※ 今回、祐一は只の一般人です。電波入ってません (^_^;;
※虚実取り混ぜて書いてます。さぁ、何処までか虚構で何処までが事実でしょう(笑)。










 
 
『受け継がれゆくもの』









 
 
 
 
 
《Part I... - Beginning -》
 
 
 ふわあぁぁ〜〜〜っ。
 はふっ。
 何か盛大な欠伸が出てしまった。
 
 朝から何もすることがないので、ぼ〜っとリビングでテレビを見ていたのだが、平日の
朝っぱらでは、大して興味を惹く番組もやってない様だ。
 
 無事に高校を卒業して、何とか希望の大学も受かり、現在は高校生ではなく、大学生で
もない、中途半端な立場の俺。どうも腰が落ち着かないというか、妙に気分がふわふわし
ている今日この頃である。
 名雪でも誘って遊びに行こうにも、今日から二泊三日で高校時代の仲の良かった女の子
達と旅行に行ってしまった。おかげ様と、何もやることも無いのに朝っぱらから起されて
しまった訳だ。
『ちゃんとお見送りしてね』
 等と言われて、仕方なく、だが。
 目も覚めてしまって、今更寝直す気も失せてしまった。
 
 という訳で、ごろごろと、家庭の粗大ゴミと化している、今の俺…。
 何だか情けない。
 
 
 ふわああぁぁぁ〜〜〜〜〜っ。
 
 
(くすっ)
 
 ふと笑い声が聞こえたような気がして、振り返る。
 
「退屈そうね、祐一さん」
 
 そこには、笑みを湛えた秋子さんが立っていた。
 
「あれ、秋子さん、今日はお仕事は?」
 
 何となく気恥ずかしくなってしまって、別の話題を振ってみる。
 
「えぇ、今日は休みなのよ。それよりも時間があるようだったら、せっかく名雪も居ない
 んだし、何処かに遊びに行かない?」
 
 ぐはっ、あっさり話を戻されてしまった…。
 …って、え?
 
「えっ?」
「二人っきりで更に休みが重なるなんて滅多に無いんだから、良い機会だから二人で出か
 けない?」
 
 そうだな。
 確かに、良い機会かもしれない。
 名雪と二人で、名雪と秋子さんと三人で、という事はあったが、秋子さんと二人、とい
う事はなかったからなぁ。
 
「そうですね、行きましょうか」
「決まりね」
 
 秋子さんが嬉しそうに微笑む。
 …やっぱり親子なんだな、無邪気に笑う様は、そっくりだ。
 
「ところで出掛ける、って言っても何処へ行くんですか?」
「そうね、今日は私に任せてもらえる?」
「別に予定は何も無かったから、構いませんよ」
「それじゃあ、決まりね」
 
 ん?
 何か笑いの質が変ったような。何か、悪戯を企んでるような、ワクワクしてるような…、
気の所為か?
 
「そうね…」
 
 頬に手を当てて暫し熟考、と思いきや、
 
「それじゃあ早速用意してね」
 
 …う〜む、流石は秋子さん、一秒もかからずに決断してしまったらしい。
 
「何か準備するものはあります?」
「祐一さんは、取敢えず着替えてきてもらえば良いわ。そうね、なるべく暖かい格好が良
 いわね。それと帽子は持ってる?」
「いえ、持ってないですね」
「それじゃあ私が用意するわね、だったら、ゴーグルも持ってないわよねぇ」
 
 …ゴーグル?
 一体秋子さんは何処へ行こうというんだ?
 それに、いくらこの北国とはいえ、四月に入ってかなり気候も穏やかになってきている
し、今日は朝から太陽も眩しく、雲一つ無い青空であった。それで暖かい格好って…、何
か非常に気になる。
 
「スキーも何もやりませんから、勿論持ってません。っていうか、何処へ行くんですか?」
「すぐに分るわ」
 
 にっこり笑う笑顔には隙が無い。
 やるな、ブライト、って昔見たアニメの台詞をつい思い出してしまった。
 
「それじゃ、私も用意するわね」
 
 という言葉に従い、俺も二階に上がって、着替える事にする。
 
 
………。
 
……。
 
…。
 
 
 暖かい格好という事で、相手が秋子さんという事も考えて、耐寒装備に身を固めて階下
に下りてくる。
 
………。
 
 待つこと数分、秋子さんも準備が出来たようで、自分の部屋から出てくる、って!!!
 ………。
 ……。
 …。
 はっ。
 暫し呆然としてしまった。
 何故って、何故って!
 それは普段の秋子さんとは余りに掛け離れた格好だったから。
 
