「始めは、いつもと同じような類の奴らかと思ったんだ」
とりあえずは全員が席につき、話を聞く体制を整えると、デュオがゆっくりと口を開いた。
赤ん坊は、今はとりあえずサリィが腕に抱いている。
「そいつらが妙な動きをしてるのに気がついたのは本当につい最近。実際、ああまたか、って思った。またどこかからオレが戦時中何をやってたのか調べ上げて、オレを狙ってるのかって思ったんだ」
実際、組織と呼べるほどの相手でもなかったので。
「でも、違った」
デュオが、全員の顔を一通り見回す。
「奴らは普通じゃなかった。奴らは……ゼロシステムを握ってるんだ」
「……ゼロシステム?」
「そう。お前の、ウイングゼロのじゃない。エピオンのゼロシステムを持ってたんだ」
訝しげな声を上げたヒイロへ答えるように視線が合わされる。
まっすぐ向けられた何気ないその仕種に、ヒイロの体に緊張がはしる。けれどそれには気付かず、デュオは憂鬱気に言葉を続けた。
「もちろん、ミリアルド・ピースクラフトが渡したわけじゃない。あいつはそんな事はきっと知らなかった。ピースミリオンでヒイロがサンドロックにゼロのコピーを入れたことがあっただろ?あれと同じ。奴らのは、エピオンのゼロシステムのコピーなんだ。多分、リーブラの中にあいつらの一人がいたんだと思う」
そこでデュオは、悩むように目を閉じた。
「でも、本当に怖いのはあのシステムを持ってるとか、そんなことじゃない。組織や不穏分子はつぶせばすむ。だけど……あいつらのは、信仰、みたいなもんなんだ。ゼロシステムに対する信仰。絶対のものだという憧れ。そういったもので結ばれた絆」
「信仰…」
「そう。他者の干渉を受けない、けして滅ぼすことの出来ないもの。どこまで広がっているのかもわからず、そしていつ、誰が命をかけてくるのかわからないもの」
「………」
デュオを保護したと言っていたが、詳しい説明は受けていなかったらしいカトルが思案気に口をつぐんだ。
他の面々も、声に出すことはしないが不快そうに眉を寄せている。
「信仰には、象徴が必要だ。それは機械の形を取っていた。でもそれじゃ不完全だ。では、どうするか?答えは、システムを現実として具現化する存在があればいい。……ゼロシステムを生んだのはガンダムを作ったプロフェッサーたち、そしてそれはガンダムに使われるはずだったもの。そうしてそれはガンダムのパイロットの一人によって甦り、同じ一人によって使われた。エピオンもウイングゼロもガンダムだ。あのシステムには、絶えず『ガンダム』の一言が付き纏う。………ならば、システムを現実のものとするものもまたガンダムに拘るものだ」
そこまでを一息にしゃべると、デュオは閉じていた瞳を開いた。
何か思い出すことがあるのか不快気な様子を隠しもしない。
「では、ガンダムのパイロットはどうだろう?あいつらは、オレたち全員がゼロに乗ったことは多分知らない。だけど、少なくとも一人が乗っていたことは知っている。そうして、オレたちの戦いは終戦を招いた。ゼロシステムは、戦う為のシステム。だから、戦いを終わらせることによってオレたちはゼロを否定したことになるんだ。だから、奴らはオレたちを認めない。オレたちを敵とみなすことはあっても、オレたちを象徴にしたいなんて思っていない」
「だったら、何故お前が狙われた?」
沈黙をまもっていたトロワが、口を挟んだ。
デュオの話は、相手の考えは説明しているが狙われる理由には全くかかっていない。まだ前振り段階としか思えず、結論が見えてこないのだ。
しかも、彼らが狙ったのはデュオのみだ。他の4人は、何も影響を受けていないのだから。
「うん、だから…つまり、オレたち5人はダメなわけだろ?」
「今、お前がそう言ったな」
「でも、ガンダムに拘る以上オレたちにも拘る何かなワケだ」
「ああ」
「いるだろ、たった一人だけ。ガンダムのパイロットに最も近しく、戦争には全く拘っておらず。先天的に、ゼロシステムを扱えるかもしれない、可能性を持った存在」
「まさか…」
ちらり、と横に流したデュオの視線を無意識に追ったトロワは、僅かに眉を上げた。
