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1852年から1858年に発行されたトゥルン・ウント・タクシスの切手

北ドイツ地区
1Thaler(ターラー) = 30Silbergroschen(銀グロッシェン) = 3Mark
南ドイツ地区
1Gulden(グルデン) = 60Kreuzer(クロイツェル) = 1.71Mark

2Silbergroschen = 7Kreuzer, 4Thaler = 7Gulden

[概説]

 トゥルン・ウント・タクシスは、貴族の称号を持ち、15世紀から19世紀にかけて郵便事業で財をなした一族です。1748年にレーゲンスブルクに居住を構え、古くからの王族との結びつきから諸国の郵便を独占的に扱っていましたが、1806年の神聖ローマ帝国解体後は、フランクフルトに拠点を持つ私的な一郵便事業者になってしまいました。それでも、歴史ある事業者としての力は残っており、ドイツ=オーストリー郵便条約に対して、1850年8月2日にプロイセンと、1851年4月13日にオーストリーと締結しています。
 そのトゥルン・ウント・タクシスにとって、切手発行の歴史は、自分たちの長きにわたる郵便事業の最後の15年間しかなく、1489年にマクシミリアン1世から郵便の取り扱いを許可されて以来約400年間の歴史の中では20分の1にも及びません。古くからヨーロッパの郵便を取り扱ってきたという自負があるゆえか、郵税支払い済みの証紙をあらかじめ貼った郵便物を取り扱うという画期的なシステムは考えも付かず、周辺の大国が取り入れなければ追随しなかったはずです。国家規模の郵便事業で切手が取り入れられる現実を前に、私的な郵便事業者は世の流れに逆らえなかったのでしょうか。
 1866年のプロイセン・オーストリー戦争(普墺戦争)でオーストリー側についたフランクフルトは、敗戦によって戦勝国のプロイセンに占有され、トゥルン・ウント・タクシスは1867年1月28日(水)にプロイセンに対して、郵便事業の譲渡の契約を結びました。これにより、プロイセンが補償金として300万ターラーを支払うことで、7月1日(水)からトゥルン・ウント・タクシスの郵便事業はプロイセンに引き継がれました。
 なお、郵便事業から撤退したその後のトゥルン・ウント・タクシス家は、現在も続いていて、1983年にレーゲンスブルクで生まれたアルベルト2世が第12代当主となっています。(彼は2008年、フォーブスが選ぶ世界の長者番付に、524番目の億万長者、かつ、三番目に若い億万長者として登場しています。)

[郵便取り扱い地域]

 トゥルン・ウント・タクシスがドイツで郵便を扱っていた地域は、以下の通りです。これらの地域で切手が発行されました。

・北ドイツ地区(ターラー通貨)
 ヘッセン=カッセル (ヘッセン公国のマイン側以北の領地)
 ザクセン=ワイマール=アイゼナハ大公国
 ザクセン=コーブルク=ゴータ公国のゴータ地区
 シュヴァルツブルク=ゾンデルスハウゼン侯国
 ロイス侯国(兄系)
 ロイス侯国(弟系)
 自由ハンザ都市ハンブルク
 自由ハンザ都市ブレーメン
 自由ハンザ都市リューベック
 リッペ=デトモルト侯国
 シャウムブルク=リッペ侯国
 ザクセン=マイニンゲン公国の一部

・南ドイツ地区(グルデン通貨)
 ヘッセン=ダルムシュタット (ヘッセン公国のマイン側以南の領地)
 ナッサウ公国
 ヘッセン=ホンブルク方伯領
 フランクフルト市
 ザクセン=マイニンゲン公国
 ザクセン=コーブルク=ゴータ公国のコーブルク地区
 シュヴァルツブルク=ルードルシュタット侯国
 ホーエンツォレルン=ヘッヒンゲン侯国
 ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯国

[郵便取り扱い量の例]

 トゥルン・ウント・タクシスがドイツでどの程度の郵便量を扱っていたかを、1864年の例で示します。

地域の住民数 320万人
調査対象郵便局数 305局 (1万人に1局の割合)
郵税支払い済み書状 1010万5537通
郵税未納書状 539万5215通
書留書状 40万8707通
印刷物(帯封含む) 227万7444通

 

1852.1.1 (土曜 Sonnabend, Saturday)

1.数字図案シリーズ 着色紙 無目打ち

 トゥルン・ウント・タクシスで発行された切手は、最初から最後まで一貫して数字図案でした。偶然の一致かは分かりませんが、1851年までにドイツで数字図案の切手を発行したバイエルン(1849年)、ザクセン(1850年)、バーデン(1851年)、ヴュルテンベルク(1851年)は、どれも正方形に近い四角形の形をしており、トゥルン・ウント・タクシスもそれに見習うかのように正方形に近い四角形になっていて、最後まで変わることはありませんでした。
 切手を印刷したのはフランクフルトのナウマン印刷所です。記録によれば、一番最初に印刷を開始したのは1851年12月12日(日)の朝7時で、予定していた分の印刷は翌年1月5日に完了し、糊引きは1月15日までにすべて完了しました。糊引きが完了したものから順に郵便局へ配給され、最初に郵便局に届いた日付は12月28日でした。ただし、この同じ日にすべての局へ行き渡ったか否かは不明です。ちなみに、このナウマン印刷所は、1851年にバーデン大公国の切手の印刷を担当しており、実績は十分ありました。
 最初のシリーズは、額面ごとに異なる着色紙が使われ、10×15の150面シートで印刷されました。用紙に切手を無理に詰め込んだため、切手同士の間が0.25ミリ〜1ミリと狭く、印面に食い込まないようにハサミで切り取ることは至難の業で、たいていの使用済みは印面の1辺ないし2辺が切り取られているような状態です。