 ブルーのスリムジーンズ。
 ワッペンやらバッジやら訳分らんものが一杯付いた皮ジャン。
 首元には真っ赤なスカーフ。
 何かのエンブレムが付いた帽子。
(その手には同じ、多分俺用に用意してくれた帽子)
 先程言っていた、ゴーグルが首元にかかっている。
 
(ホントにゴーグルだな)
 
 スキー用とかじゃなく、まるで一昔前の戦闘機乗りみたいな代物だった。
(やはりその手には同じゴーグル)
 
「さて、それじゃ、行きましょうか」
「………」
「………」
「………」
「…祐一さん?」
「…はっ!」
「大丈夫? 何か放心してたみたいだけど」
「いえ、何でもないです。ちょっと(かなり?)普段の秋子さんとはイメージが違ったもの
 で」
「似合いませんか?」
 
 ちょっと悲しそうな顔をする秋子さん。
 
「いや、とんでもない! 秋子さんの新たな魅力を発見して、絶句してしまっただけです
 よ」
 
 うっ、我ながら歯どころか頭蓋骨が浮きそうな恥かしい台詞が出てしまったが、その格
好がとても似合っていたのも事実だった。
 このまま名雪と並んだら、姉妹といっても納得されそうだ。
 う〜む、ホントに何歳なんだろう…。
 俺の母親よりは若いのは間違いないのだろうが…。
 
「祐一さんにそう言ってもらえると嬉しいわね」
 
 そう返しつつ、玄関に向かう。
 俺もそれに従う。
 
 玄関で下駄箱の奥の方から、どうやら普段は使っていなかったらしい靴を取り出す秋子
さん。普通よりも細身のようだ。所謂レーシングシューズ、という奴だろうか?
 
「祐一さんも出来るだけ細身の靴にしてね」
 
 
 
………。
 
……。
 
…。
 
 
 
 門を出て何処へ向かうのかと思えば、徐に横にあるシャッターに手を掛ける秋子さん。
 そう言えば余りに日常な風景だった為に目には入っても認識していなかったのだが、門
の横にはガレージがあったんだ。前にちょっと疑問に思ったこともあったが、何時の間に
か忘れてしまっていた。
 …今、その秘密のベールが明かされる?
(我ながら大袈裟な物言いだ…)
 
 今、厳かな音と共に(実際は軽いシャララーッという音)、謎の正体が明かされる…。
 シャッターが開き切ると、秋子さんが俺を促す。
 
「さ、入って」
 
 ゴクン。
 思わず唾を飲み込む。
 
 そこで目にしたものは…。
 
 
 
 ★ ★ ★ ★
 
 
 
《Part II... - Ignition on! -》
 
 
 秋子さんがガレージの中に入り、壁のスイッチみたいなものを入れる。
 
 パチッ、パチッ。
 
 あれ?
 一つは天井の明りと、もう一つは…?
 と疑問に思うが、すぐに目の前にあるものに注意がいってしまう。
 
 
 
 これは…。
 なんと言ったら良いのだろうか?
 …車、だ。
 そうとしか言いようが無い。
 まるでゴーカートを大きくしたような外見。
 大昔のレーシングカーかクラシックカーのように、ボディからはみ出た剥き出しの前輪。
 どうやら二人乗りらしいが、二人でも狭そうな座席。
 屋根は無い。
 所謂、オープンカー、という奴だ。
 ボディの前の方に付いた、二つの出目金のようなヘッドライトが可愛いといえば言えな
くも無い。
 …ちょっと普通じゃないぞ。
 
 なるほど、帽子とゴーグルの理由が良く分った。
 確かに帽子を被っていないと髪がバサバサになりそうだし、直接風を受けたんじゃあ目
を開けていられないのかもしれない。多分。それをこれから知るのだろうが…。
 ふと見ると秋子さんは、いつにも増してきっちりと三編みを編み込み、それをジャケッ
トの下に隠していた。
 …なるほど…。
 
 
 
