ひみつのジャム(後編)
次の日、俺たちは2つの方法でジャムの正体を暴くことにした。
1つは佐祐理さんへの鑑定の依頼。相当の種類があるらしいから似たようなジャムがあるかもしれない。
もう1つは香里の申し出があった。
「あたしちょっとアテがあるから少し分けてくれるかしら?」
「アテってなんだ」
「秘密」
ぐあっ。
「悪いようにはしないわ」
「わかった。好きなようにしてくれ」
俺は昼飯の時にサンプルを佐祐理さんに渡すことにした。
昼休み。俺は例によって屋上の踊り場に向かう。
「佐祐理さん!これなんですけど」
「あっ、それが言ってたジャムですね」
佐祐理さんにサンプルを渡す。
「ええと、一見マーマレード系ですね」
「ええ、でも甘くないんです。それでいてめちゃくちゃ不思議な味なんです」
「うーん、そんなジャムあったかしら・・・あっ!」
「なにかわかったんですか!」
「ええ、ちょっと・・・ね」
佐祐理さんの顔がこころなしか青ざめていた。初めて見る表情だった。
「1週間ほど借りていいでしょうか?」
「ええ、よろしくお願いします」
どうやら何か分かったらしい。俺は佐祐理さんに結論を託した。
1週間後。
そろそろ正体がわかってもいいころだ。
「香里、なんかわかったか」
「ええ、昼休みに倉田先輩と一緒に話すわ」
そう、昼休みに佐祐理さんと香里には結果を言ってもらうことになっている。
「祐一、なんだかどきどきするね」
「俺はすげー不安だ」
休み時間、俺たちのグループはアレの話で持ちきりだ。
そして昼休み。
俺たちは速攻で屋上の踊り場へダッシュしていた。
「あ、祐一さん、香里さん、名雪さん。こんにちはーっ」
「今日は大勢で来ちゃったけどいいかな?」
「あははーっ、大歓迎ですよ」
こんなときでも佐祐理さんは全然動じない。秋子さんに通ずるものがあるような気もする。
「じゃあ、お二人さん、結果を教えてもらいましょうか」
「二人一緒に言いましょう」「わかりました」
「じゃあ、せーのっ」
『メープルシロップ!!』
「はえ〜・・・」「ウソ・・・」
「どういうことなんだ。1人ずつ説明してくれ」
「じゃあ佐祐理からいきますね。サンプルがオレンジ色だったから最初はマーマレード系だと思ったんですけど・・・」
「うんうん」
「昔食べたすごいのに色が似てるなと思ったの。それで家にあるのと見比べるとこれしかなかったんです」
「どんなやつだったんだ?」
「とてつもなくおそろしい味なんです。お母様秘蔵の」
「・・・どこの家にもあるもんだな・・・。じゃあ香里は?」
「実は知り合いに科捜研の人がいてちょっと調べてもらったの」
「うんうん・・・って科捜研だって!お前は一体なんなんだっ!」
「秘密よ」「ぐあっ。・・・で、どうだったんだ?」
「倉田先輩と一緒。ただ・・・」
「ただ?」
「普通、メープルシロップは楓の樹の樹液からとるわけ」
「うんうん」
「でも、アレだと樹が大きすぎて甘いのはとれにくいの」
「樹が大きい?」
「甘さを出すには煮詰めたりするんだけど、アレはオリジナルのまんまだったみたいよ」
「ふーん、分かった。名雪っ」
「どうしたの、祐一?」
「この街にでっかい楓の樹はなかったか?」
「うーん、そんな樹ないよ」
「そうか・・・」
「じゃあ学校終わったらあゆにも聞いてみるか」
「そうだねっ」
「お二人さん、ありがとう」
「あと一息ですね」「もうひと押しね」
「そうだな」
◆
「祐一君っ!」
声がすぐ真後ろから聞こえたので真横に避けてやった。
「あっ・・・」
ずしゃっ!
