ふ、とヒイロは目を開けた。
夢の残滓がそこかしこに残っている。
「あれは…」
ぼんやりと、鬱陶しい前髪を掻き揚げながら今見た夢の内容を思い返すように呟く。
そう、あれは。
「中国の……」
デュオと、共に学校に通っていた頃だ。
「なんで今頃思い出すんだか」
ぼそりと言葉にした時、ふいに自分が喉が乾いていることに気付いた。
いつも見るあの夢のように汗をかいているわけではないが、やはり緊張状態にあったのだろうか。
諦めたようなため息を一つ吐き、立ち上がる。
ドアを開けて足を踏み出しても先程の夢に引き摺られるような、後ろ髪を引かれるような感覚が消えない。
ヒイロは不快な感覚に瞳を細めつつ、キッチンへと向かった。
冷蔵庫からペットボトルを取り出し、キャップを外して一気に半分ほどまで煽る。
ようやく人心地ついたような感覚にほっと息を吐き、リビングまで戻るとソファへと腰を下ろした。
持ったままだったボトルを手近なテーブルにのせてしまうと、全身から力を抜くように背もたれに寄りかかる。
自然わずかに仰向くような視線の先に、月が見える。
ヒイロはぼんやりとその輪郭をなぞる様に視線を向けた。目が冴えて、今夜はもう眠れそうもない。
「………夢」
ぽつりと呟く。
考えなくてはならないことは多いはずだが、今頭に浮かぶのはその事しかなかった。
己に問いかけるように、自らの心の奥底を探っていく。
「………潜在意識、願望。未来への警告」
夢の存在意義。
「なにか、意味があるのか?」
あの夢にも。
今日の夢にも。
ただの夢と言うには、リアリティがありすぎる。そして脈絡がなさ過ぎる。
どんな状況であれ、その夢を見るからにはタイミングというものがある筈だ。例えれば不安なら恐ろしい夢を見るが、安定した状態ではそんな夢は呼ばないということ。
つまり、あの夢たちはヒイロ自身が呼び込んでいるのだ。
「………」
何度も見る、あの夢は。
「一番の可能性としては…願望、か。だが毎回同じ状況、同じ構成の夢を見るものか?」
これについては何度も。それこそ本当に何度も考えてきたのだ。
それでも、答えが出なかった。
そして正夢のごとくデュオが女性であったことがさらなる混乱を呼んだわけだが…でもこれは。
「予知の類とも言えるな」
だが、それが現実になった後の方が頻繁に見るのはどういうことだろう?
そもそもとしてヒイロにそんな能力はない。
本能的に危機を察知した…というほど危険なこととも思えない。
そして、今日見た夢。
「過去をそのままなぞる夢…だったな」
あれは、ヒイロが体験してきた過去の風景。
言葉を発しているヒイロ・ユイは自分であって自分ではなかった。感覚的に、半分は空気に溶け込んでいるかのようなあやふやな感じだった。
だが、確かに現実にあった光景。
この耳で聞いた言葉の数々。
「―――鍵はデュオだ」
二つの夢を繋ぐ共通点。
そして何故だろう、確信をもって言える。デュオが、全てを握っていると。
この感覚は再会したあの時からずっと付き纏っている。
自分の中にヒイロ自身掴みきれない部分があり、そこの扉を護っているのはデュオだった。立ちふさがるように、そこに踏み込ませないその存在。
「堂々巡りだな」
はあ、と溜め息が洩れた。
結局は何の解決にもならない。同じ問答を自分の中で繰り広げただけだ。
全く同じ…………いや。
「一つ、違うな」
新たな夢を見た。
ただひたすら繰り返すように、ヒイロに知らしめるように見続けてきた夢を押し退けるように現れた別の夢。
そこに、何かがあるのだろうか。
昨夜自分は寝付くまで何を考えていただろう。
昼間の出来事を考えていたはずだ。制御の出来なかった自分の行動、不可解な苛立ち。真実の究明、現状の打開策。
夢というものが、本当に何らかの意味を持つものならば。己の心を反映するというのならば。
そこに、何かがあるはずだ。
どうせ行き詰まった状態だ。今更他のことを考えていても大した違いはあるまい……そこでなにかを見つけられたら僥倖。なにもなくとも、今と変わらないだけ。
「中国、か…」
そう。デュオ・マックスウェルという人物と自分との本当の意味での関わり始め。
当初の印象は『最悪』だった。
いつからだったろうか。その存在を受け入れたのは。
いつからだったろうか。認めることが出来たのは。
「南JAP…中国…c-102…月面…、ピースミリオン」
関わりあった場所を上げていく。
いつからだったろう。
敵だと認めたデュオを信じたのは。
その言葉を、受け入れたのは。
もしも、己が内に答えを見出せるのなら。
全ての混乱から脱出するための糸口を求めて、ヒイロはそっと目を閉じた。
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