Rhythm Emotion



永遠を信じるかと問われれば、答えは『No』だ。
でも、永遠を望むものなら…、それならば、あるのだと、思う。


「…ちっ、反対からも来てやがらぁ。敵さんもたった二人に大仰なことで」
侵入者の発覚にライトが点滅し、辺りに警報と銃声が木霊する。
撃ち終わった弾倉を予備の物に手早く交換しながら、デュオは飛んできた弾を頭を引っ込めて避けた。一瞬前まで彼の頭があった位置の壁が硬質な音を立てて削れる。
戻る動きで発射点に狙いをつけ、慣れた仕草で引き金を引いた。
遠くで鈍い呻き声が上がった。
たいした差はないとはいえ、少なくともこれで一人は減っただろう。
「無駄口を叩くな」
遮蔽物に隠れ、小型の端末を叩きながらヒイロがデュオのこれから長々と続きそうな無駄口を制した。作業は思うように進まないのか、彼の口調も心なしか早い。
「無駄口…ね、言える内に言わないと後悔しそうだからさぁ…っと!」
しゃべりながらピンを引き抜き、タイミングを計って手榴弾を投げ込む。
そう数は用意してきていない。長期戦は不利だった。



「データ回収ぅ?」
最新鋭のセキュリティシステムが惜しげもなく使われた室内に、間の抜けた声が響き渡る。
「緊急で呼び出しって言うから何かと思えば…ただ回収するだけなわけ?しかも、無人の施設から」
声の主は、その呆れた響きをさらに強調するように溜息を吐きながら両手を挙げてみせた。彼の雇い主はそんなオーバーアクションにも慣れたもので、それに動じることも咎めることもない。
「そう。『無人の筈の』施設から、だ」
冷静に訂正を入れながら、引出しから取り出した資料を机に放る。
火消し組織のトップとして、いやむしろそれ以前に軍事組織に身を置いていた時から彼女の部下には一癖も二癖もある人間が多数いた。目の前で書類を捲る少年はけして無能ではなく、それさえわかっていれば事は足りる為、彼が表面上装う幼い仕草などに彼女の心が動かされることはなかった。
勿論、時々は微笑ましい気持ちになったりもするのだが…ふとした瞬間に垣間見える怜悧な瞳に、ああ、この子供は普通の子供ではなかったのだと身が引き締まる思いを味わうだけだ。
故に、彼女はこのときも彼の不真面目な態度を咎めることもなく、淡々と状況の説明のみを行った。
「今回のターゲットは月面基地跡の一角になる。あそこにあったOZのデータは戦後処理でほぼ回収済みで、基地そのものも解体が進んでいた。だが、あそこは研究所も兼ねていたからな…ラボの一角に、隠し部屋が存在していたことが最近の調査でわかった」
「隠し部屋ねぇ…」
そういえばじいさん達もなんかそんなもん作ってたな、と三つ編みの少年がぶつぶつ呟く。
それに(まだ他にも未知の部屋があるのか)と内心頭を痛めながら、レディ・アンは彼の手元の資料の一点を指差した。
「ここが入口だ。内部の構造はわかっていないが、地下に広がっているようだからある程度の広さはあると思われる。基地内のデータに侵入した痕跡があるから、おそらくトーラス辺りのモビルスーツデータはほぼコピーされている。あの手の構造データは基地内部からのアクセスに対しては比較的緩いセキュリティで管理されていたからな」
相手のハッキングの腕次第では、メリクリウスにヴァイエイト、さらにはガンダムパイロット達のテストデータも含まれているかもしれない。
さすがに博士達が密かに行ったデスサイズとシェンロンの改修データまではないだろうが…それでも、放置できる類の情報でないことは明らかだ。
レディの言葉に、デュオは不満そうに鼻を鳴らした。
なんともきな臭い内容の依頼だ。
「目的は盗まれたデータの回収もしくは破壊。基地は解体作業の間、出入りを厳しく制限してあった。隠し部屋があったとしてもそこは侵入不可能なため、本来無人である、はずだ」
「でも、音信不通なわけだ」
「定期連絡が途絶えて6時間が経過した」
「あのカタブツに限って連絡忘れってこともないだろうしなー。内部で何かあったか」
デュオはふーっ、と大きく溜息を吐いた。
「ったく何やってんだあのバカ」と顔を顰めた彼は、資料をパサリと肩にのせた。
「りょーかい。この仕事請けてやるよ。ただし、オレは高いからな」
「ああ、報酬は期待していてくれ」
言葉と共に、プリベンターの身分証を彼に手渡す。これさえあれば立ち入り禁止区域もフリーパスになるはずだ。
「ああ、そうだ」
ふと思いついたように呟いて、彼がこの部屋に入ってきてから初めて彼女は微笑んだ。
「ヒイロを見つけたら伝えてくれ。『いい加減業務規則を守ってくれ』、とな」
「業務規則?」
「ああ、そう言えばわかるはずだ」
「…んー、まあ覚えてたら」
「頼んだぞ」
その会話を最後に退室した彼を見送って、レディはようやく肩から力を抜いた。
打つべき手はこれで全て打った筈だ。あとは結果を待つだけだった。
「まったく…人材が、足りないな…」
優秀な人材を1人で任地に送り込まなければならなかった現状も、組織に所属していない人間をその援軍に送り込まねばならなかったことも、全ては人手不足の一言で片付けてしまうにはあまりな事態だ。
瞳を伏せ、小さく溜息を吐いた彼女は、気持ちを切り替えて別の事件の報告書を取り出した。現状で、彼女にできることは彼らの生還を信じること以外なく。彼女の前には、早急に対処しなくてはならない事件が山積みだったのだ。