目の前にはあゆが転がっていた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃないもん!」
「で、何があったんだ」
「祐一君、何もなかったように聞かないでっ」
「冗談だ。そうだ、アレの正体がわかったぞ。」
「えっ!そうなんだ・・・」
「どうした?気にならないのか」
「ううん、そうじゃないの。で、なんだったの?」
「正確にはジャムじゃない。メープルシロップだ。しかもでっかい樹の」
「大きな樹・・・・・・」
「あゆ?」
「ボク、学校に行く」
「待てよ、どうしたんだ?」
「さよならっ」
「あゆっ!」
俺にはさっぱり訳がわからなかった。
「ただいま・・・」
重苦しい気持ちで家に戻る。
「おかえりなさい・・・祐一さん、どうかしました?」
「ええ・・・秋子さん、あとで聞きたいことがあるんですけど」
「いいわよ」
俺はいったん着替えてからふたたび居間に向かう。
「秋子さん、あのジャム・・・じゃなくてメープルシロップのことなんですけど」
「・・・とうとう知られてしまったのね。」
「話してもらえますか」
「少しだけなら」
「はい」
「実は7年前に大木が切られたの。シロップはその樹からとったの」
「7年前・・・・・・」
「そう。7年前」
「わかりました」
俺はますます訳がわからなくなっていた。
◆
その日の夜。夢を見ていた。
おさないころのできごと。
俺は女の子と一緒に遊びに来ていた。
初めてのプレゼントを持って。
でっかい樹があった。
俺は高いところが苦手だったから登れなかった。
女の子は木登りが得意だ。
高いところからみる街が大好きだった。
樹のうえから気持ちよさそうな顔が見える。
突然、一迅の疾風。
女の子は、俺の目の前で、スローモーションのように、地面に叩きつけられた。
「あゆっ!!」
「・・・ゆういち・・くん」
「しゃべるな、すぐに病院に連れてってやるから!」
「あはは・・・おちちゃったよ」
白い絨毯がやがて赤に染まっていく。
「・・・ボク、どうなるのかな」
「・・・・・・」
「からだ、うごかないよ・・・」
「・・・・・・」
「指切りもできないね・・・」
「これで指切りだ」
「約束、だよ」
「これで一緒に指切れば約束成立だ」
「・・・・・・」
「あゆ?」
「・・・・・・」
「あゆっ!?」
◆
がばっ・・・・
いきなり目覚めた。
7年前の記憶。
謎の半分は解けた。
でも肝心の部分が抜け落ちていた。
どうして秋子さんはメープルシロップをつくったのか。
でも、まともに聞いたところでおそらく謎のままだろう。
ここは時が経つのを待つしかないだろう。
問題はあゆだ。
彼女はもう現れないかもしれない。
でも、あそこで待つしかない。
俺はベッドから抜け出すとあの樹のある場所へ向かっていた。
一心不乱に走り続けた。
見覚えのある景色をたよりに探した。
いったいどれだけ走り続けただろう。
「間に合ってくれ・・・・・・」
思わずつぶやいていた。
そして、ようやく見つけた。
切り株になってしまったとても大きな樹。
俺は切り株のたもとに座ってあゆが現れるのを待った。
1時間、2時間、一向に現れる気配がなかった。
でもここで待たなければ一生会えない気がしていた。
時間だけが刻々と経過する。
北国の冬は陽が落ちるのが早い。
午後4時。太陽が傾き、早くも夕焼けの訪れ。
俺はようやく1人の人影を見つけた。
「ゆういち・・・くん・・・?」
「あゆ・・・・・・待ったぞ」
「うん・・・ごめんね」
「どこ行ってたんだ?」
「・・・・・・ちょっと・・・ね・・・」
「そうか・・・」
俺は少しほっとした。しかしそれはつかの間の出来事だった。
「祐一君、ボク、もう会えないと思う」
「・・・・・・どうしてもか?」
「うん・・・・・・」
「探し物が見つかったのか?」
「うん・・・あったよ・・・」
「・・・・・・わかった」
「じゃあ、お別れだよ・・・・・・バイバイ・・・祐一君・・・」
「さよなら、あゆ・・・・・・」