「『Lotus Seven』って言うのよ」
 
 暫し俺が呆然と見呆けていると、秋子さんが声を掛けてくれる。
 
「…ろーたすせぶん?」
「祐一さん、平仮名で発音しないでね」
 
 ドキッ、何故分ったんだろう、笑顔だけど、目が笑ってない気がするぞ。
 
「『Lotus』というのが、メーカーの名前。TOYOTAとかNISSANとかと同じ意味ね。
 そのイギリスの『Lotus』というメーカーの『Seven』という名前の車なの。
 もっと正確に言うなら、『Seven Sr.4』と言うんだけど。制作時期によって
 ヴァージョンが違うから、シリーズでナンバーがついている訳ね」
「………」
「あ、因みに『Super Seven』と言うのはあくまで『Seven』の中の最強エンジンを載せた
 ヴァージョンと言うことで、『Super Seven』=『Seven』ではないから注意してね」
「………」
「ケイターハムともウェストフィールドともバーキンともシュペールマルタンともドンカー
 ブートとも違うから、間違えないでね」
「………」
 
 …秋子さんが異世界語を喋ってる…。
 俺にはそうとしか思えなかった。
 
 
「さて、見てたってしょうがないし、行きましょうか」
「………」
 
 絶句している俺をよそに、話を進める。
 
「ちょっと待っててね。まずは暖気しないと」
「………」
 
 そう言葉を発しつつ、颯爽と運転席に乗り込む秋子さんであった。
 俺は、未だ石化状態が抜け切れず、ただポカンと見ていた。
(秋子さん格好良いなぁ…)
 等と関係ないことも頭に浮ぶ。
 
 座席に収まると、一つ深呼吸。
 そしてキーを挿し込む。
 カチッ。
 と一つ目のクリックで一度指を止める。
 何かに耳を澄ましている気配。
 俺もそれに倣ってみると…。
 コココココッ、コココッ、ココッ、コッ、コッ、コッ、…コッ、………コッ。
 と小さく音がすることに気付く。
 どうやらそれが収まるのを待っていたらしく、止ったと同時に更にキーを捻る。
 
 キシュシュッ、
 
 多分、セルモーターの廻る音、そして一秒も経たずに、
 
 
 グォアアァァーン!!
 
 
 狂暴な獣のように、唸りを上げて目覚めるエンジン!
 それは心の奥から何かが込み上げてくるような、遠い何かを目覚めさせるような、不思議な響き!
 何だろう、このワクワクするような気分は…。
 
 グァッ、グォッ、ゴッ、ボッ、ボボッ、ボボボッ、ボボ…。
 
 どうやらもう暫く暖気はかかるらしい。確かに、アイドリングが一定してないな。
 手持ち無沙汰になった俺は、改めてガレージの中を見回してみると…。
 …。
 
「あ、秋子さん?」
「ん? 何かしら」
「あの、其処に見えるは、バイク…、ですよね…」
「えぇ、そうよ」
 
 にっこり笑うが、その裏からは感情が読み取れない。
 ある意味、ポーカーフェイスだな、これは。
 …。
 っと、考えが逸れてしまった。
 そう、ガレージの中には、更にバイクが4台ほど並んでいたっ!
 車(Sevenだったっけ)が小さいので、無理なくそれらが収まっている。
 う〜む、謎が深まってしまった…。一人で4台も乗るとは思えないが…。
 いや、秋子さんならばおかしくない、と考えてしまうのは、やはり秋子さんが謎過ぎる
からだろう…。そう考えないと納得いかないぞっ。
 
「バイクは、また今度ね」
 
 ぐはっ、既に次の計画に入ってるのかっ。
 取敢えず、今日の事に専念するか…。
 
 ………。
 ……。
 …。
 
 とか考えている内に、準備は出来たらしい。
 
「それじゃあ出掛けましょうか。祐一さん、ちょっとガレージの外に出てもらえる?
 中だと乗り難いと思うから」
 
 その言葉に従い、俺はガレージの外に出る。
 次いで秋子さんが、ゆっくりと Seven(俺もそう呼ぶ事にする)を操ってガレージから
出てくる。
 
「それと使って悪いんだけど、其処の壁のスイッチを切って、シャッターも閉めてもらえ
 るかしら。この車、一度乗り込むと降り難いのよ」
 
 確かに、座席は狭そうだ。座り込んでしまうと、俺も苦労するだろうな…。
 と考えつつ秋子さんの言葉に従い、壁のスイッチを切る。すると天井の明りと、Seven
が収まっていた時には見えなかったが、ガレージの一番奥の壁にあった換気扇の親玉みた
いなのが止るのが見えた。
 
