黒衣を纏う彼を例えるなら、それはかぎりなく透明に近いブルー。
「……デュオ?」
リビングへ持参したノートパソコンを打つ手を止めて、ヒイロは傍らのデュオに声を抑えて呼びかけた。
先程まで絶え間なく続いていた彼のおしゃべりがいつの間にか途絶えていた。
半ば予想しながら視線をやると、案の上ソファの手すりにもたれたまま寝息をたてている。
―――全く。
指に挟んだままの読みかけの本をそっと取ってやり、しおり代わりにメモを一枚挟んでからサイドデスクに置いてやった。
そんな動きにも寝息が乱れることはなかったけれど、ヒイロはさてどうしようかと眉を顰めた。
もう夜も更けた。毛布をかけてやりここに放置するには不安が残る。季節柄気温も低い。
だが、徹夜の仕事明けで疲れたと言っていたのを知っているから、熟睡している状態から起こすのも憚られる。
「…考えるまでもないか」
少しの思案の末結論を出すと、ヒイロは広げていた資料を片付けだした。簡単にまとめて部屋へ持ち込み、ベッドの上かけを剥いでからもう一度リビングへと戻る。
窓の外を眺めれば、もう寝静まった街は灯りも少なくただ静かだった。
いい加減ヒイロの気配に慣れた上熟睡モードのデュオはその程度の動きでは目を覚まさないらしく、ヒイロはだらしなくソファに転がった彼の背と足に腕を回し、ひょいと一気に抱き上げた。
「ん…」
さすがに不安定な体勢に気付いたのか身じろいだデュオを、しっかり抱え込んで目を覚ますかどうか見守る。
「………」
予想に反し、動かなくて安定した体勢に疑問を抱かなかったのかまたデュオの寝息が深いものへ変わった。
それを見届けてから、ヒイロはデュオを自分の部屋へ運んだ。
「お前が自分で言ったことだから、な」
自業自得だな、と囁きながらデュオを自分のベッドへ下ろす。
ヒイロはデュオの部屋に理由の有無を問わず出入り禁止。それはここに越して来た時最初に宣言されたことだった。
前回の経験を活かして、ということだったんだろうが、それで自分がここに運び込まれているんだから世話はない。
相変わらずつめが甘いと苦笑しつつ小さく溜息を吐く。これは恩恵と言っていいものだろうか。
楽なように寝かせてやり、上かけをしっかりかけてやってから、ヒイロは自分もその横にもぐりこんだ。
―――3ヶ月ぶり、か。
この体勢も随分と久しぶりだ。
多分無意識にだろう擦り寄ってくるデュオを腕に抱きとめて、ヒイロも久しぶりの満たされる感覚に身をまかせ、目を閉じた。
黒衣を纏う彼を例えるなら、それはかぎりなく透明に近いブルー。
そんなことを考えたのは、あれはいつのことだったのか。
デュオを色に例えれば黒なのだと、誰かが言っていた。
底の見えない、どこまでも深く包み込む漆黒。闇の色。明るく無邪気に見えても彼は死神で、その手で多くの命を刈る。
楽観的に見えてもその心は複雑で何者にもはかりきれぬもので、全てを受け入れて拒絶する。
全てを包み込み見えない存在、けして掴まらない、だから黒なのだと。
その時本当にそうだろうか、と釈然としないものを感じた。
何かが食い違う。
デュオは何かを塗り込め消し去りはしない。むしろ、全てを透かしてしまう。
近づくものも去るものも彼に影響を与えはしない、最初から最後まで。
デュオという色が変わることはなく、なにものもその色に影響を与えることもない。
影響は一時的なもの。彼はそれを透かすだけ。通り過ぎてしまえば、それで全てが終わる。
拒絶すら感じさせる澄んだ水のように。
―――そう、それはかぎりなく透明に近いブルー。
うっすらとした、けれど至上を感じさせる彼だけの色。
自分の色など知らない。知ろうとも思わない。
だが、その色とひとつになれるのならばと願った、あれはいつのことだったんだろうか。
変えてみたいと、捕らえてみたいと感じた全ての始まりの日は。
end.
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