「お前が好きだ」
そう告げたのはもう大分前のこと。たしか戦争中だったと思う。
「うん、おれもヒイロのコト大好きだよ♪」
これはその時のデュオの返事。
限りなく軽い調子でありどの程度の意味合いを含んでいたのかは謎であるが、
その時のヒイロは肯定的返事と可愛い笑顔に満足してしまったのであった。
「ね、感情のままに行動するのは正しい事ではなかったのかしら、ヒイロ?」
「うるさい」
ヒイロ・ユイは後悔しまくっていた。お茶を一緒にいかが?と誘われて、気がつけば自分の恋愛談義が始まっていた。
さすがリリーナ、相も変わらず侮れない少女だと思う。
ヒイロは今プリベンターに所属し、彼女の地球での警護中心の任務についていた。
デュオもプリベンター所属だが宇宙中心に飛び回っているので、なかなか掴まらない、会えないというのが現在の状況。
デュオのもともとの放浪癖もあいまって、最後に顔を見たのはいつだろうか、
という状態である。
「言っておくけど、中途半端は良くないわよ。せめて恋人かどうかくらいはっ
きりさせなくっちゃ。ホントに甲斐性ないわね、あなたったら」
リリーナの手にかかれば無敵のガンダムパイロットもただの少年である。
いや、手のかかる弟ぐらいの気分でいるのかもしれなかった。
「…うるさい」
語尾がちょっと弱くなってしまうのは、否定できない部分が多々あるからだった。
実際、デュオはヒイロの恋人か、と誰かに聞かれると痛いところなのだ。
キスした事どころか、手も握ってない。抱きしめた事も間近に接近した事すら
も無い。
告白といえばあの一度きり。
これでははたして恋人と呼び得るのか?
ヒイロでなくとも悩むところだろう。
――やっぱりそろそろ、本格的にくどきなおさなくてはならないのかもな…
考えてみれば、あの告白の時もなんだか妙に軽かったし。意味を掴んでなかっ
たという可能性も…デュオならばありうるわけで。
「ヒイロ、聞いている?」
「…いや」
どうやら何か言っていたらしい。頭の中ではいろいろな考えが巡っていて、今はリリーナの世間話に付き合う余裕はあまりなかった。
とっとと切り上げて立ち去った方がいいのかもしれない。
それが伝わったのか、リリーナが少しむっと顔をしかめてみせた。
「まあ、酷い。せっかくいいお話をもってきてあげたのに」
「…なんだ?」
物思いに沈んでいたヒイロは、どうでもよさげに、一応は返事を返した。
「デュオのことですわ」
途端に顔を上げたヒイロにくすりと可笑しそうに微笑む。
「私、明日からL2に訪問予定だったのですけど急遽中止になりまして。まあ、詳しい事情は省きますが…それで警護の任につく予定だったデュオも休暇をもらえたの。たしか、ヒイロの休暇とも重なってたと思って…早めに誘えば遊んでもらえるかもしれないわよ。どう、いい情報でしょう?」
ヒイロが無言で席を立つ。
リリーナはいたずらっぽい瞳で付け加えた。
「今度こそちゃんと何か恋人の証、もらってきなさいね」
「…あたりまえだ」
その場を離れかけて、ふと思い出したように彼女を振り返った。
何もかもわかっているとばかりに楽しげに微笑む少女。
「リリーナ、感謝する」
「はいはい、お礼は今回の事の報告でいいわよ」
しんしんと雪が降る。
真っ白に染まった世界はそれだけで全てを浄化してしまうような。
そんな静けさを持っていた。
「よく降るなーーー…」
ホテルの窓から見る外は、まだまだ雪が降り止む気配すらも無かった。
久しぶりの休暇だと思ってゆっくりしようとしていたところを、いきなり訪ねてきたヒイロによってこんな所まで連れられてきた。地球でも北の方だとは思うのだが、
行き先すらも教えられずに連れ込まれたので正確な場所は判然としない。
始めの方こそ楽しく見ていた雪も、こうも何時間も降りつづけているとさすがに飽きてくる。
退屈をもてあましつつ、ため息を吐きながらベッドへぽすんと身を沈めた。
