。



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