デュオの投げた手榴弾は、見事数人を巻き込んで爆発した。
悲鳴と怒声の中、身を乗り出していた通路から体を引っ込めたデュオは、爆風で視界が悪い間にと端末を叩き続けるヒイロを振り返った。
「どうする、さすがに踏み込まれる前に移動しないとやばいぜぇ?」
「3分もたせろ」
「……無茶言ってくれるなよ、あんま重装備してきてないんだぜオレ」
言いながら近くの瓦礫を放り投げる。
フェイクに引っかかった連中が慌てて体勢を崩したところで、過たず何人かを撃ち抜く。できるだけ殺すな、とは言われてきたが、そろそろそんなことも言ってられないかもしれない。
「データの破壊がまだだ、残しては行くわけにはいかない」
「………。あと3分だな、わかった。でもそれが限界だからな」
ヒイロは引き際を知らない男ではない。
彼が言う以上それが必要なのだと即座に悟ったデュオは、予備の弾倉の数と装備からそれらの有効な使い方を考えた。
本当にぎりぎりだ。フェイクが二度も通用するなんて思う程甘くできていない。手の中にあるもので突破口を開かなければ。
脱出までの装備は、おそらく残らないだろうという計算で作戦を練っていく。
1、2、3、4、5……
一発撃つ度、頭の中で残りの弾数を数えていく。
(それでも、例えどんな状況でも、最後の一発は残さなくてはいけない)
―――焦りを覚える頭の中で、自分自身の冷静な声が響く。
隠し部屋への侵入は、思っていたよりも更に簡単だったのだ。
事前に渡されていた資料通りの場所に隠し扉があり、内部の構造もそう複雑なものではなかった。人の気配もない。
だが。
(…嫌な感じだな)
この鳥肌が立つような感覚は危険の前兆だ。
解体作業の為、基地自体の電気系統は止められていないとは聞いていた。だが、ここまでの通路でライトが点いているところはなかったはずだ。
無人のまま放置された空間だから、誰もそれを解除していないのだろうと予想することもできるが…デュオの中の直感が「それは違う」と警鐘を鳴らす。
ならば、考えられる可能性はただ一つ。ここに何者かが潜んでいるということだ。
デュオは手近な回線を携帯してきた小型端末に繋ぎ、手早く内部データにアクセスした。どうやらいくつかの区画に分かれている上ロックがかけられているようで、ここからでは全部の区画を覗くことはできなかった。せいぜいが隣の区画までだ。
調べられる範囲だけを頭に叩き込みながら、同時に自分以外の誰かの痕跡に気づく。
それは、覚えのある侵入の痕だ。
「ふむ。ヒイロもやっぱりここいらを通ってるか…」
まあ無事だろうけど、早いとこ合流しないと…と一人ごちながら彼の進みそうなルートを絞って行く。データ回収が任務だったのだから、おそらくメインシステムにアクセスできそうな回線に最短で向かっているはずだ。この怪しい雰囲気とか、気づいているだろうがそれで引き返すような奴じゃない。
「こっちかこっち…二択かな。さて、どっちを行ったかな…」
ぺろりと口唇を舐める。
これはもう運というか、勘の問題だ。
さて、自分が彼の立場ならどっちを行くだろうか?
「……よし。こっちにするか」
経験に基づいた勘で選んだ道は正解だったらしく、そう経たずしてデュオはヒイロを見つけることができた。
ただし、見つけた時そこは既に銃撃戦の真っ只中で。
さらには、探し人は腕や腹から血をだらだら流していたわけだが。
「…ああもうっ!オレって本当についてないよなー」
援軍がきたらしく集団で突っ込んできそうだった右手の通路に向けて、催涙弾を放り投げる。ここで走って突っ込めば多分有利な状況でここを離脱できる。でもまさか、背後の怪我人を置いていくわけにもいかなかった。
(あと2分)
長い2分だ。
また1つ空になった弾倉を捨てながら、残りの時間を考える。
後ろから聞こえる荒い息遣いも、本当は気になって仕方がなかった。でも、本人が応急処置を済ませている以上ここで出来ることは何もないのだ。
銃撃戦の音に気づいて、挟み撃ちにする形で彼を援護して、ヒイロのいる角に滑り込んだ時、本当はこいつこのまま死ぬんじゃないかとすら思った。
でも骨折を自力で治す男はやっぱり全般的にタフにできてるらしく、まだこうして動いている。
今出来ることは全てやるべきだ。
生存の可能性が低ければ低い程。
聞き覚えのあるヒイロのタイプ音。こんな中でも軽やかにさえ聞こえるその音が、確実にこの世界に不必要なデータを消していくのを確信している。