「そう。奴らの狙いはオレの子」
こいつにあのシステムを扱わせたいんだ。
呟くデュオは、心底困ったように苦い笑みを口許にはいた。
「オレはさ、自分の身は自分で守れるよ?でも、こいつは違うんだ。まだオレが守ってあげなきゃいけない、誰かに奪われるなんて許せない。でも、体力のない小さな子供をあんまり連れまわすことも出来ない…だから、カトルに連絡したんだ。お前らと一緒なら、きっと、こいつ一人位なら守ってやれるんじゃないかって」
話すべきことを全部話し、デュオは仲間の言葉を待った。これは、終わるかどうかもわからない戦いだ。やっかいなことに巻き込む自覚があるから、選択は彼ら自身にまかせる。
逃げることは限界で、戦うことも出来なかった。
あと出来ることは助けを求めることだけ。
そうして浮かぶのは……ここにいる、誰よりも信じられる仲間たちの顔。
だから来た。ここまで。
きっと、裏切られないと知っていて。
「……少なくとも、僕はデュオに協力します。こんなに幼い子を狙うなんてあんまりです。…ゼロは、多分存在してはいけないモノなんです。心を殺さなくてはならない戦いなんて、もう起こしてはいけないのに……」
口を開いたのはカトルだけだった。
恐る恐る全員の顔を見回したデュオは、そこに浮かぶ表情を見て、安堵したようにゆっくりと笑みを浮かべて言った。
「ありがとう」
「……一つ、確認したいことがある」
皆の視線がすやすやと心地よさそうに眠る赤ん坊に集中した時、ぼそりと五飛が呟いた。
「うん、何?」
「―――――――誰の子だ」
「……は?」
「だから、この子供は誰の子だと聞いている」
「だからオレの子だってば」
「違うッ、父親は誰だと聞いているんだ!!」
先程の話に耳を傾けながらも、実は気になっていたらしい。視線が件の子供に集まったので、とりあえず確認すべきだと判断したのだろう。
「そんなの聞きたいわけ?」
「ああ」
「ふーん?父親はねぇ…東洋系なんだ」
「見ればわかる」
もったいぶったように告げるデュオに、五飛は即答した。
飽きもせず寝ている子供の瞳は、明るく澄んだ青色をしていた。デュオと全く同じその色彩は、珍しい色合いな分その血の繋がりを確信させるに足る。
けれどその他の部分はあまりデュオとは似ていないのだ。恐らく、父親となった人物から譲り受けたのだろう。
髪は、少し固めの黒髪。
顔立ちは整っていて、意志の強そうな目元をしている。デュオ似ではない以上、父親は多分東洋人系。
先程から見慣れない人間に囲まれているにも拘らず、全く動揺していなかったようだから案外胆が据わっているのかもしれない。それどころか自分の事について話していることに気がついているような気配だった。恐ろしく知能が高いかもしれない…あくまで予想の域を出ないが。
そうして、多分無口。少なくとも彼らは今のところ、一度もその子の声というものを聞いたことがなかった。
本当に1歳児か?というお子様である。
ある意味、確かに狙われる要素は持っているのかもしれない。
「身篭ったのはピースミリオンかな。あの戦争がちょうど終わった頃。だから、実はクルーの中にいたりして」
「だから、それはこいつの成長具合を見ればわかっている。誰だ、と聞いてるんだ」
そろそろいらいらしてきた五飛がデュオを睨み付けた。
「んーとね、お前らも知ってる奴だよ」
「……いいかげんごまかすのは止せ。子供の処遇について、片親が感知せずというのはよくないだろう。そいつも連れてこなくてはならん」
「……結構真面目な理由で知りたがってたんだ」
「面白半分で行動する自分と一緒にするなっ!!」
「はいはい、わかったよ。父親の名前はね……」
「……」
「張五飛って言うんだ」
「…………………………五飛、なの?」
「違うっ!!断じて違うーーーーーーーーーーーーー!!!!」
一瞬の沈黙のあと、黙って話を聞いていた回りから視線が集中して五飛はパニックに陥った。
冗談でもタチが悪い。どうやらカトルなどは本気で信じたらしく非難の視線を送っている。