「あ、それは排煙装置になっているのよ。ガレージ内で一酸化炭素中毒で死にたくないで
 しょう。エンジンをかけながら作業する事もあるから」
 
 うむ、納得だ。
 という事で、シャッターを閉めて、助手席側に廻り込む。
 
「あの、乗って良いんですよね」
 
 思わず、当たり前の事を聞いてしまう俺。何だかなぁ。
 
「勿論。あ、乗り込むのにちょっとコツがいるから、気を付けてね」
「あの…、これ、ドアが無いんですね」
「えぇ、スカートだとちょっと困るかも知れないわね、サイドパネルを跨がないといけな
 いから」
 
 何をどう気を付けるのか今一良く分らなかったが、苦労しつつ座席に収まる。車高が低
くて、ドアも無いので、片足を座席の奥に突っ込みつつ、両腕に体重を預け、もう片方の
足を引き込みつつ、腰を座席に落ち着ける。
 くっ、身体の何処かが攣りそうになるのを、必死で誤魔化す。
 流石は秋子さん、これを軽やかに済ますとはっ!
 慣れとは恐ろしい…。
 肩からシートベルトを引っ張り出そうとして、違和感に気付く。
 
「あの、これシートベルトが両肩から出てるんですが…」
「これはね、4点式シートベルトと言って、身体をしっかりと保持できる、この手のスポー
 ツカーには必要不可欠な物なのよ」
 
 と言いつつ、自分で実演してみせる。
 ふむ…、なるほど。と、俺もそれに倣いシートベルトを装着する。
 確かにこれならば、上半身はガッチリ固定されるな。因みに下半身は座席回りの狭さの
お陰で、やはり結構固定されている。
 
「それじゃあサイドブレーキを解除してもらえる?」
「えっ、サイドブレーキって…」
 
 と、其処にあるべきサイドブレーキレバーを探す…、が、座席と座席の間のセンタート
ンネルには、それらしきものは鎮座していない。おや、何処だ、何処にあるんだぁーーッ!
 
「其処のメーターパネルの下にあるんだけど」
 
 見兼ねてか、秋子さんが声をかけてくれる。
 …なるほど、目の前のパネルの下というかその奥に、レバーが見える。何でこんな所に
サイドブレーキがあるんだぁっ!
 
「この車の構造上、センタートンネルには設置し難かったんでしょうね。手間かけさせて
 ごめんなさいね、一度シートベルトをしちゃうと、こちらからは手が届かないのよ」
 
 …何故俺の考えが読まれてしまったのかは、考えない事にしよう。
 
 しかし、なんて車高の低さだ…。
 まるで地面に直接座っているような気がする…。
 これだったら、そのまま手を降ろせば地面で煙草の火も消せるな…。
 俺は吸わないけど…。
 
「さて、暖気も十分、改めて行きましょうか」
 
 ゴクン。
 つい、唾を飲み込んでしまう。
 
 いよいよ出発だ。
 一体この普通じゃない車は、どんな走りを見せてくれるのだろう。
 怖いような気もするが、それでも俺は、何故か期待に胸を震わせていた…。
 
 
 
 ★ ★ ★ ★
 
 
 
《Part III... - Warming-up -》
 
 
「何処か行きたい所はある?」
 
 走り出してから、秋子さんが俺に聞いてくる。
 …そう、意外にも(?)、何の問題も無く、Sevenは走り出した。
 多少エンジン音と言うか排気音が普通よりも大きいかな、という程度で、それは不快で
はなかった。それどころか、国産車特有の(と言うほど国産車も詳しい訳ではないが)篭
ったような湿ったような排気音と違い、明らかに音質が違う。何と言うか、乾いたような、
何処か突き抜けたような、こんな事を言うのも恥かしいが、何か忘れていたロマンを感じ
させる。
 俺の気分が伝わっているのか、それとも秋子さんから伝わったのか分らないが、楽しそ
うにステアリングとシフトノブを操る秋子さん。
 何だか知らないがワクワクしてきたぞっ。
 