突然現れてデュオをこんなところまで引っ張ってきた相手は、今はシャワーを浴びに
行ってしまっていてここにはいない。水音がするからまだ当分は出て来ないだろう。
その間の暇つぶしをどうしようかと思案する。
実際、いきなり現れたヒイロに拉致されるように連れてこられたから何も持ってきていない。たまたまリリーナの護衛任務がキャンセルになった直後だったから良かったようなものの、そうでなかったらどうする気だったのか。
さすがに護身用に武器は携帯しているけれどもそれの手入れも先程やってしまった
し。ヒイロが風呂から出てくるまでは部屋の外に出るなと外出禁止令を出していった
から、本当に手持ち無沙汰だ。
そもそもとしてこーんな高そうなホテルを予約するからには相手の都合くらい聞くべき
だと思うのだが。それとも、デュオの予定をもとから把握していたのだろうか…いや、
それはないはずだ。いくらなんでも情報が早過ぎるし。
はふりとため息がこぼれる。でもまあ、ヒイロのやることだからと自分を納得させた。
退屈で仕方がなくて、ごろごろと転がった後目の前のシーツに頬を摺り寄せる。
高そうな内装同様絶対に金かけてるだろうと言いたくなる、上質の肌触りがした。まさ
かオールシルクだろうか、しかも厚手なものだから金額は考えたくもない。
いくらヒイロもちだからといってこれはちょっと非常識な部屋を選択されたのではないだろうか。ベッドがこれなんて。しかもなんでキングサイズで一つなんだろう…新婚でもあるまいし。
男同士なわけだから問題はないと思うし、この大きさなら二人でも十分寝れるだろうけど。ベッド2つの部屋が無理ならもっと値段を下げた部屋をとってベッド2つにすればよかったのだ。本当にヒイロの感覚はよくわからない。
でも、ふかふかのベッドはスプリングがよくきいていてたしかに寝心地としては最高のものだった。たいして疲れているわけでもなかったのに、あまりの気持ちよさに目を閉じたくなってくる程には。
もとから暇を持て余していたデュオは、ゆるやかにその波に身を任せる。
―――そういえば、なんでヒイロはこんなとこにオレを連れてきたんだろう。
意識が白く霞む瞬間、最後の思考でそう思った。
世界が真っ白に染まっていく。
雪は、まだ止む気配を見せなかった。
「…う……」
「起きたのか」
ヒイロの声がする。
次に感じた柔らかなシーツの感触で、現在の状況を思い出す。
ぼんやりとする思考で、ああ眠っちゃったんだなーとかいつのまにヒイロはシャワーから
出たんだろう、と考えた。
いくら気配を消されなかったからといって、いやそれならなおさら目を覚ましてしかる
べきなのではないだろうか。
他人の気配を感じながらも熟睡していたなんて。
それは、戦場では命取りなのに、馴染みのある相手だからといってそこまで油断していいとも思えないしそんなつもりもなかったはずなのに。
状況次第ではヒイロだって他のみんなだって敵になりうる。
そう理解はしているはずなのだが何故だろう、こうして声をかけられているのに
まだ頭がはっきりしない。寝惚けたように霞がかってる。
オレってばそんなにヒイロのこと信じちゃってるのかな…………。
平和になって、少々ボケたのかもしれない。鈍ってるのだろうか…いかんいかん。
そんなことを埒もなく考えていたデュオなわけだが、実際のところ他人から見れば、ぼんやりしてて起きる気配も見せずくたくたしてるようにしか見えなかった。
いわゆる「あと五分――――」の状態とでも言おうか。
やっぱり動く気配のないデュオにヒイロが溜め息を吐いてもう一度声をかける。
「デュオ、起きてるんだろ。いいかげん動け」
低くて聞き心地のいい声が自分の名前を呼んだ。
それがなんとなく嬉しくて、デュオはにっこりと微笑む。
しかもその声はデュオの耳元で………………耳元で?