「……五飛、責任逃れは良くないと思うよ」
「違うと言ってるだろうがッ」
「うん、そう。冗談」
あっさりとデュオが撤回し、恨めしげに睨む五飛ににーっこりと笑った。
「だってさー、プライバシーの問題だろ、これはサスガに。今回の問題に直接父親は関係ないわけだし。お前の今の質問は、オレに『いつ、誰とSEXしたんだ?』って言ってるようなもんなんだぜ?」
「………っ」
だから絶対に答えない、と暗に匂わせてデュオは微笑む。
「でも、まあ五飛の言う事も一理あるから言っておくとさ、そいつとのはまあ、一時の気の迷いってヤツなんだよな。だから、多分そいつにとっては大した意味もなかったんだと思う。実際、オレも妊娠したって気がついたのはだいぶ後だし……だから、本当にそいつには関係ないわけだ。だから知らせる必要もない。以上、終わりっ」
指を突き付けて言い切ると、デュオはまだ何か言いたいことがあるのかと全員を見た。
五飛がもういい、とゆっくりと首を振った。
デュオがちょっと不機嫌そうなのは気のせいではないだろう。触れられたくないらしい話題なのだから当然か。
「ちょっと待って、デュオ……その、相手は、この子の事知ってるの?」
「いやー、多分知らないと思うけど。産んだって教えてないし」
「デュオっ……?!」
驚いてイスから立ち上がったカトルに座るように促して、デュオは困ったように話した。
「オレがね、産みたかったから産んだんだ。だから、そいつには何の責任もないんだよ……それに、たとえ行きずりでも、遊ばれたんだとしても、オレはそれでも良かったから」
「デュオ………」
「自分で選んだことだから後悔しないし、誰にも文句は言わせない」
「……好きだったの?」
「……オレはね」
「今でも?」
「うん……多分、今でも」
お前にはわかんないかもね、と言ったデュオは困ったようで…それでいてどこか誇らしげだった。
自分で選んで、自分の力で生き抜いてきた自信がある。
そうして、選んだその行為も……後悔なんてないし、その結果に関しても恥じることなんてない。
「好きだから。産みたかったんだ、あいつの子。一度でも良かったんだ…そう思ったんだ、あの時」
一度瞳を閉じ、俯いたその顔を上げたとき、デュオの表情が変わる。
それは今まで一度も、誰も、見た事がなかった種類の表情で…多分、少女としてのデュオのものだったのだろう。
恋する少女はつよい、とよく言われる。けれど、デュオのそれはつよさというよりも儚い、という言葉を思わせた。
儚い…けれど芯のしっかりした崩れないつよさを備えた。
誰もが、一瞬息をのんだ。
「あいつの子だから、護りたい。護るんだ、絶対に」
誰にというわけでもなく呟いたその声は、まるで自分に言い聞かせるようだった。
まっすぐに澄んだ瞳はその場の誰も映さない。
それに気付き、その視線の先に誰かの存在を感じたとき、ヒイロは体が熱くなるのを感じた。
―――おかしい。
疚しさとか、照れくささとか。先程まで感じていたそういった、妙な夢を見てしまった事に対して沸いた罪悪感にも近しいものとは違うものが生まれ始めている。
自分の中に生まれ始めた衝動に危険なものを感じながら、けれどヒイロの視線はデュオから逸らされることはなかった。
縫いとめられたように捕らわれている。
誰かを映すその瞳。
「―――デュオ」
「なに?」
ふ、と表情が変わりいつもの顔になる。
何故呼んでしまったのかもわからずヒイロはうろたえた。
自分の行動がわからない……けれど、デュオは何かを自分で予想したのか、全く検討はずれの答えを返してきた。
「ああ、そっか。こいつの名前まだ言ってなかったんだっけ?ソロ、って言うんだ。ソロ・マックスウェル」
「……そうか」
デュオの勘違いに感謝しながら、その名を紹介されたばかりの子供へと視線を流す。
「…………」
――会って間もないこの子供に苛立ちを覚えるのは、何故なのだろうか?
答えは、まだ闇の中。
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