こんな戦後の世の中で軍事データ…それも、モビルスーツのデータを手に入れようとする奴らなんてロクなもんじゃないとは思っていたが、まさか本気で反政府組織の拠点だとは考えていなかった。
自分もそうだし、おそらくヒイロも、レディですら予想していなかった筈だ。そうでなければ彼女ももっと大部隊を編成していただろう。無理を通してでも。
そんな中に飛び込んだヒイロも運が悪いが、事が発覚して相手が躍起になってる中突っ込んでしまったデュオも相当な貧乏くじだ。
「大人数想定の装備はさすがにしてなかったからなぁ…あ〜あ、これで最後っ、と」
ヒイロの言うところの「無駄口」を懲りずに叩きながら、最後の手榴弾を放り投げる。
我ながら拍手したくなるくらい完璧なタイミングだ。
しばらく投げなかったからもう尽きたと思って近づいてきていた迂闊な奴らが、まんまと引っかかってくれた。これでしばらく相手も慎重になる。
(…でも、もう残ってないわけなんだけどね。)
次に突っ込んでこられたら終わりだ。
人数が増えなくなったことからして、多分集まってる奴らがこの基地のほぼ全ての人間だ。だいぶ減らしたが、各個撃破するには弾数が足りないし、まとめて吹っ飛ばせる装備も尽きた。
弾倉も装備もヒイロのものまで使ってこれだから、もう本当に二人とも丸腰に近い。ナイフはあるが、果たして接近戦をやらせてもらえるかどうか。
小さく息を吐きながら、残りの弾数を考える。
『どんな状況でも、最後の一発は必ず残せ』
そう自分に教えたのは誰だったか。
思い出せないが、その言葉だけは深い部分に刻まれている。
デュオはちらりと背後を伺った。もうすぐ3分だ。ヒイロはまだ何かを打ち込んでいる。
弾倉は受け取ったが、その腰にある銃にもまだ弾は残っているはずで、エージェントである以上彼も同じ教えを受けたはずだ。
『残した一発で撃つのは自分の頭だ』
最強のガンダムのパイロット。
その『最強』は、本当は『パイロット』にかかる修飾語だった。
ガンダムの基本構造から色々な裏組織の情報、様々な分野における知識、能力。特殊な鍛えられ方をした肉体。その体と脳に刻まれた情報の価値は計り知れない。
ガンダムの圧倒的な能力と子供のパイロットを見て、世界では『ガンダムが最強』なのだと認識された。ガンダムを破棄した後、ある程度の枷をはめられたとはいえパイロットが解放されたのはそのせいだ。
愚かな大人達。
でも、それを理解する者達は、それぞれの思惑のもと皆口を噤んだ。
でも当然パイロット達本人は…デュオは、知っていた。
いかに自分が危険なのかを。どんな相手に対しても、決して生きた脳を渡すわけにはいかないことを、理解していた。出来うるならば肉体の始末もつけなくてはならないことも。
今までだってそうだ。
追い詰められた状況では、必ずそのことを思いだしてきた。
―――さすがにここまでヤバイのはなかったけどな。
ジャコッと耳に馴染んだ音を立てて、最後の弾倉を嵌める。ほぼ同時に、ヒイロが端末に繋いでいた回線を引き千切った。
「行くぞ」
「…了解!」
怪我人とも思えぬ動きでヒイロが走り出す。
威嚇の一撃を撃ってからそれに遅れないように走り出したデュオは、ヒイロについていくつかの角を曲がった。
対侵入者用になのか、入り組んだ通路がこの時ばかりは幸いする。
回線を切る前にヒイロが何かしたらしく、照明が全て落ちた。背後で騒ぎが起こったが、二、三回瞬きしてなんとか暗闇に目を慣らし、変わらぬ速度で走り続ける。
途中追いついてきた人間には容赦なく急所に撃ち込んだ。
5、4、3、…。
弾数のカウントが進むにつれ、心臓が痛いくらいに高鳴ってくる。
ここに侵入した隠し通路まではまだ半分も進んでいない。頼むからもう振り切れるように、と思った早々に、前方に立ちふさがった男がいた。
一瞬早く反応したヒイロの弾が、鈍い音を立ててその体に撃ち込まれる。
男の末路を見ることなくヒイロはすぐ近くにあったドアを開け、デュオ共々そこに飛びこんだ。
男は単独で来ていたのか、続く物音はなかった。
荒くなった呼吸を落ち着けながら、外の様子を伺う。
「…今のが最後の一発だ」
隣のヒイロが、ぽつりと呟いた。




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