1.1 Silbergroschen単位シリーズ

 ターラー通貨を使用していた地域で発行されたシリーズです。四角い枠の中に大きく数字を配置したレイアウトになっています。以下の料金は、トゥルン・ウント・タクシスが郵便を取り扱っている地域内宛の書状を単に「書状」、それ以外は「ドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の書状」と区別していますので注意してください。

1/2Silbergroschen
配達距離が3マイル(=22.26キロメートル)までの書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(4ロートまでで、4ロート超える場合は別体系)
重量1ロート(=16.67グラム)までのドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の印刷物

発行枚数:335万2350枚
1Silbergroschen
配達距離が3マイル(=22.26キロメートル)を超え15マイル(=111.3キロメートル)までの書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(4ロートまでで、4ロート超える場合は別体系)
配達距離が10マイル(=74.2キロメートル)までのドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(最大4ロート)

発行枚数:100万3750枚
2Silbergroschen
配達距離が15マイル(=111.3キロメートル)を超え30マイル(=222.6キロメートル)までの書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(4ロートまでで、4ロート超える場合は別体系)
配達距離が10マイル(=74.2キロメートル)を超え20マイル(=148.4キロメートル)までのドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(最大4ロート)

発行枚数:200万6450枚
3Silbergroschen
配達距離が30マイル(=222.6キロメートル)を超える書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(4ロートまでで、4ロート超える場合は別体系)
配達距離が20マイル(=148.4キロメートル)を超えるドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(最大4ロート)

発行枚数:320万5050枚

・有効期限は、1867年6月30日です。

1.2 Kreuzer単位シリーズ

 グルデン通貨を使用していた地域で発行されたシリーズです。ターラー通貨を使用していた地域の切手と区別するため、丸い枠の中に大きく数字を配置したレイアウトになっています。
 上のSilbergroschen単位シリーズと比較すると、上から色の順番が同じなので、「色の同じ切手の額面の換算比率が実際の通貨の換算比率と同じ」であるかのように錯覚してしまいますが、この「色と通貨の換算比率はまったく無関係」です。実は、ドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の印刷物や書状の料金として同じものが同じ色になっています。
 では、トゥルン・ウント・タクシスが郵便を取り扱っている地域内宛の郵便料金が、ターラー通貨単位の地域とグルデン通貨単位の地域でどういう関係になっていたかというと、以下のようになります。左右を見比べていただくと分かりますが、多少の切り上げや切り捨てはあるものの、通貨の換算率にほぼ合っていたことが分かります。そして、黄色の部分が、実際の通貨の換算比率と一致している部分です。こうしてみると、Kreuzer単位シリーズの切手を貼った地域内宛の料金は、1Kreuzer切手以外該当する額面がない、すなわち、地域内宛の書状にはKreuzer単位シリーズの切手の単貼りが存在しないことが分かります。言い換えると、ドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の印刷物や書状ではKreuzer単位シリーズの切手の単貼りが存在するが、地域内宛の印刷物や書状には、1Kreuzer切手を除いて、単貼りが存在しない、ということになります。

 配達距離が3マイルまでの市内用書状
   → 1/4Silbergroschen、 1Kreuzer (切り上げ)
 配達距離が3マイルまでの書状で重量1ロートごとの料金
   → 1/2Silbergroschen、 2Kreuzer (切り上げ)
 配達距離が3マイルを超え15マイルまでの書状で重量1ロートごとの料金
   → 1Silbergroschen、 4Kreuzer (切り上げ)
 配達距離が15マイルを超え30マイルまでの書状で重量1ロートごとの料金
   →
2Silbergroschen、 7Kreuzer (一致)
 配達距離が30マイルを超える書状で重量1ロートごとの料金
   → 3Silbergroschen、 10Kreuzer (切り捨て)

1Kreuzer
配達距離が3マイル(=22.26キロメートル)までの市内用書状、
重量1ロート(=16.67グラム)までのドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の印刷物

発行枚数:1011万3900枚
3Kreuzer
配達距離が10マイル(=74.2キロメートル)までのドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(最大4ロート)
発行枚数:200万7500枚
6Kreuzer
配達距離が10マイル(=74.2キロメートル)を超え20マイル(=148.4キロメートル)までのドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(最大4ロート)
発行枚数:351万500枚
9Kreuzer
配達距離が20マイル(=148.4キロメートル)を超えるドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(最大4ロート)
発行枚数:552万6550枚

