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12


 三年前に奥さんと死に別れて独り身のブフじーさんの世話は、近所の住人の持ち回りで、その日は僕んちの当番だった。ことにこないだっからじーさんは腰痛で歩くのもままならないから、世話は一仕事だった。
 その日の学校の帰り、僕は、ブフじーさんの家に寄った。母さんはもう来ていて、炊事洗濯だの下の世話だのを片づけていた。僕はここでも掃除当番だった。もっとも学校と違い、ブフじーさんの家は、古い雑多な道具がぼろぼろ並んでいておもしろい。
 あまり埃を飛ばさないように、タンスの上を雑巾で拭いながら、僕はベッドの上のブフじーさんに尋ねた。
 「ねぇ、じーさんってさ、今年いくつになる?」
 「七二になるわな」
 「じーさんがよく言う、昔の言い伝えって、ホントなのかな。ほら、悪魔が来るとか、火山が爆発するとか」
 「ホントじゃ。子供の頃、わしのばーさんがいつも言っておった。ばーさんは祈祷師でな。村人みなから頼りにされておった。わしはばーさんが大好きでな……」年寄りの昔話は脈絡なく、あっちに話題が飛び、こっちに話がずれ、やたらと長かった。「まぁ、ばーさんの言うことはいつも正しいのじゃ。ばーさんが祈祷をすればぴたりと当たる。祈ることが肝心じゃ。信じることが肝心じゃ」
 「じゃあさ」じーさんのばーさんの話を聞きたいんじゃないやい。どうにか僕は本題を持ち込んだ。「動物も魔法を使えるって、ホントかな」
 ベッドの上のブフじーさんは、うーんとうなって───腰が痛かったからか、考えをまとめようとしたものなのかはよくわからない───こう言った。
 「おぬし、今年いくつになる?」
 「一二だけど」
 「一二にもなって、魔法を信じておるのか」
 「じーさん、悪魔信じてるじゃん」
 「わしは、魔法は、よぅ知らん」
 役に立たないじじぃだ。
 だけど、思えばこのブフじーさんの見解が、村を代表する言葉だったのかもしれない。

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