「まだこっちに来てそれほど経ってないし、何処に何があるかも分らないので、お任せし
 ますよ」
「そう? だったら、任せてもらうわね」
 
 相変わらず軽やかに Sevenを操りつつ応える秋子さん。
 う〜ん、普段のおっとりした姿からは考えられない姿だ。
 それとも、案外これが本来の姿だったりして…。
 …これ以上は怖い考えになりそうだから止めておこう…。
 ……そう言えば、バイクもあったよな…、それも何故か複数台……。
 …。
 …。
 ハッ!
 駄目だ駄目だ、今は忘れるんだっ!
 …。
 
「どうかしたの、祐一さん」
「い、いや、何でもないですぅ…」
「変な祐一さん」
 
 くすくす笑う笑顔が、何だか少女のようだ…。
 
 ………。
 
 ……。
 
 …。
 
 街中を Sevenに乗り走る二人。
 
 風を感じる。
 
 音を感じる。
 
 光を感じる。
 
 空気を感じる。
 
 Seven の、俺の、世界の鼓動を感じる。
 
 肩の触れ合いそうな近くに、秋子さんを感じる。
 
 それは、かつて無い感動だった。
 
 何処までも、このまま走り続けたいような…。
 
 …。
 
 ……。
 
 ………。
 
 う〜ん、何か妙に注目を浴びているような気がする。
 確かに妙な車だというのは、自分でも思うが。
 多少より大き目の排気音の所為か?
 奇妙な外見の所為か?
 運転しているのがたおやかに微笑む女性の所為か?
 …俺が横に乗っているから、というのだけは違うな、絶対…。
 …。
 Seven の小ささというか、座席の狭さというか、で肩が触れ合いそうな真横に居る秋子
さん。シフト操作をする度に回りの空気まで揺れて、否が応でもその存在を感じさせる。
小さい車も、こういう面では良いかもしれないな、と不謹慎にも思ってしまうが、それは
しょうがない。何故なら俺が男だからだ。
 いつか俺も本当に好きな人とこうして、二人きりの時間を持てたら良いな…。
 …。
 俺の思いを知ってか知らずか、あくまで運転は丁寧だ。
 見掛け通り(?)サスペンションがあるのか無いのか分らないような感じで地面の凹凸を
ストレートに感じるのはしょうがないが、不思議と不快では無い。何と言うか、しっかり
地面に足がついているような(実際に接地しているのはタイヤだが)、妙な安心感がある、
と言えば近い気分かもしれない。
 相変わらず地面に直接座っているような気分の車高の為か、それとも上半身に直接風を
感じる為かは分らないが、普通の車とはスピード感が違うようにも感じる。ちらっと見た
スピードメーターの速度と実際に感じる体感速度が、明らかに違う。
 これがオープンカーという物か…。
 
「オープンカーって初めて乗ったんだけど、凄く気分の良いものなんですね」
 
 思わず、心に浮んだ事をそのまま口に出してしまう俺。
 
「祐一さん、この車に関しては Drop Headって呼んでね」
「はぁ…」
「因みに固定された屋根があれば、Fixed Headね」
「はぁ……」
 
 う〜む、こーいう車に乗っている人達は、やはり何らかの拘りがあるんだろうな、と納
得しておく事にする。
 
 ………。
 ……。
 …。
 
 色々と考えている内に、どうやら大分街外れに来たようだ。
 家々が目立たなくなって来ている。代って見えてくるのは、緑。
 まだ早春という事もあり、それほど濃くはないが、これから萌え出す確かな生命の息吹
を、文字通り身体一杯で感じる。それは忘れていた何かを思い出させるような、遠い何処
かに置き忘れてきたものを再び手に入れたような、不思議な、けれども懐かしい思いに胸
が満たされていくようだった。
 オープンカーというものがこんなに気分の良いものだなんて知らなかった…。
 おっと、ドロップヘッド、だったっけ。
 …。
 暫し言葉も無く、ただその風景と自分を包み込む優しい風を感じていた。
 今は、その優しさに包まれているだけで満足だった。
 秋子さんもそれを理解していてくれているのだろうか、言葉も無く、ただ微笑みを絶や
さなかった。
 
 ………。
 ……。
 …。
 
 やがて、遠くに見えていた筈の山が目前に迫ってきた時、秋子さんが口を開いた。
 
「さて、今日は久し振りに楽しませてもらおうかしら」
 
 その言葉に軽く頷いたのだが、その後に待っていた恐怖と狂喜と新たなる感動に、俺は
まだ気付いていなかった…。
 
 
 
 ★ ★ ★ ★
 
 
 
 
 
  つづく