“Starting over”

 
 
 
Epilogue
 
 
 
 
 
 
「それで、栞、どうなの相沢君は?」
「うーん、ライバルが多いよ。あゆさんでしょ、たぶん名雪さんでしょ…」
 少し困ってるような表情。
「でも、がんばるっ」笑顔で、小さくガッツポーズをしてみせる。
「そう、うまくいけばいいわね」
「あっ、お姉ちゃん、絶対うまくいかないと思ってるでしょ?」
「そんなことないわよ」
「そうかなあ、言葉に気持ちがこもってないよ」
「そんなことないわよ、栞は私の妹なんだし」
 うんうん、と微笑みながらうなずく栞。
「もうちょっと育てば可能性もあるはずよね」
「うっ、ひどいよ、お姉ちゃん」責めるように私の肩を軽く叩く。
 
 
 遅い桜。
 やっと、この街にまでたどり着いた桜の花が、ほんの少しだけ夏の予感を孕んだ風に舞う。風はいつも次の季節の予告をしている。人が気づいていても、気づかなくても。
 
 
「それよりも、お姉ちゃんはどうなの?」
「私?なにが?」
「北川さん」
「えっ、北川君?」
「うん、絶対北川さんって、お姉ちゃんのこと好きだと思うよ」
 物好きだよねえ〜、と歌うように言って、いたずらっぽい微笑みを私に向ける。
「栞っ」私は怒ったふりをする。
 
 
 
 何気ない日常生活。日々交される小さな約束。
――また明日ね。
――じゃあ、またな。
――明日も会えるよね。
 それらは、日々の暮らしの中で、特に気に留められることもなく、埋もれてゆく。
 だけど、本当は、どんな約束も、実現させるのはとても大変なことで。
 だから私たちは、けして忘れてはいけないはず。
 今日、友達と会えることの大切さを。
 今日、恋人に触れることの大切さを。
 今日、姉妹と笑えることの大切さを。
 
 
 
 
 ちょうど、その時、「おはよう、美坂っ、栞ちゃん」息を弾ませて、北川君が現れる。私と栞は顔を見合わせて笑い出す。
「おい、なにがおかしいんだよ」北川君の少し不満気な声。
「美坂、なんだよ」
「別になんでもないわよ」
 おかしくて、涙がにじむ。
「なあ、栞ちゃん、どうしたんだ。俺、なんか変か?」
「いえ、別に変じゃないです」栞も笑いながら眼の端に涙をにじませている。
 
 私たち三人は他の大勢の生徒に混ざって校門をくぐる。校庭で、名雪と相沢君を見つける。
「おはよ〜、香里、栞ちゃん、北川君」名雪のあたたかい笑顔。
「おはよう、名雪、相沢君」私も精一杯の笑顔を返す。
「おはようございます、名雪さん、祐一さん」柔らかい、栞の笑顔。
「おっ、おはよう、美坂、栞。なんだ、北川も一緒か」相沢君の大きな笑顔。
「おい、俺にはあいさつなしかよ、相沢」北川君がそれでも、どこか嬉しそうに言って。「気にするな、わざとだ」、相沢君の言葉にみんなで笑う。
 みんなの笑顔が溶け合って、春の暖かい風に流れる。
 
 
 
 こんな何でもない日常も。
 どんなに楽しい毎日も。
 そして、思い出すのもつらいような、悲しみに沈んだあの日々も。
 何ひとつとどまるものはない。
 何の取柄も無いような平凡な一日でも、けして、二度はめぐりこないから。
 だから、この小さな一日一日の、そのすべてが、あたらしい、はじまりの日。
 
 
 だからね、栞。
 もう立ち止まることはないはずだね。迷ったり、失敗したり、後悔したりしながら、それでも歩いていくことに精一杯だから。毎日毎日を大切にするのに こんなに精一杯だから。
 もう、私たちには、立ち止まってる暇はないはずだね。
 
 
 
 季節は春。
 冬の面影を洗い流して、ピンクの花びらを舞い散らせて、暖かい風の吹く、遅い春。
 
 
 
「よし、今度の日曜、花見に行くか」
「あっ、じゃあ、わたしお弁当作りますね。あゆさんも誘いましょうよ」
「栞、安請け合いしないでね。どうせ私がほとんど作ることになるんだから」
「うっ、お姉ちゃん、そんなこと言うの、嫌いだよ〜」
「おっ、美坂の料理なら歓迎だぞ」
「なにっ、相沢、食ったことあるのかよ、美坂の手料理」
「香里、料理うまいもんねえ〜」
「祐一さんは、わたしの手料理食べてくれますよね」
「う、うーん、北川が食いたいらしいぞ」
 
 
 白い雪の面影は消えて、花びらのような笑顔を纏い、春の色に染まった少女が言う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「そんなこと言う人…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…大好きです」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(and start again)

【初出】1999/6/29〜7/11 Key SS掲示板
【修正】1999/7/18
【再修正】2000/5/17
【One Word】
こちらをご覧ください。
【再修正にあたってのあとがき】
 ふと思い立って、手を入れました。章立ての変更、文章の修正、重複する表現の削除。そして、会話の一部変更がその主な内容です。新しいエピソードの追加は基本的になし、また場面、構成等は変えていません。マイナーチェンジにも足りないような、ブラッシュアップ程度のものです。
 わたしは本来、あまり以前の作品を修正しない方だと思います。ただ、この作品に限って言えば、「修正するのが怖かった」というのが、正直な気持ちかも知れません。実際、修正のために久しぶりにこの話しを読んでみて、そのテンションの高さに驚いているのですから。
 SS。特に、この話しのように、掲示板に連載しつつ、みなさんの感想に影響されたSSには、独特のテンションがあるように思います。それは、たとえば、ライブとスタジオ録音されたCDの違いのように。わたしが、「怖かった」と書いた理由は、修正によってそのテンションが失われるのではないか 、と思っていたからです。
 しかし、未だにこの話しを読んで下さる方がいること。あまつさえ、お勧めのSSとして、挙げてくださる方がいること。その方々に応えるためにも、そして、何より、今の自分が読んで、その文章に居心地の悪さを感じる以上、やはり、修正をせずにはいれませんでした。また、『同時性』を持たなかった方にも違和感無く読んでいただけるように、ある程度の改訂が必要だと思ったのも事実です(つまり、納得のいかない部分があったということなのですが)。
 
 あまり昔書いた話しに気をとられていてはいけないのでしょう。わたしが、今もKanonのSSを書いている以上は。けれど、やはり、この話しは特別なのでしょう。いつでも、この話しからわたしは始まるのかもしれません。
 何度でも、何度でも。そこに、書きたいことがある限り。
 
*この改訂には5万ヒット記念の意味も、(少し)あります。
 
 最後に、読んでいただきありがとうございます。
 
 HID
(2000/5/17)
Special Thanks for D.A.I. and some old Jazz melodies.

 
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