「ぅぎゃあっっ!!」
「……なんなんだ、一体」
いきなり起こされたデュオの身体を避けつつ、ヒイロがうろんな目で見つめる。
「あ、いや、別に…………」
どぎまぎしながら応える。まさか、そんなに接近していたとは思っていなかったのだ。
目を開けた瞬間にあの瞳で覗きこまれるとは思わなかった。
不意打ちの事態に心臓はまだばくばくいっていた。頬に血がのぼっているのが自分でわかる。
急に目の前にいるから……でも今のは少々過剰反応だったかもしれない。
ヒイロにしては非常に珍しくも親切にデュオを起こしてくれようとしたのだから、ヘンなリアクションを返して悪いことをしてしまったかも。
もしかしたら怒ってるかな、と思って恐る恐る覗いたヒイロはただじっとデュオを見ていた。
また心臓が跳ねる。
さっきからヒイロがおかしい。ようやく思う。
ああでも、思えば今回は最初からおかしかったかもしれない。
何故ヒイロは、デュオを、こんなところに連れてきた?
何の為に?
先程漠然と浮かんだその問いがまた頭にのぼってくる、どこか冷静な自分。
そしてそれとはまた別に、合わさった視線をはずせないままヒイロをじっと見つめている自分もまたいて。
デュオは混乱しつつあった。
ヒイロはただデュオをじっと見つめている。
何か言いた気だけれどきっかけが掴めないかのようにわずかに揺れる視線、つよいまなざし。
ただシャワーが空いたことを伝えるために、ヒイロはデュオを起こそうとしただけ。それだけの状況がいつのまにか変化している。
静かな部屋、他に音もなく。奇妙な緊張感のようなものに支配されつつある部屋。
続く沈黙とヒイロの視線に先に耐えられなくなったのは、デュオだった。
静かに、ゆっくりと瞳をそらす。
けれども目をそらしたところでそれを忘れられるはずもなく、それどころか他の感覚を敏感にしてしまって先程よりもよりリアルにヒイロの気配を、視線を感じてしまった。
そしてそれにデュオが気付いたときにはヒイロの気配は動いていて。
近づく気配にわずかに身体が強張る。
寄せられた顔に途惑いつつも、瞳を閉じた。
それは、触れるか触れないかの一瞬で。
「お…オレ、シャワー浴びてくる!!」
一瞬の沈黙の後、屋根から落ちる雪の音で正気に返ったようにデュオが立ち上がった。
とっさに引きとめかけたヒイロの手を避け、着替えすら持たずにバスルームへと逃げ込んでしまう。
振り向くことのなかったその顔は、おそらく真っ赤で。
そう予想できるのはくびすじと耳元が赤かったからなのだけれども、その動揺ぶりにヒイロは笑い出したいような気持ちにさえなった。
どうやら、まったくの望み薄というわけでもないようだ。
それは希望を示すものであったから。
「まだ夜は始まったばかりだ……覚悟しろよ、デュオ」
どこかあたたかいような気持ちを抱えながら、ヒイロは決意を秘めた表情で彼の消えたバスルームを見つめた。
バスルームの鍵をかけた瞬間、そのドアによりかかるように崩折れる。
手で口許を押さえてもあの一瞬が消えない。
それどころかより鮮明に思い出してしまって。
「どうしよう………」
頬の熱がひかない。
ああ、自分はまだこんなにも未熟だ。
「…どうしよう………」
次にどんな顔をして会えばいいんだろう。もうどうしたらいいのかがわからない。
それでもせつなく甦ってしまうあの一瞬の。
「……………………………だめなんだ……」
胸が、痛い。
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