それからあゆの姿を見ることは二度となかった。
◆
3月。ようやく雪解けの季節がやってきた。
とはいえ、北国ではまだまだコートが必要な季節。
でも確実に春の訪れが感じられる。
今日は「秋子さんのジャム被害者の会」のパーティをウチでやることになっている。
秋子さんには会の名前は内緒にしてあるが。
当然あのジャムも出てくるようだ。
実はこれは佐祐理さんの提案だったのだが、佐祐理さんは何か隠してるようだった。
「祐一、おはよう」
「今日は自分で起きれたな、名雪」
「もう3月だよ・・・・・・くー・・・・・・」
ボカッ。
「祐一、いたい〜」
「立ったままね寝るなっ」
「祐一さん、名雪、おはよう」
「おはようございます、秋子さん」「おはようございます〜」
いつも通りの朝の光景だ。
「今日のパーティは2時からですね?」
「ええ、無理言ってすいません」
「いいのよ、わたしは大歓迎よ」
「佐祐理先輩の話、楽しみだね」
「そうだな、何か隠してるみたいだったからな」
「どうしたの?」
「い、いえ、別に何も」
「そう」
さすがは秋子さん、何か違うことをもう空気で感じてるのか。
午後1時。香里と佐祐理さんが一緒にやって来た。
「ようこそ、水瀬家へ」
「こちらこそ、秋子さん」「初めましてーっ」
「ようこそ、香里さん。初めまして、倉田さん、だったわね。話は祐一さんと名雪から聞いていますよ」
「ありがとうございますーっ。じゃあ早速準備をしましょう!」
「わかったわ」
秋子さん、名雪、香里、そして佐祐理さんがキッチンに立つ。これだけそろうと壮観だ。
「俺も何か手伝いたいんだけど」
「ええ、もう十分よ。テーブルの準備はもうやってもらったから」
「わかりました」
俺はしばらくリビングで待つことにした。
・・・冷静になって考えると今ハーレム状態なんだよな・・・
とくだらないことを思いながら待つこと1時間。
「祐一、準備できたよっ」「わかった」
いよいよ謎?のパーティの始まりだ。
が、俺はテーブルを見るなり固まってしまった。
テーブルの真ん中には「あの」ジャム改めメープルシロップが鎮座している。
秋子さんと佐祐理さんはすごくうれしそうだった。
「どういうことなんですか、これは、ってアレ?」
色が明らかに違う。黄色い感じだったのがコーラのような色に変色していた。
「味見をどうぞ」
秋子さんからスプーンを渡された。俺はおそるおそるアレをすくった。
そして食う。
「うっ・・・・・・うまいっ!」
「やったー」「やったわね」「やりましたー」
「な、なんで・・・佐祐理さんが隠してたのはこれのことだったのか」
「当たりですーっ。実はあゆちゃんがいなくなった時から色が変わりはじめたんですよ」
「なんだって!?」
「佐祐理もおかしいなとおもったんですけど、色が変わったときに味見したらすごくおいしくなってたんですよ」
「倉田さんがこっそり話してくれて、うちのももしかしたら、と思ってみたらこうだったの」
「・・・・・・そうか・・・そうだったのか・・・・・・」
俺の目から涙がこぼれてきた。とめどなく。
「・・・たまには、泣いていいよな」
「うん・・・」「ええ」「・・・・・・」「はい・・・」
ほんの少ししかたっていないのにものすごく長い時間のように思えた。
「よしっ、みんなごめん。じゃあ、あらためて始めようか?」
「うんっ」「ええ」「仕切り直しね」「始めましょう!」
メープルシロップの味は、甘く、あまりにもせつない味だった。
〜END〜
あとがき
ようやく後編完成しました。ああ、つらかった(笑)
まず、佐祐理さんの「理」の字が前編で「里」になってました。お詫びして訂正しますm(__)m
結局シリアスルートにあゆバッドエンドをミックスしたような感じにしてみました。
ちょっと駆け足になってしまったのでかなり描写不足ですね(^_^;)
あと、佐祐理さんには舞が不可欠なんですがあまりにむずかしい挑戦だったのであえてはずしました(^_^;;;)
さて、次回はいつになることやら(爆)
1999/08/24