・有効期限は、1867年6月30日です。

切手間の狭さと切れ込みについて

 実際の切手と切手の間がどのくらい狭いかを150%の拡大図で示します。下の拡大図では、下辺と右辺と右下角に隣接する切手の一部が見えます。およそ150%に拡大してこれくらいですから、切手をハサミできれいに切り取ることが、いかに至難の業であって、印面にハサミが切れ込まない方が不思議です。あまりの不便さに局員も閉口したからか、乱暴に切れ込んだ使用例が多数残されています。
 ところで、この切手の左辺と上辺は他と比べてかなりマージンがあります。これは、左と上に切手がない、すなわち、この切手がシートの左上コーナーに位置していることを示しています。
 このように、切手がシートのコーナーにあること、さらに、下辺と右辺と右下角に隣接する3枚分の切手の一部が見える例は、収集家の間で高く評価されます。中には、上、下、左、右、右上、右下、左上、左下にある合計8枚分の切手の一部が見える使用例(あたかも周りの切手を従えた強者のような使用例)があり、珍重されています。


1853.12.

2.数字図案シリーズ改色 着色紙 無目打ち

 1Silbergroschen切手と3Kreuzer切手に使っていた濃い青の着色紙は、色が濃すぎて消印が読めないため、薄い灰青に変えたものです。すでに発行されている1/2Silbergroschen切手と1Kreuzer切手によく似た色になっていますが、数字が大きいため判別は可能と判断したのでしょう。

2.1 Silbergroschen単位シリーズ

 ターラー通貨を使用していた地域で発行されたシリーズです。

1Silbergroschen
配達距離が3マイル(=22.26キロメートル)を超え15マイル(=111.3キロメートル)までの書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(4ロートまでで、4ロート超える場合は別体系)
配達距離が10マイル(=74.2キロメートル)までのドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(最大4ロート)

発行枚数:334万9500枚

・有効期限は、1867年6月30日です。

2.2 Kreuzer単位シリーズ

 グルデン通貨を使用していた地域で発行されたシリーズです。

3Kreuzer
配達距離が10マイル(=74.2キロメートル)までのドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の書状で重量1ロート(=16.67グラム)ごとの料金(最大4ロート)
発行枚数:516万5550枚

・有効期限は、1867年6月30日です。


1854.1.1 (火曜 Dienstag, Tuesday)

3.数字図案シリーズ追加 着色紙 無目打ち

 グルデン通貨を使用する地域で発行されていた市内用書状のための1Kreuzer切手に相当する1/4Silbergroschen切手が、ようやくターラー通貨を使用する地域で発行されました。逆に言うと、その地域ではそれまで、市内用書状は切手を使用しない従来のやり方で引き受けていたことになります。つまり、切手を発行していても、一部の料金体系ではスタンプレスカバーが存在していたわけです。

3.1 Silbergroschen単位シリーズ

 ターラー通貨を使用していた地域で発行されたシリーズです。

1/4Silbergroschen
配達距離が3マイル(=22.26キロメートル)までの市内用書状
発行枚数:183万9450枚

・有効期限は、1867年6月30日です。


1858.7.1 郵便料金改訂

1858.7.1 (土曜 Sonnabend, Saturday)

4.数字図案シリーズ追加 着色紙 無目打ち

 重量1ロート(=16.67グラム)までのドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の印刷物が1/2Silbergroschenから1/3Silbergroschenに値下げされたことに伴って発行されました。なお、グルデン通貨を使用する地域では、この料金は1Kreuzerに据え置かれたままで、新切手の発行はありませんでした。

4.1 Silbergroschen単位シリーズ

 ターラー通貨を使用していた地域で発行されたシリーズです。

1/3Silbergroschen
重量1ロート(=16.67グラム)までのドイツ=オーストリー郵便条約締結国宛の印刷物
発行枚数:175万9200枚

・有効期限は、1867年6月30日です。

以上の着色紙シリーズをまとめると、以下のようになります。

Silbergroschen単位シリーズ

Kreuzer単位シリーズ

トゥルン・ウント・タクシスの番号印について

 トゥルン・ウント・タクシスでは、1852年1月1日から原則として、切手の抹消用に4重丸の番号印が使われました。この番号印は、途中に欠番を含んで1番から424番まであって、1番から87番まで郵便局の局名のアルファベット順、88番から165番までAからまたアルファベット順、166番から220番までBからほぼアルファベット順、221番から251番までAからほぼアルファベット順、という具合に並んでいますが、以後はバラバラです。バイエルン王国のように再割り当てをすることはありませんでした。なお、欠番があるのは、1866年のプロイセン・オーストリー戦争の混乱で配給されなかった局があるためです。番号印は1種類ではなく、例えばフランクフルト局(220番)のように、1つの局で複数のタイプの番号印が存在しますが、専門的になるので省略します。

番号が1番のアプテローデ局の使用例

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