< 2003年に振り返る、浜崎あゆみ(を愛する世代) >

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 「2003年→2004年 CDTV年越しライブ」で初めて気づいてビックリしたのだけれど、
浜崎あゆみ 20thシングル「evolution」(オリジナルは2001年1月31日発売) に、こんな歌詞がある。


 (略)
もう一度思い出して
この地球(ホシ)に生まれついた日
きっと何だか嬉しくて
きっと何だか切なくて
僕達は泣いていたんだ
 (略)
こんな時代(トキ)に生まれついたよ
だけど何とか進んでって
だから何とかここに立って
僕達は今日を送ってる
 (略)
こんな時代(トキ)に生まれついたよ
だけど君に出会えたよ
こんな地球に生まれついたよ
だから君に出会えたよ
 (略)



 (たとえば)ドリカムは2004年3月21日でデビュー15周年になるそうだ。ということは、おそらく1989(昭和64;平成元)年に中学・高校・大学・社会人新人を過ごした人たちが数としてファンの中心になっている(んじゃないかな※仮にデビュー時の年代的ファンの中核を13-25歳と仮定するとすると、2003年現在27-39歳の人たち。(実に乱暴な想定ですいません!聴き手は小学低学年でファンになったり、70歳でファンになったりしますよね!アーチストは必ずしもデビュー時にファンを獲得しないし、活動し続ける限りファンを獲得し続けますよね!))。
その歌詞の中に、上のような類の絶望を歌った歌はない。もっと個人的なものだ。


 浜崎あゆみ(1998(平成10)年CDデビュー)を愛する人々はもっと下の世代(が中心※仮にデビュー時の年代的ファンの中核を13-25歳と仮定するとすると、2003年現在18-30歳の人たち。(実に乱暴な想定ですいません!聴き手は小学低学年でファンになったり、70歳でファンになったりしますよね!アーチストは必ずしもデビュー時にファンを獲得しないし、活動し続ける限りファンを獲得し続けますよね!))だと思うが、
わざわざ思い出さなきゃ生まれたことが嬉しくないって言っている?

 『2003年』の調べで、中学・高校生で 親を尊敬する人の割合 は、日本はたしか地球上でほとんど最低だった。2003年のいつぞやのめざましテレビで紹介していた。詳細は忘れた。でもアメリカもイギリスもドイツもフランスも中国もインドネシアもサウジアラビアもノルウェーも韓国もフィリピンも8割が尊敬、といったような中で、日本だけ突出して1割に満たない、とかなんとかじゃなかったかな。


 時間的空間的に『今』がどうなっているかは、経験を蓄積していない若い世代を見るのが一番いい。年を重ねるほど、その人は経験という残像を重ねて現実を見るからだ。

 
 

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